甦る遺産
「だぁりゃあああああああああああああああああああっ!!」
大型闘技場の試合場で、巨大な黄金の牛が突進し、
「だっぜえええええええええええええええええええええええいっ!!」
身長190センチを超える紺碧の髪の少年が、アイスホッケーのスティックを牛の頭に打ちつけた。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
金属の牛と少年の激突が衝撃波を生み闘技場を揺さぶる。
そのまま両者は頭とスティックで力押しをしつつ、
「ガハハッ、少しはマシになりやがったんだぜい〝暴君〟♪」
「クソがああ……!!」
余裕の笑みのマウジャドと悔しそうに唸るジー・ボック……その時、
「うおっ!?」
「ぎゃわっ!?」
多数のサテンゴールドの光線が試合場に降りそそぎ、両者は咄嗟に飛びのいてスティックと黄金の機体で光線をはじく……一方、
「ゲゲッ、こんなトコロで死んでたまるか!」
虫のような巨人……バギシームは反抗防止用の首輪を《《あっさり引きちぎり》》、地中に潜って姿を消した……直後、
「気になる術式の波動を感じて来てみれば、案の定なのである」
少年と牛の間に1人の少女が降り立った。
髪と爪をサテンゴールドに輝かせ、アイボリーのクラシカルなスリーピーススーツと黒マントをまとう少女だ。
「南米のクローンと言い、不快なことが重なる日なのである」
「ガハハッ、〝儀式〟は放っといていいんだぜい〝マッド錬金術士〟♪」
利発そうな顔を不快にしかめる少女にマウジャドが茶化して言うと、
「問題ないのである。成すべきことは成したのであるから。それより──」
「邪魔すんじゃねえ小娘!!」
金属の牛が少女へ口から金色の光線を放った。が、少女は右手の爪を伸ばすと直径1メートルほどの円盤に変形させ、難なく光線をはじく。
「〝暗黒光線〟まで使うのであるか……」
クララが不快指数を上げて牛をにらみ、
「体を覆う金属と言い、明らかに我が血族の技術なのである……貴様、どこでそれを手に入れたのであるか」
「テメエの知ったこっちゃねえ!!」
巨大な牛が少女へ突進する。が、少女は爪を円盤から鋭い剣に変え……
「出来損ないが!」
突進してきた牛へ振り下ろす。と、30メートルを超える金属の巨体が真っ二つになり、中から《《両腕の欠けた》》20メートル近い禿頭の巨人が出てきた。
「な…なにい……ぐおぁっ!?」
呆然となる巨人に、両断された牛の残骸が溶けてまとわりつき、巨体を仰向けにして大地に縛りつけ固まった。
「ふむ、吾輩が精製する物には遠く及ばぬが、使えぬことは無いのであるな」
クララが渋い顔で巨人を縛る金色の金属を見る。
もっとも著しく濁っている金属の色は、少女の髪や爪のサテンゴールドと比べると『金色』と言うより『銅色』に見えてしまうのだが。
「ぐうう……テメエぇぇ……!」
身動き出来ない巨人が悔しげに唸る。片やクララは爪を普通に戻して巨人に歩み寄ると、冷淡な瞳でにらみつつ、
「さあ白状するが良いのである。我が血族の技術を、どこで手に入れたのであるか」
「言ったろう……テメエの知ったこっちゃねえってな!!」
クララはピキッと目元を歪め、
「……良い機会なのである。我が自白剤が異星人にも効果があるのか、実験してくれるのである……む?」
「〝宇宙の暴君〟を……なめるなあああああああああああああああっ!!」
クララがメロンソーダのような液体が入った注射器を取り出した直後、歯を食いしばって真っ赤になったジー・ボックが自身を縛る金属を砕いて義手に戻しつつ立ちあがった。
「所詮、粗悪品が作った物は粗悪品なのであるか……!」
クララが不快指数MAXで爪を伸ばし巨人を斬り裂く──寸前、不意に試合場の地面を砕いて巨大な棒が現れた。丸々と太った体を黒くした少年が《《無数》》に溶け合って形成される、高さ30メートルはあろう黒く太い棒が。
「これは……クローンを融合させているのであるか!?」
クララが目をむく先で棒は60メートルまで伸びると、2本の太い腕と1対の凶悪なツノを生やす、悪魔を思わせる黒く禍々《まがまが》しい上半身となり……
「余所者め……これ以上、お前たちの好きにさせるか……!」
試合場の少年少女や巨人へ炎を吐きつつ、背中から多数の触手を観客席へ伸ばし、混乱する観客たちを手あたり次第に吸収していく……同時に、
「上等なんだぜい!」
やはり首輪を《《あっさり引きちぎり》》マウジャドが獰猛に笑む。と、その足元の地面が砕け、60メートル近い黒い氷塊が現れた。
「〝海賊団〟の新しい力、見せてやるんだぜい!!」
氷塊の上で仁王立ちするマウジャドがスティックを振り上げた……直後、
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
多数のビームが降りそそぎ悪魔を思わせる上半身とジー・ボックを貫いた。
「何者であるか!?」
20メートルの巨人と60メートルの上半身が轟音を立てて倒れる一方、クララとマウジャドはビームの飛んできた方を見る。と、闘技場の上空に1人の少女が浮かんでいた。
「貴様は……!?」
クララが目を見張る。
それは地球軍の軍服を着て、ピンクの水晶をはめたサークレットを額に付けた10代後半の少女。
ただし軍服に覆われているのは胴体だけで、両腕と両足は鈍い銀色に輝く金属製の大型戦闘ユニットに覆われている。
「我、ミズシロ財団が東の本家の次期当主を探索中なり」
整った中央アジア系の顔から無機質な声が発せられた。
一切の表情が抜け落ちた顔からも、やはり機械のような無機質さが感じられる。
その印象をさらに強めるガラス繊維のような白い半透明の髪を、少女はヒザまで靡かせつつ試合場に降りてくる……と、
「ガハハッ、ジョクタウの野郎が好きそうな格好なんだぜい♪」
「ジョクタウ……?」
着地した少女がサークレットの水晶を光らせつつ無機質な瞳に強い感情を……激しい怒りを灯した気がして、
「ジョクタウ……トゥルガイ………我、我、我……!」
水晶を激しく明滅させつつ無機質な声にも怒りを滲ませ、体を『く』の字に折り曲げ壊れたエンジンのようにガクガク震え出す少女……だったが、
「──む?」
周囲に白い気体が漂うのに気づき少女は震えを止めた。同時にクララも周りを見回し、
「これは……チロルの〝霧〟なのであるか……?」
「ガハハッ、おっ始めたんだぜい〝儀式〟を♪」
「……まずいのである!!」
はっとしてクララがジー・ボックを見た――刹那、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
倒れていた巨人と巨大な上半身が、ミイラのように干からびて絶命した………
◆
「これは……」
町の上空でワイクナッソが眉をひそめた。
悪魔を思わせる巨大な上半身の乱立する町が、白い霧に覆われていく。
霧は〝草薙の里〟を収める地下空洞全体に広がりつつ、意思を持つかのように蠢いて何かの模様を描いていき……
「いかん!! 道化よ! 総員、強制撤退だ!!」
ワイクナッソが同じく町の上に浮かぶ真紅の道化師に叫ぶ。すると〝里〟で戦っていた太陽系ドミネイドの鋼の巨人たちが、それぞれの側の空間に開いた真紅の穴に吸い込まれ消えていった。同時に……
「予定より早いぞ、ミズシロ財団!!」
やはり町の上に浮く、両肩に二門の大型ビーム砲を装備した赤いトロニック人……イムーファーザも慌てて声を張り上げ、
「プロテクス! 全員退却しろ!!」
空からの切羽つまった声に、プロテクスの鋼の巨人たちも戦闘車両に変形すると霧の中を疾走し、ドリル戦車が開けた地面の穴に消えていった。そして……
「やりやがりましたね〝クズ参謀〟♪」
右目に片眼鏡をつけた少女が、地下空洞の天井近くに浮かびつつナマイキそうに笑む──刹那、
「さあ〝地獄〟も……〝第二次壬申の乱〟も大詰めでやがるのです♪」
〝里〟の大地を覆った霧が巨大な魔方陣を形成し、放射する神々しい光で広大な空洞を天井まで満たす。と、大地に乱立する巨大な上半身が、苦鳴と共に踠くように身をよじり……
「光栄に思いやがるがイイのです。我らが〝大戦火〟の〝生贄〟になることを♪」
少女のはるか足の下で、悪魔を思わせる上半身たちは《《命を吸い取られる》》ように干からび、縮み、次々に倒れていく。
「さっすが〝呼び火〟の力、スゴイ生命力でやがるのです♪」
悪魔の上半身が全て倒れると、激しく輝きを増した魔方陣の光が〝里〟の中央にある湖に集まっていき……
「さあ目覚めやがるがイイのです……〝試祖〟の〝遺産〟よ♪」
大きな湖の中心に浮かぶ大きな日本建築の屋形が、魔方陣の光をすべて吸収すると目も眩む光を放つ……と、
「うまく〝依代〟に宿ったようどすな」
湖の畔に立つ少女の見る先で、5階建ての屋形は《《意思を持つかのように》》震え……
「霊体を本体とする〝瀬織津〟が現世に顕現するには、現世での体となる〝依代〟が必要なんどすえ」
たくましい6本の脚が、屋形の1階から生え……
「古来、〝瀬織津〟は水にまつわる神として祀られとったんどす」
長い首と尾が、それぞれ屋形の左右から伸び……
「ほんで倭における〝水神〟とは、すなわち〝竜神〟なんどすえ~♪」
大きな屋形を胴体として、6本の脚で湖面に立ち、長い首と尾を揺らしつつ、鋭い角と牙を生やす恐竜のような頭から咆哮を上げる………全長100メートルを超える、紫に輝く〝竜〟が〝里〟の中心に顕現した。
「〝屋形船〟ならぬ〝屋形竜〟ってか♪」
「おんや、六音。それに……」
背後から聞こえた声に振り返ると、
「お疲れ様どす、若様♪」
「君も御苦労様、葛葉♪」
黒釉のような髪を鼈甲の髪留めで束ねる少女に、黒髪の少年が柔和に微笑んだ。次いで少女の周りを見て、
「委員長、チロル、ジョクタウ、君たちも御苦労様」
「私にとっても他人事ではありませんでしたので」
【やちんの かわり】
「ボーナスもタップリもらうっぺよ」
三者三様の返事に煌路が微笑んだまま頷くと、葛葉も煌路の周りを見て、
「姉君、それにハクハトウ、パトラ、シューニャ、あんさんらも、お疲れ様なんどすえ~♪」
「これも可愛い弟のためですからね♪」
「わらわも得るものがあったが故、良しとするのじゃ」
「フクカイチョーとお出かけれきたから~たのしかったのれすよ~♪」
「疲労・困憊……イコール……睡眠・不足………」
「仕事が立て込んでいたのに、無理に来てもらってゴメンね、シューニャ。必ず埋め合わせはするよ。ともあれ……」
赤銅色の髪の少女が浮いたままクルクル回転し、他のZクラスの少女たちが何かを訴えかけるような視線を寄越す中、煌路は鞘に納められた刀を葛葉へ差し出し、
「作戦通り〝瀬織津〟を復活させることが出来て何よりだよ。これは返すね」
「〝八鱗刀〟……はるかな昔、〝瀬織津〟の鱗を削り出して作った、文字通りの〝瀬織津〟の一部……」
葛葉は刀を恭しく受け取り、
「この刀こそ、霊界におる〝瀬織津〟の本体と現世をつなぐ〝鎹〟なんどす」
「〝瀬織津〟だけじゃなく、あの2人にとっても〝鎹〟になったみたいだね」
煌路が〝竜〟の背を、日本建築の屋形の屋根を見る。同時に六音もパトラを見て、
「一応、普通のケガの治療もデキんだよな……」
「もちろんなのれすよ~わたしはお医者さんなのれすから~♪」
「《《心霊治療》》専門だけどな〝おっとり呪術医〟……」
屋形の屋根には、互いに寄り添う和装の男女が……津流城と沙久夜がいた………
◆
「………………………………」
湖に現れた紫の〝竜〟を、湖から離れた町の上空に浮かぶ赤いトロニック人が見つめている……と、
「どうした? 在りし日の栄光に浸っているのか?」
背後からの声に振り向くと、2メートルの長身に白い和服をまとう女が同じく空に浮いていた。
「ワイクナッソ……!」
「イムーファーザ……だったか、今は♪」
ワイクナッソが高飛車に笑み、
「しかし、今回の財団とやらの作戦を、よくプロテクスが承認したものだな。この地の原住民を見捨てるも同然だろうに」
「……仕方が無い。上の意思だ……!」
イムーファーザの怒りを抑えるような声に、ワイクナッソはわずかに眉をひそめ、
「上だと? この星系のプロテクスの総督府か?」
「もっと上だ」
「ん? ならば、この周辺の銀河や星雲を管轄とする統括府か?」
「もっとだ……」
「なんだと? まさか執権府か!?」
「もっとだ……!」
「はああ!? そうなると……」
全宇宙のプロテクスの総本部をも否定され目をむくワイクナッソだったが……
「……いや、むしろ納得できるのか……《《あの重圧》》のことも……ん?」
何かに気づいてワイクナッソが湖を見る。と、激しい水飛沫を上げて湖面を突き破り、紫の竜の前に巨大な〝人影〟が現れた………
◆
「くそお………」
湖面に現れた〝人影〟が悔しそうに唸った。
それは身長80メートルを超える真っ黒な巨人。
先ほど〝草薙の里〟に多数が出現し、魔方陣により一掃された悪魔を思わせる上半身と同じく、無数の少年のクローンが融合した物体だった。
「太華瑠殿に、つかまつるか……?」
その巨人を見て、紫の竜の胴体である屋形の屋根で津流城が眉根を寄せた。
「まだ、それだけの力を残されていたのでございますか……」
津流城に寄り添う沙久夜も怪訝そうに巨人を見つめる。
黒い巨人は先ほどの悪魔を思わせる上半身と違い、見るからに不安定で今にも崩れそうな危うさを感じさせていた。
「太華瑠殿、最早これ以上の諍いは無用につかまつる。なれば……」
「……ふざけるな……故郷が滅ぼされるのを、黙ってられるか……!」
津流城の粛然としながらも厚情のにじむ声に、巨人は大きく裂けた目と口を歪め怒りに震える声を吐く……が、
「この〝里〟の命数は、とうに尽きていたのでございますよ」
沙久夜が冷静な声で、
「〝七里塚〟の方にお聞きしたのでございますが、元来〝無道三家〟は〝十試属〟と呼ばれる10の家から成る集まりだったそうでございます」
何の感慨も無く、
「しかし、長い時の流れの中で1つ、また1つと家が絶えていき、〝無道三家〟と呼ばれる3つの家だけが残ったとの由にございます」
まるで他人事のように、
「そして今、8つ目の家が絶える……それだけのことなのでございます」
「ふざけるな……この地下空洞が……住処が滅びても……民が生き残れば、〝草薙の里〟は滅びない……!」
巨人が……草薙家の次期当主が気概を吐く……が、
「ならば……〝草薙の里〟は、すでに滅びているのでございます」
沙久夜が変わらず淡々と、
「しかも最後の一手を打ったのは、あなたなのでございますよ、太華瑠さん」
巨人がピクリと震えた。
「お気づきでございますか? 〝里〟の民が、いなくなっていることに……」
言われて〝里〟を見渡せば、各所に炎やケムリを燻ぶらせる町には悪魔を思わせる上半身が干からびて多数倒れているだけで、戦火に翻弄されていた民の影は無い。
「そう……あなたが怒りに駆られ〝里〟に出現させた、あなたの複製体の集合体に……命あった〝里〟の民は、全て取り込まれてしまったのでございますよ」
あちこちに死体が……《《命の無い民》》が転がる町を前に巨人はビクッと震え、
「ば…ばかな……そんな、こと………」
否定しようとするも、クローンと同調していた記憶が脳裏に甦る……
「そんな……こと………」
怒りで赤く染まる視界と、悲鳴を上げる民を次々に体に吸収していく記憶が……
「そんな……そんな………」
激しい眩暈と吐き気に襲われ……
「ちがう……俺は……そんな、つもりじゃ……」
不安定な巨体がブルブルと戦慄き……
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
悲壮な絶叫と共に、黒い巨体はドロドロと溶けるように崩れていく………
◆
「……ぶはっ!!」
湖面を突き破り、でっぷり太った男が顔を出した。
「ひい……ひい………」
その男……草薙弥麻杜は溺れる寸前の体で湖を泳ぎ、どうにか岸にたどりつく。
「はあ……はあ……おのれ、ミズシロ財団めえ……!」
「呼んだんどすえ?」
弥麻杜が悪態に返事をされ声のした方を見る……と、返事をした葛葉をはじめ、湖の畔に集まっている少年少女たちがいた。
「久しぶりだね、草薙弥麻杜。僕が火焚凪を引き取ったとき以来かな」
「み…水代、煌路……!?」
弥麻杜が顔を引きつらせた……直後、
うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
〝里〟に絶叫が響き弥麻杜が湖の中央を見ると、紫の竜と対峙する黒い巨人が震えながら叫んでいた……が、
「こ…この声……太華瑠、なのか……?」
父が凝視する先で、息子の声で叫ぶ巨人はドロドロに溶けて崩れ去る……かと思いきや、別の形に姿を変えていき……
「た…太華瑠……?」
父が呆然となる一方、黒い巨人は巨大な黒い肉塊になる……と、6本の太い脚と2本の長い尾を生やし、大きく裂けた目と口が刻まれた蛇のような長い首を3本のばして……
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
紫の竜より一回り大きな黒い竜が、湖の中央で3つの頭の口から狂おしい咆哮と灼熱の火炎弾をまき散らす。周囲に乱射された火炎弾は、ようやく戦火の治まった町を再び炎上させつつ湖の畔にも降りそそぎ……
「六音!!」
咄嗟に六音の前に立ち煌路が迫り来る火炎弾を防ぐ。他の面々もそれぞれの方法で火炎弾から身を守る……が、
「ぎゃほあっ!?」
火炎弾の1つが弥麻杜を直撃、その下半身を消し飛ばし、
「た…たけ…る………」
上半身のみとなって倒れた時……父の瞳に生気は無かった………
「おお……おいたわしや、御屋形様………」
そのとき大地の一部が盛り上がり小山が築かれると、その頂上を突き破り1人の女が上半身を現した。
「なれど……御心配は無用にござりまする………」
舞妓のような着物を着た艶めいた美女……弥麻杜の側室、都牟刈湖乃羽である。
「この〝里〟は、必ずや身共と我が息子がお救いするのでござりまする………」
主人の死体を前に女は恍惚とした笑みを浮かべる……と、小山の麓を突き破り、刀を握る8人の男が現れた。
「今代の〝八鱗刀〟どすえ? せやけど──」
「ゾンビ映画パートⅡ!? 南米も似たようなの見たぞ!!」
小首をかしげる葛葉の声を六音の叫びがさえぎった。
8人の男たちは血の気が失せた傷だらけの肌をボロボロの着衣からのぞかせ、瞳も虚で生気が無い……弥麻杜の《《死体》》と同様に。
「そういえば〝儀式〟のあと崩れた鍾乳洞に置いたまんまやったどすな~♪」
「その鍾乳洞で死んだ者たちに〝黄泉国〟の術式を使ったのですね……死体を操る禁忌の術式を」
砂織が湖乃羽に非難めいた視線を送るが、
「存在自体が禁忌な化け物に謗られる謂われは無いのでござりまする!!」
「うまいこと言うどすな~♪」
皮肉を葛葉が笑い飛ばし、煌路も苦笑しつつ、
「察するに南米で使われた死体を操る術式は、彼女がカルージャンの遺物に提供したものだったんじゃないのかな……クローン技術を提供してもらった対価としてね」
「身共が供したのは、術式の初歩のみにござりまする。術を極めたならば、かようなことも出来るのでござりまするよ」
湖乃羽が艶めきつつも凄味のある笑みを浮かべる……と、8つの死体が巨大化しつつ融合していき……1本の体から8本の首を生やす、全長80メートルを超える大蛇となった。その姿に砂織は眉をひそめ、
「〝八岐大蛇〟ですか。ですが……」
「〝人面魚〟ならぬ〝人面大蛇〟どすな~♪」
8本の首の先には、巨大化した〝八鱗刀〟の男たちの頭が1つずつ付いていた。
「ヘビさんには~負けられないのれすよ~♪」
そのときパトラが優しい笑みをほころばせ、三つ編みの先のリビアングラスを光らせる。と、町に散らばる悪魔を思わせる上半身の残骸が破裂するように砕け、中から太華瑠のクローンや吸収された民の骨が飛び出した。
「目には目を~歯には歯を~」
町中から夥しい人骨がパトラのそばに飛来し、組み合わさって何かの形になっていく。ほどなく全貌を現すそれは……
「ヘビさんには~ヘビさんなのれすよ~♪」
菱形の頭を持つ、全長100メートル近い眼鏡蛇の骨格だった。
「虚仮脅しを! 〝八鱗刀〟よ、死してなお劣らぬ〝里〟への忠義を見せるのでござりまする!!」
人面の八岐大蛇が獣のように顔を歪めて咆哮し、鋭い牙を剥きつつ少年少女たちへ突進する……が、不意に多数のビームが降りそそぎ大蛇の前進を止めた。
「何者でござりまする!?」
湖乃羽がにらんだ地下空洞の空に、1人の少女が浮いていた。
胴体を地球軍の軍服で覆い、手足に鈍い銀色に輝く金属製の大型戦闘ユニットを装着した少女だ。
「おお! リアルメカ少女だっぺよ♪」
「我、ジョクタウ・トゥルガイを捕捉せり」
「………はえ?」
興奮する中央アジア系の少年が、無機質な中央アジア系の少女の声に困惑する。
「なんでボクチンの名前を………まさか!?」
「エスティルトゥ、君が来たんだね」
「なんでオメエがアイツを知ってるっぺよ!?」
声をさえぎられたジョクタウが煌路をにらむ……が、
「彼女はヴィオの……僕の従妹で地球軍の司令官をしている、西の本家の次期当主の副官だからね。前に会ったことがあるんだよ」
「っ!?」
目が飛び出さんばかりにジョクタウが目をむいた……一方、
「次から次へと……かくなる上は!」
苛立つ湖乃羽が弥麻杜の死体を見て、
「御屋形様にも御力添えを願うのでござりまする!!」
直後、上半身だけの死体がビクンッと震え、風船のごとく見る見る膨んでいく。
断面から虫のような肢を生やし、上半身も虫の外皮のように硬質化し、新たな目を顔にいくつも現しながら……
「またも〝黄泉国〟ですか……!」
砂織が眉をしかめる先で、でっぷり太った上半身を硬い外皮で覆い、下半身に虫のような6本の肢を生やし、10を超える目をギョロギョロ蠢かせる、身長50メートルに達する異形の怪物が誕生した。
「己が主まで傀儡とするのですか……!?」
「滅相も無いのでござりまする。そうでござりまするよね、御屋形様?」
「ぐ…ぐぅぅ……そう、だ………」
怪物と化した弥麻杜が唸るような声を出し、
「貴様らに……ミズシロ財団に、一矢報いられるなら……何を引き換えにしても、悔いは無い……!」
「自我が残っているのですか!?」
「さすが〝草薙の里〟の御当主にござりまする♪」
砂織が目を見開き、湖乃羽がご満悦に笑むと同時──
「思い知らせてやるぞミズシロ財団んんんんんんんんんんんんっ!!」
異形化した弥麻杜が虫のような肢をガシャガシャ動かし、鬼の形相で少年少女たちへ襲いかかる──寸前、60メートル近い氷塊が降ってきて大地を揺らした。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
大地にめり込む黒い氷塊の上に、身長190センチを超える紺碧の髪の少年が、アイスホッケーのスティックを肩にかついで立っている……と、
「あたしを殺す気かマウジャド!!」
氷の上の少年に、《《煌路にお姫様だっこされる》》六音が怒鳴った。
ちょうど氷塊の落下地点にいた六音を咄嗟に煌路が助けたのだ……しかし、
「ガハハ、喧嘩相手が逃げちまったり勝手におっ死んじまったりで暴れ足りねえんだぜい」
マウジャドは六音の抗議を無視して、八岐大蛇や異形化した弥麻杜を氷塊の上から見おろし、
「足りねえ分、タップリここで暴れてやるんだぜい♪」
野生的な美形に獰猛な笑みを浮かべる。と、弥麻杜がにらんできて、
「ぐぅぅ……貴様ぁ………」
「あん? テメエ〝里〟の当主なんだぜい? 丁度いい、テメエにゃ世話になったから遊んでやるんだぜい♪」
獰猛な笑みを深めつつマウジャドはスティックを振り上げ……勢いよく氷塊に振り下ろす。と、60メートル近い氷塊が粉々《こなごな》に砕け散り、老若男女の地球人や様々な姿と大きさの宇宙人が多数、中から飛び出した。
「ぐ……お前ら、闘技場の闘士か……いきなり、姿を消したかと思えば……!」
「ガハハハハッ!! 〝黒氷海賊団〟の旗揚げなんだぜい! さあ、やっちまえなんだぜい野郎ども!!」
サメのような歯をガチンガチンと打ち鳴らす船長の号令で、《《首輪の無い》》団員たちが雄叫びつつ獲物に襲いかかる。
「〝孤高の海賊団〟返上どすな♪ というか〝黒い氷〟って呼び名、気に入っとったんどすえ?」
「またしても、邪魔者が増えたのでござりまするか……!」
葛葉がはんなりと笑む一方、湖乃羽は小山の頂上に生やす上半身を震わせつつ、
「ならば! こちらも死力を尽くすのでござりまする!!」
覚悟を決めたように気炎を吐く。と、下半身が埋まる小山から大きな竜の首が飛び出した。さらに長い尾と6本の脚も飛び出して小山を崩していくと同時、湖乃羽の上半身も巨大化していき……
「我が野望! かような所で終わらせないのでござりまする!!」
6本の太い脚で大地を踏みしめ、長い首と尾で周囲を威圧しつつ、背に10メートル近い女の上半身を生やす、全長40メートルを超える真紅の竜が現れた。
「〝巫女〟の妹としてわずかに持っとった〝瀬織津〟の力を暴走させたんどすな……二度と人に戻れんと承知で?」
「言ったはずでござりまする!! 死力を尽くすと! あなた方を倒せねば身共に未来は無いのでござりまする故!!」
「そんだけの〝欲〟を、もう少し早く見せてくれはったら良かったんどすえ」
どこか残念そうに葛葉が溜め息した……直後、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
真紅の竜の前に巨大な竜巻が降り立ち、
「風は獲物を求め吹き荒ぶ。戦士の誇りに燃えながら」
1人の少女が乗馬用のムチを手に、竜巻の上で仁王立ちしつつ真紅の竜を……竜の背の巨大化した湖乃羽をにらみつける。
「あなたは、先ほど屋形で身共と戦った……」
「ペンテシレイア、今度は手加減はいらんどすえ」
「手加減?」
湖乃羽が自分の声をさえぎった葛葉を見て、
「何を申して……よもや先ほどは、故意に身共を逃がしたとでも……うっ!?」
竜巻が勢いを増して吹き荒れる。と、その上に立つ少女が烈風に若草色の髪をなびかせながら眉間のシワを深め、顔の左の三つ編みに垂らす小さな蹄鉄を光らせつつ、
「風は白き嘶きにて脅かす。あえて逃がした弱卒を」
さらに竜巻は激しくなり、唸りを上げつつ少女を呑み込み……
「風は白き角にて刺し貫く。大望を阻む弱志を」
不意に弾けるように竜巻が消える……と、ムチに代わり鋭い突撃槍を持った少女が騎乗する、純白の凛々《りり》しい一角獣が現れ……
「風は白き蹄にて蹴り殺す……恋路を邪魔する弱輩を!!」
「ま、邪魔する者は馬に蹴られて死んじまえゆうんは同感どすな♪」
空を駆ける一角獣の背で気合いを迸らせる級友に苦笑しつつ、
「ほんなら、あとは頼むんどすえペンテシレイア」
勝負の結果は見えているとばかりに一角獣と真紅の竜に背を向け、
「〝失敗した人間〟に、せめて有終の美を飾ってやっておくれどす」
どこか憐れむように言うと、〝里〟の中央にある湖に目をやった……途端、湖の中心にいた紫の竜と黒い竜が光に包まれ姿を消した。
「〝妹の搾り滓〟が、ほんま立派になったどすな~♪」
「〝異元領域〟に行ったみたいだね」
その時、破顔する葛葉に煌路がウィステリアを連れて歩み寄り、
「トロニック人でもなかなか出来ない空間操作の奥義……これで彼もZクラスで群を抜いた実力者になれたわけだし、他のみんなも後に続いてくれるといいんだけどね……君の計画通りに♪」
「全てはお手元のままに……若様」
主へ深々と頭を下げる葛葉……だったが、
「……んで、いつまで若様にくっついとるんどすえ六音?」
頭を上げると、煌路に《《お姫様だっこされている》》六音へ毛ほどの邪気も無いはんなりした笑みを向け、
「人の邪魔をする者は、馬に蹴られて死んじまうんどすえ♪」
「何のコトか分からないな♪ あたしは仕事をしてるだけだぞ。《《人間パワーアンクル》》として、ダンナ様の《《足手まといになる》》って仕事をな♪」
六音が優越感を笑みに溢れさせ一層密着すると、煌路も溜め息まじりに苦笑して、
「まあ、この状況だと僕のそばが一番安全だろうしね──おっと」
クラスメイトの少女たちから飛んで来た攻撃を空中に発生させた光剣で〝吸収〟する煌路。
「流れ弾だね。やっぱり気をつけないと」
「……ソーダナ〝恋敵〟ヲ狙ッタ攻撃ガイツ飛ンデ来ルカ分カラナイカラナ………」
目元を引きつらせ棒読みで言う六音。
周りでは草薙家に連なる人間──《《だった》》怪物たちと、Zクラスのメンバーたちが激戦を展開している……特に女子は、必要以上(?)に殺気を立ち昇らせながら。
「……ったく、自分の欲望に忠実な恋愛脳ばっかでケッコーだな………」
お姫様だっこされる六音が冷や汗しつつ、ぎこちない笑みを浮かべ……
「……にしても、〝異元領域〟を煌路の次にデキるようになったのが、クラスの中でも〝殺人記録〟最下位の〝搾り滓〟だなんてな。ってコトは……」
お姫様だっこされたまま、《《開き直ったように》》婀娜っぽく煌路の首に両腕を絡め、
「〝異元領域〟のコツは〝シスコン〟だったってか♪」
むしろ《《見せつけてやる》》とばかりに妖艶な笑顔を煌路の顔に近づけ、耳元で甘く囁くように、
「やっぱアレか? 厳格な〝シスコン原理主義者〟同士、通じ合うモノがあったのか? 〝シスコン〟に目覚めたら〝異元領域〟にも目覚めちゃうのか? 愛は世界を救うんじゃなくて姉愛は〝異元領域〟を創っちゃうのか♪」
露出の高いタンクトップとホットパンツの少女が腕の中で大胆に科を作る……が、少年は平然として、
「僕は〝きっかけ〟をあげただけだよ──おっとっと」
雨霰と降りそそぐ〝流れ弾〟が、煌路の周りに浮かぶ複数の光剣に〝吸収〟されていく。
「みなさん、いつにも増してがんばっていますね、コロちゃん♪」
「うん、特に女子のみんなから凄い気合いを感じるよね、姉さん♪」
「その殺気が怪物と戦うより〝流れ弾〟に籠められてる気がするんだが……?」
あきれ返る六音に煌路は寛容に笑み、
「流れ弾にさえ尋常じゃない気合いが……力が籠められているなら、なおさら凄いことじゃないか。日頃みんなが、どれだけ精進しているかの証拠だね」
「精進っつーより、特定の誰かへの〝こだわり〟のせいに思えるんだがな……」
深々と溜め息する六音に煌路は笑みを深め、
「そうかも知れないね。支えになってくれる人がいると、人は強くなれるからね」
隣の姉と笑顔で視線を交わしつつ、
「津流城もそうだよ。長年の柵によって押し込められていた〝異元領域〟も創れるほど力が、姉にも等しい人への〝こだわり〟で……〝想い〟で目覚めたわけだからね……」
深く息を吸うと、万感の想いを込めて……
「やっぱり〝姉弟愛〟こそが、全てを超える至高の想いなんだよね姉さん♪」
「はい、コロちゃん♪」
〝流れ弾〟の猛雨の下、姉弟が太陽のごとく眩しい笑みを交わす。
「………………………………」
一方お姫様だっこされる六音や周囲で激戦している少女たちは、迂闊に立ち入れば馬に蹴られそうな〝姉弟〟の雰囲気に白けた空気を漂わせる……が、
「……自分の姉弟愛に夢中な熟年夫婦め………」
〝姉弟〟の笑みの清らかで温かい眩しさに、周りの少女たちは嫉妬する気力も気概も失せてしまう。
むしろ熟年夫婦のごとく年季の入った〝姉弟愛〟の深さと揺るぎない絆に胸の奥を熱くさせられてしまう。
そんな〝姉弟愛〟に吹き払われるように〝流れ弾〟の猛雨も止み……
「ま、沙久夜も津流城のことで気を揉んどったんどすが、これで安心なんどすえ。こっちはこっちで、晴れて〝妹の搾り滓〟返上どすからな♪」
はんなり笑んで頷く葛葉に、煌路も頷きつつ遠くを見るような目をして、
「ここが正念場だよ、津流城。ようやく心を重ねて、血をひとつにした大切な人と一緒に歩いていけるか……〝想い〟を叶えられるかどうかのね。何より……」
異空間にいる級友に思いを馳せつつ、
「姉を助けるのは、弟の義務だからね♪」
原理主義者の信条を語るのだった………
◆
「こ…ここは………」
6本足の黒い竜が、3本の首から戸惑いをもらした。
竜がいるのは雲ひとつ無い青空の下に、見渡す限りの水面が広がっている世界。
耳が痛くなるほどの静寂に満ちた、果ての無い平穏な世界だ………しかし、
ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
突然、水面から無数の巨大な水柱が空の彼方まで立ち昇り、青い空も紫に変わっていく。
「これぞ某たちの〝異元領域〟につかまつる」
さらに新たな水柱が生まれ、100メートル近い高さまで立ち昇ると……その先端に日本建築の屋形を胴体とする、6本足の紫の竜が現れた。
「津流城ぃ……!」
屋形の屋根に立つ少年を見て、黒い竜が忌々《いまいま》しげに唸る。
「太華瑠殿……」
対する津流城は幾ばくかの憐憫と、それ以上の確固たる決意を瞳に宿し……
「どうか御覚悟を。不肖八重垣津流城、介錯致しつかまつる」
水柱の上から、眼下の水面にいる竜へ厳かな声を降らせた………