入浴は姉と愛人と共に!?
かぽーん………
鹿威しの音が、白い玉砂利を敷きつめた枯山水のごとき洗い場に響いた。
庭園のように広い洗い場の奥には、プールのように大きな浴槽が温泉のごとく床に埋めこまれ、清々しい檜の香りを漂わせている。
もうもうと湯気をわき上げる湯面には、鹿威しや竹の植えこみ、苔むした大石などで飾られた小島が浮かび、贅を尽くしつつも風流の薫る屋内浴場を創成していた。
「はあ……六音、本気で怒っていたよね………」
しかし風流な湯船につかる少年は、無粋な憂いに顔を曇らせ……
「ちょっと、やり過ぎちゃったかな……ねえ、シロ、モモ………」
深々ため息して、湯面に浮かぶ檜の桶の中の子猫たちを見る。
広い浴場には少年1人、一緒に入るはずの少女たちの姿はない。
「まあ……姉さん以外の女の子も、ここに来てはいたんだけどさ………」
憂いを忘れる現実逃避か、脳裏に1年前までの日常が浮かべられる………
◆
「お背中を流してやるのですよ、ボッチャマ♪」
ナマイキそうに笑むメイドが、姉弟がくつろぐ浴場に侵入する。
フリルの付いたヘッドドレスと右目の片眼鏡以外、一糸まとわぬ姿で。
「不埒な! 殿の〝守り刀〟として今日こそ成敗してくれるでござる!!」
メイドを追って、護衛の少女も浴場に突入する。
日本刀を手に、白衣と藍色の袴をきっちり身につけて。
「護衛風情がメイドのご奉仕の邪魔なんて、躾がなってやがらないのですよ♪」
主と同い歳の2人が、今日もまた衝突する。
「躾も礼儀も欠いた下女風情が殿のお情けに預かろうなど、身の程をわきまえるでござる!!」
洗い場を蹴立て、床や天井を跳ねまわり、時には湯面を疾駆して技をぶつけ合う。
「そっちこそ毎晩ボッチャマの部屋のとなりで、お情けを狙ってやがるんじゃねーのですか♪」
共に主に次ぐレベルの、世界でも最高峰のエヴォリューター。
「せ…拙者は殿の第一の臣として、身を捧げて務めに励むべく隣室に控えているのでござるっ!!」
どちらも1人で、軍隊の1つや2つ鎧袖一触にする力を持つ。
「なるほど、身を捧げて〝《《夜の》》お務め〟に励みやがるワケですか♪」
しかし2人の激突は、浴場の設備に傷ひとつ付けない。
「ふ…不埒不埒不埒ふらちふらちふらちふりゃちなあああああああああああっ!!」
それは少女たちの、たゆまぬ研鑚と精進の証だった。
「2人とも、また腕を上げたね。励みになる人が近くにいるって、いいことだよね」
ゆえに弟と姉は、少女たちを優しく見守りつつ入浴を楽しむのだった………
◆
「……火焚凪と、ブレイクが……この家を離れて、そろそろ1年か………」
ひとしきり回想し、感慨深く息を吐く。――直後、
「さあ、行きましょう、六音さん」
脱衣場から引き戸越しに聞こえた声に、ビクッと震えて湯船に波紋が広がる。と、カラララ……と引き戸が開く音がして、湯気の向こうに少女たちが脱衣場から洗い場に踏み入る気配がした。
「姉さん……六音………」
ゴクリと喉が鳴り、かすれる声が広い浴場に反響する。湯船からの距離と立ちこめる湯気のため、少女たちの姿はぼんやりとしか見えないが……
ドクン……!
豊満《《過ぎる》》姉と寝床や入浴を共にする身は、姉より〝ひかえめ〟な肢体をメイドが浴場でさらそうと動じなかったものの……
ドクンドクンドクンドクン!!
今は胸の動悸……いや、《《高鳴り》》を抑えられず、湯船の熱さと関係なく顔が熱くなっていく。――その時、
「うふふ、お待たせしましたね♪」
厚い湯気のカーテンから、体の前面をタオルで覆う2人の少女が抜け出てきた。
1人は、豊満すぎる肢体と貞淑な気品をあわせ持つ、神がかった美貌の金髪少女。
1人は、〝ひかえめ〟ながら平均以上の肢体を持つ、日本人形のような黒髪少女。
「う…うぅ……」
黒髪少女が真っ赤な顔でうなった。
少女たちがタオルで隠すのは、悩ましい肢体の胸元から脚の付け根まで。
それ以外の部分は、《《文字通り》》赤裸々《らら》な裸体が露出している。すなわち――
「あ…あんまり……ジロジロ、見るな………」
ほっそりした首や、鎖骨を含むなだらかな肩。
華奢でしなやかな腕と、艶めかしい曲線を描く長い脚。
みずみずしい張りと艶に満ちた、目もくらむような玉の肌。
それらの甘く煽情的な要素が、暴力的に目に飛びこんでくる。
「え……あ……ご…ごめん………」
少女と同様かすれた声がもれる。と、目の前にある洗い場と同じ高さの浴槽のフチに2人の少女が並び立ち……
「ど…どどど……どうだ……き、き、き、きて……やった、ぞ………」
黒髪少女が呂律の回らぬ声を必死につむぐ。
震える手をタオルの上から胸と腰に押しつけるその顔は、室温と湿気の高い浴場にいることを差し引いても、異常なほど赤い。
「う…うん……よう、こそ……よく……いらっしゃい、まし…た………」
だが応える声も呂律の回らぬものになる。そして湯船の中から、浴槽のフチに立つ少女と無言で対峙すること十数秒………少女はタオルを押さえる手の震えを止め、
「さ…さあ! 一緒に風呂に入ってやるぞ!! 覚悟はいいな!?」
むしろ自分の覚悟を決めるように少女は叫び……その身からタオルを剥ぎとり宙に放る。と、そのタオルが顔にかぶさり、人肌のナマあたたかさと甘い残り香に身も心も硬直する。が、すぐに我に返りタオルを顔からむしり取る……と、
「……え?」
忽然と目の前にいた少女は消え、突然に背後から声がする。
「はっ! ど…どこを見てる!?」
ふり向くと、湯船の小島の苔むした大石の上に、黒髪の少女が立っていた。
赤裸々な女体の胸の先端と股間に、小さなシールを貼った《《だけ》》の少女が。
「…………………………………………………………………………………………」
頭が真っ白になり再び硬直する。
かたや顔を真っ赤にする少女は、大石の上から湯船を見おろしつつ、
「い…『一緒に入ってやる』とは、言ったが……ぜ…『全裸で入ってやる』とは、言ってないぞ………なに、残念そうな顔してんだ……ヒ…ヒツジの皮をかぶった、狼男エロチカンめ……!」
声の震えを消せない乙女が、引きつった笑みを浮かべ、
「さ…さ…さては……ウェットに富み過ぎる、エロチカンジョークで……お…女を、ビッチャビチャにしようとか……硬くてぶっとい、エロチカンドッグを……お…女の口に、ねじ込んでやろうとか……も…妄想、してたのか……?」
大石の上で仁王立ちし、ふんぞり返る少女。
だが、腰の横に当てた手はプルプル震え、必死に羞恥に耐えているのが分かる。
そんな虚勢に懸命な少女を見すえつつ、どうにか頭を再起動させ……
「……ジョークは、ウェットじゃなくウィットに富んでいるものだし……ソーセージは、柔らかい方が喜ばれると思うよ……まあ、この状況でジョークを言える度胸は、大したものだと思うけどさ………」
失った記憶を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉をつづる。
「というか……それって、姉さんがパイロットスーツを着る時の、使い捨てタイプの下着だよね……もともとは、レオタードとかチャイナドレスみたいな、体にぴったりした薄手の服を着る時に、下着の線を出さないための………」
六音がつけているのは、小さな布地をシールのように体に貼って使う下着だった。
しかも極めてギリギリな極小タイプなので、胸の先端と股間の、本当に大事な部分以外は全てを異性にさらけ出している。
「ふ…ふん……それが、どうした……?」
熱気と湿気の満ちる浴場で、朱がさして玉の汗に輝く少女の肌。
平均以上の肉の果実も、張りに満ちてシール越しの先端を前方に突き出している。
しかし、小さなシールにブラジャーのような補正効果は無く、果実はこころなしかズッシリ垂れてオスの劣情を煽る。
「あ…あたしの、セクシーな魅力に……や…やっと、気づいたか……♪」
股間も最低限しか隠されておらず、恥丘のふっくらした盛り上がりが、薄いシール越しにあらわになっている。さらには……
「エ…エロい目で……どこを、見てるんだ……?」
急な準備で〝処理〟が甘かったのか、湿気を吸って透けるシール越しに、髪と同じ色の〝何か〟が薄っすらと見えるような見えないような……
「ゆ…湯につかって……《《いろいろ》》元気になったか、ドライフラワー男子め……♪」
この1年、同じ家で暮らす中で少女のビキニの水着姿や、時には下着姿を見てしまうこともあった。
だが、その時は何も感じなかった腰のくびれやフトモモが、今は妙に生々しく卑猥に見えてしまう………
「ふ…ふふん……ようやく、あたしを……あ…愛人にする気に、なったか……?」
愛人ではなく涙目になりつつも、いじらしく虚勢を張り続ける少女。
しかし、羞恥と緊張にうるむ瞳や震える声の奥に、一途な覚悟が感じられた。
想い人に全てを捧げんとするような、一途で健気な〝覚悟〟が………
「……ひとつだけ、いいかな六音………」
ほどなく湯船から声が聞こえ、少女は身を硬くして続きを待つ。
広大な浴場が、重苦しい静寂に満たされる。
一瞬のようにも何時間のようにも思える、その静寂が果てた時――
「ちゃんとしたブラジャーを付けないと、将来垂れるよ」
「ざけんなあたしの覚悟を返せええええええええええええええええええええっ!!」
両手で胸元を隠す少女に、少年は呑気に笑みながら、
「まあ、なんの覚悟か知らないけどさ……」
極めて身近な知己へ向ける、〝16歳の少年〟の気安い声で、
「あんまり卑猥すぎると、男って逆に冷めちゃうものだよ♪」
晴れ晴れした少年の笑顔に、少女は悔しそうに歯噛みして、
「くっ、やりすぎたか……ってか、あたしが垂れるってんなら、もっと《《グレート》》なウィス先輩はどうなんだ!? 万有引力はリンゴは落とせてもスイカは落とせないってかミスター乳豚め!!」
「もちろんだよ。僕の姉さんが、万有引力ごときに負けるわけがないからね♪」
無邪気な信頼に満ちた声。
「まあ、それでも万一の時は………弟に課せられた義務を果たすべく、僕がこの手で支えてあげるだけだよ……!!」
「名言と思いきやどんな変態発言だシスコン原理主義者!! やっぱウィス先輩の胸をもんだり吸ったりしたって起きててやったんじゃないのか〝ノ吸イトルダムスの大魔王〟め!!」
髪をふり乱す六音が、浴槽のフチの金髪《《爆乳》》少女をにらみ、
「先輩はいいんですか!? 弟がこんな変態で……って、なんでくずおれて感極まったみたいに、そっと目元をぬぐってんですか!?」
「うう……コロちゃんが私のことを、そんなに大切に思ってくれているなんて……お姉ちゃんは、感激してしまいました………」
「だああああああああああああっ!! コッチはコッチでブラコン原理主義者か! グラビアもビックリの手ブラならぬ手ブラコンでもやる気かああああああああああああああひゃひっ!?」
頭を抱えのけぞった少女が、大石の上で苔に滑って宙を舞い……湯船の少年の上に落下する。
「ひゃわああああああああああっ!?」
「り…六音――ぶひゅっ!?」
広い湯面に盛大な飛沫があがり、子猫たちの入った桶が高々と舞いあがる。
数瞬後、波打つ湯面からザバッと六音が顔を出し、
「プハッ……って、あれ? どこ行った、煌路………え?」
訪ね人は湯船の底であお向けに倒れ、その顔に自分がまたがっている。つまり……小さなシール1枚だけをはさみ、煌路の顔に六音の股間が押しつけられていた。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
燃えるように赤面し、打ちあげ花火のように湯面から飛びあがる六音。直後、煌路が大きく息を吐いて湯面に出ると、その首が後から絞め上げられ、
「お前はナニも覚えてない! そうだな!? そうだよなっ!?」
「う…うん……薄布の、向こうに……やわらかくも、プリプリした感触なんて覚えてなぐふぅっ!?」
涙目の六音の腕が、流れるようにチョークスリーパーに変化。後から煌路に密着しつつ、その首を一層しめあげる。
「スケベ、変態、変質者! せ・き・に・ん・と・れえええええええええっ!!」
「い…今のは、君が勝手に……というか……今度は背中に、あたって……」
うめくような煌路の声に、六音は沸騰していた頭を冷やし《《あること》》に気づく。
平均以上の2つの柔肉が、小さな薄いシールだけをはさんで少年の背に押しつけられ、ゴムまりのようにひしゃげていた。
「あ……ああああああ………」
少女は燃えるように全身を真っ赤にし、ワナワナ震えて――
「……あててんのよっ!!」
こきっ
少女がうわずった声で叫ぶや、絞め上げられる少年の首から致命的な音がした。
「コ、コロちゃん!?」
姉が狼狽する中、少年は白目をむいて骨が抜けたようにグニャリとなる。
そして子猫たちが悠々と泳ぐ湯船の底に、ブクブクと沈んでいくのだった………