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ロリータ グリモワール  作者: 蒼井茜


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一波乱を超えて

「というわけで僕の相棒グリム」


 しばらくの休憩を経て、けがの治療を続けているメアリーに改めてグリムを紹介することになった。


「というわけといわれても……本当に本がしゃべるとはね……しかもローリーの腕が再生したり、聞いてはいたけど信じられないというかなんというか……」


「人が喋れて本がしゃべれない道理など無い、我が半身の恩人とはいえ見識が浅いな」


「グリム、めっ」


 あまりに失礼な物言い、そしてその言葉に青筋を浮かべたメアリーを見てグリムを叱責する。

 二人の口論に巻き込まれたら面倒くさそうだ。


「……まぁ、いいけどさ。でも不思議よね、ちょっと中読ませてよ」


「やだ」


「断る」


 それは拒否する。

 グリムの中に記されているのは僕が見聞きしたこと。

 その中には、僕が覚えていない事や知らず知らずのうちに得た記録まで残っている。

 つまりは、そう、薬物実験などで記憶は残らなかったがグリムの中に記録として残っている事象などが。


「ちぇ」


 唇を尖らせて悔しがるメアリーだったが、その目は雄弁に物語っていた。

 そのうちこっそり盗み見てやろうという魂胆を。

 絶対させないけれど。


「それで、なんであのタイミングで起動したのか位は吐いてもらおうかしらね」


「……何のことだ」


「グリム、あなた目が覚めてすぐなのに状況把握していたでしょう? 私の事恩人と呼んだり、ローリーの魔法が下手だって言ったり、蛇がホムンクルスだって言ったり」


 流石メアリー、目ざとい。

 さっき見識が浅いと言われたことを根に持っているだけかもしれないけれど。


「……黙秘する」


「あらあら? 見識の深い魔導書グリムも普通の本と同じようにだんまりを決め込んじゃうのかしら? 」


「…………黙秘する」


 ダメだ、この二人の口論に巻き込まれたら僕の精神が持たない。

 そうわかっているのに、この二人を止める方法が思いつかない。

 二人の言葉を借りるならこの場で最も見識が浅いのは僕だ。


「可愛い半身のために駆け付けた事を恥じる必要はないのよ? 」


「………………ローリー、この女とはここで別れたほうがいい。糞野郎と同じ人種だ」


「人類という意味では同じ人種」


「魂の在り方というものだ! 性根からどす黒い生物だ、この女! 」


「ローリーとグリムだけじゃ森から出る前に死ぬわよ」


 先ほどまでのおどけた雰囲気を散らしたメアリーが、断言した。

 真剣なまなざしに思わずグリムも言葉が続かない。


「ローリーは足りないものが多すぎるし、グリムも……見たところ単体での戦闘は不可能。私でさえローリーかグリムどちらか一方を片付けたら、勝つのは難しくない」


「む……」


「それにローリーは私の弟子になると言った、破門することはできても勝手に去ることは許されないわ」


「ぐぬぬ……」


「ついでにさっき逃げ回ったから町の方角とかわからないでしょ、逃げている身としてうっかり元の方角に進むなんてことになりかねないわよ……いたたたた」


 チクチクと傷口を縫っているメアリーは、にやりと笑った。

 それはあり得るだけに遠慮したい。

 川を下っているから、うっかり研究所の前に出てしまうなんてことはないだろうけれど。


「今なら三食仮眠付き」


「のった」


「乗るな! 」


 グリムの怒声がこだまする。

 だって、食事は大切。

 栄養が足りないと頭が働かないし、体も動かなくなる。

 成長は元々しないと思っているけれど、動物のえさになるのは嫌。

 だったら動物をエサにして森を抜けるほうがよっぽどいい。


「グリム、我慢は大切」


「ぐ、まさかお前に自重しろと言われるとは……くそっ、わかった、ならば好きにするがいい。けれど俺はローリー以外とは口をきかん、いかなる状況でもただの魔導書としてふるまう。だから話しかけるでないぞ恩人」


「交渉成立ね」


 グリムが少し意固地になっている気がするけど、それで丸く収まるのならいいか。


「それにしてもグリムは本当に頭がいいのね」


「今更ほめても無駄だぞ恩人」


「本心よ、頭が良くて素直な照れ屋さん」


「……俺に手があったら張倒しているところだ」


「だって、誰かに会った時とか森を抜けた後のこと考えて魔導書としてふるまうなんて言っちゃって、私が下手に話しかけたらそれを見た人が不審に思うかもしれないからやめろと言って、そんな見え見えの本心を素直に言えない辺り……ねぇ? 」


 やめてほしい、こっちを見ないでほしい、巻き込まないでほしい。

 メアリーは非常に楽しそうだが、グリムは怒りに震えている、もしかしたら羞恥かもしれないが……グリムを抱えている左腕がずしりと重くなる。

 物理的な重さではないのだが……なんというか怖い。


「もういい、俺は本当に黙る。お前らも適度に休んだらさっさと森を出て街で傷を癒せ」


 グリムの半ば怒鳴りつけるような言い方に、メアリーは声を出さずに笑っていた。

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