すべては愛する人のために!?
「アッチもコッチも順調でやがるのです♪」
右目に片眼鏡をつけた少女がナマイキそうに笑む。
「〝門〟は準備オッケー、〝鍵〟ももーすぐ集まりやがるコトですし、〝第二次壬申の乱〟もゲームセットが近くなってきやがったのです♪」
炎上する〝草薙の里〟を眼下に、広大な地下空洞の天井近くに浮かびつつ、
「てなワケで、さっさと出てきやがるがイイのです〝ムッツリ刀〟……いや……」
ナマイキそうな笑みを、不意に神々しい微笑に変え……
「この世に〝大戦火〟を招く、恩寵を授けられし〝呼び火〟よ………」
◆
「どうか御覚悟を。不肖、八重垣津流城、介錯致しつかまつる」
総髪の少年が、紫の竜の背で厳かに言った。
「同じ〝里〟の者の手で処することが、せめてもの情けにつかまつる」
そこは紫の空の下、見渡す限りの水面から無数の水柱が高々と立ち昇る世界。
「〝妹の搾り滓〟が調子に乗るな!!」
水面に立つ三つ首の黒い竜が、水柱の1本の頂にいる紫の竜へ火炎弾を吐く。
「御覚悟をと津流城さんが申し上げたのでございます」
だが紫の竜が話すと周囲の水柱が蛇のようにうねり、火炎弾を呑み込んだ。
「その声……沙久夜なのか!?」
大きな日本家屋の屋形を胴体とする紫の竜の声に、黒い竜は動揺しつつ、
「まさか……お前も人の体を捨てたのか……いや……そもそも、なぜ生きている……〝瀬織津〟が復活したなら、〝巫女〟は………」
「はい。〝瀬織津〟を顕現させるにあたっては、〝儀式〟において〝瀬織津の巫女〟が大量の生き血を……命を捧ねばならないのでございますよ」
紫の竜が淡々と、
「なれど、幸いにも医術に関する異能をお持ちの方が、次期当主のお連れの中におられたのでございます。その方の御力と、津流城さんの御協力により一命を取りとめたのでございますよ」
「津流城の協力だと……?」
三つ首からもれた疑問に紫の竜はうなずき、
「左様にございます。大半の血を失い瀕死となっていた身共に、津流城さんが己の血を分けてくださったのでございますよ♪」
瞳を喜びに輝かせ、
「よって今は、生き永らえた本来の体は屋形の一室に安置して、魂のみを〝瀬織津〟の体に移しているのでございます」
「た…魂だけだと……そんなことが………」
「〝幽体離脱〟なる異能を御存知でございますか?」
一転、紫の竜は厳粛な雰囲気で、
「倭においても孝霊の帝の皇女であられた倭迹迹日百襲姫命を始め、巫の才をお持ちの方に備わっていた、体から魂を分離させる異能なのでございます。そして……」
冷厳な瞳で水柱の上から水面の黒い竜を見おろし、
「この能力こそが、〝瀬織津の巫女〟に求められる条件だったのでございますよ」
雰囲気に、どこか自嘲的なものを混ぜ、
「そう……〝巫女〟は〝瀬織津〟の鱗より削り出した刀を通じて生き血を捧げた上、己の魂を依代に宿らせることで〝瀬織津〟を現世に顕現させるのでございます」
かすかな物悲しさが雰囲気に混じった気がした……さらに、
「あなたの母は……我が妹は、この力を持ち合わせなかったが故に〝巫女〟になれなかったのでございますよ」
物悲しさの奥に、一抹の羨望が感じられたかに思えた……が、
「母上を愚弄するか……!」
「あれほどの目に遭わされても、湖乃羽を『母』と呼ぶのでございますか……」
かすかな驚きを声音に混ぜた紫の竜だったが、声を優しくすると、
「愚弄など滅相もございません。不幸にして道を違えてしまったものの、身共は今でも妹を愛しているのでございますよ……あなたと同じに」
優しい眼差しで水柱の上から黒い竜を見おろしつつ、
「なればこそ、〝巫女〟に《《なれなかった》》ことは湖乃羽にとって僥倖であったと考えているのでございます」
「なんだと……?」
黒い竜が声を掠れさせると、紫の竜は声を重くして、
「〝瀬織津〟と一体となった今、この身に残る歴代の〝瀬織津の巫女〟の思いが伝わってくるのでございます………あまりにも……あまりにも深い〝絶望〟と〝狂気〟、そして〝怨念〟が………」
瞳にも憂いを宿し、
「無理も無いのでございます。かような異形の体に魂を移され残る生涯を全うするなど、正気を保てるはずが無いのでございます」
黒い竜から息をのむ気配がした。
「そう……〝儀式〟で多くの血を捧げ本来の体を死に絶えさせた〝巫女〟は、魂を移した〝瀬織津〟の体を第二の体として生涯を全うするのでございます」
先人を悼むような神妙な声。
「とは申せ、現代であれば輸血によって失った血を補い、本来の体で生き永らえることも叶うのでございましょうが……」
重い息を吐くように、
「生憎、身共の血は非常に稀な型を有するものだったのでございます。故に医術的な複製により同じ型の血を用意するとしても、法外な費用を要するため輸血も叶わぬと諦めていたのでございます……」
どこか運命を呪うような声がもれた……
「なれど、津流城さんの血が身共と一致するものだったのでございます。それを知ったとき身共は、改めて希望と共に〝運命〟を感じたのでございますよ♪」
一転、明るく弾むような声で、
「身共と津流城さんは、生涯を共に歩む〝運命〟の下にあるのだと♡」
「……そのために、〝里〟や同胞を犠牲にするのか……!?」
「そうは申されても、あなたや弥麻杜殿も〝瀬織津〟の顕現のため、身共を犠牲になさろうとしたのでございますよね?」
責めるでもなく自然な声で、
「〝里〟のために身共を犠牲にしようとしたあなた方と、津流城さんのために〝里〟を犠牲にしようとした身共……その2つに、何の違いがあるのでございましょう」
「さ…〝里〟に住む多くの民を救うためだ! たった1人の犠牲で多くの者が助かるんなら……仕方ないだろう!!」
後ろめたさの滲む声を黒い竜が吐いた。
「それについては見解の違いがあるのでございますね。生き残るべきは『より多くの者』か、『より優秀な者』か……」
「優秀だと……? まるで津流城ひとりが、〝里〟の全員より優秀だと言ってるみたいだぞ………」
「勿論なのでございますよ♪」
紫の竜は弾む声で応えると周りを見渡しつつ、
「〝異元領域〟……この亜空間はトロニック人でさえ作成が困難な、空間操作能力の奥義とも呼ぶべき技なのでございます。地球の民でこれを創り出せる者は、片手の指に満たぬとか」
黒い竜も思わず周りを見渡してしまった。
「なれば、この奥義を会得した者は〝草薙の里〟の全ての民より遥かに優秀なのでございますよ♪」
「何を申されるのでつかまつりまする」
その時、津流城が深い感謝と情愛を籠めて口を開き、
「某は未だ未熟なれば、沙久夜様の操る〝瀬織津〟の助力があったればこその所業につかまつりまする」
「今だけのことにございます。津流城さんならば遠からず御一人でも、この亜空間の創造が可能となることでございましょう」
少年と紫の竜の間に、戦場にそぐわぬ暖かい空気が流れる……刹那、
「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
黒い竜が絶叫し、その巨体を中心に水面がみるみる石になっていく。
「こ…これは弥麻杜殿の術にございますか!?」
〝石化〟は水面から立ち昇る無数の水柱にも及び、紫の竜が頂に立つ水柱も根元から石となっていき──
「まさか眠っていた異能が目覚めたと……!?」
紫の竜とその背に立つ総髪の少年は、水柱もろとも全身が石となった………
◆
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
燃え盛る大地で鬼が叫んでいる。
「おのれ……沙久夜あああああああああああああああああああああああああっ!!」
それは刀のような一本角を生やす、身長100メートルを超える炎の鬼。
「ほう……虚なる〝器〟の分際で意識を残しておるのか」
対して咆哮で炎を散らす異形の四足獣の背で、同じく一本角を生やす少女が感嘆の声をもらした。
「ぐうう……誰も彼も身共を虚仮にして……!」
「安堵したのじゃ。事実を解せぬ醜態、やはり虚なる木偶の坊であるのじゃ♪」
「事実……? 何のことにござりまするか……!?」
怨嗟に満ちた鬼の声に少女は尊大な声で、
「散りぬるが避けられぬならば、せめて最後に花を持たせてくれよう………その姿は愛する妹への、姉よりの最後の餞じゃろうて」
炎の鬼から息をのむ気配がした……直後、
「餞が入り用なるはあなた方にござりまする!!」
大地を包む炎が爆発的に燃え盛り、うねりながら幾筋も立ち昇っていく。そして鬼の怒りが体現したような、荒れ狂う巨大な炎の竜巻が大地に乱立した。
「苦しそうらから~楽にしてあげるのれすよ~♪」
「虚ナル・業火……イコール……蝋燭ノ・最後ノ火………」
「風は吹き消す。断末魔の悪足掻きを」
対して遠巻きに鬼を囲んでいた眼鏡蛇の骨格、空を駆ける一角獣、電撃をまとう少女が、それぞれ赤青白の3色が螺旋状に絡んだ光条、鋭い烈風、激しい電撃で鬼を攻撃する。
「小賢しいのでござりまする!!」
だが炎の竜巻が攻撃を蹴散らし少女たちに襲いかかる。
ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
しかし巨大な異形の四足獣が6つの口から咆哮し、衝撃波で竜巻を散らした。が、鬼は消された分の竜巻を再び発生させ、
「姉よりの餞、ありがたく使わせていただくのでござりまする!!」
「……良かろう」
嘲り混じりの鬼の怒声にも、四足獣の背に立つ少女は悠然として、
「ならば……最後の〝火遊び〟に付き合うてやるのじゃ!!」
巨大な異形の四足獣と共に、威厳あふれる咆哮を上げた………
◆
「なんだ……これは……!?」
石の柱が無数にそそり立つ石の大地で、黒い竜が呆然とする。
「なんで、いきなり石に……もしかして、本当に俺の力が目覚めたのか……?」
3つの首で周りを見回す黒い竜……しかし、
「否にございます、太華瑠さん。御期待にそぐえず恐縮なのでございますが」
黒い竜の前に、月のような儚げな美貌の女が現れた。
「沙久夜……まさか、それが幽体離脱の……体と魂を分離させる技なのか……!?」
《《半透明》》の姿で宙に浮かぶ女に黒い竜が声を戦慄かせる。見あげると石と化した水柱の1本の上に、やはり石と化した紫の竜とその背に立つ総髪の少年が見えた。
「あれが俺の力じゃないなら、やっぱり……」
「はい。この十数年に渡り身共の身を石にしていた〝天岩戸〟の術式、その応用なのでございます」
魂だけの半透明の体を、やはり半透明の白無垢で包む女が微笑み、
「ミズシロ財団の方と接触したり〝里〟の様子を見る際にも、石とした体からこのように魂を分離させていたのでございますよ。ああ……」
何かに気づいたように石化した少年を見あげ、
「御懸念は無用にございます。津流城さんには、あれらの石化はあなたの仕業とお伝えするのでございますから」
「……ふざけるな!!」
気配り上手なイイ女を竜は逆上して睨み、
「何が父上の術だ! 津流城をだまして、津流城まで石にして、それも全て津流城のためだって言うのか!?」
「財団にて身共が候う方の座右の銘は、『主のためなら主も謀る』とのことでございます。身共も『愛する殿方のためならば愛する殿方も謀る』のでございますよ♪」
想い人を偽ることすら邪気の無い笑顔で語り、竜をあとずらせる沙久夜……だったが、何かを感じ取ったようにピクリとして、
「……どうやら、湖乃羽さんが最終段階に入ったようなのでございます」
「は…母上に何かしたのか!?」
「最後の御膳立てが整ったのでございますよ」
焦燥する竜に沙久夜が右手を向ける……と、黒い巨体の背に、紫に輝く欠片が浮かび上がった。
「あなたの複製体を造っていた洞穴で見えた際、湖乃羽さんの身にも同じ物を忍ばせたのでございます」
邪気の無い笑みを深め、
「今、あなたを始め湖乃羽さんや弥麻杜殿は、かつて無い大いなる力があふれていることでございましょう……〝瀬織津〟の鱗を通して供される、〝瀬織津〟の大いなる力が」
「なんだと……何のために、そんなことを……!?」
狼狽える竜へ女は神妙な顔になり、
「あなた方は〝篝火〟なのでございます。先日、誕生日を迎えられた津流城さんと火焚凪さんをお祝いするための。今日、歴史に終止符を打つ〝草薙の里〟を弔うための。そして……」
神託を下すような厳かな声で、
「明日を、未来を創る〝浄化〟を兆すための、神聖な〝篝火〟なのでございます」
竜が息をのむと、その背の欠片へ女は神秘的な瞳を向け、
「〝瀬織津〟には〝天照大神〟の〝荒魂〟であるとされる伝承があるのでございます。なれど水神である〝瀬織津〟に対し〝天照大神〟は太陽神……つまり火の神であり、〝瀬織津〟とは対極の性質を持っているのでございますよ」
声を一層厳かにして、
「似ているでございましょう……津流城さんと火焚凪さんの関係に……同じ日、同じ時に生まれながら、水と火という対極の性質を持つ双子に……」
「な…何の、話だ……?」
「世界に数多伝わる神話において、火と水とは〝浄化〟の象徴なのでございます」
瞳の神秘的な光を強め、
「遥かな昔、時に神は穢れた地上を天からの火によって焼き払い、またある時は地上を洪水に沈め穢れを洗い流した……左様な伝承が、世界の各地に残っているのでございます。そして今……」
全身から眩い神威を放つように、
「新たに地上を〝浄化〟する時が来たのでございます。輝かしい未来を……新たな世界を創るため、穢れた地上を〝浄化〟する時が……!」
「あ…新たな世界だと……それは………」
慄く竜に、天から降臨した女神のごとく……
「勿論、津流城さんと身共が幸せに暮らす世界でございます♡」
清淑かつ一片の邪気も悪意も無い笑みを輝かせた……!!
「………………は?」
対して黒い竜は頭を真っ白にするも、女は清淑な笑みをさらに輝かせ、
「そのためにも、〝草薙の里〟には歴史に幕を下ろしていただくのでございますよ」
「……ふ…ふざけるな……そんなことのために……故郷を……同胞を……縁者を生贄にするのか……!?」
我に返った竜が怒りと……恐怖に震える声をもらす……が、
「先ほども申したでございましょう。どのみち〝草薙の里〟は命数が尽きていると。ならば新たな世界の礎としてこそ、せめてもの供養となるのでございます」
依然、毛ほどの邪気も悪意も無い笑みで、
「何より身共は、己の勤めを果たしているだけなのでございますよ」
魂だけの身を誇りに震わせ、
「我が生涯の意義である、崇高にして神聖なる勤めを……それこそは……」
目も眩むほど笑みを輝かせ、
「愛する夫に尽くすという、妻の勤めなのでございます♡」
宙に浮いたまま、身を包む白無垢を優雅にひらめかせた………
「……馬鹿な………」
一方、竜も巨体を震わせつつ、
「愛する男のために……愛する男を謀って……」
石化した水柱の上の石化した少年を見あげ、
「愛する男の他は……全てを生贄にする……」
蛇に睨まれた蛙のように女を見て、
「そんなものが……お前の愛なのか……!?」
「勿論なのでございます。大切な人を自分だけのものにして、一挙手一投足を思うままにして、全てを征服する……それ以上の〝愛〟なぞ存在しないのでございますよ♪ なれど……」
まぶしい笑みで一層竜をあとずらせつつ、
「津流城さんは先日17歳となられたばかりなれば、今は〝器〟の大部分を眠らせているのでございます。故に今は、僭越ながら身共が津流城さんの手綱を握っているのでございますよ」
うっとりして声に熱を籠め、
「本来の津流城さんの〝器〟は、身共なぞ遠く及ばぬ大きなものなのでございます。そして遠からず、その〝器〟は十全に目覚められることでございましょう」
興奮を抑えるように自らを抱きしめ、
「その時には身共こそが津流城さんに手綱を握られ、津流城さんだけのものにされ、一挙手一投足を思うままにされ、全てを征服され……身も心も全てを、津流城さんに〝支配〟されてしまうのでございます……♡」
儚げな美貌を恍惚と笑ませ、
「それこそが……身共の〝究極の愛〟なのでございます……♡」
魂だけの身から、眩暈がするような喜悦を溢れさせた………
「……………………」
片や竜は戦慄きながら理解してしまう。
この女の行動に、悪気は微塵も無いのだと。
只々《ただただ》、〝愛する男〟に尽くしているだけなのだと。
そして……この女の世界には、〝愛する男〟と〝その他〟しかないのだと………
「あ…悪魔……いや……魔女め……!!」
「津流城さんのためならば、喜んで悪魔にも魔女にもなるのでございますよ♪」
世に降臨した女神は、世を滅ぼす魔神だった。
「勿論、一番なりたいのは津流城さんの妻なのでございますが──おや?」
何かに気づいた沙久夜が振り返って上を見る……と、
ビキィッ
石化している津流城と屋形を胴体とする竜の表面に、一筋の亀裂が走った。
「さすがは津流城さん、自力で身共の術を破ろうとしているのでございますね。それでこそ身共の旦那様なのでございますよ♡」
自分を誇るように笑みをほころばせ、
「ならば、太華瑠さんも最後のお役目を果たす時なのでございます」
「くっ……お前の野心の……いや、妄想のために倒されろと言うのか……!?」
黒い竜が3つの首から悔しさと諦めの混じった呻きをもらした。
先ほどの攻防で、自分は津流城と沙久夜に勝てないと察していたからだ。
このまま津流城が自由の身となれば………
「くそぉ……!」
このまま自分は、何も成せぬまま死ぬのか。
事実から目を背け、精進を怠った報いなのか。
人の身を捨てたことさえ、雪辱を果たすには足りなかったのか。
全ては手遅れだったのか。
だとしたら……自分は、何のために生まれてきたのか………
「………………………………」
三つ首の黒い竜は無念に震える………が、
「くそがああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
直後、背の欠片を眩く紫に輝かせ、石化した水柱の上の石化している少年と紫の竜へ飛び上がった。
「不覚にございます!!」
半透明の女が消えた。竜の体に魂を戻して石化を解く気なのだろう。が、一瞬早く石のままの少年に襲いかかる黒い竜――を、一筋の水流が襲った。
「ぐおあっ!?」
水流は石化している少年の亀裂から撃ち出されたものだった……刹那、
バリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
見渡す限りの水面と無数の水柱を覆っていた石が、黒い竜の紫の欠片ともども砕け散った。同時に水柱の上で石化していた少年と紫の竜も元に戻る。
「く…くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
直後、水流で迎撃された黒い竜が盛大な水飛沫を上げて水面に落下、巨大な波紋を水面に残し巨体を水中に沈めた………
「津流城さん、彼はまだ……」
「御意。油断は禁物につかまつりまする、沙久夜様……!」
だが勝利に見える光景を前に、水柱の上の屋形を胴体にした紫の竜と、屋形の屋根に立つ少年は緊張を高めていく……と、
「む……!」
津流城の鋭い視線の先で、見渡す限りの水面が黒く染まっていき……
ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
無数の水柱が紫の竜が乗るもの以外破裂し、中から額に紫の欠片の破片を付けた蛇のように長い竜の首が現れた。
「欠片に残っていた〝瀬織津〟の力を暴走させたのでございますか!?」
見渡す限りの黒い水面に、巨大な水柱に替わり巨大な黒い竜の首が無数そそり立っている。そして……
〔くたばれえええええええええええええええええええええええええええええっ!!〕
唯一残った水柱の上の紫の竜と少年へ、黒い竜の首が一斉に襲いかかった………
◆
「いざ往生するが良いのでござりまする!!」
炎の竜巻が乱立する燃え盛る大地で、刀のような一本角を生やす鬼が吼えた。
「今頃は我が子により我が姉も往生しているのでござりまする!!」
鬼は100メートルを超える巨体を一層激しく燃え上がらせ、
「かの姉も身共に餞を寄越すなぞ愚の骨頂なれば──」
燃え盛る巨体の前に人面の八岐大蛇を配し、
「愚かな同胞を恨みつつ焼き尽くされるが良いのでござりまする!!」
巨大な異形の四足獣、空を駆ける一角獣、眼鏡蛇の骨格、それに電撃をまとう少女に囲まれながらも、物怖じせずに啖呵を切った。
「戯言じゃ」
だが鬼の啖呵をハクハトウは一笑に付し、
「Zクラスに身を置く者らは、我らが〝王〟に仕える〝個々〟であり〝同胞〟などではないのじゃ」
燃え盛る大地で汗ひとつ無く、
「汝の姉も然り。そして〝王〟に仕えるに足る〝器〟なれば、虚なる者の虚なる小倅に滅ぼされるなど有り得ぬのじゃ」
周りの少女たちが頷く一方、鬼が息をのむ気配をもらす……が、
「く…下らぬ虚勢を! 減らず口もここまでにござりまする!!」
炎の鬼が息巻くや、その胸に紫の欠片が浮かび、大地に乱立する炎の竜巻が勢いを増す……さらに、
「その、通りだ……!」
大地の炎を突き破り、でっぷり太った上半身を硬い外皮で覆い、下半身に虫のような6本の肢を生やす、身長50メートルに達する異形の怪物が現れた。
「御屋形様!!」
「往くぞ、湖乃羽……今の我らに、財団の狗など物の数ではないわ……!」
10を超える目をギョロギョロ蠢かせ全身に力を漲らせる怪物の胸にも、やはり紫の欠片が浮かんでいた。
「仕込みは万端じゃのう〝クズ参謀〟め──ぬおっ!?」
怪物たちの欠片に嘆息したハクハトウが自分が乗る四足獣をジャンプさせ、飛来した10メートル近い鉄球を避けた。
「まだ手勢を残しておったか……!」
四足獣がいた場所にめり込む鉄球を睨むハクハトウ。鉄球に繋がれた鎖の先では、身長20メートル近い禿頭の巨人が鎖の端を銅色の義手で握っていた。
「この星では『ゾンビ』と申すのじゃったか……素体は異星の者のようじゃが」
「ぐ…ははは……闘技場でも、指折りの闘士を……〝黄泉国〟で、強化したのだ……挽き肉になれ、狗どもめ………」
視線は虚で足元も覚束ない巨人が、怪物化した弥麻杜の声を受け鎖に繋いだ鉄球を振り上げる──と、不意に降りそそいだ電撃が鉄球を粉砕し、鎖を伝って巨人を感電させた。
「死体ノ・処理……イコール……速ヤカナ・火葬………」
倒れていく巨人を、電撃をまといつつヒザを抱えて宙に浮く少女が無表情に見る。
倒れた巨人は燃え盛る大地の業火に焼かれ、左右の義手もドロドロに溶けていく。
「異星より流れ着きし者よ、異邦の地で安らかに眠るが良いのじゃ……ぬっ!?」
どこか同情的な瞳を巨人の死体に向けるハクハトウだったが、義手が溶けた金属が死体を包む様子に眉をひそめた。
「ぐ…ははは……その程度で、終わると思うなよ………」
自らもゾンビの弥麻杜が不気味に笑むと同時、巨人を包んだ金属は何かの形を成していき……
「もしかして~クララの〝金〟なのれすか~?」
《《見覚えのある》》金属の変化に他の少女たちも眉をひそめる……と、金属は人の体に牡牛の頭を備え、右手に巨大な斧を持つ、全長30メートルを超える銅色の牛頭人となった。そして……
ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
雄叫ぶ牛頭人は少女たちを薙ぎ払わんと斧を振り上げる!!
「だっぜええええええええええええいっ!!」
が、炎を突っ切って現れた紺碧の髪の少年が牛頭人の胸をアイスホッケーのスティックで殴りつけ、銅色の巨体をよろめかせた。
「まだ暴れ足りねえんだぜい!! ……あん?」
豪快に笑うマウジャドだったが、スティックが牛頭人の胸から離れないことに気づき目元を歪める。スティックの先端は牛頭人の胸にめり込み、銅色の体内に少しずつ引き込まれていく……直後、
「ぐおおっ!?」
牛頭人の胸がクリオネの口のように大きく開き、マウジャドに食らいついて銅色の体内に呑み込んだ。そして胸を閉じた牛頭人は再び少女たちへ斧を振るおうとする。
「風は斬り裂く。海賊もろとも奸賊を」
だが空を駆ける一角獣に乗るペンテシレイアが戦斧を大きく振るい、《《マウジャドもろとも斬り裂くような》》勢いの風の斬撃を牛頭人へ放った。
「行くのでござりまする〝八鱗刀〟!!」
しかし炎の鬼の指示で人面の八岐大蛇が牛頭人の前に出て、強烈なカマイタチを自身の身で受け止めた。結果、八岐大蛇は千々《ちぢ》の肉片に斬り裂かれる……が、
「ぐ…ははは……目にもの、見せてやるぞ狗め………」
弥麻杜が不気味に笑いつつ紫の欠片を輝かせると、八岐大蛇の肉片は蠢きつつ集まり……新たな〝異形〟を形成した。
鱗に覆われた10メートルを超える醜怪な人面の周りに、30メートルを超えるヘビを数十匹も髪のように生やす、ギリシャ神話で勇者に斬り落とされた〝メデューサの首〟のごとき〝異形〟を。
キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
〝首〟は長い舌と奇声を出しつつ、顔の周りの巨大なヘビを伸ばし空を駆ける一角獣を襲わせる。
「風は苦もなく吹き抜ける。亡骸の牙の群れを」
だが一角獣は軽やかに空を駆けてヘビを避け、騎乗する少女も戦斧から間断なく放つカマイタチでヘビを片っ端から切断していく。
「風は不快に吹き荒ぶ。朽ちた骸の悪足掻きに」
しかし、いくら切断してもヘビはすぐに再生し一角獣に襲いかかってくる。少女は眉間のシワを深めると戦斧を高く振り上げ……
「風は流星と──むっ!?」
不意に一角獣の動きが止まり視線を下げると、切断された巨大なヘビが愛馬の後ろ足に絡みついていた。切断されたヘビが独自に動き、気配を消して死角から忍び寄ってきたのだ。さらに──
「ぬおっ!?」
百を超える他の切断されたヘビも一角獣に群がり、絡み合いつつ馬体と少女を包み込んで巨大な球を空中に形成し、
「ぐ…ははは……偉大なる、我が力……思い知るが、いい………」
弥麻杜が再び紫の欠片を光らせると、ヘビの絡み合った球は瞬く間に石となり、一角獣と少女を内包したまま燃え盛る大地に落下して轟音を上げた。
「いいザマだ、狗め……さあ……他の狗どもも、覚悟するがいい………」
愉悦を浮かべる弥麻杜が上半身の外皮の各所を開き、先ほど破壊されたものの再生の済んだ溶解液の分泌腺を出す。
「ぎゃあああああああ……!」
だが多数のレーザービームが降って再び分泌腺を破壊し、再び自分の溶解液を浴びた弥麻杜が苦悶する。
「ぐぅぅ……地球軍の、飼い狗めぇ………」
「我、任務により内通者を処分するなり」
苦痛に顔を歪めつつ弥麻杜が見あげると、手足に大型の戦闘ユニットをつけて空に浮く少女……エスティリトゥが両腕のユニットから最大出力のビームを発射した。
「ぐおお……!」
弥麻杜が紫の欠片を光らせ、石の壁を大地から生やしてビームを受け止める。だが強烈なビームを浴びる石の壁は、悲鳴を上げるように光る紫の欠片ともども亀裂を走らせ──
バリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
石の壁と紫の欠片が砕け散り、ビームが弥麻杜の腹に大きな風穴を開けた。
「ぐ…おぁぁ………」
砂粒のような無数の紫の破片がキラキラと宙を舞う中、6本の虫のような肢をふらつかせ、50メートルに達する巨体をよろめかせる弥麻杜………だったが、
「ま…まだ、だ……」
死相も顕な顔をかつて無く不気味に笑ませ、
「言った、はずだ……」
無機質な顔の少女が空から見おろす先で、
「貴様らに……一矢、報いられるなら……」
頭が多数の瘤が生えるように歪に膨らみ……
「何を、引き換えにしても……悔いは無い……!!」
膨らんだ頭が風船のように破裂し、巨体の首の位置に開いた穴から夥しい虫が……万を超える羽蟻の大群が飛び出した。
「!?」
無機質な顔を強張らせるエスティリトゥへ突進する羽蟻の大群。
蟻と言っても、その大きさは1匹1匹が1メートルを超え、額には宙を舞っていた砂粒のような紫の破片を付けて光らせていた。
「我、虫螻ごときに後れは取らぬものなり」
向かってくる大群へビームを連射するエスティリトゥだが、大群はビームが飛んで来た位置に穴を開け被害を避ける。その動きは訓練された軍隊、あるいは……
〔処分は貴様だ飼い狗め!!〕
「我、内通者の生存を認識せり」
〔そうだ! 今やこの大群すべてがワシなのだ!!〕
羽蟻の大群は《《1つの意識を共有するように》》一斉に声を発し、《《1つの生き物のように》》一糸みだれぬ動きで万を超える口から蟻酸よろしく溶解液を吐いた。
「!!」
エスティリトゥは矢のように飛び溶解液の猛雨を逃れる。と、溶解液は大群が飛び出し脱け殻となった弥麻杜の体に降りかかり、白煙を上げながら50メートルに達する巨体を跡形もなく溶かしてしまった。
「!?」
息をのむエスティリトゥ……だったが何かに気づき上を見る。と、頭上を飛ぶ5センチほどの蟻が溶解液を吐き、エスティリトゥもビームを撃って蟻と溶解液を焼き払う……が、飛び散った溶解液が一滴、少女の左の頬についてしまう。
「う……あぁぁ……!」
顔の左半分から白煙を上げてエスティリトゥが苦悶し、動きを止めたその身を大群は素早く球状に包囲すると、
〔溶けて無くなれ飼い狗め!!〕
万を超える羽蟻が球の中心にいる少女へ溶解液を吐いた。
「我、害虫を駆除するなり……!」
直後、少女を起点に空で大爆発が起こり、蟻と溶解液が炎に呑み込まれる。次いで空で燻ぶる巨大な太陽のごとき爆炎の中から、手足の戦闘ユニットを焼け焦げさせた少女が現れ……糸の切れた操り人形のように、燃え盛る大地に落下した。
〔……自滅を覚悟で、装備の燃料を暴発させおったのか………〕
幸運にも炎の無い場所に落下した少女のそばに、1匹の羽蟻が飛んできて怪訝そうな声をもらす……が、少女の顔を見ると、
〔……成程な。思い切りが良いわけだ〕
「……あ……うぅ………」
納得する蟻の声に、大地に倒れる少女は顔の無事な右半分をかすかに歪めた。
〔まあ良い。何にせよ……詰めが甘かったな〕
仰向けに大地に倒れる少女の周りに、大量の羽蟻が飛んで来る。
〔ワシも手傷を負ったが、貴様ほどではないぞ〕
倒れたまま動けない少女に対し、羽蟻も空の爆発で多くが焼かれたものの500近い数が生き残っていた。そして……
〔最後に勝つのは……〝草薙の里〟だ〕
少女へ溶解液を吐きかけようと、羽蟻たちは牙のような顎を開いた。
「さすが御屋形様にござりまする!!」
同時に、羽蟻から離れた所で炎の鬼が歓喜する。
「やはり身共は間違っていなかったのでござりまする!」
鬼が昂揚するに伴い、大地に乱立する炎の竜巻も一層荒れ狂う。
「当初の予定と経緯は違えど、栄光は身共の頭上にこそ輝くのでござりまする!!」
鬼の前には巨大な異形の四足獣、眼鏡蛇の骨格、電撃をまとう少女がおり、
「なれば小童どもよ、黄泉国から見ているが良いのでござりまする!」
牛頭人とメデューサの首も少女たちの左右それぞれに現れ、
「身共の栄達を! 野望の成就を!」
3体の巨大な〝異形〟に囲まれた少女たちに……
「身共の〝世界征服〟を!!」
牛頭人、メデューサの首、そして多数の炎の竜巻が襲いかかった………