炎の想い 其の四
〝彼〟は私の、初めての〝⚫⚫人〟に………
〝彼〟の名には、私の名の欠片があった。
〝煌〟……すなわち〝《《火》》の皇〟だ。
〝彼〟こそは、〝火〟が生涯の忠義を捧げる〝皇〟なのだ。
〝彼〟がこの世に生まれた日は、1月1日。
私が生まれた日は、1月2日。
〝彼〟の後に従う〝運命〟により、〝彼〟の1日後に私は生まれたのだ。
……私は、そう思い込もうとしていた………
すべては〝運命〟なのだと。
生まれた時から決められていた〝運命〟なのだと。
〝彼〟と私は〝運命〟により永遠に繋がれているのだと………
だが……
いつしか私は、それらを悍ましい〝呪い〟と思うようになった。
生まれた日は、後を追うだけで並ぶことは決して叶わない〝呪い〟だ。
名の欠片は、側で燃える〝火〟が〝皇〟を害うかもしれない〝呪い〟だ。
すべては、生まれた時から〝運命〟られた〝呪い〟なのだ………
私の中に灯った〝火〟が、小さな暗い〝火〟が、そう囁きかけていた。
私の魂を、じりじりと焦がすように。
私の忠義を、じわじわと蝕むように………
身も凍る〝恐怖〟に震えた。
そして〝彼〟の背が、とても遠く感じられるようになった。
〝彼〟と出逢い、〝守り刀〟を名乗って以来、すぐ側で見ていた背が………
だから私は、〝恐怖〟を振り払うように遮二無二に刀を揮った。
再び足繁く〝遠征〟に出向き、多くの不埒者を、いくつもの州を滅した。
……ほどなく、私は水代の御屋敷を出るよう〝彼〟から命じられた。
学院への入学にあたり、寮に移るようにとのことだった。
だが、本当の理由が過分な〝忠義〟なのは明らかだった。
もはや〝執着〟や〝依存〟と言うべきほどの、〝彼〟への〝忠義〟なのは………
〝錆びた絶対忠義〟
片眼鏡の下女は、私をそう呼んで笑った。
同時に、〝彼〟も困ったように苦笑していた。
〝彼〟に苦慮をさせてしまったことに、私の胸は刺すように痛んだ………
そして……
学院で〝Zクラス〟なる一団に身を置いた私は、さらに胸を痛めた。
学友の素振りをしながら、〝彼〟に色目を向ける卑しい女たちを見て。
だから私は、学院に於いても〝守り刀〟として〝彼〟の後に付き従った。
……それが、〝彼〟の苦笑を深めようとも………
……それが、私の〝恐怖〟を深めようとも………
そうして怯えつつも、特に警戒したのは〝クズ参謀〟と渾名される女だった。
私と同じく、〝無道三家〟の一角に生まれた女。
〝懐刀〟として、〝彼〟から篤く信頼される女。
〝彼〟への貢献が、私を含めるZクラスの中で群を抜く女。
そして……
ことあるごとに『打ち合わせ』と称し、〝彼〟と部屋に籠る女。
部屋を出ると、かすかに〝彼〟の匂いを……〝男〟の匂いをさせていた女………
そんな女の素行に、私は胸の奥を搔き乱された。
認めがたい現実に、心を締めつけられた。
積年の〝思い〟に、魂を苛まれた………
〝思い〟は〝執着〟か〝依存〟か、あるいは〝呪い〟か。
それとも〝独占欲〟か〝羨望〟か、あくまで〝忠義〟か………
……否、その正体に私は薄々《うすうす》気づいていた。
気づきながら、目をそらし続けていた。
それを認めてしまうと、もっと苦しくなると察していたから。
それを認めてしまうと、私の〝忠義〟は偽りになってしまうから………
〝彼〟に全てを捧げる、と……
〝彼〟のためなら死ねる、と……
〝彼〟に一命を捧げ奉る、と………
そんな私の〝忠義〟が、偽りになってしまうから………
だが……
小さかった暗い〝火〟は、今や私の中で激しく燃えていた。
私自身を、私自身の〝魂〟を焼き尽くすように荒れ狂っていた。
得体の知れぬ〝思い〟が、得体の知れぬ〝怪物〟を呼び起こしたように………
そして私は、その〝火〟に無上の〝恐怖〟を抱いていた。
その〝火〟は、いつか〝彼〟をも害うかもしれない。
私を日の下に連れ出してくれた〝恩人〟を。
私にたくさんのものを与えてくれた〝幼馴染〟を。
私が〝守り刀〟として永遠に尽くすべき〝主君〟を。
〝忠義〟を捧げる〝運命〟にある、〝火〟の側にいる〝皇〟を……
私がこの世に生まれた日のように、焼き尽くしてしまうかもしれない………
だから私は、その〝火〟を必死に抑えていた。
〝恐怖〟に身を凍てつかせながら。
〝呪い〟に魂を苛まれながら………
だが……
それも、限界かも知れない。
〝里〟で私は、〝鬼子〟と呼ばれていた。
荒れ狂う〝火〟は、まさに〝鬼〟となって現世に顕れようとしている。
否……
私は、心のどこかで気づいていた。
その〝火〟こそが、〝鬼〟こそが、得体の知れぬ〝思い〟の正体だと。
決して触れてはならない、忌まわしい〝火〟だと。
〝忠義〟を焼き尽くしてしまう、許されざる〝鬼〟だと………
だから私は、思い込もうとした。
〝彼〟は〝恩人〟だと、〝幼馴染〟だと、〝主君〟だと。
〝忠義〟を捧げると〝運命〟られ、命を懸けて守るべき〝皇〟なのだと。
そして……
この胸の〝思い〟は、曇りなき〝忠義〟なのだと………
そう……
この〝思い〟は、決して〝⚫⚫〟ではないのだと………
〝彼〟は私の、初めての〝⚫⚫人〟では決してないのだと………
それが私の、16歳から17歳までの………………




