目覚めは姉と愛人と共に!?
ペろ……ペろ……ペろ………
「う……んん………」
頬をなめられる感触に、少年は布団のなかで目を覚ます。
そして横になったまま、わずかに左右に目をやると……
「姉さん……? 六音……!?」
左からウィステリアが、右から六音が、同じ布団のなかで煌路に抱きつき頬をなめていた。
「おはようございます、コロちゃん♡」
「おはよーございます、ダンナさま♡」
密着する2つの女体を包むのは、煌路と柄がちがう浴衣のような寝間着。
寝間着の胸元は大きく開き、特大の柔肉と平均以上の柔肉がこぼれ落ちそうになりつつ、それぞれの深い谷間に左右から1本ずつ少年の腕をはさんでいる。
「……なにしてるの、2人とも………」
かすれる声に、ウィステリアは艶っぽく微笑み、
「〝妻〟の務めを果たしているのですよ。私がコロちゃんのお嫁さんになることは、運命に決められたことなのですから♡」
「運命のヨメを娶ったあとは、運命の愛人も養ってくれ、ダンナさま♡」
髪をストレートにした六音も、可憐な素顔を妖艶に微笑ませる。と、2つの女体が一層密着し、甘美な熱と香りと柔らかさが一段と絡みついてくる。
どくん、どくん、どくん……!
動悸が激しくなって全身に熱い汗が噴き出し、目眩がして頭も焼き切れそうに沸騰していく。
「ね…ねえさん……りくね……もう、やめ………」
歯を食いしばり理性を保とうとするが、体は煮えたぎるように熱くなり、甘えるように纏わりつく女体の熱と柔らかさを貪欲に吸収してしまう。
「うふふ、私たちの体にドキドキしているんですね、コロちゃん♡」
「んっふっふ~、自分が世界一の幸せ者だと思い知れ♡」
ぺろ……ペろ……ぺろ………
妖しく舌の這う頬が蕩けるように熱くなり、肉体も淫らに蠢く柔肌に撫でられて焼けつくように火照っていく。
どくんどくんどくんどくんどくん!!
動悸が早鐘のように乱れ、全身が爆発寸前に疼いていき――
「う……あ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
情欲が理性の檻を喰い破り、2匹の爛れた獲物に襲いかかる!!
「姉さん!! 六音ええええええええええええええええええええええっ!!」
―――まぶたを開けば、見えるのは見慣れた自室の天井。
「………あれ?」
だだっ広い和室に敷かれた布団に、煌路はあお向けで横たわっていた。
ペろ……ペろ……ペろ………
片や白、片やピンクの毛なみがキレイな2匹の子猫が、左右から頬をなめている。
室内の清白な空気に染みわたるのは、障子越しの柔らかな朝日。
心地よいスズメのさえずりも、さわやかに耳朶を震わせる。
「………夢? いや、でも………」
布団のなかで汗だくの少年が茫然とつぶやく。――と、
にゃお~ん
目を覚ました主人の頬に、子猫たちが左右から頬ずりしてきた。
ゴロゴロのどを鳴らして人なつっこく目を細める姿は、可愛いヌイグルミのよう。
「あ…ああ……おはよう、シロ、モモ………」
煌路は子猫たちの頭をなでると、横になっている自分の胸の上に2匹を移す。
そしてマクラに頭を置いたまま、左を見ると………
「おはようございます、コロちゃん♡」
ちゅっ……と、あたたかく柔らかな唇が頬に触れた。
目覚めたばかりで桜色に染まる柔和な微笑が、視界いっぱいに映る。
左隣で寄りそうように密着し、同じ布団のなかで寝ていたウィステリアだ。
「……早速、おはようのチューですか、ウィス先輩………」
右隣からも、《《同じ布団のなかで密着する》》六音が目をこすりながら声をかけてきた。
少女たちは夢(?)と同じ柄の浴衣のような寝間着を着ている。
「あれ……? やっぱり、夢……? それとも……あれ……?」
「どーした、煌路? また変な夢でも見たのか?」
寝そべる煌路が頭をひねる横で、六音がアクビと伸びをしつつ上体を起こす。
艶やかな黒髪がサラサラと背中に流れ、そこはかとなく艶めかしい。
「夢……やっぱり、そうなのかな………」
納得しきれない様子の煌路も、布団の上で身を起こした。
子猫たちが主人の胸から左右の肩に駆けあがる。
「……僕と姉さんと君の、3人で一緒に寝てた夢なんだけど……」
あらためて周りを見れば、やはり住み慣れた家の見慣れた自室。
「……最後に、すごいことがあったような気がするんだけど……思い出せない……」
その《《百畳》》一間の和室は1人で使うに広すぎるが、従姉と居候も《《就寝時を含む》》生活の大半を過ごすため過不足なく感じる。
部屋の四方の壁のうち、庭に接する南の面には障子が、廊下に接する北の面には襖が並び、残る面には多くの棚が置かれている。
「ハッ、すごい《《エロい》》夢でも見たのか? ここんトコ毎晩見てたアニメみたいな♪」
500インチを超える大型テレビを壁に埋め込んだ一角もあり、その周りの棚にはアニメや特撮番組の映像ソフト、それにマンガがぎっしり詰め込まれていた。
それらは煌路の曽祖父母のコレクションだった品々だが、棚に入りきらず床のあちこちに積み上げられた物も多々ある。
「僕が財団の仕事をする横で、君が勝手にアニメを見ていたんだよね秘書見習い?」
他にも床に散乱する経営学や経済学の専門書、それに表紙に『極秘』や『社外秘』とあるファイルの数々は、煌路の将来の秘書たる六音が、煌路の祖母から家賃代わりの〝課題〟として読むよう渡された物だった。
「ん? 次期当主サマはアニメよりアナログな遊びがお好みか♪」
他の棚には、軍人将棋や一生ゲームなどの遊具を始め、ウィステリアの趣味である編み物の道具や毛糸、それに六音の本や映画の映像ソフトも大量に収められている。
「それとも思春期のダンナ様は、アダルトな〝お戯れ〟をお望みか♪」
さらにタンスやクローゼットには《《下着を含む》》少女たちの着替えも収められ、部屋が3人の共同生活空間と化している証になっていた。
その部屋がある屋敷に昨夜の誘拐事件のあと、少年たちは巨大輸送機(に変形したプロテクス)に《《積み込まれ》》、北海道の端の雪山から強制送還されたのである。
「てか最近夢見が悪いってボヤいてっけど、3人で寝るなんていつものコトだろ♪」
「それは、そうなんだけど……昨夜、家に帰ってからの記憶が曖昧で……」
その巨大な屋敷こそ北海道の中央に建つ、少年たちの住処〝水代邸〟。
世界の経済と軍事を制覇する〝ミズシロ財団〟が、北海道全土の3割に及ぶ私有地に建てた日本建築の平屋である。
「どこまでが夢で、どこまでが現実だったのか……でも……ちゃんと寝間着に着替えているし……布団のなかで寝ていたし……」
八角形の巨大な平屋は、ダムのように巨大な10枚の八角形の壁に同心円状に囲まれ、壁と壁の間も1つ1つが大規模な居住区になっている。
「それとも、これは……ラシェルさんや女中さんたちが、してくれたのかな……」
中心の平屋に住むのは、水代家の人間とその客分、そして厳選された使用人たち。
平屋を囲む壁に区切られた区画には、中心に近い区画ほど重要な役職を持つ財団の職員が住居と職場を構えている。
「ははっ、水仙ばあちゃんが……最高顧問がしてくれたのかもしんないぞ♪」
「……その最高顧問直々に、昨夜はたっぷりお仕置きされたんだよね……」
その形から八角形とも呼ばれる、この巨大にして雄大な施設こそは、世界に冠たるミズシロ財団の本拠地の1つだった。
「うう……思い出したら、また体が痛くなってきたよ……確かに軍のテストを中止させたのは悪かったんだけどさ……」
その本拠地兼自宅に夜おそく帰った姉弟は、財団の捜査員と財団の最高顧問の祖母に誘拐事件の説明をしたのだが……説明のあと、祖母は屋敷にある道場で、自分との3時間にわたる格闘術の稽古を姉弟に課した。
「ちゃんと理由があったんだから、少しは手加減してくれてもいいのにね……」
歴然の実力差で、姉弟が一方的に投げ飛ばされる『おしおき』という名の稽古を。
「……でも、悪いことはしたけど、間違ったことはしなかったってことだよね……」
水代家伝来の日本舞踊にも似た格闘術で、散々孫たちを(宙に)舞わせた祖母だったが最後にはこう言ってくれた。
『ふむ、人の信頼に背くことは許されませんが、《《大切》》な人の信頼に背くことは、ゆめゆめ許されません』
その言葉を思い出し、ほのかな誇らしさに口元をゆるめる煌路。──だったが、
「なにニヤニヤしてんだ? 気色ワリーぞ煌路」
「……君はいいよね、六音」
一転、恨みがましい目つきになり、
「僕と姉さんが〝おしおき〟されていたのを、道場のすみで見ていた《《だけ》》だったんだから……《《昨日の事件の一因だった》》君が……!」
「バカ言え、お前とウィス先輩が『翼よあれがパリの灯だ!』って道場の空をビュンビュン無着陸飛行してた間、3時間もず~っと正座させられてたろ」
並んで布団に座る六音も顔をしかめ、
「あれって立派な拷問だからな。変な汗ダラダラ流して、『パリの灯』じゃなくて『走馬灯』が見えちゃったぞ」
「ちょっと足がしびれただけだよね? 僕としては学院の〝拷問研究会〟から道具を借りてきて『石抱きの刑』……までは行かなくても、うちの女中さんの洗濯板を借りてきて、その上に正座くらいはしてほしかったんだけどな」
ぶつかる視線が火花を散らす。
「ざけんなコラ。洗濯板に正座って、大昔の中華のマジの拷問だろーが。ナチュラルに発想がエラーなんだよ、ナチュラルボーンエラーズめ」
「大丈夫だよ。ブレイクなんて日課みたいにしていたけど、血行が良くなるって笑っていたからね。で、夜には僕の部屋に忍び込もうとして、それを火焚凪に見つかっては、家中で元気に鬼ごっこをしていたよ」
火花は徐々に火勢を増し、
「あんな淫乱の〝必殺使用人〟どもと一緒にすんな。……ま、一番ヤバいのは、そんな〝秘密のご奉仕〟の淫乱メイドや〝錆びた絶対忠義〟のムッツリ淫乱護衛にまで種つけしようとする、ナチュラルボーンエロースだけどな」
「何を言っているのか分からないな。そんな如何わしいことを、僕が大切な友達にするわけがないじゃないか。《《君も含めて》》ね」
ぶつかり合う火花が爆発寸前までヒートアップする。――が、
「はぁ……もう、いいよ……というか六音、口元にヨダレがついているよ」
不毛な対立に気疲れした煌路は、再度うつむき深々ため息。
片や六音は『うっさい』と赤面して手の甲で口元をぬぐうと、メガネと一緒にマクラもとに置いてあったリモコンをふんだくり、乱暴にテレビを点けた。
《おはようございます。2583年12月19日金曜日、午前7時のニュースです》
500インチを超える大画面の中で、若い女子アナがニッコリ。
《最初のニュースです。今日、ジャカルタの世界政府臨時政庁で、異星難民の問題を話し合う会議が開かれます。この会議ではミズシロ財団の東の本家当主、水代閃氏がスピーチを行う予定で――》
「およ? 煌路、『今日の親父さんのコーナー』だぞ♪」
「本当だ。今日はインドネシアか。昨日はアラスカにいたのに随分飛んだね。でも、異星難民問題の会議か………」
煌路の脳裏に、きのう六音を誘拐しようとした三つ目の異星人が浮かぶ。
「あの『マスカレイド』って名乗っていた誘拐犯も、異星難民だったかもしれないんだよね。それも大規模なテロ事件をいくつも起こして、最上級の指名手配措置である『重要災害指定』を受けた………」
「てか宇宙人で純人教団でテロリストって、キャラ盛り過ぎだろ♪」
六音の茶化すような声に、目元を引きしめていた煌路は苦笑して、
「マスカレイドってテロリストは、世界中のキナくさい地域で暗躍している正体不明の人物だそうだよ。でも、昨日はあっさり姿を見せた上に、らしくない失態を重ねていたよね………」
苦笑の奥にかすかな陰りが感じられた。
見ればウィステリアも、布団の上で身を起こしつつ同様の笑みを浮かべている。
「なんだか昨日のマスカレイドは、本物じゃなかったって言ってるみたいだな♪」
そんな素振りの姉弟を、六音はあえて冷やかすように、
「それともアレか? あれが最後のマスカレイドだとは思えない。いつか第二、第三のマスカレイドが……ってヤツか♪」
「本物かどうかはともかく、葛葉の話だと純人教団に関係した第二、第三のテロリストが日本に潜入した可能性があるそうだよ」
警戒感のにじむ声。
「今も調べてもらっているけど、ちょっと……いや、かなり気になるよね………」
「はっ、お前が気になんのはテロリストよりも、『主のためなら主も謀る』って〝クズ参謀〟がナニ企んでるかじゃないのか?」
おどけながらも視線を鋭くした六音の声。
煌路は淡く微笑んで肩をすくめるだけで、テレビへ目を戻すと、
「ともあれ、本当に異星難民の中からテロリストが出たとなると、彼らへの風あたりが一層強くなるかもしれないね」
湯飲みを受け取り、お茶をすすりつつ、
「彼らは着のみ着のままで地球に来て、生活も苦しいっていうから、中には思いあまって犯罪に走ってしまう人も……」
「はい。本来なら、そういった人たちにも援助をするべきなのですけど……」
ウィステリアが髪をかきあげ、寝間着の乱れを直しながら言った。
布団の上で優雅に横座りする少女は、何気ない仕草にも匂いたつ〝艶〟を感じさせ淑やかな艶姿をあらわにする。
ごくり……と、視線を吸い寄せられた六音がのどを鳴らした。
神がかった美貌は慈愛あふれる上品な輝きに、歳にそぐわぬ豊満な肢体は近寄りがたい高貴な色香に満ちている。
寝間着から伸びるガラス細工に似た手足も、透き通るような白い肌をほんのり桜色に染めて瑞々しい精彩を放っていた。
(ヤバい……女のあたしでも、マジでドキドキする………)
規格外の双丘は、寝間着の胸元をはち切れんばかりに盛り上げ、えり合わせの隙間から深すぎる谷間を見せつつ、おおらかな母性を振りまいている。
白金色の髪もウェディングベールのごとく布団の上に広がり、障子越しの柔らかな朝日に照らされ光のツブをまぶしたようにキラキラときらめいていた。
それは崇高な神話の一幕と見まごうような、壮麗で神秘的な光景だった。
(……まさに、〝傾国の美女〟だよな………)
事実、『ミズシロ財団』という世界一安全な環境に〝保護〟されていなければ、ウィステリアをめぐり世界の有力者たちが血みどろの争奪戦をしていたと言われる。
(実際、あんな事件もあったわけだし……)
数ヶ月前、とある政財界のパーティーでのこと。
ある大企業の社長のバカ息子が、ウィステリアに言い寄ろうとした上、それを止めようとした煌路をなぐろうとした。
結果、バカ息子は煌路の護衛に〝おしおき〟され、父親の会社は現在、会社更生法の適用を申請中だとか。
(『国』までは行かなくても、世界的な『大企業』が潰れちゃったんだよな………)
その〝美女〟は今、陰る美貌にさえ妖艶さを漂わせつつ……
「地球政府は現在、ドミネイドの侵攻のせいで難民化した地球人の対応に手いっぱいで、宇宙からの難民は受け入れない方針を取っていますからね……」
濡れた紅玉を思わせる唇が物憂げに動く。
「そのため、各地に不法に住みついた異星難民が付近の住民とトラブルを起こして、それが世界的な問題になっているんですよ………」
「ああ、あたしも聞いたことありますよ。日本でも関東や関西に住みついた異星難民が、その土地の所有権を主張してる日系人たちとモメてるって」
六音が差し出された饅頭を受け取り、かじりつきながら言った。
ウィステリアも受け取った湯飲みを傾け苦笑しつつ、
「その件については、他の問題も絡んでいるんですよ……23世紀の世界統一直前、当時、他の国に占領されていた北海道と沖縄を除く日本全域が、核分裂兵器の被害を受けたのはご存じですよね……」
悲しげにまなじりを下げつつ、
「それ以来、被害を受けた地域は強い放射能の影響で、人が住めなくなっていたんです。もっとも、今世紀に入るとプロテクスから提供された技術により、放射能は全て除去されたんですけど……」
再び湯飲みを傾け、舌を湿らせる。
「日本自体に、20世紀の世界戦争以来、核分裂兵器に汚染された地域というイメージが定着してしまっていたので……北海道と沖縄以外には、放射能が除去されたあとも住む人がいなかったんですよ………」
熱いお茶で温められたせいか、金髪少女のため息は白くなっていた。
「そうなんだよね。でも、宇宙からの難民が本州に住み始めて、住んでも大丈夫だと思った日系人が、土地の所有権を主張し始めた……そのことでも、葛葉が頭を悩ませていたよ」
煌路も白いため息をつきながら言った。
「はい。ただ所有権を主張する人たちの中には《《自称》》日系人も多いそうで、そのことがさらに問題を難しくしているようですね………」
「なるほど……でもウィス先輩、昨日の誘拐犯ってそんな問題とは関係なしに、最後の方、様子が変になってなかったですか?」
マジメにウィステリアに応える六音。――だったが、
「そうそう、変なクスリでもやってるみたいにブルブル震えたと思ったら……《《さっきの誰かさんそっくり》》に、悪い夢から覚めたみたいにハッとしてたよなあ♪」
最後はニヤニヤしながら煌路を見て、
「なあ? 《《いつも通り》》あたしやウィス先輩と寝てるのを夢に見ただけで、なんで汗びっしょりになってたんだ? アレか? 『《《エロ》》ム街の悪夢』に迷いこんじゃったのか? そこんトコ、詳しく教えていただけませんかねダンナ様♪」
『うっ』と声をつまらせる煌路に、六音はいやらしく目を細め、
「おんやぁ? もしかしてエロ本も持ってないスジガネ入りの草食系が、ついに野生の本能……いいや〝煩悩〟に目覚めちゃったかぁ?」
獲物を見つけたヘビのように舌なめずり。
「そーかそーか、美少女2人の毎日の添い寝にも無反応だった、ドライフラワーみたいに枯れ果てた草食系がなぁ♪ キャー、乙女の貞操の危機ですよウィス先輩!! ほれほれ、どうなんだ万年ドライフラワー男子め♪」
「そ…それは……というか変な本を持っていないって何を根拠に!?」
うろたえる煌路に、六音の瞳が嗜虐的な光を放ち、
「そりゃあ愛するダンナ様がお留守の間に、愛人として本棚の裏からタンスの引き出しの奥まで、お部屋を〝お掃除〟して差し上げてるからでございますよ? おおう、あたしってば内助の功も素晴らしい、なんと気の利くイイ女♪」
「ブレイクも同じことをしていたよ!! 小さな親切、大きなお世話! 君たちにはプライバシーとか個人情報の保護って概念はないのかい!?」
「気に食わないなら、お前もやり返せばいいだろ♪」
一層ニヤニヤしつつ四つんばいになり、布団に座る少年に覆いかぶさって、
「この部屋には、あたしやウィス先輩のタンスだってあるんだぞ? エロ本なんかより、よっぽどステキな夢と希望と〝お宝〟が詰まったタンスがなあ♪」
少年に覆いかぶさる少女が、獲物を狙うヘビのようにジリジリにじり寄ってくる。
対して少年は座ったまま布団の上をジリジリあとずさり、ヘビににらまれたカエルのように脂汗を浮かべつつ――
ドクンドクンドクン……!
鼓動を速めると共に、脳裏に夢で見た少女たちの姿を浮かべる。
上気した色っぽい表情と、熱く湿った吐息。
うねるように頬をなめる舌の、ねっとりした感触。
寝間着の胸元からのぞく、ボリュームに満ちた柔肉の谷間。
まさぐるように全身に絡みつく、蠱惑的な熱と香りと柔らかさ………
「ま、ドライフラワー男子にそんな度胸があればの話だけどな。ひからびた花じゃ、タンスの奥のヒミツの花園に根を張るなんて、できっこないか♪」
ご満悦の少女が、四つんばいのまま妖艶に舌なめずり。
その胸元では寝間着の合わせがゆるみ、しっとり汗ばんだ柔肌と、ボリュームたっぷりにぶら下がる平均以上の双丘が見える。
ブルンッと弾んで下に行くほど膨らむ双丘は、ピンクの種をギリギリ寝間着で隠しつつ、熟した甘みと芳香をあふれさせる特大の洋ナシのよう。
ドクン!!
少年の鼓動が跳ねあがる。
〝友達〟の扇情的な姿から薫る、禁忌を犯すような色気に煽られて。
カチリ……!
少年の中で、長い間ずれていた歯車が噛み合うような感覚があった。
「……そうだね。やり返すわけじゃないけど、イタズラをした子には〝おしおき〟が必要だよね………」
「煌路……? ひゃわっ!?」
少年が少女の腰に手をまわし、その身を布団にすわる自分へ密着させた。
「知っているかい? 宇宙の食虫植物の中には、カラカラにひからびても、エサを食べれば復活する種類もあるんだってさ………」
傲然としながらも、自然体な余裕に満ちる次期当主。
「い…いや~、ハエトリグサとかウツボカズラとかトリフィオフィルム・ペルタトゥムとかなら一般教養として知ってるけど……さすがのあたしも、宇宙の食虫植物までは知らないな~……」
抱き寄せられた少女が、密着する引きしまった肉体に緊張しつつ鳥肌を立てる。
「……ってか、目が怖いっていうか色が変だぞダンナ様!? 金色……いや、真っ赤になってる!?」
黒から金色になった瞳は、みるみる色を濃くして鮮血のような真紅に成り果てた。
「自分から寄ってきたエサなら、食べられても文句はないよね……♪」
「……!?」
耳に流れ込むのは、本能的な恐怖と魅惑で人を虜にする、生来の支配者の声。
目に飛び込むのは、本能ごと畏怖と崇拝で人を征服する、生来の支配者の瞳。
魂を籠絡するような甘い声と、魂を束縛するような真紅の瞳に惹き込まれ、今度は少女が体を熱くして胸の鼓動を速める。
「こ…こう、じ………」
ゴクリと生ツバをのみつつ、少女は火照る肌に玉の汗を浮かべ、対面座位のように密着する少年から離れようと半分無意識に身をよじる。が、腰に回された腕は肢体を逃さず、頬を染める少女は悶えるように少年の上で腰をモゾモゾさせるのみ。
「や……い…いい加減にしろ、こぉじ……!」
間近にせまる真紅の瞳から、ふるえる柔肌を喰い破るように獰猛で、おびえる魂を喰い尽くすように貪欲な光が浴びせられる。
「ふふ……子ウサギみたいに震えちゃって、可愛いよ六音……いつもそうしていれば、秘書と言わず愛人にしてあげてもいいのにね……♪」
「ふ…ふざけんな……メスしか喰わない、ハ《《エロ》》リグサが――あふぅ!?」
少年の腕に力が入り、さらなる密着を強いられた少女が甘く切ない悲鳴を吐いた。
寝間着越しながら少年と交わる全身の肌が、焼けつくように熱い。
体の芯と下腹部も、全身をかき回すようにキュンキュンうずく。
「ふぁぁ……こ…こぉじぃ………」
やがて少女は、魂まで屈したように脱力し、プライドまで溶けたように涙ぐむ。
そして熱く切なげな息をもらす唇を、少年のそれと重ねる―――寸前、
にゃお~ん
少年の両肩で子猫たちが鳴き、我に返った2人は互いに飛びのいて身を離す。
「そうですね。確かにあの誘拐犯は、様子がおかしくなっていました」
真っ赤な顔の年少者たちへ、ウィステリアが淡い苦笑まじりに声をつむぐ。
「それに自分が地球人だと思い込んでいたりと、記憶まで書き換えられていた節がありましたからね。おそらくは強力な催眠術などによって、操られていたのではないでしょうか」
「さ…さ…催眠術、ですか……そ…そーいや、うちの学校にも……そんな部活が、ありましたっけ………」
いまだ胸の高鳴る六音は上ずった声で答えると、胸の内を隠そうとするように、
「こ…煌路は、どう思う?」
「……え? うん、そうだね………」
話をふられた少年は、《《いつも通り》》の黒い瞳と温和な声で言う。
かすかな火照りを頬に残しつつ、二度寝の夢から覚めたように首をかしげながら。
《次のニュースです。世界的に高名な放浪の画家、御条五楼氏の個展が南ブラジル州の州立美術館で今日から開催されます》
「……あ。ほら六音、今日は君のところの『今日の親父さんのコーナー』もやっているよ」
「……あのクソ親父、まだ生きてやがったか……!」
六音が差し出された2つめの饅頭をにぎり、切なげな余韻もろとも噛み砕く。
「……君も、変わらないよね」
「うっさい。こちとら高校に入るまで世界中つれ回されて、しょっちゅう死にかけてたんだぞ。大体お前だって人のこと言えんのか? 自分の親が毎日ナニしてるかニュースでしか分かんないんだろ? 最後に直接会ったのって、いつだ?」
今や世界政府の力さえ凌駕し、世界の経済と軍事を支配するミズシロ財団。
その頂点の1人である煌路の父は、常に世界を飛びまわり滅多に帰宅しない。
だが政府の大統領以上に注目されるその身は、常に一挙手一投足が報道される。
結果、六音曰くの『今日の親父さんのコーナー』により息子は、父と父に連れそっている母の行方を、常に報道で知ることになっていた。
「え~と……最後に、父さんと母さんに直接会ったのって……」
煌路はおかわりの入った湯飲みを受けとり、バツが悪そうに傾けつつ、
「確か……5年くらい前だっけ……?」
「4年前にお会いしていますよ、コロちゃん。4年前の新年会を兼ねたコロちゃんのお誕生日パーティーの時に、おじさまもおばさまも、お帰りになっていましたから」
ウィステリアが助け船を出すが、
「ほら見ろ。たった1年会ってないあたしより、よっぽど酷いじゃんか。両親共働きの家庭内ぼっちめ、さぞや〝孤独〟という名の冷えきったフルコースをさびしく味わってたんだろう♪」
「そんな虚しい名前の食事をした覚えはないよ。〝姉さん〟という名の太陽が、あふれんばかりのぬくもりで、僕と食卓をいつも包んでくれていたからね♪」
我がことのように胸を張る弟。
「……なるほどな。ぬくもりに包まれた食卓で、ウィス先輩特製の《《乳》》製品をむさぼり喰ってたわけか」
六音が口元は笑ったまま目元を引きつらせ、
「理性まで飲みくだす『しぼりたてホカホカミルク』から、倫理観まで喰らいつくす『とろふわバケツプリン』まで、男をまどわす甘~いミルクたっぷりの《《乳》》製品のフルコースを食ってたんだな。甘党は甘党でも、お姉ちゃんに甘えたい党ってか?」
「君ってせっかくの頭の良さを、間違った方向に使っているよね……」
「その前に、どうして乳製品限定なのでしょう?」
眉をひそめる弟の横で姉が首をかしげる。と、豊満《《過ぎる》》胸が特大のバケツプリンのように、ブルルンッとボリューム満点に揺れた。
「そもそも姉さんがご飯を作ってくれることが、まず無いんだけどね。ワサビ梅干しとかヨーグルト味噌汁とか、ひいおばあちゃんから伝わる水代家の家庭料理を姉さんも教わっているんだけど」
「はい。私も作りたいとは思うのですけど、厨房当番になられた女中の方たちのお仕事に割り込むわけにはいきませんからね」
慈母のように微笑むウィステリアに、六音は興ざめしたような声で、
「あ~、フランセスがよく言ってる『ノブリス・オブリージュ』ってヤツですか? 下々《しもじも》の者に仕事を与えるのも、高貴な人間の義務ってワケですか?」
「そんな大げさなことではなく、皆さんのお仕事の邪魔をしないようにしているだけですよ」
やや困惑気味に微笑むウィステリア。――だったが、
「ですから、私がお料理をするのは……コロちゃんのお誕生日などに、ちょっとしたお菓子を作るくらいでしょうか♪」
一転、喜悦に瞳を輝かせ、
「他には初等部のころ、夏休みや冬休みにコロちゃんと海や山に行った時に、一緒にお料理を作ったこともありましたね♪」
「うん、楽しかったよね姉さん♪ マンモスの丸焼きとか………ん?」
食の話題に絡んで〝あること〟に気づき煌路が眉をひそめる。
自分たち3人は先ほどから、お茶や菓子を差し出され受けとっていたが……
(……一体、《《誰から》》?)
ついさっき起きたばかりの3人以外、部屋には誰もいないはず。そう思い注意深く部屋を見回すと………
「!?」
煌路とウィステリアが六音を背にする位置に跳び、布団の上に片ヒザをつき身がまえる。六音は煌路の背にしがみつき、息をのみつつ一瞬前まで煌路がいた位置……の後に正座している、1人の少女を見つめていた。
「誰だい、君は……いつから、そこに……!?」
煌路が硬い声で誰何したのは、紫水晶のような髪をツインテールにした10代半ばの小柄な少女。
幼さを残す愛らしい面差しと黒真珠のような大きな瞳が、どこか陰のある儚さを感じさせる、端正なアンティークドールを思わせる少女だ。――しかし、
(僕や姉さんでも気づけないほど存在感を消していた……!?)
煌路が全身に緊張を走らせる。――が、
「はうう……は…はじめまして、煌路さま……今日から、住みこみで働かせていただく……か…上京あおいと、言います……歳は、15歳ですぅ………」
布団わきに正座する少女が、おどおどしつつ三つ指ついて頭を下げた。
「……え? 働くって……え……?」
事態をのみ込めず戸惑う煌路が、とりあえず少女の服装に目をやる。
黒いパフスリーブのブラウスと、黒いミニスカート。
胸からスカートのすそまでを覆う白いエプロンと、頭に付けた白いヘッドドレス。
そのヘッドドレスから靴下まで、全ての着衣が白いフリルで飾り立てられている。
「メ…メイド服……? あ……働くって、うちで女中さんをしてくれるってこと?」
煌路がウィステリアと共に構えを解き、一緒に布団に腰を下ろす。
「でも、うちの女中さんはみんな和服で、そんな格好の人はしばらく見ていないのにどうして……今さらラシェルさんが、そんな格好を許してくれたとも思えないんだけど………」
〝水代家七不思議〟のひとつに数えられる神出鬼没の女中頭、その一分のすきもない和服姿を思い浮かべつつ煌路が頭をひねった時、
「あたしの指示に決まってるだろうっ!!」
突然ふすまがバァンッと開き、1人の女が現れた。