謎多き乙女たち
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
星空の下、突如火山が噴火し紅蓮の炎を夜闇に噴き上げた。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
次いで真っ赤に輝く火口から、溢れる溶岩と共に150メートルはあろう〝鬼〟が地獄の底から這い出すように現れる。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
さらに大地を砕き黒い氷で出来た巨大な帆船……否、海賊船が深い地の底から現れ、火山の麓に幾筋も流れる溶岩の川の1つを航っていく。
「ったく、ヤバかったんだぜい」
海賊船の甲板に立つのは、波打つ紺碧の髪を胸まで伸ばす、身長190センチを超える逞しい体躯の少年。
「間一髪であったのじゃ」
他にも甲板には、頭頂に一本角を生やす少女や12本の三つ編みをヒザに届かせる少女、それにヒザを抱えて宙に浮く少女や〝黒い氷の海賊団〟の団員たちもおり、
「仕出かしてくれるものじゃのう……〝守り刀〟め」
一本角を生やす少女が、夜闇に浮かび上がるように火山の頂に立つ紅蓮の〝鬼〟を睨みつける……と、
「愚妹め、蛹より羽化したのでつかまつるか」
白い和装の女を横抱きし、長大な蛇行剣を背負う総髪の少年が甲板に降り立った。
「良かった。みんな無事だったんだね」
直後、タンクトップとホットパンツの少女をお姫様だっこする少年が、白金色の髪を足首まで伸ばす少女と乳白色の髪をヒザまでなびかせる少女、それに黒髪を肩に届かせるメガネの少年を伴って甲板に降り立つ……と、
「《《メチャクチャ》》強い重圧を感じるっぺよ……!!」
メガネの少年が〝鬼〟を見て、その場の総意を代弁するように呟いた………
◆
「やはり、この重圧は……!!」
火山の麓の海賊船から離れた地点で、白い和服を着て白い髪を足首まで伸ばす女が唸るように洩らし、
「……どーすんだ、ししょお?」
忍者装束の少女が女の横で女と同じく〝鬼〟を見ながら、一帯を震撼させる重圧に冷や汗しつつ問う……だが、
「……決まっている」
答えたのはオレンジ色の髪の男であり、
「あれが地球の新たな戦力ならば……我らが帝国に仇なす存在ならば……」
やはり冷や汗しつつも歯を食い縛り、男はその身を炎に包むと──
「この場で打ち倒すまでよ!!」
巨大な〝炎の鳥〟となり〝鬼〟へ羽ばたく!!
「やめろフゥオーコ!!」
白い髪の女──ワイクナッソが制止するも〝炎の鳥〟は炎のような紅蓮の〝鬼〟へ一直線に飛んで行く。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
だが〝鬼〟は雄叫びつつ燃え盛る炎の剣を振り下ろし、迫りくる〝炎の鳥〟の右の翼を斬り飛ばす!!
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
人に戻ったファルコ・フゥオーコが大地に落ちてのたうち回る。その右腕は肩から斬り落とされ、切断面の肉は溶けて液状になった上、蒸発して水蒸気を上げていた。
「いかん! 道化よ! あいつも強制撤退だ!!」
ワイクナッソが叫ぶや、空に浮く真紅の道化師が鏡と鈴がついた長杖を輪を描くように一回転させる。
しゃらんっ
刹那、ファルコは側の空間に開いた真紅の穴に消えた………
◆
「〝嵐の騎士団〟でも歯が立たないか……」
〝炎の鳥〟が斬り伏せられた光景に、煌路が海賊船の甲板で呟き、
「なんで、ちょっと嬉しそーなんだ次期当主サマ?」
「うん? まあ幼馴染の成長を嬉しく思うところは、ちょっとあるかな♪」
六音がジト目で問い質すと、煌路はお姫様だっこしている少女に《《どこか自慢げに》》微笑みかけた。
「……ハッ、kill数6000万の〝殺人記録〟4位はダテじゃないってか……つっても、あんなアメリカの奇祭みたいになったのを〝成長〟で片づけていーのか?」
「奇祭って、ネバダ州の『バーニングマン』のことかな? 近年は規模がどんどん大きくなって、燃やす人形も20メートルを超えているって聞いたけど」
ジト目を強める六音を甲板に下ろしつつ、
「でもほら、火焚凪も人形も《《大きく》》〝成長〟しているのは同じだよね」
「あの祭りって、元々は失恋を忘れようとして人形を燃やしたトコから始まったらしーぞ?」
ジト目だった六音が、どこか同情的な視線を〝鬼〟へ向ける……直後、
「コウジ!!」
目の覚めるような青い髪を足首までなびかせ、純白のスリーピーススーツを着た女が甲板に降り立ち、
「なかなか《《炎上》》してるな♪」
常闇のような黒髪をヒザに届くポニーテールにして、地球軍の〝特務部隊〟の白い軍服を着た女も甲板に現れる……と、
「お疲れ様、デュロータ。助かったよ。リオさんを呼びに行ってもらえて」
〝担任〟の登場に級友たちが身構える中、煌路が青い髪の女へ柔和に微笑み、
「気にすることは無い。大した用事でもなかったことだしな」
青い髪の女──デュロータは周辺を圧迫する重圧に顔を強張らせ、緊迫した雰囲気で応える……が、
「お前こそ大事ないようで何よりだ。日頃から言っているだろう。お前の無事が最優先だとな」
ふと仄かに微笑み、微かに雰囲気を緩め、瞳の奥に熱を籠めた眼差しを煌路へ向けた……
「「「「「!!」」」」」
途端、《《恋する乙女のごとき》》デュロータの態度に級友の女子たちが燃えるような重圧を発し、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝鬼〟も熱く叫び、大きく炎の剣を揮い巨大な炎の斬撃を海賊船へ飛ばす!!
「弱き者、汝の名は女なりか♪」
だがポニーテールの女──鷹岡リオが取り出した緑の勾玉が放った光に炎の斬撃は掻き消され、煌路は鋭い視線で勾玉を見ると、
「それが……」
「ああ、お前の〝歩行器〟だ。バッチリ仕上げといてやったぞ♪」
リオが偉そうに笑みつつ勾玉を差し出し、受け取ろうとする煌路の右の掌に乗せる……と、勾玉は水面に沈むように手の中に入ってしまい、わずかに顔をしかめる煌路へリオは一層偉そうに笑み、
「今度はコケるなよ赤ん坊♪」
「……勿論ですよ。自分の〝失敗〟は自分で方をつけます」
顔を引き締めた煌路が、火山の麓の海賊船から火山の頂上に立つ〝炎の鬼〟を見据える。
「御屋形様」
その時、横抱きしていた女を傍らに下ろした総髪の少年──津流城が甲板に正座して恭しく煌路へ奏上し、
「我が妹の元へ赴かれるならば、どうかこれを」
白木の鞘に納められた日本刀を腰から抜くと、横に向け左右の掌に乗せて煌路へ献上した。
「これこそは我ら兄妹が……否、我が妹がこの世に生まれ落ちた折、共にこの世に顕れたとされる一対の刀の片割れにつかまつりまする」
「君たち兄妹が生まれた日……君たちの両親を含めた八重垣の一族が滅んだ大火から、君を助けてくれた刀だね……いいのかい?」
「御意」
刀を受け取りつつ尋ねる煌路に津流城は深く頭を下げると、自身が背負う紫に輝く蛇行剣を見やり、
「某は、新たな愛刀を得たのでつかまつりますれば」
次いで傍らに横座りしている白い和装の女──沙久夜に目をやり、視線を交わして頷き合う。
「そうか……それじゃあこれは、ありがたく貰っておくよ」
津流城と沙久夜の深い絆を感じさせる仕種に、煌路は満足そうに微笑むと白木の鞘に入った刀を握りしめ、
「行こう、姉さん」
「はい、コロちゃん」
自身も白金色の髪の少女──ウィステリアと視線を交わし、深く頷き合う……と、姉弟の体が光に包まれ、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
同時に〝鬼〟も光り出し……姉弟と共に〝世界〟から姿を消す──が、その寸前の刹那にも満たぬ一瞬、ウィステリアだけが黒い球に包まれ煌路や〝鬼〟とは別に消えていた。
「!」
それはZクラスの生徒たちさえ気づけぬ一瞬の出来事だったが、唯一気づいたリオはかすかに眉をひそめ……
「あのバカ……」
口の中で、誰にも聞こえぬ呟きを洩らした………
◆
「ここは……」
空も地面も無い真っ黒な空間にウィステリアはいた。
「コロちゃんや火焚凪さんと、引き離されてしまいましたか……」
煌路と共に〝異元領域〟へ移る寸前、黒い球に包まれこの空間へ転移させられたのだったが……
「何のつもりですか……ブレイクさん」
「さっすが若奥様でやがるのですよ♪」
宇宙誕生以前の〝永遠の無の世界〟がごとき暗闇でも、清淑な気品を纏って毅然とする少女の前に右目に片眼鏡を付けた少女が現れ、
「フラッターはモチロン、並みのエヴォリューターもペチャンコな重力も平気でやがるのです♪」
《《凄まじい高重力が渦巻く》》真っ黒な空間で、平然と話す少女たち。
「ま、オッパイにかかる重力をいつも〝消滅〟させてる若奥様ならヨユーでやがるのですか♪」
「『若奥様』と呼ぶのはやめてくださいと、いつもお願いしているではありませんか、ブレイクさん……」
一縷の光も無い真っ黒な空間で、溜め息しつつも凛とするウィステリアに対し、
「ノッピキナラナイ事情で、火焚凪に若奥様を会わすのは禁止でやがるのです♪」
片眼鏡の少女は、暗闇を照らすようなナマイキな笑みを浮かべた………
◆
「今のは……」
煌路が静謐な真っ白い荒野で呟いた。
「間違いない、ブレイクの技だったよね……」
〝異元領域〟へ移る寸前、ウィステリアだけ他の場所へ移動させられたのだ。
「何のつもりか知らないけど……さすがに悪戯が過ぎるかな……ん?」
全てにおいて姉が最優先の少年は目元を険しくするが、チノパンのポケットに違和感を覚え手を入れる……と、緑のビリヤードの球が出てきた。
「ふ~ん……」
瞳を冷たくしつつも納得したように溜め息し……
バキャッ
右手で球を握り砕く。そして……
「まったく……彼女の悪戯にも困ったものだよね……」
共に〝異元領域〟に来た〝もう1人〟へ目を向け、
「それとも……君の主君として、1人で事を収めろってことかな……ねえ、火焚凪」
巨大な紅蓮の〝鬼〟へ、ありったけの親愛を籠めて微笑んだ………
◆
ゴバアッ!!
薄暗い洞窟の地面を砕き、2メートルを超える蟻が地中から現れ、
「……間に合わなかったか!」
蟻の背が割れ、中からでっぷり太った体を石の鎧で包んだカエルのような顔の男が出てくる……と、
「お疲れさんどすえ、最後の当主殿♪」
臍を噛む男──草薙弥麻杜の後に、白釉のような白い顔にはんなりした笑みを浮かべる少女が現れ、
「戦場には〝分体〟の羽蟻を残しはって、〝本体〟は地面に潜って逃げとったんどすな~♪」
「七里塚……葛葉……!」
弥麻杜が息をのんで振り向くと、少女──葛葉は右肩から胸に流す黒釉のような黒髪を摘まみ、それを束ねる鼈甲の髪留めをペロリと舐めつつ、
「そないにしてまで、ここに来はる理由があったんどすえ? 〝里〟の民はおろか、女房子供も死んでもうたゆうんに」
「!!」
「ま、死んでもうとるんは、あんさんも一緒なんどすけどな~♪」
「!?」
弥麻杜が目を剥くも、葛葉は一片の曇りも無い笑みで、
「忘れたワケやないどすえ? 黒い巨人にならはった太華瑠はんに腰から下を吹っ飛ばされ、湖乃羽はんに〝黄泉国〟で使役されとったことを」
「……!」
弥麻杜が《《血の気の無い》》顔を苦渋に歪めるも、葛葉は微塵も邪気の無い笑みで……
「ま、その前にも一度死んどったんどすけどな~♪」
「っ!?」
「〝瀬織津〟顕現の儀式のあと、崩れた鍾乳洞に巻き込まれて〝八鱗刀〟もろとも死んどったんどすえ~♪」
驚愕に硬直する弥麻杜に、葛葉は手品の種明かしをする子供のように笑み、
「せやから、沙久夜はんにもろうた〝瀬織津〟の鱗を仕込んで生き返らせたんどす。そのあと太華瑠はんに屠られてもうたワケどすが、湖乃羽はんがゾンビにしてくれて助かったんどすえ。さすが姉妹、ええチームワークどすな~♪」
毛ほどの後めたさも無い少女に、弥麻杜は既に止まっている心臓が暴れるように鼓動する錯覚に囚われつつ、
「な…何のために、そんなことを………」
「豆腐を斬っても試し斬りにならんのどすえ~♪」
「なんだと……?」
弥麻杜がさらに困惑するも、葛葉ははんなり笑んだまま洞窟の奥を見る……と、太い木の格子を手前に設えた池のような水溜まり……水牢があり、
「あれが、火焚凪殿の〝里〟での住み処やったんどすな~♪」
《《無人》》の水牢を前に邪気の無い笑みをほころばせ、
「1人の女子をあそこに閉じ込めとくんが、〝里〟や家族を守るより優先順位が上やったんどすえ当主殿?」
「……!!」
弥麻杜が目を見開き、一瞬の葛藤を見せる……が、
「……あれは……あれこそは……この世にあってはならぬ〝鬼子〟だ……!」
〝鬼〟の形相で葛葉を睨みつけ、
「お前は知っているのだろう。〝鬼子〟を輩出した一族が……〝八重垣〟が、なぜ断絶したのか……!」
「津流城殿と火焚凪殿が生まれはった夜……正しくは《《火焚凪殿が》》この世に生まれはった瞬間、八重垣の領地が業火に包まれて一族郎党焼き尽くしてもうたんどすな~♪」
お気楽な葛葉の声に、弥麻杜はさらに顔を険しくして、
「そうだ……立ち会いのため八重垣の当主の屋形にいた我が弟は、全身に火傷を負いながらも辛うじて生き延び……我が屋形にたどり着き、事切れる前に事の次第を伝えたのだ……」
故人を悼むように顔を伏せ、
「あの夜、あの屋形にて……襖越しに、一つめの産声と男子の生まれを告げる声が聞こえ、次いで二つめの産声が聞こえた瞬間……全てが業火に包まれたとな……!」
憎悪の業火を瞳に燃やしつつ顔を上げ、
「業火は一晩に渡り燃え盛り……日が昇りようやく鎮火したところで、我らは八重垣の当主の屋形へ向かったのだ……だが……」
腹立たしい記憶に苛立ちつつ、
「八重垣の領地は、一面の焼け野原となっており……当主の屋形があった地に、二本の白木の鞘に納められた刀と、二本の刀がそれぞれ発する光にそれぞれ包まれた二人の赤子が……《《無傷》》の男と女の赤子がいたのだ……」
「見つけたんは、それだけやなかったんどすえ?」
葛葉の《《確認する》》声に、弥麻杜は忌々《いまいま》しげに顔を歪め、
「八重垣の当主の屋形は、〝里〟を収める地下空洞の内壁を背にして建っていた……そして、屋形が焼け落ち露になった内壁の一角に、屋形により隠されていた洞窟が口を開けていたのだ………」
「それが、この洞窟どすな~♪」
葛葉は自分がいる洞窟の内部を見回して、
「そのあと、火焚凪殿は赤子の身ながら強烈な重圧を撒き散らしはって、〝里〟を件の〝暗黒節〟に沈めたんどすな~♪」
感心するように笑みつつ、
「ほんで、あんさんらは〝元凶〟を何とかしようと手を尽くしはったんどすが……刀の光に守られとった火焚凪殿に、傷ひとつ付けられんかったんどすえ~♪」
洞窟の奥に目をやり、
「せやから、あんさんらは洞窟の奥のでっかい水溜まりに水牢を作らはって、赤子やった火焚凪殿を、奴はんを守っとった刀と一緒に閉じ込めたんどすな~♪」
《《無駄な》》努力を労うように、
「そうして誰も奴はんに触れさせんとけば、いずれ重圧が収まると思わはって……せやけど」
《《当然の》》結果を告げるように、
「その後も若様に連れてかれるまで、水牢の中から重圧を出しまくっとったんどすえ~♪」
「一体どういうことなのだ!!」
〝同類〟を誇るような少女に弥麻杜は錯乱しそうな勢いで、
「水牢に入れてから飯もやらなかったのに普通に育ち、誰とも話していなかったのに言葉まで覚えていたんだぞ奴は!!」
「ほんでも、《《なぜか》》この牢の中やと奴はんは力の大半を使えなくなってまうどすからな。せいぜい、〝里〟のあちこちに自分の幻を映したり……」
弥麻杜が眉を吊り上げた。
「牢の中から、太華瑠はんの右手を斬り飛ばしたり……」
弥麻杜がギリッと歯ぎしりした。
「〝里〟を〝暗黒節〟に沈めるくらいしかでけへんようになってまうんどすえ~♪」
「甚大極まる脅威だ! やはり奴を解き放つなど断じて許せん!!」
弥麻杜が冷たい体に灼熱の執念を燃え上がらせた。
「その程度、奴はんの《《本来》》の〝力〟を思えばカワイイもんどすえ~♪」
片や葛葉ははんなり笑んだまま、冷徹に真理を語るように、
「そもそも、さっきも言ったどすな? 自分よりはるかに強い者を小細工で抑えんとしても、長くは保たんのやって」
笑みの奥に自戒を籠めるような趣で、
「それは自分が高みに昇るんやなく、高みにおる者を自分がおる位置に引きずり下ろす浅ましい所業どすからな」
仄かにほろ苦さの滲む笑みを咲かせ、
「そんなん上手くいくワケないんどすえ~♪」
「綺麗事など糞食らえだ!! 分からんのか!?」
冷徹な真理に対し、熱い執念をさらに燃え上がらせる弥麻杜……だが、
「奴を野放しにすれば世界が〝暗黒節〟に沈み……かつての〝里〟以上の命が失われるんだぞ……!!」
熱い執念の奥に、冷たい〝何か〟を漂わせ、
「そうだ……我らが、あの禍々《まがまが》しい〝鬼子〟を滅ぼさなければ……〝鬼子〟に、この世が滅ぼされるんだぞ……!!」
「どっちが滅ぼし、どっちが滅ぼされるか、それは〝弱肉強食〟ゆう世の真理が決めてくれるんどすえ~♪」
〝綺麗事〟を叫ぶ弥麻杜を、さらなる〝綺麗事〟で斬り捨てる葛葉……だったが、
「やっぱ〝欲〟と同じく〝恐怖〟の恩恵あってこそ、人は全てを捨てて懸命になれるんどすな♪」
漂う〝何か〟の正体を見抜き、嬉しそうな呟きを口の中で洩らす……そして、
「つまり、あんさんは世界の平和のため、多くの人の命を救うため、火焚凪殿を幽閉して……殺すつもりやったんどすな♪」
邪気の無いはんなりした笑みを浮かべ、
「せやけど、それが叶わんかったから今回の計画を考えたんどすえ~♪」
屈託なく笑みをほころばせ、
「湖乃羽はんはあんさんを謀って野心を成そうとしたワケどすが、あんさんも湖乃羽はんに黙って〝ほんまの目的〟を……〝悲願〟を果たそうとしたワケどすな~♪」
〝同類〟を讃えるように笑みを輝かせ、
「〝瀬織津〟の顕現は二番目の目的で、火焚凪殿を〝儀式〟の〝贄〟にして抹殺する……それこそが、あんさんの〝悲願〟やったんどすえ~♪」
少女の笑みで、薄暗い洞窟が眩しく照らされたように感じた。
「……だが、それも失敗した」
対して〝弥麻杜〟は、世の理不尽に絶望するように暗い顔になる……が、
「一体あいつは何なのだ!? 今日だってそうだ! お前らは〝儀式〟の〝贄〟の一部に南米の四つの州と〝里〟の民の命を使ったんだろう!!」
「今回は1900年ぶりの顕現やから、〝贄〟にごっつい命の〝力〟が必要やったんどすえ。〝壬申の戦〟やそれ以前に顕現させる時はそこまでの〝力〟はいらんかったから、〝里〟の中から〝力〟の強い者を〝贄〟にしとったんどすけどな~♪」
迷いなき笑みの少女に弥麻杜は再び執念を燃やし、
「そうだ! だから我らは今回、星の核の力と……〝鬼子〟の命を〝贄〟に使おうとしたのだ!!」
「核の力の分は、太華瑠はんについとった〝嬉しい誤算〟で賄ったんどすえ~♪」
曇りなき少女の笑みに弥麻杜は目を剥き……
「……それについても問い質したいが、今は〝鬼子〟のことだ……!」
発狂しそうな怒りを押し込めつつ……
「……お前たちは四つの州と〝里〟の民の命を、〝鬼子〟の命の代わりに使ったのだろう……それはつまり、〝鬼子〟一人の命が、何千万もの命に等しい〝力〟を持っていたということだろう……!!」
怒りを超える〝恐怖〟に慄くように……
「一体……あいつは、何なのだ……!?」
冷たい体を萎縮させつつ、掠れる声を洩らした……一方、
「ま、火焚凪殿も委員長とは別の由来でおっかないどすからな~♪」
〝恐怖〟を讃えるように、はんなり笑む葛葉……しかし、
「……まったく、同じ〝無道三家〟の縁者やのに、他の家の者が凄過ぎて肩身が狭いんどすえ~」
かすかに顔を曇らせ、
「せやから、なけなしの悪知恵を絞って若様に尽くしとるんに……〝クズ参謀〟なんぞと言われるなんて、ほんま理不尽なんどすえ~」
どこか〝恐怖〟にうんざりするように溜め息する……と、
「委員長……〝九十九〟の娘のことか……」
弥麻杜がさらに声を掠れさせ、
「あいつも何者なのだ……儀式の場で会った際に『久方ぶり』などと言っていたが、前回あいつがワシの前に現れたのは……今から、《《20年以上も昔》》なのだぞ……」
ごくりと喉を鳴らし、
「……ワシが草薙家の当主となった折、祝賀の場に九十九の名代として奴が現れたのだ……《《今日と変わらぬ》》、《《若い娘の姿でな》》……!」
〝恐怖〟に魂を圧し潰されるように、
「どういうことだ……お前たちは、自分たちを〝十試属〟などと言っていたが……何か、関わりがあるのか……?」
「ま、あると言えばあるんどすが……〝九十九〟は〝十試属〟どころか〝原種〟、あるいは〝五色人〟としても、とびっきりおっかないんどすえ~♪」
「〝五色人〟だと……?」
新たに出た言葉に弥麻杜は眉をひそめ、
「確か……我が国最古とされていた社の伝承や、一部の史書にそんな名が……」
「史書の方は古史古伝……偽書ゆうことにさせとるんどすけどな。ま、その記述かて史実とあちこち食い違っとるんどすえ~♪」
再び笑みを輝かせ、
「それらの原典になった書は〝乙巳の変〟の折、ドサクサに紛れて〝十試属〟の御先祖が残らず焼いてもうたどすからな~♪」
胸を張って誇らしげに、
「せやから今やほんまの歴史は、〝十試属〟や〝原種〟に連なる者しか知らんのどすえ~♪」
弥麻杜が絶句するも、少女は遥か遠くを見つめるようにして、
「それで良かったんどすえ。ほんまの歴史が……うちらの〝起源〟にまつわる歴史が現代まで伝わっとったら、いろいろ厄介どすからな~♪」
鼈甲の髪留めをペロリと舐めつつ、一片の邪気も無い笑みをほころばせた。
「……一体……何が、目的なのだ………」
やがて、話の内容に圧倒されていた弥麻杜が消え入りそうな声を洩らす……と、
「もちろん、若様のために新たな世を創るんどすえ~♪ せやから──」
〝恋する乙女〟は細い筆を取り出し、毛先から洞窟の奥へ炎を噴き出して水牢の格子を焼き払い、
「うちも今日の〝作戦〟の、〝ほんまの目的〟を果たすんどす♪」
顕になった水溜まりに歩み寄ると、筆に替わり3種の古代文字が刻まれた短剣を取り出し、
「偉大な〝試祖〟の大いなる〝遺産〟を拝領するんどすえ~♪」
短剣を水溜まりへ向け、荘厳な金色に輝かせた………
◆
「退っ引きならない事情ですか……」
真っ黒な空間で、ウィステリアはかすかに声を低くして、
「コロちゃんと私を引き離す事情とは、どんな事情なのですか?」
視線もわずかに鋭くする……対して、
「ですから、火焚凪のためでやがるのですよ♪」
ブレイクは楽しそうに目を細め、
「モチロン、ボッチャマのためでもありやがるのですし──」
ヘッドドレスの白いレースを揺らし、
「ついでに、アタシサマの〝はじめてのおつかい〟のためでもありやがるのです♪」
右目の片眼鏡をキラリとさせつつナマイキな笑みをほころばせ、ウィステリアの眉をひそめさせた……刹那、
ビキィッ!!
真っ黒な空間の一角に亀裂が走り、
「ウルトラメガネーザーあああああああああああああああああっ!!」
強烈なレーザービームが亀裂を砕き真っ黒な空間に裂け目を刻む。と、裂け目から1人の少女が空間に飛び込み、
「見つけたぞ! 〝秘密の御奉仕〟の淫乱メイドめ!!」
「六音……でやがるのですか?」
ブレイクが眉根を寄せる。その視線の先には露出の高いタンクトップとホットパンツ……ではなく、黒い全身タイツで顔を含む頭から爪先までを覆う少女が、メガネを目の位置に付けて空間に浮かんでいた。
「いつの間にクララの戦闘員になりやがったのですか?」
「んなワケあるか! これは──」
「私の糸で編んだ即席の防護服ですよ」
六音が出てきた裂け目から毅然とした声が響き、黒く細い巨大な虫の肢が8本、ざわざわと蠢きつつ裂け目から伸び出て……
バキバキバキ……!!
巨大な肢は裂け目を砕いて広げ、大きくなった裂け目から全長20メートル近い漆黒の蜘蛛が真っ黒な空間に入ってくる……と、
「御曹司直属の侍女とは言え、勝手が過ぎるのではありませんか、ブレイク」
蜘蛛の頭から、1人の少女の上半身が生え出てきた。メガネのレンズを鏡のように光らせ、長い烏羽色の髪を腰の高さで蜘蛛の頭に溶け込ませる少女の上半身が。
「砂織さん!」
「委員長!?」
ウィステリアとブレイクが目を見開く……が、
「……なるほど。委員長のハンドメイドなら、六音がこの重力でツブれないのもナットクでやがるのです」
感心して頷くブレイクだったが、再び眉根を寄せ、
「でも、どうやってこの空間の位置を……ん?」
何かに気づいて自分の左足を見るブレイク。その踵に1本の黒い糸が繋がれ、蜘蛛の肢の1本まで伸びていた。
「まさか、この糸をたどって位置を知りやがったのですか?」
「その通りです」
砂織がブレイクを睨みつつ、
「〝草薙の里〟にて地下空洞の天井近くで、ずっと様子を窺っていましたよね。何をする気なのか注視して、万一の場合に備え糸を繋いでおいたのですよ」
「な……隠形はカンペキだったハズなのに、アタシサマを見つけやがったのですか……その上ココまで追いかけてくるなんて……ぬわっ!?」
蜘蛛が口から多数の黒い糸を吐きブレイクを絡め取った。
「ホントのクモは尻から糸を出しやがるのですよ妖怪クモサソリ!!」
「私の名前はツクモサオリです」
メガネの奥で目元を険しくしてから、砂織は畏敬の視線でウィステリアを見て、
「御師範、この場は私が引き受けますので、お早く脱出を」
「……ありがとうございます、砂織さん」
一瞬の逡巡のあと、ウィステリアは信頼を込めて微笑み、
「行きましょう、六音さん」
黒い全身タイツの少女を抱え、蜘蛛が入ってきた裂け目から真っ黒な空間を出て行った……すると、
「六音の全身タイツといい、さっすが〝手芸部〟……いや、〝原種〟の一等賞でやがるのですよ♪」
黒い糸に縛られたブレイクがナマイキそうな笑みを深め、
「それとも、〝五色人〟と言った方がイイのでやがるのですか♪」
「……七里塚に聞いたのですか?」
砂織は再び目元を険しくしつつ、
「あの〝クズ参謀〟と結んで、何を企んでいるのですか?」
巨大な蜘蛛から強大な重圧を湧き上がらせ、
「そもそも、あなたは何者なのですか?」
常人なら気絶しそうな威圧感で詰問する……が、
「アタシサマはZクラスの生徒にしてボッチャマの専属メイドでやがるのです♪」
「その侍女になる《《前》》の経歴が不明なのです」
おどけて答える少女に威圧感を強めつつ、
「我らが〝担任〟の紹介で東の本家に雇われたそうですね。『ブレイク・ザ・ハスラー』という名も、その際にミズシロ財団が作った戸籍に便宜的に書かれたものでしかないのでしょう」
威圧感の奥に、どこか子供じみた劣等感を滲ませつつ、
「ならば、少なくとも担任や財団の最高顧問はあなたの素性を知っているのでしょう。素性も分からぬ者が、次期当主の側に置かれるわけがありませんからね」
加えて、どこか拗ねたような苛立ちを醸しつつ、
「しかし、多くの者にはあなたの素性は伏せられたままです……主人である、御曹司にさえ……!!」
巨大な蜘蛛から、常人ならショック死しそうな重圧を溢れさせ、
「改めて問います……何を企んでいるのですか?」
重圧により真っ黒な空間が激しく鳴動し、蜘蛛が入ってきた裂け目から空間全域へ亀裂が走っていく……が、
「欲しい情報は自分の力で勝ち取るのがZクラス流でやがるのです♪」
重圧を間近で浴びつつ、糸に縛られた少女は余裕のままで、
「つってもアタシサマとヤりあったら、委員長でもキズモノ決定でやがるのです♪」
言葉を証明するように、自分を縛る糸を瞬き1つで斬り裂き自由になり、
「それでもイイなら……〝親睦会〟にご招待でやがるのです♪」
ビリヤードのキューを取り出し構えると、ナマイキな笑みを満開にした………
◆
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
白い荒野で巨大な〝鬼〟が、炎の剣を縦横無尽に振り回す。
「ずっと、迷っていたのかな?」
その剣を、少年は宙を舞って軽やかに避けつつ、
「ずっと、悩んでいたのかな?」
端正な顔に柔和な微笑を浮かべ、
「自分が、何をするべきなのか」
心の傷を癒すような声で、
「自分が、何を《《したいのか》》」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝鬼〟が一層激しく吼え、一際強く炎の剣を少年へ振り下ろす。
「津流城は見つけたよ」
だが少年は白木の鞘から刀を抜き、
「自分のしたいことを……自分の目的を」
刀身から放った水で〝鬼〟の剣の炎を消し、
「命を懸けるに値する、一生の目的をね」
優しく語りつつ〝鬼〟から距離を取って着地する……と、〝鬼〟が少年を睨み、ズシン、ズシンと一足ごとに地響きを立てて迫ってくる。
「君はどうかな?」
だが少年は柔和な笑みのまま、
「君の目的は……〝欲〟は何なのかな?」
肌を焼くような灼熱が迫ってくるも、
「君ももっと、自分の気持ちに素直になっていいんだよ」
汗も焦りも無く、
「もっと、我儘になっていいんだよ」
揺るがず泰然として、
「僕も、その方が嬉しいよ」
優しく抱き締めるように語りかける……が、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝鬼〟は駆け出し一気に距離を詰め、再び炎に包まれた剣を少年へ振り下ろす!!
「僕だけじゃないよ」
対して少年は刀を鞘に納め光の剣を出し、
「クラスのみんなも喜んでくれるよ」
刀身から衝撃波や電撃や烈風を放った。
「君が思いに素直になるをのをね」
それは〝草薙の里〟で〝吸収〟した級友たちの〝流れ弾〟。
「だから、もっと素直に……我儘になっていいんだよ」
級友の《《女子たちの》》力で〝鬼〟の剣を弾き後退させた少年は、
「もっと〝欲〟を出していいんだよ……自分の望むものは、自分の力で勝ち取るものだからね」
全てを受け入れるような寛容な笑みをほころばせる……が、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝鬼〟は双眼を金色に輝かせつつ全身で叫ぶがごとく激しく吼えた。
ある意味〝欲〟に素直になるように……《《嫉妬に狂うように》》。
「……あれ?」
予想と違う反応に拍子はずれになる煌路……だったが、
「これは……!?」
突如周囲の風景に異変が起こり顔を引き締める。
静謐な白い荒野が掻き消され……見渡す限りの溶岩の海に、天高く溶岩を噴き上げる火山が無数に聳える焦熱地獄が現れた。
「〝異元領域〟……津流城に続いて君も……!」
真っ赤な空に浮いて真っ赤な溶岩の海を見回す煌路……一方、
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
燃え盛る嫉妬のごとき灼熱の空間の中心で、紅蓮の〝鬼〟は溶岩の上に仁王立ちしつつ世界を焼き尽くすような炎と咆哮を撒き散らす……対して、
「これが、例の〝鬼界カルデラ〟だね……」
〝少年〟は成長した〝幼馴染〟に感嘆するように、
「かつて、〝工房〟を地上から消した送り火……」
〝暴君〟は自分に牙を剥く〝同胞〟を称賛するように、
「だったら、僕も全力で応えないとね……」
〝王〟は可愛い〝鬼子〟を見守るような瞳を金色に輝かせ……
「起動、〝纏元装甲〟」
静やかながらも威厳に満ちた声を、無辺の焦熱地獄に響かせた………
捕捉説明:乙巳の変
西暦645年、中大兄皇子と中臣鎌足を中心とした勢力が、朝廷で権勢を誇っていた蘇我氏を滅ぼした事件。
当時、蘇我氏の屋形には現代には伝わっていない歴史書が多数保管されていたが、この事件により屋形もろとも全て焼失したとの説がある。
これにより日本の歴史の伝承は断絶し、〝空白の4世紀〟と呼ばれる歴史の空白期間が生まれたとされる。
ちなみに現在では〝大化の改新〟の一部として扱われることの多い〝乙巳の変〟だが、正確には〝大化の改新〟とは〝乙巳の変〟のあとに始まった政治改革のことである。




