第1話 -記憶との再会-
「ピピー! ピピー!」
聞き慣れたアラームの音に起こされた僕は
外へ出る支度を始めた。
時計は午後17時を指している。
働くという概念を一切脳から排除した僕は
いわゆるニートだ。
家族の目など とうとう気にならなくなり、
罪悪感もなくなった。
そんな僕はたまに、働きに出ると家族に嘘をつき
とある場所へ向かう。
そこは大きなショッピングモール。
一番の目当ては映画館なのだが、
併設されている家電量販店にも足を運んでいる。
今日もいつもと変わらず ここへ辿り着いた。
店内に響き渡る店員による放送は
もう聞き慣れたもので、
「タイムセールだ」とズバリ的中させてみせた。
もちろんそれを伝える相手はいない。
空気へと放った一言は、数秒後、自分の耳だけに
帰ってくる。
目当てのゲームソフトを購入し
店を出るかと思っていると、自然と
僕の足が 玩具コーナーへ進んでいるのが分かった。
何かいつもと違う。そんな雰囲気に包まれながらも
自分の意思が自分の足に届かず
ただ進むしかなかった。
気がつくとぬいぐるみのコーナーに立っていた。
なんでこんな所に?というかぬいぐるみなんて
興味がないんだけど と思いながら辺りを見回していると、そこに一つだけ こちらをじっと見つめる
青い龍のぬいぐるみがあった。
金に輝く瞳と鱗。それに紫と銀が混ざったような
綺麗なグラデーションに輝く翼の生えた龍。
妙に惹きつけられる。
しかし年はもう30近い。
流石にぬいぐるみを買う気にはなれず
その日は映画を観て 家に帰ることにした。
「ねえ!起きて!檜山くんから電話!」
うるさいキンキン声で起こしてきたのは妹だ。
妹は寛大で、ニートである僕に対して
何も感じておらず 気を使うことさえない。
電話の子機を手に取ると
懐かしい声が聞こえてきた。
「お!出てくれた!佐々木んちの電話変わってなかったか!」
中学時代、僕に散々な事(要するにいじめ)
をしてきていた
圧倒的 ヒール役の檜山君が
こんな僕に何の用だろうと話を聞くと
「実は中学生の時に、お前のカバンから盗んでしまった物が…」
と言いかけた瞬間、僕はその物が何かを
一瞬で理解した。
クリス・ダレーシー(著)の
「龍の棲む家」という本だ。
主人公であるデービットが
奇妙な張り紙みつけて下宿することになる
一軒家での不思議な物語。
僕は子供の頃、宝物のように毎日持ち歩いていた。
しかしそれが突然消えた。
新しい物を買えばいいという話ではなく
僕にとっては唯一無二のたった一冊の本であった。
それを今更になって返すよ、と言うのだ。
僕は人に会うことすら もう何年もしていない。
それでも宝物が帰ってくるのなら…
待ち合わせ場所を決め、
檜山君と会うことになった。
数日後、僕はいつものように仕事へ行くと
嘘をつき、待ち合わせ場所である
もう廃校となり使われていない中学校の校舎に
向かった。
その場所へ着くと、どこか元気のない
完全に太りきった檜山君が居た。
僕の顔を見るとホッとしたようで
例の本を僕にサッと渡すと、
こんな事を言ってきた。
「実はその本、最近家を引っ越すことになったから
それで掃除をしている時に見つけたんだけどさ、
その本を見つけたその日の夜、変な夢を見たんだ。
俺の身体の大きさくらいの目ん玉が目の前にあって、 ヴーッ……ヴーー…」と息を漏らし
なんだか威嚇してるようだった。
するとその巨大な目ん玉の奥に一冊の本のようなものが写り込んだんだ。
お前から盗んだその本だよ。」
夢は何かのお告げと感じ
僕に返したかったらしい。
「というか人のものを盗むなよ」っと一言放ち、
家に帰ることにした。
その本を持ち、家に向かっている最中で、
今日で期限切れの映画の割引クーポンがあることに気づいた。
僕は行き先を 家から、
いつもの映画館に変更した。
いつもの映画館へ着いた僕は
映画のチケットを購入し
映画が始まるまでの時間、
いつもの家電量販店へ行くことにした。
店内へ入るとこんなアナウンスが。
「地下1Fのおもちゃコーナーにて、
ぬいぐるみのクリアランスセールを実施中です!
大変お求めやすくなっていますので是非
ご利用くださいませ!」
僕はある事を思い出した。
あの青い龍のぬいぐるみだ。
どうしても忘れることができない。
気づいたらまた僕は、ぬいぐるみコーナーの前に
立っていた。
「まだここに居てくれんだね。
よし買うことにするよ」
僕はそう胸の中で呟き、
青い龍のぬいぐるみを手に取り
レジへと向かった。
蒼き龍 -1話 記憶との再会- 終