忌まわしき過去……?
「ウィ…ウィステリア……さん……?」
獣頭の巨人となったミゲルが、白金色の草原で声を震わせる。
「私を、殺すというのですか……弟の、ために……?」
「はい」
少女は常と変わらぬ笑みを浮かべ、ミゲルはぎこちなく周囲を見回しつつ、
「……〝異元領域〟とおっしゃりましたね。ケトンさんから聞いたことがあります。高い戦闘力を持つ者同士が戦う時に、戦場として作り出す亜空間だと………」
「はい。この空間でどれほど力を使っても、普通の世界に被害は及びませんからね」
屈託ない少女の笑みにミゲルは腰が引けそうになるが、
「1つの生物が1つの世界を創造する……〝異元領域〟とは空間操作の奥義であり、トロニック人でさえ創れる者は限られていると……そして、それは強大な〝元子〟の力に加え、強靭な意思の力によって生み出されると聞きました……」
恐る恐る、しかし力強く少女を見つめ、
「あなたにとっての『強靭な意思』とは……『弟を想う意思』のことですか……? そのために、1つの世界すら創造してしまうと……?」
「もちろんです♪ かわいいコロちゃんは『姉を助けるのは弟の義務だよ』といつも言ってくれますけど、私も同じなのですよ♪」
慈母のような笑みを輝かせ、
「必要とあれば弟を助けるため万難を排する……それが姉の義務なのです。お互いに思い合い助け合う、これこそ最高の〝姉弟愛〟ですよね♡」
「……っ!?」
慈母の笑みの奥に、底知れぬ〝狂気〟を感じミゲルは背筋を冷たくする。……が、同時に胸の奥に〝熱〟が灯るのを感じつつ……
「……よく分かりました……あなたは本当に〝弟〟が大事なのですね……いいえ……あのパーティーで初めてお会いした時から、分かっていたのですよ……愚かな私が、目をそらしていただけで……」
しぼり出すような声と共に、30メートルの巨体に気迫がみなぎっていく。
「ご存知の通り、かつて私は長らく病に臥せっていました……さながら果ての無い暗闇の中で、有りもしない太陽を求めて藻掻くように……しかし、3年前、私は生まれ変わることが出来たのです……!」
気迫の中から喜悦が芽を出し巨体を包む。
「それからの私は、病で失った時間を取り戻そうと様々なことに打ち込みました……幸い経済的には恵まれていたので、望むことは簡単にかなえることが出来ました……恥ずかしながら、これこそ我が世の春と浮かれきっていましたよ……しかし……」
不意に喜悦に陰りが混じり、
「心のどこかに、決して消えない暗闇が残っていました……」
喜悦が陰りに塗りつぶされていく。
「これでも、女性からのお誘いも随分いただいたのですよ……ですが、どれだけ逢瀬を重ねても、暗闇を消すことは出来ませんでした……しかし、そんな日々の中で、私はずっと求めていた〝太陽〟に出会ったのです……!」
突如、それまで以上の喜悦を放つミゲル。
「3年前、私は長らく彷徨っていた暗闇を逃れ、光あふれる世界に身を置けたのだと思っていました……しかし、それは目が暗闇に慣れていたせいで、薄闇を光の世界であると錯覚していたのですよ………しかし!」
狂おしい喜悦に高揚しつつ、
「真の〝太陽〟に出会った瞬間、薄闇だった私の世界は真の光に包まれ、心の暗闇も消し飛びました!! それ以来、私の心は〝太陽〟に照らされ続けています!!」
そこで一度落ち着いて、ウィステリアに熱い視線を送りつつ……
「そう……あまりにも眩い〝太陽〟に……!!」
熱烈な視線を受け、ウィステリアが目をまばたかせる……と、ミゲルは自嘲気味に笑み、
「……いえ、突然こんなことを言われても、困るのは分かりますよ……なにしろ東の本家に〝保護〟されていなければ、あなたを巡って世界の有力者たちが血なまぐさい争奪戦をしていた……あなたは、そんな逸話を持つほどの女性ですからね………」
「あ……はい、そのような話も聞いたことはあるのですけど……それよりも、私のことを〝太陽〟とおっしゃったことに驚いてしまって………」
ウィステリアが苦笑気味に微笑み、
「小さいころから、コロちゃんも私のことを〝太陽〟と言ってくれているので……」
どこか浮かれたようなウィステリアの声に、ミゲルの目元がピクッとする。
「そう……コロちゃんと私が出逢ったのは、コロちゃんが2歳、私が3歳の時でした……あれこそは、運命の出逢いだったのです……♪」
ピクピクッ
「その時……初めて見た私の髪を『太陽のように綺麗』と思ったと……コロちゃんは今でも、人生の最初の記憶として覚えてくれているのですよ♪」
ピクピクピクッ
「そして出逢って以来、コロちゃんと私はいつも一緒でした……今でも一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で眠っています♪」
ピクピクピクピクッ
「お風呂では、コロちゃんは私の髪を丁寧に洗ってくれる代わりに、私の胸をマクラのようにして頭をあずけて湯船に入っているのですよ……いつまでも、甘えん坊さんですから♪」
ピクピクピクピクピクッ
「とは言え……夜に一緒のお布団で眠る時は、私の方がコロちゃんに抱きついてしまうのですけどね……そのつもりは無くても朝になると、いつも抱きついてしまっているので……甘えん坊さんは、私も同じなのでしょうか♪」
ピクピクピクピクピクピクッ
「さすがに今は、小さいころに比べれば落ち着いたのですけどね……初等部のはじめのころまでは、お布団の中でお互いの裸を、お互いに舐め合うこともありましたから……お互いの体で、お互いの舌が触れていない所なんて無いくらいに♪」
ピクピクピクピクピクピクピクッ
「他にも──」
「もう結構です!!」
ミゲルが脳が破壊されたように、あるいは生命力がゼロになったように悲鳴じみた怒声を上げた。
今しがた告白した男の前で惚気る………否、他の男との猥談(?)を嬉々として語る女を涙目でにらみながら。
「それがあなたの〝姉弟愛〟なのですか!? 身も心も……全てを〝弟〟に捧げることが!?」
「もちろんです♪」
神がかった美貌を満面の笑みで輝かせ、
「コロちゃんが望んでくれる限り、私の全てはコロちゃんのものですから♡」
頭が真っ白になるミゲル………しかし、
「……よーく分かりました!!」
30メートルの体を覆う獣毛を逆立てると、
「でもあなたには分からないでしょうね! 生まれて初めて心の底から欲しいと思った物が、決して手に入らない物だと分かった時の絶望が!!」
獣頭の巨人が巨大な弓を出し、矢をつがえる。
「まったく! この世には夢も希望も無いのでしょうか!!」
「コロちゃんなら、こう言うでしょうね……夢や希望とは他人から与えられるものではなく、自分の力で勝ち取るものだよ、と」
巨人が鋭い牙を剥き矢を放つ。と、矢は無数に増殖し豪雨のごとく少女を襲う。
「それが例の弓ですか」
だが少女が周囲に発生させた白金色の光のツブが、矢を全て〝消滅〟させる。
「この地の伝説で、少年がジャガーから奪ったとされる火と弓……そのうちの〝弓〟ですね」
「ええ、そうです! 式獣機やクローンの技術と共に与えられた大いなる〝遺産〟ですよ!!」
巨人が叫びながら矢を放ち続ける。が、少女は駆け出して矢を避けつつ1本の編み針を出し、その先端から白金色の光の糸を伸ばして巨人の右足に絡める。
「ぐおっ!?」
右足が〝消滅〟し巨人は倒れかけるが、足の断面から元通りに足を生やし耐えた。
「先ほどの腕と言い、かなりの再生能力をお持ちのようですね……でしたら」
少女が再び針から光糸を伸ばし……ジャガーのような巨人の《《頭が》》〝消滅〟した。
「なんのお!!」
が、すぐに首の断面からジャガーの頭が生え出した。
「まさか……これほどとは……!」
少女は瞠目するも、意を決したように目元を引きしめ、針の先から多数の光糸を伸ばす。と、糸は縦横に絡み合い、光の〝網〟となって巨人を包もうとする。
「くっ!!」
対する巨人は弓から無数の矢を放つが、網に触れるや矢は次々に〝消滅〟し、その勢いで網の目を歪ませるのが精一杯だった。そして……
「があああああっ!?」
巨人が網に包まれ〝消滅〟する。が、網の目が歪んでいたため、消しきれなかった細かな肉片がいくつも草原に飛び散った――直後、
「そんな……!」
息をのむ少女の目の前で、多数の肉片が《《それぞれ獣頭の巨人となり》》………白金色の草原に、《《多数の獣頭の巨人が現れた》》。
「まさか……肉片の1つ1つが自力でクローン再生を……!?」
「驚くのは早いですよ!!」
叫ぶと共に巨人《《たち》》が黄金に光り、1つに合体し……
「これからが本当の勝負ですよウィステリアさん!!」
光が晴れると、体が半分機械化し、背中に巨大な大砲を生やした、身長50メートルを超える黄金の獣頭の巨人が現れた。
「これは……例の〝環境改造〟の技術に加えて、外宇宙のナノマシン兵器も併用しているのですか……!?」
「ご明答です! さあ覚悟してもらいましょうかウィステリアさん!!」
巨人が背中の大砲から大型の光弾を発射。とっさに少女が飛びのくと、光弾は草原に着弾し灼熱の爆炎をまき散らす。
「きゃあっ!?」
空中の少女が熱い爆風に吹き飛ばされる。どうにか体勢を立て直し草原に着地すると………直径500メートルを超えるクレーターが大地に穿たれていた。
「はははははっ!! どうですか! スーパーフランキ砲の威力は!!」
「フランキ砲……大昔のヨーロッパで普及していた大砲ですね………」
「そうですよ! 私の祖先の故郷は、この大砲の一大生産地でしたからね!!」
それぞれクレーターの両端に立つ巨人と少女が視線を交わす。
「祖先ですか……不思議ではあったんですよね。有色人種の多い南米のこの地域で、なぜ白人であるカブラル家が事業を大々的に展開できたのか……」
「ええ、この地域は我が祖先の故郷の植民地だった歴史がありますからね。他の植民地とは大いに異なる歴史が」
胸を張る巨人に、少女は記憶をたどりつつ、
「たしか……本国から派遣された植民地の王が、植民地の独立のために、植民地の人たちと一緒に本国と戦ったんでしたか……」
「そうです! 私の祖先も、その時代にこの地に入植したヨーロッパ人でした!! それ以来1000年にわたり、我がカブラル家は代々この地域の発展に尽くしてきたのですよ!!」
「……そのカブラル家が、なぜ3年前にあのような凶行に及んだのですか?」
平坦な少女の声に巨人が凍りついた。
「もし、あの事件があなたのクローンを造るためのものだったなら……」
「仕方が無かったんです!!」
巨人が泣きそうな顔で叫び、
「分かりますか!? 生まれて以来ベッドに寝たきりで、2度と目覚めないかも知れないと怯えながら毎晩眠る気持ちが! この恐怖から逃げられるなら多くの人を犠牲にしてもいいと血迷っても仕方が無いでしょう!!」
嗚咽のような叫び声。
「そう……もはやこの手は血に塗れています! ならば犠牲を無駄にしないためにも純粋人類の同胞たちを守るためにも、非情な悪鬼となって全てのエヴォリューターを抹殺するだけです!!」
「……よく分かりました……あなたは、とても優しい方なのですね」
「………は?」
眉をひそめるミゲルにウィステリアは優しい声で、
「『残酷』には2つの種類があります。1つは『非情』による『残酷』、もう1つは『優しさ』による『残酷』です。『非情な悪鬼になる』と仰ったあなたですが、実際には『優しさ』ゆえに『残酷』になろうとされているのですよ」
優しさと共に厳しさが声に籠もり、
「そもそも『優しさ』の本質とは何であるとお考えですか? それは『何かを守ろうとする意思』です。そして人間とは、優しければ優しいほど残酷になれるのですよ」
加えて高貴な威厳が声に滲み、
「例えばの話ですが、自分の子供が難病で死にそうになっている時、その病気の薬が目の前にあったら、親は迷わず薬を子供に飲ませるでしょう」
〝女王〟のごとく威厳に満ちた声に、ミゲルがひそめていた眉をピクリとさせた。
「ですが、同じ病気で死にそうな人が周りにも何人もいたら、どうしますか? もちろん薬は1人分だけで、たくさんの人に分けては効果はありません」
Zクラスのメンバーがいれば、『さすが我らが〝女王〟』と喝采していただろう。
「その時、親は『自分の子供を守る』ために、周りで苦しんでいる人たちを見殺しにして、自分の子供に薬を飲ませるでしょう」
その〝女王〟が厳かな声で決定を下す。
「ですから『何かを守ろうとする意思』が強ければ強いほど、優しければ優しいほど、人は残酷になれるのですよ」
クレーターの反対側、遥か500メートルの彼方にいる少女の威厳に、30メートルの巨人は身をすくめ……
「……私も、そうだと……?」
「あなたは仰いましたよね。『純粋人類の同胞たちを守るため』に悪鬼になると。自分の罪に震えながらも、最後には他人のために尽くそうとする……それこそは、何よりも素晴らしい『何かを守ろうとする意思』に他なりません」
包容力あふれる微笑を浮かべ、
「ゆえに、あなたは優しく……御自分で思われる以上に、心の強い方なのですよ」
ミゲルが大きく目をみはる。片や少女は微笑に苦笑を混ぜつつ、
「とは言え、『守る』ための手段がエヴォリューターの抹殺なのは残念なのですけどね……ですが、もしかすると〝本当の敵〟は他にいるのかも知れませんよ」
「……どういうことですか?」
「その前に、1つ確認しておきたいのですが……クローンや環境改造の技術はネブリーナ・テクノロジーが独自に開発したものではなく、外部の誰かから……おそらくは、外宇宙からの来訪者に提供されたものだったのではありませんか?」
ミゲルが不本意そうに顔をしかめ、
「……そうですが……それが何か……?」
「果たして、あなたのクローンを造るために、3年前の事件で発生したほどの犠牲が必要だったのでしょうか……」
「……どういう意味ですか……技術の提供者には、〝裏〟の思惑があると……?」
ミゲルの声は、かすかに震えていた。
「ミズシロ財団では、3年前の事件は何かの実験だったと分析しています。ネブリーナ・テクノロジーも、その実験に利用されたのではないかと……」
「まさか、そんな……私や父も、だまされていたというのですか……!?」
愕然とするミゲルにウィステリアは眉じりを下げつつ、
「残念ですが、お父上については全てをご存じだった可能性もあります……」
「そんなことは………まさか!」
はっとしたミゲルが《《激しく》》声を震わせ……
「《《難病の子供》》を『守る』ために……他の人を見殺しにしたと……?」
「そして3年前の事件が実験であったなら〝本番〟があるはずです。おそらく3年前とは比べものにならない犠牲を出すであろう〝本番〟が」
目をむいて絶句するミゲル……しかし、
「……だから、それを止めるのに協力しろと言うのですか? 《《敵である》》あなたの言葉を信じて」
白金色の草原に不穏な空気が流れる………と、
「……たくさんの人を殺めてしまった気持ちは、私にも分かります」
巨人となった青年の前に、巨大なクレーターを飛び越え少女が舞い降りた。
白金色の長髪を羽衣のように揺らめかせ、白金色の草原に典雅に舞い降りる姿は麗しい天女……否、女神のよう。
「私も自分の意志ではないとは言え、たくさんの人を殺めてしまいましたから……」
息をのむ青年へ儚げに微笑みつつ、
「あなたは、先ほど仰いましたよね。健康になってから様々なことに打ち込んだものの、心のどこかに暗闇が残っていたと……」
微笑に慈母のごとき慈愛が浮かび上がり、
「その暗闇こそは、あなたの〝良心〟だったのではありませんか? その〝良心〟がある限り、あなたには自らの過ちを償う資格があるのですよ」
「……償う……資格………」
憑き物が落ちたように、青年の胸は晴れ晴れと冴えわたり……
「それが……私の救われる道だと……」
少女と初めて会った時の気持ちが甦る。
心の奥の〝暗闇〟が一瞬で浄化された……否、〝良心〟に昇華された喜悦と高揚に満ちた清新な気持ちが……同時に、
(……ああ、この女性は私の手が届く存在ではなかったんですね………)
胸の中に《《清々しい》》諦観が広がり、熱い万能感が全身を駆けめぐる。
(不思議なものですね……)
それは〝初恋〟の終わり……
(心はさらに惹かれているのに……)
そして〝崇拝〟の始まり……
「私に、手を貸していただけませんか?」
さっきは死神に見えた少女の笑顔が、今は慈愛あふれる女神の笑顔に見える。
「もちろんです」
神託のような声を受け、青年は崇拝する〝女神〟の前に跪き、
「あなたの願いを、あなたを『守る』ためなら、命も惜しくはありません」
殉教者のように、深く頭を垂れた………
◆
「……この星を、ぬしの故郷に作り変えると抜かしおるか」
サッカー場のように広い部屋で、燕尾服の少女が言った。
「それこそが、ぬしの真の目的だったのじゃな」
鋭い視線の先には、高さ30メートルの黄金の金属板がそびえている。
「んなコト、マジでデキると思ってやがんのか?」
一方、忍者装束の少女はバカにするような目を金属板へ向け、
「デすガ、3年前ニこノ州で起キた事件ヲ思えバ、不可能トは言イきれマせン」
奇妙な車イスに座る少女が、口元を引きしめて金属板を見る。――直後、
「その計画の一環として古代、この星の者にクローンを始めとした技術を与えたのであるか」
壁を斬り裂き、アイボリーのクラシカルなスリーピーススーツと黒マントを身につけた少女が部屋に現れた。さらにその後から、
「ハハッ、うまそうなエサに頭カラッポで喰いついたら、タダより高いモノは無かったってか? ……よう、我が分身……じゃなくて、つばめ♪」
ビキニと大差ない活動的な格好の少女が現れ、忍者少女に声をかけた。
「こんなトコまで来やがって、くたばっても知んねーぞ六音♪」
「ナ~ニあたしがヤバくなったら、火の中だろーと水の中だろーとこの世の果てまでだろーと、我がダンナ様が助けに来てくれんだよ♪」
ニヤリと笑い合う2人……直後、
「おのれ、ミュータントどもめ……!」
部屋に集った少女たちを、グレーのスーツを着た初老の男がにらんだ。
「おお、誰かと思ったら、うまそうなエサに頭カラッポで喰いついたネブリーナ・テクノロジーの《《元》》社長じゃんか♪」
「口を慎まんか小娘!!」
六音の軽口にペドロ・ダ・カブラルは激昂し、
「図に乗るなミュータントどもめ! 貴様らを滅ぼし、我が同胞と愛する息子に平和な世を残す! それこそ老いさき短いわしの、この世界への最後の御奉公じゃ!!」
強固な使命感に燃えつつ、
「先ほど倒した物が全ての〝式獣機〟だと思っておるのか!? ここは〝式獣機〟の生産工場なのじゃから──ぐおっ!?」
不意に建物に轟音が響き、地震のように大きく揺れた。
「ふむ、我が戦闘員が式獣機の生産設備を破壊したのであるな」
「なっ……!?」
ペドロが絶句する中、〝カメレオン〟がクララを見て、
「モう1ツの任務ハ、どウなっテいまスか?」
「問題ないのである。そちらも命令してあるならば、残るは……」
険しい視線を金属板へ向け、
「あの忌々《いまいま》しい〝板きれ〟の処分なのである」
〔あいにく破壊されるわけにはいきません………〕
金属板が機械的な声を発する……と、広い室内の光景が切り替わった。
赤い空のもと、見渡す限り森が広がる自然豊かな光景に……だが、よく見ると広大な森の木々と思われたのは、木々を改造して造った無数の高層建築だった。
「これは……在りし日のカルージャンの有り様なのじゃ………」
〔そうです……我がカルージャンは自然を礎とした科学を発展させ……高度な文明を築いた星でした………〕
周りを見回すハクハトウの声に金属板が応えた。……一方、
「記録してた映像を部屋ん中に映してんのか………〝異元領域〟ってワケじゃないんだよな?」
「あんな鉄クズに空間操作の奥義がデキてたまるか……ん?」
六音に応えたつばめが、何かに気づいて映像の空の一点を見る………と、赤い空に黒い点が浮かび……
〔しかし……ある日カルージャンはドミネイドの襲撃を受けました………〕
黒い点は瞬く間に数を増やしつつ大きくなり………黒い戦闘機の大軍団となって空を覆い尽くした。
戦闘機たちは地上におびただしい光弾を放ち、見渡す限りの緑の大都市が真っ赤に炎上する。
「あの機体って……」
つばめがつぶやく間にも、戦闘機たちは地上への攻撃を続ける。が、やがて地上からも木造の戦闘機が多数、黒い戦闘機たちへ向かい飛び立っていく。……だが木造の戦闘機たちはあっさり駆逐され、黒い戦闘機たちは地上に降下すると……
「やっぱりか……」
つばめが溜め息すると同時、黒い戦闘機は変形し、全長60メートルを超える黒い機械の肉食獣になる。そして燃えさかる都市で逃げまどう《《ジャガーのような頭を持つ》》住人たちを、鋭い牙や爪で蹂躙していく。
「まさに鎧袖一触だな……」
六音が目元を険しくする中、木造の戦車が大量に現れ、都市を破壊する機械の肉食獣たちを砲撃する。が、戦闘機と同じく戦車もあっさり駆逐されてしまう。
「これってドミネイドが強いのかカルージャンが弱いのか……ん?」
六音が小首をかしげた時、部屋に映される映像に新たな影が現れた。その身長20メートルから40メートルほどの鋼の巨人の一団は、剣や斧を手に敢然と機械の肉食獣たちに挑んでいく。
「ああ、プロテクスも来てたのか……」
六音の目が、巨人たちが機体に刻んだ紋章へ向けられる。額に1本のツノを生やした騎士の兜のごとき、まぶしい黄色の紋章へ………しかし、
「鎧袖一触、パートⅡ………」
巨人たちの数は100を超えていた……が、出現時、空を覆ったほど大量の敵を前には多勢に無勢でしかなく、奮戦むなしく次々に倒れていく……と、六音がさらに首をかしげ、
「……あれ? なんか見覚えのあるヤツが………」
映像の中に、日本の鎧武者のような鋼の巨人がいた。炎上する都市で星の住人たちを守ろうと、懸命に刀を振るう赤い巨人だ。さらに……
「また似たようなのが出てきたな……」
新たに1体、鎧武者のような巨人が現れた。ただし機体の色は青く、身長は他の巨人たちより大きく70メートル近い。六音が眉をひそめて、
「プロテクスの中でも、切り札的なヤツなのか……?」
青い鎧武者が刀を振るうたび、四足獣が大量に屠られていく。その光景に、赤い鎧武者をはじめ窮地にあったプロテクスたちは精彩を甦らせる──が、不意に青い鎧武者は白い閃光に斬り裂かれ、白い雲のようになって消えてしまう……
「ここにいたか!!」
そのとき天井を突き破り、1人の鋼の巨人が部屋に現れた。轟音を立てて床に降り立つ機体は色こそ黒く変わっているが、映像に出ていた赤い鎧武者のような巨人である。
「『ケトン』だったっけか……」
異星の映像が消えた室内で六音がつぶやく一方、つばめは巨人と金属板を見つつ、
「テメエら……《《よりによって》》あの〝機体〟と戦ったのか………」
「あの〝機体〟って……さっきの映像に出てたドミネイドのコト知ってんのか?」
六音の声に、つばめは珍しく神妙な顔でうなずき、
「座学はいつも居眠りして、ししょおに折檻されてたオレだけど……」
「クッソマジメな顔でナニ言ってる」
六音の冷ややかな声にも、つばめは揺らがず、
「それでも兵法や兵器のコトは、マジメに勉強してたんだぞ。マジで命に関わるからな……んで、勉強した中にさっきの黒いヤツもあったんだよ………あれこそは、ドミネイド最高の科学者〝五大元脳〟の1人の手による被造物……」
周囲が息をのむ。
「そーいや最近この星に出回ってる、人間を機械にするナノマシン兵器があるよな。アレのオリジナルも、その科学者が作ったヤツだぞ」
部屋の空気がざわついた。その中で六音が声をしぼり出し、
「……あたしらが〝メタライザー〟って呼んでるアレか……ま、地球に出回ってんのは、オリジナルの劣化コピーってかパクリ品らしーけどな……」
「ああ。んで、あの黒い四足獣は……その科学者が他の兵器を作る間に休憩っつーか気分転換っつーか……よーするに、ヒマつぶしで作ったオモチャらしーんだよな」
「………は?」
六音を始め、周囲が呆気に取られる。
「ま、ぶっちゃけると教本に載ってて勉強したんじゃなくて、講義の間にししょおが笑い話で話してくれた〝ネタ兵器〟だったんだよな♪」
神妙な顔から一転、小憎らしく笑むつばめ……だったが、
「……つーか色ボケししょおめ、講義の時にゃわざわざタイトスカートのスーツ着てメガネかけて、ノリノリで〝女教師〟になりきってやがるからな……」
さらに一転、顔に影を落とした……が、
「けど俺様オーラ全開だから全然教師に見えなくて、そのくせ身長があってスタイルもいーからAVの〝《《エロ》》女教師〟にしか見えねーんだよ!!」
眉をつり上げ駄々っ子のように喚き散らす。
「マジでナンなんだアレは!? 強すぎてオトコが寄ってこねーから弟子をユーワクしよーってか年齢イコール彼氏いない歴の20億年処女め!!」
つばめの荒い息が気まずい沈黙の支配する部屋に響く……が、
「……あいかわらず、お前も苦労してんだな………」
六音の同情……否、深い《《共感》》に満ちた声と眼差しに、つばめは我に返って赤面し、
「と…とにかく! あの〝機体〟は〝司元核〟も……魂も無いタダの自律兵器だかんな!!」
ビシィッと巨人と金属板を指さし、
「テメエら《《よりによって》》あんな〝ネタ兵器〟にボロ負けしやがったのか!!」
つばめの照れ隠しの叫びに、部屋が再び気まずい沈黙に支配される……が、
〔……我が故郷を……そこまで愚弄しますか……!〕
機械的ながら怒りのにじむ声が沈黙を破る。と、声を発した金属板が怒りで破裂するように形を変えていき……
「げ……仕留めた〝ネタ兵器〟をガメてやがったのか……!」
つばめの見る先で金属板は、先ほどの映像に出た全長60メートルを超える機械の肉食獣となった。ただし色は黒ではなく、黄金の機体にビッシリ文字が書き込まれた姿は……
「マジでジャガーみたいだな……」
六音のつぶやき通り、広い部屋の中心に巨大な黄金のジャガーが出現していた。
〔すでに……この星の全てをカルージャンに改変する準備は出来ています……しかし……あなたたちは我が民に改変せず処分します……!〕
「戯言なのじゃ! 往けい〝朱ノ縞〟!!」
ハクハトウの号令で、20メートルを超える朱色の虎がジャガーへと駆け出す。
「諸悪の根源、たたき潰してくれるのである」
クララも静かながら気迫のこもった声を吐き、自身の周りに金色の液体金属を幾筋も噴き出させ、20メートルを超える多数の人形にする。
「征伐なのである〝錬金立像〟!!」
ロボットのような、あるいは細身の鎧を着た騎士のような巨大人形たちも機械のジャガーへ向かっていく……だが、
〔我が悲願を阻むこと……誰にも許しません………〕
ジャガーは全身の文字を光らせ、その1つ1つから不可視の弾丸を発射。巨大人形は液体金属となって飛び散り、虎は吹き飛ばされて壁に激突する。
「空気の圧縮弾だと!? あの機体にんな機能あったか!?」
〔回収した機体をそのまま使っているわけではありません……独自の武装強化を施してあるのです………〕
目を剥くつばめにジャガーが答えた。刹那、部屋の壁を覆う多数の電子機器から《《ジャガーへ向けて》》大量のレーザーが発射された。が、ジャガーは素早く跳躍しレーザーを避けると、天井に足をつけて床を見おろし、
〔何の真似ですか……ペドロ・ダ・カブラル………〕
《《電子機器を設置した》》初老の男へ問いかけた。
「協定は終わりということじゃ。ミュータントどもを殲滅するには貴様の技術提供が必要じゃったが、わしが息子たちに残したいのは、あくまで今の純粋人類の世界なのでな」
〔あなたも我が悲願を阻もうというのですか……いいでしょう………〕
再びジャガーの全身の文字が光り始め……大量の不可視の《《斬撃》》が放たれた。
「真空のカマイタチか!?」
つばめが叫ぶなか豪雨のごとく部屋中に斬撃が降り、壁の電子機器を残らず破壊すると同時――
「ひっ!?」
ペドロの首を胴から斬り飛ばした。片や少女たちは、それぞれの技で斬撃を防いでいく……《《六音を除いて》》。
「でえっ!?」
無力な少女を無慈悲な斬撃が襲う――が、
「もう終わりにしようぜ、カルージャンの遺物よ」
鎧武者のような機械の巨人が六音の前に立ち、刀で斬撃を弾いた。
〔ケトン……かつて我が故郷を救えなかった身でありながら……我が悲願を……カルージャンの再生を否定するのですか………〕
「……!?」
一瞬ひるんだ巨人に、ジャガーは天井から床に降りて問いかける。
〔あなた自身もカルージャンで大切なものを……多くの仲間と〝兄〟を失った身であるのに……その無念を忘れられるのですか………〕
「忘れられるものか!!」
襲ってきたジャガーの牙を刀で受け止め、
「カルージャンでの務めのあと、俺はプロテクスを出奔した! そして傭兵に身をやつし、幾度となく手を汚し、泥水を啜ってまで強さを求めた!!」
胸部装甲の中心の、《《プロテクスの紋章を削り取った》》跡を意識しつつ、
「全ては兄者と仲間たちの仇を討つためだ!!」
〔それが……今さらプロテクスに戻って……この星を救う気になりましたか……?〕
「……そんな虫のいいことは言わんさ。プロテクスの誇りも理想も、とっくに捨て去った俺だ。今さら未練も……取り戻す資格も、ありはしない」
〔この星で仇討ちを果たすと共に……カルージャンの再生にも助力するというからこそ……あなたにも〝力〟を与えたのですが………〕
ジャガーの声にケトンは露悪的に笑み、
「ああ、感謝しているぞ。我が仇敵を……〝白閃刃〟を打倒するのに、お前の力も大きな助けになってくれるだろうからな」
〔味方すらも欺いて利用する……それが傭兵となって身につけた手管……いえ……仇討ちにかける〝執念〟のなせる業ですか……しかし……〝執念〟なら後れは取りません………〕
あくまで機械的な声が響くと、ジャガーが金属板だった時に屹立していた部屋の中央部分に大きな穴が開いた。次いで穴から眩い光があふれ出すと共に、建物が振動を始める……直後、
「ぐっ!? うあああ……!」
ケトンの背後の六音を始め、室内の少女たちが顔を歪めて苦悶し出す。
「お前、まさか!?」
〔言ったはずです……準備は出来ていると……時が来ました……この星が第二のカルージャンとなる時が……!〕
ケトンが血相を変える一方、部屋中央の穴から発せられる光が強くなり壁際の電子機器の残骸も緑の植物に変わっていく。
〔最後に聞いておきましょう……我が悲願に助力する気だったあなたが……なぜ変心したのですか………〕
「……な~に、〝悪魔〟から取り引きを誘われてな……思わず受けちまったのさ♪」
〔悪魔……何を言って──〕
「あはは! よく言われちゃうよ!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
不意に覇気に満ちた声が響くや工場全体が爆発した。
爆炎は人里離れた森に広がり、工場を中心とした一帯を焼き尽くしていく。
やがて爆炎が収まると、工場や周辺の木々は欠片も残さず消滅し、一帯は土が剥き出しの広大な荒野となっていた。
〔何が……起きたのですか……む!?〕
光は消えたが荒野の中心に残った穴のそばで、黄金のジャガーが空を見る。
中天に昇った太陽を背に、1つの人影が浮かんでいた。
他にも《《無傷》》の少女たちや鎧武者のような巨人の視線が集まる先で、人影は〝王〟のごとく空から荒野を睥睨している。
「どうやら〝環境改造〟を止められたみたいだね♪」
「煌路……」
苦悶の消えた六音が、苦笑しつつも熱い視線で頭上の人影を見つめる。
そして荒野に響くのは、〝王〟の宣言がごとき大音声。
「さあ大団円と行こうか!!」