鬼子の誓い
「かーーごーめーかーごーめー」
その歌声は、誰を守るのか、何が守られているのか問いかけるような、
「かーごのなーかのとぉりぃはー」
そして守られた、または封印された、あるいは安置されたものを取り出すような、
「いーつーいーつーでぇやぁるーよーあーけーのー」
はたまた火をつけ、神の社を根絶やしにするような、
「ばーんにーつーるとかーめがすーべったー」
最後に守りの岩を造り、そこから水を湧き出させ、
「うしろのしょーめんだーあれー………」
水を引き、荒れた大地を支配するような歌声で少女は厳かに歌い上げた……途端、その手の短剣が輝きを増し、目の前の池のような水溜まりも《《同じ金色に》》輝き出す。
「こ…これは……!?」
薄暗い洞窟の奥で、弥麻杜が水溜まりの光に照らされつつ目を瞠る……と、水溜まりの水が光のツブとなって消えていき、深さ1メートル近い、水溜まり《《だった》》穴の底が露になる……直後、
ゴゴゴゴゴ……
重い音を立てて穴の底が横にスライドして開いていき、その下の隠し部屋と、その床に散らばる多数の金色の欠片が現れた。
「あ~、やっぱり壊れてもうとるんどすえ~」
歌っていた少女──葛葉が欠片を見て眉をひそめる。片や、弥麻杜は掠れる声で、
「何だ、これは……こんな物が、八重垣の屋形の裏に……〝里〟に、隠されていたのか………」
「これこそ〝里〟の《《ほんまの》》主家が代々《だいだい》守っとった〝遺産〟……正しくは、〝遺産〟を納めとった〝櫃〟どすな~♪」
「〝遺産〟を、納めていただと……?」
はんなり笑む葛葉へ、弥麻杜はのろのろと目をやり、
「先ほどから、言っている……〝遺産〟とは、何なのだ……?」
「あんさんも、よ~く知っとるもんどすえ~♪」
少女がはんなりした笑みを深め、
「かつて八重垣が滅んだ日、〝遺産〟は自らの〝宿主〟を見つけ、その〝証〟を〝宿主〟へ贈ったんどす……お祝いの〝花火〟も添えて♪」
「花火だと……あの日に………」
弥麻杜が訝しむ……が、
「……まさか! 八重垣を滅ぼした業火か!?」
「〝宿主〟の誕生をお祝いする、大玉の〝花火〟やったんどすえ~♪」
「……っ!?」
絶句する弥麻杜……だったが、更なる事実に思い至って息をのみ、
「……ならば、〝証〟とは……業火の中で双子を守っていた、2本の刀か……!?」
「あれらの刀こそは、大いなる〝遺産〟の1つの一部にして、〝遺産〟と〝宿主〟を繋ぐ〝鎹〟なんどすえ~♪」
胸を張って自慢げに語る少女……しかし、
「そう……遥かな昔、偉大な〝試祖〟がこの星に残しはった数多の〝遺産〟……」
不意に、遠い空の彼方を見やるように遠い目をして、
「その1つである〝剣〟……すなわち、〝剣〟のごとき角を持った〝鬼〟……それこそが〝瀬織津〟と共にこの地に残された、大いなる〝遺産〟であり……その一部こそが……〝鬼〟の2本の角こそが……あれら2本の刀なんどすえ………」
遠い故郷を偲ぶように沁沁と語る……が、
「せやけど、あくまで〝剣〟は自我の無い道具であり、〝役目〟を果たすために本能で動くだけの存在やったんどす。せやから〝剣〟に十全の力を出させるには、自我を持った〝宿主〟が欠かせんかったんどすえ~♪」
一転、はんなりした笑みに茶目っ気を混ぜ、
「ほんで〝剣〟を確実に〝宿主〟に宿らせるには、宿る前に〝剣〟と〝宿主〟を長い時間一緒にさせて、その2つを馴染ませる必要があったんどすが……」
「なんだと……まさか……」
目を剥く弥麻杜へ、葛葉は心から感謝するように、
「あんさんらが〝宿主〟を水牢に閉じ込めて……〝剣〟の入った〝櫃〟の真上に何年も置いてくれはったんで、しっかり馴染んだんどすえ~♪」
「っ!?」
「ついでにこの数日、〝宿主〟が〝里〟に戻ってからも水牢に閉じ込めといてくれはったどすからな~。最後の調整もバッチリやったんどすえ~♪」
「……!?」
「言うたどすえ? 若様のために〝八重垣火焚凪〟ゆう先祖返りもビックリな大傑作を生み出してくらはったと。これも沙久夜はんのプロデュースなんどすえ~♪」
「っ!!??」
愕然とする弥麻杜へ、一片の邪気も無い笑みで、
「そういや、あんさんも言うとったどすな~。赤ん坊やった火焚凪殿を水牢に……この水溜まりに閉じ込めたあと、食事もやらんかったのに成長し、誰ともしゃべらんかったのに言葉を覚えとったと」
自分を誇るような満面の笑みで、
「それこそは〝剣〟と〝宿主〟が馴染んだ証であり……大いなる〝遺産〟の恩恵やったんどす♪ 津流城殿が沙久夜はんの内助の功で、〝瀬織津〟の〝力〟を得たんと同じどすな~♪」
「……〝里〟にいた昔は無力だった津流城が、今ほどの力を得たのも……〝遺産〟とやらの、恩恵だと言うのか……?」
「正しくは、失くした分の〝力〟を補充した感じどすな~」
渋面になる弥麻杜に葛葉は苦笑し、
「本能だけで漠然と動く〝剣〟には、双子が生まれた日の時点やと、双子のどっちが〝宿主〟か分からんかったんどす。せやから、あの日〝剣〟は双子のそれぞれに1本ずつ刀を与えたんどすな」
口元は苦笑しつつ、瞳に神妙な光を灯し、
「ま、結果としては津流城殿にも〝花火〟から守ってもらえたゆう役得があったんどすが……そのあとは、《《生まれた時は妹と同じくらいやった》》兄の〝力〟は、〝宿主〟を見定めた〝剣〟により刀に吸い取られてもうたんどすえ。そして……」
厳かな顔になり、声にも神秘的な響きを漂わせ、
「吸い取られた〝力〟は、もう1本の刀を通じて妹に……万象の〝真理〟である万世の〝神理〟により選ばれた、〝炎の欠片〟に注ぎ込まれたんどすな。それこそは……」
崇高な預言者のごとき佇まいで、
「大いなる〝神理〟に定められた、大いなる〝運命〟の一環……すなわち、穢れた浮世を清めるべく、〝破界の炎〟を目覚めさせる第一歩やったんどす……津流城殿の生まれ持った〝力〟も、そのために捧げられたんどすえ………」
ゆっくり息を吐いて口を閉じると、荘重な静寂で洞窟を支配する……一方、
「………………………………………………」
もはや人智を超えた話に弥麻杜は圧倒され、茫然として静寂の一部となってしまう……と、少女は弥麻杜に同情すると共に、世の無情を儚むように笑み、
「そういや津流城殿は、〝里〟で〝妹の搾り滓〟なんぞと言われとったそうどすが……奇しくも、正鵠を射とったんどすな……」
儚げに深く嘆息する……が、
「ま、そのあとドSに見せたドMの〝愛妻〟が、溢れんばかりの〝愛〟でもう1つの〝遺産〟の……〝瀬織津〟力を補充したから結果オーライなんどすえ♪ 手に手を取って試練を乗り越える〝愛に生きる人生〟、うらやましいどすな~♪」
〝愛妻〟に己を重ねるように、うっとりした笑みを輝かせ、
「愛し合う者たちが、共に試練を乗り越えてこそ〝愛〟は深まるんどすえ。何より〝瀬織津〟の力を得ること、そもそも〝炎の欠片〟に力を捧げること、それこそが……津流城殿が賜らはった、〝神理〟に基づく〝運命〟やったんどす……」
再び預言者のごとき佇まいで、
「そう……全ては〝神理〟に基づく〝試練〟であり〝運命〟……〝炎の欠片〟を盛らせ、己の〝愛の炎〟をも盛らせるため、敢えて血と肉と魂を分かち合った片割れとして浮世に生まれた……」
崇高な笑みを花開かせ、
「それこそが、津流城殿の〝運命〟やったんどす」
「……運命、だと……?」
片や弥麻杜は陰鬱に顔を陰らせ、
「ならば、今日……〝里〟の歴史が閉じるのも、〝運命〟なのか……あるいは……当主の座を簒奪した謀反人への、〝罰〟なのか………」
暗い顔に虚な諦観を滲ませる……しかし、
「あ~、それなんどすけどな……」
葛葉が崇高な笑みをバツが悪そうな苦笑にして、
「さっき言うたどすえ? 〝壬申の戦〟の折、草薙の先祖は主家である八重垣や他の〝十試属〟を謀って〝瀬織津〟を顕現させたんやと……せやけど」
一転、累代の〝秘宝〟を扱うように厳粛に、
「それも事実ではあったんどすが……そもそも、そないにするよう草薙の先祖を唆したんは、七里塚の先祖やったんどすえ~♪」
また一転、累世の〝秘密〟を発くように爽快に、
「ちょいと目を離した隙に、ちょいと〝日本〟が調子に乗っとったどすからな。皇弟を使うて、〝日本〟を再び〝倭〟の手の内に収める計略やったんどすえ~♪」
微塵の邪気も悪意も無い、あどけない悪戯っ子のような笑みを浮かべ、
「あ、これは〝十試属〟の中でも七里塚だけの秘密やから、他言無用どすえ~♪」
鼈甲の髪留めを摘まむと、ペロリと舐めた……一方、
「ば……馬鹿な……ならば、我らは……」
弥麻杜は衝撃と……怒りで石の鎧に覆われた体を震わせ、
「古の〝戦〟の後……国に捨てられ、零落したことも……今日……沙久夜の狂気の、贄にされたことも……」
剥き出しの顔を憤怒に歪め、
「全て……七里塚の策謀だったのか……!」
「〝里〟の主家にさせたんやから、駄賃はたっぷり弾んだんどすえ~♪」
「この……クズ参謀がぁぁ……!!」
「よ~く言われるんどすえ~♪」
「……おのれええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
悪意も罪悪感も無い先祖代々《だいだい》の〝クズ参謀〟に、太った体を怒りで破裂させそうな弥麻杜が石の鎧に無数の刺を生やし襲いかかる!!
「風は迷わず吹き砕く。古き時代の残骸を」
だが洞窟の入り口方向から烈風が吹いて弥麻杜を襲い、その身は葛葉の頭上を越えて吹き飛ばされ洞窟の奥の壁に激突。鎧の刺も悉く折れた身が池のような水溜まりだった穴に落ち、底にある隠し部屋に転がり込んだ。
「ペンテシレイア、丁度ええところに来てくれたどすな~♪」
葛葉が洞窟の入り口方向を見て、乗馬用のムチを手に歩いてくる少女へ笑み、
「外の様子は、どないどすえ~?」
「風は驚きに吹き乱れる。故郷を炎に覆う紅蓮の鬼に」
「しっかり〝剣〟が〝宿主〟に宿ってくれたみたいどすな~♪」
〝草薙の里〟の端にある洞窟の奥で、〝鬼〟の顕現を知り笑みを深める葛葉。
「くっ……ついに、〝鬼〟が……〝鬼子〟が、目覚めてしまったのか……!」
同時に、隠し部屋に落ちた弥麻杜は無念と挫折感に打ち震え、
「ワシは……またしても、仕損じたのか……〝鬼子〟を、阻めなかったのか……!」
「そういや、あんさんらは〝宿主〟を〝鬼子〟と呼んどったんどすな~。せやけど〝遺産〟が……〝剣〟が〝鬼〟やったことを思うと、あながち的はずれやなかったんどすえ~♪」
葛葉が屈託なく笑むと、弥麻杜は隠し部屋の底から射殺すような視線で見上げ、
「分かっているのか……このまま〝鬼子〟を世に放てば……〝鬼子〟の業火により、世は灰燼に帰すのだぞ……お前たち、諸共な……!!」
「確かに、洞窟の入り口に炎を除ける〝呪〟をかけとらんかったら、うちらも業火で黒コゲになっとったどすな~♪」
葛葉は笑んだまま弥麻杜の視線を受け流すと、粛然と歩いてくる若草色の髪の少女へ向き、
「あんさんも〝里〟が炎に包まれる直前、ギリギリで洞窟に滑り込んだんどすえ? ともあれ、お疲れさんどすえ、ペンテシレイア♪」
「風は〝王〟を追って吹き進む。姑息な策士を捨て置いて」
顔の左の三つ編みに金細工の小さな蹄鉄を提げる少女が、水溜まりだった穴の側に来て苦々《にがにが》しく葛葉を睨んだ。
「ま、ちゃんと仕事をしてくらはるなら、うちを見捨てようが見殺しにしようが文句は無いんどすえ」
穴の縁でペンテシレイアと並びつつ、肩を竦めて苦笑する葛葉。次いで穴の底へ……底にある隠し部屋に散らばる金色の破片へ目を向け、
「ほんなら……仕事をしてくれるどすか、〝派生〟の女王様。《《若様》》のために♪」
「……風は一途に吹き抜ける。〝起源〟の務めを果たすため」
葛葉に揶揄と優越感を匂わせる視線を向けられたペンテシレイアが、眉間のシワを深めつつも三つ編みの蹄鉄を金色に輝かせる。そしてオーケストラの指揮者のように優雅にムチを振り、その先端を隠し部屋へ向ける……と、
「な…何だ……?」
隠し部屋で倒れている弥麻杜の目の前で、部屋の中に金色の光のツブが無数に発生し、渦を巻いて床に散らばる金色の破片を包んでいく。
「な…何だか知らんが、お前らの思い通りにはさせんぞ!!」
弥麻杜がヒビだらけの鎧に覆われた体を起こし、金色の竜巻となりつつある光のツブへ掴みかかろうとする──が、
「ぐおっ!?」
足を覆う鎧が砕け――否、鎧もろとも《《中身の足も砕け散って》》倒れ込み、
「ぐふっ……があぁ……!!」
続けて腰も腹も、鎧もろとも砕け散っていき……
「なんや懐かしいどすな~♪」
はんなり笑む葛葉の視線の先では、ヒビだらけの鎧に覆われた弥麻杜が、頭と胸と両腕《《だけ》》の姿になって隠し部屋の床に倒れていた。
「ま、あんだけ羽蟻を……〝分体〟を作ったら、そないになるんどすえ~♪」
胸から下が無くなった弥麻杜の胴体の断面は、鎧だけでなく、その中の《《肉体のはずの部分まで》》全て石になっていた。
「一応、頭は生身が残っとるんどすえ? それ以外は〝力〟を使い過ぎて崩れてもうたから、異能で作った石の体で補っとったんどすな~♪」
池のような水溜まりだった穴の縁で、葛葉がどこか感嘆するような眼差しを穴の底の隠し部屋で倒れている弥麻杜へ向ける。
「ま、その体と……〝執念〟も限界っぽいどすけどな~♪」
「お…おのれぇ……!!」
辛うじて残っている胸と両腕も砕けかけている弥麻杜が、あらん限りの憎悪を籠めて隠し部屋の床から葛葉を睨みつける……一方、
「風は〝盃〟に吹き注ぐ。大地へ流れる母なる河の水を」
隠し部屋の中央で光のツブは金色に輝く竜巻となり、床に散らばる金色の破片を巻き上げていき、
「風は〝犂〟となって吹き墾く。永遠の真理なる黄金の大地を」
輝く竜巻の中で、光のツブが接着剤のように多数の破片を繋げていき、
「風は〝斧〟となって吹き刻む。万象が還る大地の目印を」
光のツブに繋げられ、竜巻の中で多数の破片が1つの形に組み上がっていき……
「風は永遠に吹き流れ、全てのものは風にて還る……〝風化還元〟!!」
輝く竜巻が弾けるように霧散する……と、高さと奥行きが60センチ、横幅が120センチほどの、金色に輝く〝櫃〟が顕れた。
「風は〝神理〟のままに、吹き導く……」
輝く〝櫃〟の表面には、光のツブに繋げられた多数の破片の継ぎ目が、多数の光の線となって走っており、
「偉大な〝女王〟の、名の元に………」
多数の輝く継ぎ目は〝金継ぎ〟と呼ばれる陶磁器を修復する伝統技法のごとき壮麗さに溢れ、〝櫃〟自体の荘厳な輝きと一体となり、目に映すのも畏れ多いと思わせるほどの神々《こうごう》しい輝きを放っていた………
「お務め、お疲れさんどすえ~♪」
その〝櫃〟がある隠し部屋を見下ろしつつ、水溜まりだった穴の縁で葛葉が満足そうに頷き、肩で息する隣のペンテシレイアを労う。
「風は苦も無く、吹き踊る……草原で戯る、駿馬のごとく………」
片やペンテシレイアは疲労困憊の体で顔を汗に濡らしつつも、最後の意地とばかりに顔を引き締め強がりを吐く……同時に、
「こ…これが……〝遺産〟を納めていた、〝櫃〟なのか………」
〝櫃〟の眩い輝きと魂を擂り潰すような重圧に、弥麻杜は砕けかけの体を震わせる……と、
「〝櫃〟だけでも、ごっつい〝力〟があるんどすえ~♪」
《《弥麻杜と違い》》〝櫃〟の重圧にも動じない葛葉がはんなり笑み、
「なんせ長~~~~~~~~い間〝剣〟を封印しとったんどすからな~♪」
水溜まりだった穴の縁で自慢げに胸を張る……が、不意に苦笑して、
「ま、その封印の力のせいで、火焚凪殿も〝櫃〟の側に……水牢の中におった間は、〝力〟を充分に使えのうなっとったんどすけどな……せやけど」
また一転、はんなりと笑み、
「若様率いる郎党が〝儀式〟で〝櫃〟を壊してくらはったんで、封印を解かれた〝剣〟が〝宿主〟に宿ったんどすえ~♪」
全て思惑通りと笑みをほころばせ、視線を隠し部屋の底で倒れる弥麻杜から、弥麻杜の側の〝櫃〟へ移すと、
「ほんなら〝櫃〟を拝領させてもらうんどすえ。その〝櫃〟自体も、偉大な〝試祖〟の大いなる〝遺産〟の1つどすからな~♪」
隣のペンテシレイアへ目配せし、穴の縁から隠し部屋へ飛び降りる──寸前、
「ゲ~ッゲッゲッゲ~~~!!」
洞窟の奥の壁が砕け、1本の巨大な虫の肢が飛び出した。
続いてギラギラ光る青い複眼と牙のようなアゴを持つ頭が、さらに無数のトゲが生えた甲羅を背負い、《《5本》》の肢のうち後の2本で直立する胴体が出現し……身長20メートルを超える虫のような異星人が、巨体で洞窟を崩しつつ現れた。
「チュ…チュ・バギシームか……!?」
崩されて広げられる洞窟の破片が多数降ってくる中、突然現れた闘技場のグランドチャンピオンに弥麻杜が目を剥く……直後、
「ゲゲゲッ、お宝はいただくんだぜえええええ!!」
巨大な異星人が隠し部屋の〝櫃〟へ肢の1本を伸ばす……が、
「させんのどすえ!」
「風は吹き裂く。手負いの虫を」
少女たちが炎と烈風を放ち異星人から〝櫃〟を守り、
「ゲゲッ、虫ケラどもがあああああっ!!」
異星人も肢のツメを振るい甲羅のトゲを飛ばして応戦し、洞窟は崩落寸前に破壊されていく……と、
「うう……」
目の前の激戦に成す術の無い弥麻杜が、低い呻きを洩らし、
「馬鹿な……このようなこと……」
砕けかけた胸を乱すのは、恐れか、諦めか、あるいは……
「ワシは……断じて認めん……!!」
魂の最後の一欠片に残った、激しい怒りか。
「〝里〟も……家族も……捨てたと、いうのに……」
頭と胸と両腕だけの体を、ずるずると這わせ、
「何も成せぬまま……終わるなど……」
砕けかけている両腕から、ぼろぼろと破片を落とし、
「分家とはいえ……ワシも〝無道三家〟の……〝十試属〟の、端くれならば……」
崩壊寸前の手を、よろよろと伸ばす先には……
「大いなる、遺産よ……」
輝く金色の〝櫃〟があり……
「何卒……何卒……」
戦禍が渦巻く洞窟で……
「八重垣や……七里塚、だけでなく……」
腕も胸も砕ける贄が……
「草薙にも……慈悲を……」
地獄の底の亡者のように……
「我が身にも……力を……」
魂の底から請い願う……
「大いなる……力をぉぉぉ……!!」
刹那、〝櫃〟が眩く輝き、金色の光で洞窟を満たした………
◆
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
溶岩の海に立つ150メートルの〝鬼〟が、縦横無尽に炎の剣を振り回し、
「はああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
真っ赤な空を舞う25メートルの鋼の巨人が、光剣を〝鬼〟の剣に打ち込むと交える刃を押し込み紅蓮の巨体に肉薄しようとする──だが、
「うっ!?」
不意に足に絡みついた溶岩に引っ張られ下に落ち、白い鋼の巨人は溶岩の海に沈んだ。眼下の溶岩の海の一部が、蛇のように伸びて巨人を捕えたのだ──しかし、
「てやあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
〝鬼〟の背後の海面から巨人が飛び出し、再び〝鬼〟に迫ろうとする。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
だが〝鬼〟が咆哮すると、溶岩の海に浮かぶ無数の火山が噴き上げる溶岩が一斉に巨人に襲いかかる。が、巨人は咄嗟に上昇し、無数の溶岩の奔流を避けると〝鬼〟へ突進する。
「はあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
対して〝鬼〟は、額の右側に生える刀のような角から炎を噴き出す。と、その火山の噴火のごとき炎へ、巨人は津波のような水を光剣から放ち……
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
巨大な水蒸気爆発が真っ赤な空に広がり……やがて水蒸気の中から、白い鋼の巨人が──巨人になった煌路が現れ、
「……南米で、津流城の技も〝吸収〟しておいて良かったよ」
空中で〝鬼〟から距離を取ると、足の側面に生える航空機の主翼でバランスを取って体勢を整え、
「と言っても〝吸収〟した技は一度しか使えないから、また〝吸収〟しない限り水は打ち止めだけどね」
空に浮くまま刀身の水を払うように、悠然と光剣を振る。
「やっぱり、この空間──おっと」
周囲を見回そうとした煌路へ、無数の火山が山肌から夥しい岩塊を砲弾のように撃ち出す。が、煌路は光剣から白金色の光のツブを多数撒き、岩塊を全て〝消滅〟させた。
「常備していた姉さんの〝力〟も使っちゃったよ。それにしても……」
わずかに後退る〝鬼〟に、煌路は空中で肩を竦めて苦笑しつつ、
「やっぱり、この空間にあるもの全てが君の意のままになるわけだね」
水蒸気が消えた真っ赤な空や、天高く溶岩を噴き上げる無数の火山、そしてそれらの火山が浮かぶ見渡す限りの溶岩の海を見回し、
「さすが君の〝異元領域〟だね……火焚凪」
柔和な笑みを、眼下で溶岩の海に立つ〝鬼〟へ──〝鬼〟となった幼馴染へ向ける……と、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝鬼〟は角から炎を噴き上げつつ咆哮し、溶岩の海を地獄の釜のように煮え滾らせ、火山が噴き上げる溶岩を爆発するように激しくさせる……積み重なった鬱屈を、怒りに任せ暴走させるように。
「う~ん……誕生日のお祝いの蝋燭にしては、ちょっと派手かな」
片や空に浮く煌路は、無数の火山が噴き上げる溶岩を見ながら柔和な笑みに一抹の苦みを混ぜ、
「覚えているかな? 君が暇乞いをした日に、僕が言ったことを」
空からゆっくりと降下していき、
「今年も、君への誕生日プレゼントを用意してあるんだよって」
〝鬼〟と同じく溶岩の海に立ち、
「いろいろあって渡せなかったけど……今、そのプレゼントを渡してもいいかな」
笑みに寂しさを滲ませつつも、決意の瞳で〝鬼〟を見あげ、
「そのために今日、僕はここに来たんだからね」
掛け替えの無い幼馴染へ、贖罪を願い出るように右手を差し伸べる……が、
ザンッ
差し伸べた右腕が、肩から〝鬼〟の剣に斬り飛ばされ、
ザシュッ
左腕も同じく斬り飛ばされ、
ザシャアアアッ
両足も付け根から斬り落とされ、芋虫のようになった鋼の巨人が斬撃の衝撃で空高く跳ね飛ばされた……刹那、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
一際激しい咆哮──否、〝慟哭〟と共に……
ザガッ!!
〝鬼〟が剣から飛ばした斬撃で、巨人の頭が胴から刎ね飛ばされた。
「火焚……凪………」
刎ね飛ばされた鋼の巨人の頭が、〝鬼〟の頭へと落ちてくる……と、
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
巨人の頭が砕け、中から現れたポロシャツとチノパンツを着た煌路が白木の鞘から刀を抜いて〝鬼〟の頭に迫り、
「ようやく、ここまで近づけたよ」
柔和な笑みの奥に獰猛さを漂わせ、〝鬼〟の角が生えていない額の左側に刀を突き立てて縦に斬り裂き、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
炎が鮮血のように激しく噴き出す切れ目から、刀は額に突き立てたままにして絶叫する〝鬼〟の頭の中に飛び込んだ。そして右手に出した光剣で迫りくる炎を〝吸収〟しつつ、赤い肉で出来た灼熱のトンネルを進んでいくと……
「ごめんね火焚凪……!」
体内の異物を排除するように襲ってくる神経のごとき多数の赤い管を、辛そうに唇を噛んで斬り払っていく。そうしてトンネルを進んでいくと、〝鬼〟の頭の中心に至り……脈打つ赤い肉の壁に囲まれた、広い球形の空間に出た。
「……っ!」
目を瞠る煌路が見る先……空間の中心に、1人の〝鎧武者〟が浮かんでいる。
燃え盛る炎を固めたような鎧で全身を包み、右横から1本の角を生やす兜と般若を思わせる面をつけた、〝鬼〟のごとき真紅の〝鎧武者〟だ。
微動だにせず無言で佇む〝鎧武者〟の鎧には、各所に空間上部の肉壁から伸びる赤い管が傀儡の操り糸のように多数繋がれている。
「火焚凪……」
やはり空間内に浮く煌路が呟くように呼びかける……と、〝鎧武者〟は傀儡のごとく動き出し、《《中身の入っていない》》空の白木の鞘を木刀のように構える。
「……僕の声が、聞こえているかい?」
煌路も空の白木の鞘を構え、灼熱の空間で両者が対峙した……途端、
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
両者は一気に距離を詰め鞘で激しく斬り結ぶ。その常人には視認も叶わぬ超高速の太刀合いは、一太刀ごとに互いの〝思い〟を交錯させるように数万もの打ち込みを1秒にも満たぬ間にぶつけ合った末……
ビシィッ
両者は相手へ半身となり、伸ばした右手に握る鞘の先を互いの眉間に突きつける。
「剣士は剣で語る、か……」
つーー……と、煌路の眉間から血が滴り、
「皮肉だね……僕の家で一緒に過ごした10年よりも――」
ピシッ……と、鎧武者の面に眉間から亀裂が走り、
「本気で業を交えた、今の一瞬の方が君の気持ちが分かった気がするよ」
球形の空間の中心で、互いの眉間に鞘を突きつけたまま、
「それとも……分かっていたのに、分かっていないと思い込んでいたのかな……」
柔和な笑みに自嘲を混ぜる煌路……だったが、
「そのせいで……僕は君を、悲しませてばかりだった……」
一転、誠実な瞳で、
「僕の家に来て以来、君は僕に尽くしてくれたよね……」
真摯な声で、
「それには本当に感謝していたし、嬉しかったよ……なのに、僕は……」
煌路が沈痛に顔を曇らせる……と、鎧武者の面が亀裂に覆われ……
「ごめんね、火焚凪」
般若のような面が粉々《こなごな》に砕け散り、
「そして、ありがとう」
現れた傀儡のように無表情な少女の顔は、右半分に浮かぶ燃え盛る炎のような模様と右の瞳を真紅に輝かせている……と、
「心を籠めて、お祝いするよ」
少年は右手の鞘を手放しつつ、
「お詫びも感謝も、僕の全ての心を籠めて……」
少女の顔に自分の顔を近づけていき……
「ハッピーバースデー、火焚凪」
鞘を取り落とす少女の唇に、自分の唇を重ねた……そして、
「僕の心を籠めた……〝たいへんよくできましたのチュー〟だよ」
舌を伸ばして少女の唇をこじ開け、熱い口内の粘膜を情熱的に舐り回す。
「………っ!」
無表情だった少女の顔と瞳が動揺に揺れ、その鎧と球形の空間を──巨大な〝鬼〟を繋ぐ神経のような管が激しく脈動する……破裂しそうに鼓動する心臓のごとく。
「……う……あ……あぁ………」
管と共に震える少女がか細い呻きを洩らすと、その口を塞いでいた唇を少年は少女の頤を這わせて下へ移動させていく。そうして唾液による艶かしく煌めく路を少女の頤に刻んだ果てに、少女の喉に唇を触れさせ……
「約束の、誕生日プレゼントだよ……」
口の中から舌に乗せ、炎を象った金の台座に嵌め込まれ、燃えるような真紅に彩られる直径15ミリほどの丸い結晶を出し、
「僕の大切な、〝守り刀〟へのね………」
贖罪と感謝と愛しさを籠め、火照って汗ばんだ少女の喉に当てた……直後、台座が金の棒を左右に伸ばし首輪となり、結晶は少女の首に固定された。
「あ……ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
刹那、少女がのけ反るように激しく震え、脈動する多数の管と共に球形の空間も──巨大な〝鬼〟も溶岩の海の上で悶絶するように暴れる。
「火焚凪!!」
自分を弾き飛ばさんばかりに暴れる少女を、激震する空間の中で煌路が必死に抱き締める……と、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
鎧を纏う少女の全身から紅蓮の業火が噴き出した。
かつて少女の誕生を祝い、少女の一族を滅ぼした業火が。
「火…焚凪……!!」
球形の空間を埋める業火に焼かれつつも煌路は少女を抱き締め続け、
「やっぱり、僕は……君の気持ちを、分かっていなかったんだね………」
霊剣術の一端か、業火を通じ少女の〝気持ち〟が少年に流れ込む。
荒れ狂う業火のごとき、恩人への〝依存〟や〝執着〟が。
〝忠義〟という牢獄の中で燃え盛る、幼馴染への積年の〝思い〟が。
そして何より……自分の力が主君を害うやも知れぬ、悍ましい〝呪い〟への〝恐怖〟が……だが、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
少女の絶叫と共に業火が火勢を増し、主君を害う〝恐怖〟を現実のものとしてしまう……と、主君の腕の中で暴れる少女の鎧に、多数の亀裂が走った。狂乱の末に壊れていく、哀れな少女の魂に連動するように……対して、
「火焚凪!!」
火勢を増した業火に焼かれつつも、煌路は一層強く少女を抱き締める。
光剣を出して火を〝吸収〟することもせず、少女の全てを受け止めるかのように、壊れかけた鎧に包まれる身を強く抱き締める……そして、
「君の気持ちに、僕は何も応えられていなかったんだね」
一言一言を噛み締めるように、少女に語りかける。
「恩人としても幼馴染としても主君としても、僕は未熟だったんだね」
片や少女は、さらに業火を激しくし、
「そのせいで、ずっと君を苦しめていたんだね」
少年の腕の中で踠くように暴れ、
「実を言うと、この先も君に応えられるような人間になれる自信は無いんだ……」
真紅の鎧が亀裂に覆われ今にも砕けそうになる……
「でも、約束するよ」
少年は殊更強く少女を抱き締めると、
「君に相応しい恩人に、幼馴染に、主君になるために、全力を尽くすって……」
右手の甲に光を灯し、
「君が僕に、尽くしてくれたようにね……そして……」
光を緑の勾玉の形にし、
「君には素晴らしい未来があるって、伝えるために……君の素晴らしい未来を、証明するために……!!」
心からの誓いを宣言した……途端、少女の首輪の結晶も真紅に輝き……
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫しつつ涙を溢れさせる少女が、右の瞳と同じく左の瞳も真紅に輝かせ、顔の右半分に浮かぶ真紅に輝く炎のような模様を顔の左半分にも顕した……直後、
ぶちぶちぶち……!
真紅の鎧と〝鬼〟を繋ぐ操り糸のごとき多数の管が千切れていき、右横にのみ角を生やしていた兜が左横にも角を生やしていく……同時に、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
額の右側にのみ角を生やす巨大な〝鬼〟も、煌路が額の左側に突き立てて残していた刀が《《右側と同じ》》角へと変化し……額の左右に刀のような角を生やす、150メートルを超える紅蓮の〝鬼〟が見渡す限りの溶岩の海に顕れた……刹那、
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
〝鬼〟の頭の中で少女の鎧が木端微塵に砕け散り、真紅に輝く髪を腰までなびかせ、真紅に輝く炎のような模様を全身に浮かべる、首輪以外一糸纏わぬ美しい女体が露となる……と、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
全裸の少女が滂沱と涙しながら絶叫し、一際激しい業火を全身から噴き出し……
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
業火が〝鬼〟の頭の中心から脳天までを突き抜け、〝鬼〟の頭頂から巨大な火柱が……少年と少女を吞み込んだ火柱が、真っ赤な空に高々《たかだか》と噴き上がる……そして、
「あああああ……あ……あぁぁ………」
火柱が消えると、中から現れた少女は〝鬼〟の頭上高くで操り糸の切れた傀儡のように脱力し……
「火焚凪!!」
同じく火柱の中から現れた煌路が少女をお姫様だっこで抱え、静かに〝鬼〟の頭に着地する……と、抱えられる少女の全身を覆う炎のような模様が消え、真紅に輝く髪も漆細工を思わせる黒髪になり……
「火焚凪……」
腕の中で瞼を閉じてぐったりする少女に煌路は眉尻を下げる。が、少女が小さく息をして、かすかに胸を上下させていることに安堵の息を洩らす……しかし、その上下する《《Zクラス屈指の豊乳》》に目を奪われてしまい……
「………………………………………………………………………………………………」
お姫様だっこしている少女の《《一糸纏わぬ》》全身に見入ってしまう。
特大のバストの下には長年の剣修行により引き締められたウエストが細い括れを作っており、さらに視線を下げると安産型のボリューム溢れるヒップと、これも剣修行の成果と言える張りに満ちた太腿が見える。
加えて瑞々《みずみず》しい白皙の肌は輝くばかりに眩しく、トップモデルも顔負けの足の長くメリハリの利いた肢体は健康的な美しさに満ちると同時、17歳になったばかりとは思えぬ色気に溢れる大人びたプロポーションを顕している……だが、
「……これも……僕のせいなのかな………」
その大人びた肢体も、自分が苦労をかけさせた結果なのではと煌路は苦悩する。
長年の苦労が肉体的にも影響を与え、実際の年齢以上に大人にさせてしまったのではないかと……その時、
「……うぅ………」
煌路の腕の中で、目元に涙の跡を残す少女が瞼を重そうに開け……
「……と…の………」
真紅から黒に戻った瞳が、ぼんやりとした視界に映すのは……服のあちこちに縁の焦げた穴を開け、肌にもところどころ焦げ跡をつけた上、額から血を滴らせる主君の姿……
「……面目次第もござりませぬ!!」
視界と意識を鮮明にした少女が主君の腕の中から飛び出し、〝鬼〟の頭の上で震える身を深々と土下座させ……
「主君を害う天にも背く罪業……全ては拙者の不忠不徳にござりまする……!!」
嗚咽するような声を絞り出す少女には、日頃の雪渓を斬り裂く滝のごとく冷厳で、深淵な霊峰のごとく幽玄な佇まいなど微塵も無い。
「かくなる上は……」
それは厳粛な威風を纏う現代の〝サムライ〟に非ず、ただただ怯え泣きじゃくる幼子のごとき儚い姿……
「どうか……殿の御手にて、愚かな臣の素っ首を……」
あるいは……大切な人に見捨てられ、絶望に打ち拉がれるか弱い乙女の姿……
「顔を上げてよ、火焚凪」
だが、乙女の前で少年は両ヒザをつき、
「謝らないといけないのは、僕の方だよ」
乙女の両肩を掴むと、その上体を起こして優しく抱き締め、
「こんなになるまで君を追い詰めてしまったことこそ、僕の罪だよ」
「と…の……」
抱き締められる乙女は目を瞠ると、目元に涙を滲ませつつ唇を戦慄かせ……
「左様な、こと……全ては……己を御せぬ、我が身の未熟……狂乱せし、拙者の……」
「狂乱、か……」
火焚凪を抱き締めつつ、煌路は自分たちが腰を下ろす〝鬼〟の頭を見回す。
煌路が額の左につけた傷や火焚凪が脳天に開けた穴は既に塞がっているが、巨大な〝鬼〟は操り糸の切れた傀儡のように力なく溶岩の海の上に立ち尽くしている。
「君が暴れたのも、この〝鬼〟に呑み込まれていたからじゃないのかい? 遥かな昔、この地に遺された大いなる〝遺産〟……そんなものに初めて触れたのなら、正気を失くしても仕方が無いよ」
優しく傷を癒すような声を紡ぎつつ、少女を抱き締める腕に力を入れると自分の右手の甲を見て、
「僕だって、僕にとっての〝大いなる力〟をまだまだ使いこなせていないしね」
端正な顔を自嘲気味に笑ませる……が、不意に心苦しそうに顔に陰を落とし、
「それに……君が暴走するのは、事前に予想していたことだったんだよ。葛葉の今回の作戦には、それも織り込まれていた……と言うより、それが作戦の要だったんだよ……」
火焚凪が小さく息をのんだ。
「だから、そのことも謝らないといけないよね……君の成長に必要だったとしても、君が苦しむのを分かっていて作戦を認めたのは、間違いなく僕の責任だからね……」
重い声で懺悔しつつ、
「それに、もう1つ……君も気づいているよね……」
火焚凪を抱き締めたまま、右手の指で少女の首輪の脰の部分に触れ、
「この首輪……ブレイクが用意してくれたものなんだよ。さっき僕が自分の〝異元領域〟に来た時、ビリヤードの球に仕込んで僕のズボンのポケットに入れてあったんだけどね」
火焚凪が小さく唇を引き締めた。
「ブレイクから今年の君の誕生日プレゼントを用意してやるって言われた時は、僕も意外に感じたんだけど……今年の姉さんへの誕生日プレゼントを用意する時にも、彼女は手を貸してくれたからね」
火焚凪の不機嫌を和らげるように声を柔らかくして、
「姉さんへ贈る櫛の制作を職人さんに依頼する時、素材になる白金を彼女が用意してくれたんだよ。それが凄く質のいい白金だったから、今回の君へのプレゼントも任せて問題は無いと思ったんだ。それに……」
お節介を自覚するように苦笑し、
「君たちが少しでも仲良くなる切っ掛けになればいいかなって思って、OKしたんだよ……まあ、やっぱりと言うべきか、裏があったわけだけどね」
溜め息しつつ苦笑を深める煌路……だったが、
「数日前、葛葉から今回の作戦の詳細を聞いたんだけど、その中でブレイクの用意するプレゼントが大きな役割を持つって知ったんだよ」
一転、冷徹に顔を引き締め
「この首輪……正確には首輪に嵌め込まれている結晶は、リオさんが僕に用意してくれる〝大いなる力〟と連動して君の暴走を……〝鬼〟の力を抑える効果があるってね……実際は、それだけじゃなかったみたいだけど」
〝支配者〟の冷厳な光を瞳に灯し、
「さっき結晶が光って機能が発動した時、〝鬼〟の力を抑えるのと一緒に君の〝気持ち〟が僕に流れ込んで来たんだけど……」
火焚凪が息をのんで赤面するも、武士の情で取り合わず……
「他にも、何かの〝異質〟な力が君を通してこの世に流れ込んで来るのを感じたよ」
厳粛な威厳に満ちた声と重圧が灼熱の〝異元領域〟を震わせる……が、
「尤も、その力に邪悪な感じは受けなかったんだけどね……むしろ、この世の善悪を……この世の法則を超越した、この世とは在り方を〝異質〟にする遥かに高い時空からの力……そんな印象を受けたかな」
自分でも事実を理解しきれないような、どう言えば良いか分からないような、そんな口ぶりで顔を硬くする煌路……だったが、不意に気を緩め、威厳を残しつつも柔和に笑み、
「あんな〝力〟を呼び出せる代物を用意できるなんて、やっぱりブレイクも底の知れないところがあるよね」
敢えて得体の知れぬモノも受け入れる……そんな〝王器〟を纏いつつ明るい声で、
「まあ実際、彼女の素性は僕も知らないんだけどね」
「……その上で、あの下女も、クズ参謀も、信頼なさるのでござりまするか……?」
〝王器〟に気圧されつつ、少女がかすかに震える声を洩らす……と、
「勿論だよ」
少年は幼馴染を強く抱き締め、
「君を信頼するのと同じにね」
密着する幼馴染の耳元に、ありったけの親愛を籠めて囁いた。
対して少女は息をのんで目を剝くと、消え入りそうな声で辿辿しく……
「……なれど、拙者は……僭越、にも……主君に、縋り……御側より、遠ざけられ………」
目元に涙を溜め、苦しそうに息を乱す少女……対して、
「うん……高等部に入学する時、僕は君を、僕の家から学院の寮に移したよね……そうして縋るのを……僕に依存するのをやめさせて、独り立ちさせるのが君のためだと思って……」
少年も瞳に憂いを浮かべ、
「でも……それは君の意思を……君の自由を無視した……僕の身勝手だったよ……」
深い自省に声を重くしつつ、
「僕に依存しようと……執着しようと……全ては君が自分で選んだ、君の自由な在り方であり……それこそが、君の〝欲〟だったわけだからね……」
過ちは繰り返さぬと誓うがごとく、
「だったら……それを否定する権利は、僕には無いよ……!!」
全てを受け入れ、世界を呑み込むような〝王器〟を余さず開放する……が、
「それに……僕も、君に側に居てほしいからね……」
一転、絶大な〝王器〟を潜めさせ、
「正直……君が暇乞いをして僕の側から居なくなった時、すごく寂しかったよ……」
不安に震える凡百の少年のごとく、
「その時、あらためて分かったよ……僕にとって君が、どれだけ大切なのか……君が側に居てくれることが、どれだけ大事なのか……そのことを、君が居なくなって思い知らされたよ……」
「……っ!!」
少女が全身を震わせ、しばし硬直したあと……
「……拙者は……殿の御側に居て、よろしいのでござりまするか……?」
喉の奥から絞り出すのは、不安と期待の入り混じったか細い声……
「むしろ、僕からお願いするよ……」
対して少年は、二度と離さぬとばかりに少女を強く抱き締め……
「ずっと……いつまでも……僕の側に居て欲しい……!!」
傲慢な〝欲〟を少女に押し付けた……
「……殿……!」
だが、そんな〝欲〟に少女は胸の奥を、全身を、魂を熱くする。
そして、はっきりと自覚する。
(左様だったので、ござるか……)
〝彼〟は優しいからこそ、〝里〟から自分を連れ出してくれた。
思いやってくれたからこそ、〝遠征〟のことも咎めないでくれた。
気遣ってくれたからこそ、自分を水代邸から寮に移してくれた………
(なれど……それらは、全て……)
優しさが、思いやりが、気遣いが、〝配慮〟という〝柵〟を作っていた結果だ。
〝彼〟と自分の心が触れ合えぬよう隔てる〝柵〟が、〝彼〟の心の中に作られていた結果だ………
(なれど……拙者は……)
〝彼〟に、もっと傲慢な〝思い〟を押し付けて欲しかった。
優しさも思いやりも気遣いも無い、裸の〝思い〟で触れて欲しかった。
配慮など捨て、ありのままの〝思い〟をぶつけて欲しかった………
(その末に……さらに苦しもうとも、拙者は……)
〝彼〟に、心の中の〝柵〟を取り払って欲しかった。
ありのままの〝思い〟の……剥き出しの〝欲〟のままに触れて欲しかった。
誇り高き〝主君〟が、〝暴君〟や〝魔王〟となろうとも………
(それこそは……拙者の〝欲〟……拙者の〝思い〟……否……)
〝主君〟に、〝暴君〟に、〝魔王〟に求めるように、
(拙者の〝想い〟……すなわち……)
剥き出しの心を曝け出し……
(殿を御慕いする……拙者の、〝恋心〟にござるか……)
自分の気持ちを、はっきりと自覚した……
(……なれば、殿は……水代煌路様は……拙者の生涯、只一人の〝恩人〟であり、〝幼馴染〟であり、〝主君〟であり……)
胸の痞えが下りたように清々《すがすが》しく、
(掛け替えの無い……〝想い人〟にござるか……)
口元に爽やかな笑みを浮かべる………が、
(なれば……拙者には、成さねばならぬ〝大儀〟と……〝天命〟があるのでござる……!)
不意に、口元を強く引き結び、
(寛大なる殿の〝柵〟を取り払っていただき、我が〝恋心〟を捧ぐための〝大儀〟が……そして、偉大なる殿の〝覇道〟に連ならせていただき、我が〝運命〟を果たすための〝天命〟が……然らば、拙者は……)
〝主君〟のためなら〝守り刀〟となり、
(〝忠義〟なる、我が道程を突き進み……)
〝暴君〟のためなら〝断頭台の刃〟となり、
(不埒者を、余さず滅し……)
〝魔王〟のためなら〝魔剣〟となり、
(殿の〝覇道〟を、先陣となって斬り拓くのでござる……!!)
〝想い〟を籠めて、深淵なる覚悟を胸に誓う……そして、己を抱き締めてくれている〝想い人〟と我が身を一つにするように、〝想い人〟を熱く抱き締め返し……
「……御側に居よとの仰せ……身に余る栄誉にござりますれば……」
熱い胸から声を紡ぎ、
「不肖……八重垣火焚凪……」
熱い涙を流しつつ、
「一命、捧げ奉り……」
《《歓喜》》の涙を流しつつ、
「永遠に……御側に……!!」
永遠の〝恋心〟を……〝愛〟を誓った……!!
「ありがとう、火焚凪……!」
片や〝想い人〟も静かながらも熱い声を洩らし、灼熱の空間をさらに熱くするように2人は情熱的に抱き締め合う…………が、
(……あ………)
少女は気づいてしまう。
(あ……あぁ………)
一つになるように〝想い人〟と抱き締め合い、二度と離れぬかのように密着する我が身が……首輪以外、《《一糸纏わぬ姿であることに》》。
(あ……あああああ………)
特大のバストが薄いポロシャツ一枚《《のみ》》を挟む形で〝想い人〟の胸に押し付けられ、押し潰された水風船のように大きくひしゃげており、
(あああああ………)
他にも〝想い人〟と密着する部分の肌が熱を帯びると、瞬く間に狂おしい熱が全身に広がり一糸纏わぬ肢体を真っ赤に茹で上げ……
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
左右の腕で胸と股間を隠しつつ、少女は弾けるように少年から離れ背を向けた。
「か…火焚凪!?」
目を瞠る煌路だったが、少女の気持ちを察し自らも真っ赤な裸体へ背を向けた。そして少女に自分の服を貸せないかと考えるが、あちこち焼け焦げて穴が開いているので意味を成さないと気づく……その時、
にゃお~ん
ピンクの毛並みがキレイな子猫が、煌路のチノパンのポケットから顔を出し、
「シロ!?」
再び目を瞠る煌路のポケットから、子猫は《《明らかにポケットの容量を超える》》大きなバスタオルを咥えて引っ張りつつ飛び出す。そして煌路と火焚凪がいる巨大な〝鬼〟の頭の上にバスタオルと共に降り立つと、
にゃお~ん
咥えているバスタオルを差し出すように煌路へ顔を上げた。
「……ありがとう、シロ」
煌路は微笑みながら子猫の頭を撫でてバスタオルを掴むと、自分へ背を向けて蹲み込み、足の先まで朱に染まる裸体を震わせている少女へ歩いていき……
「ごめんね、火焚凪……」
背後から、少女の肢体をそっとバスタオルで包み、
「また、君を苦しめちゃったよ………」
優しく抱き締めつつ、心苦しい声を洩らす……が、
「い…いえ……全ては、拙者の不手際なれば……」
少女は体に震えを残しつつも、強い芯を感じさせる声を紡ぎ、
「殿が、御気に病まれることはござりませぬ……何より……」
潤みつつも真っ直ぐな覚悟を籠めた瞳で少年へ振り返ると、
「不肖、八重垣火焚凪……」
少年の腕の中で体を反転させ、顔を間近にして少年に正面から相対し、
「御初に御目にかかりし時より、我が全身全霊は普く殿へ献ずる所存なれば……」
拙い幼虫が蛹を経て美しい蝶と成ったがごとき振る舞いで、
「謹んで畏まり……我が全身全霊、御収めいただけるよう、衷心より御願い申し上げ奉りまする……!!」
己が唇を少年の唇に重ねる………
「ゲ~ッゲッゲッゲ~~~!!」
寸前、見渡す限りの溶岩の海から《《70メートル》》を超える金色に輝く虫が飛び出し、《《6本》》の肢の内4本の肢に生える長大な剣のような爪を振るい……
ザンッ!!
目を剥く少年と少女が立つ巨大な〝鬼〟の頭を、胴から刎ね飛ばした。
「ゲゲッ! お宝の力! 見せてやるんだぜえええええええええええええっ!!」
「お宝だって!? まさか……くっ!」
対して煌路は一瞬動揺するも、バスタオルを体に巻いた火焚凪をお姫様だっこし、子猫がチノパンのポケットに飛び込んで姿を消すや、切断され落下していく〝鬼〟の頭から真っ赤な空へジャンプした……直後、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
虫に続いて岩で出来た金色に輝く巨人が溶岩の海から飛び出し、〝鬼〟の頭が溶岩に沈むと同時に頭を失くした〝鬼〟に体当たりし……
バガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
130メートルを超える金色の巨体が150メートル近い真紅の巨体を千々《ちぢ》の肉片に砕き散らし、巨大な岩をぶつけ合うような大音声を轟かせる。
「忌まわしい鬼子めえええええええええええええええええええええええええっ!!」
「や…弥麻杜殿にござるか!?」
空で煌路に抱えられる火焚凪が息をのむと、岩の巨人は無数の火山が噴火している空間で怒りを噴火させるがごとく、
「今度はお前が思い知れ!!」
怒りの大音声で灼熱の空間を沸騰させるように揺るがせる。
「大いなる遺産の力をなあああああああああああああああああああああああっ!!」




