巨大ロボなんて普通です!?
「……ったく、めんどくせえ」
赤茶色の髪で左目をかくす少女がボヤいた。
「オレを誰だと思ってやがる」
その身を包むのは時代劇の忍者のような黒装束。
「皇子直属の女忍者に、こんなコトやらせんなっつーの」
その身が進むのは巨大な施設の味気ない通路……の天井。
「つーかマジでここが目標……ネブリーナ・テクノロジーの工場なのか?」
天井に背を貼りつけ滑るように進みつつ、事前に聞いた情報を思い出す。
その企業は、非常に高度な機械の製造技術を持つと。
その技術は、ミズシロ財団の関連企業に匹敵すると。
すなわち、その技術は26世紀の地球のレベルを超えていると。
「ミズシロ財団だってプロテクスにせびった技術を使ってやがんだから、同じ技術をマヌケなフラッターが自分で作れるワケねーよな」
情報提供者の次期当主を思い出しつつ、少女は頑丈そうな鉄扉の前にたどりつく。
「にしても、帝国自慢の情報部もたいしたコトねーな」
実は太陽系ドミネイド帝国も、この施設に多数の諜報員を送り込んでいた。
だが1人も帰って来なかったため、ついに皇子直属の女忍者を駆り出し……厳重な警備システムがある巨大施設の中を、少女は誰にも見つからず施設の中心まで来ていた。
「さ~て、やるコトやって、さっさと帰るか」
少女が床に降りて扉に近づくと、髪の下の左目が光る──刹那、扉の複数な電子ロックがあっさり開き、少女は小憎らしく笑んで部屋に入っていく。
「チョロいチョロい♪ ……っと、コイツか………」
そこはサッカー場のように大きな部屋だった。
高い天井では多数の照明が、壁では多数の電子機器が無数の光点を輝かせている。
そして広い床の中心には、高さ35メートルを超える長方形の、厚い黄金の金属板がそびえていた。
「どー見ても地球のもんじゃねーよな。コイツがこの会社の技術のタネか」
金属板の表面には、見たことの無い文字がビッシリ書き込まれている。
まるで、ジャガーの体の模様のように……その時、
「太陽系ドミネイドの、忍足つばめデすネ」
背後から奇妙な発音の声がして、つばめはクナイを構え振り返る……と、
「お初ニお目にかカりまス。ミズシロ財団ノ捜査員、〝カメレオン〟ト申しマす」
発音同様、奇妙な格好の少女がいた。
ベリーショートの玉虫色の髪に、バイザー型のサングラスと赤いネクタイ。
カーキ色のロングコートの前を合わせ、サッカーボール大の球体車輪の上に漏斗を長く伸ばしたような物体を付けた、一輪車に似た車イス(?)に座っている。
「あのシスコンもスパイを送ってやがったか……ま、当たり前っちゃ当たり前か」
つばめは警戒しつつも肩の力を抜き、
「つーかオマエ人間か? エヴォリューターっぽいけど、それだけじゃねーよな?」
小憎らしい笑みを深めつつ視線を鋭くして、
「《《このオレに気づかれないで》》部屋にいたヤツが、普通のエヴォリューターのワケねーからな♪」
「ゴ想像にオ任せしマすよ。今は他ニやるコとガありマすカらね」
「……チッ、しゃーねー………な!!」
つばめがクナイから〝カメレオン〟へ斬撃を放つ──が、斬撃は車イスの少女の横を通り過ぎ、その背後で《《少女を襲おうとしていた》》10メートルを超える機械のゴリラを斬り裂いた。
「ここが〝式獣機〟の工場ってなあマジみてえだな♪」
ゴリラが爆散すると同時、床や天井を突き破りライオンや鳥やワニなど、10メートルを超える様々な機械の獣が大量に現れた……さらに、
「よくも〝獣火殿〟に土足で入り込みおったな」
式獣機たちの後に、グレーのスーツを着て髪と顎髭に白髪を多く混ぜる初老の男が現れた。
「コれはこレは、ネブリーナ・テクノロジー社長のペドロ・ダ・カブラル様デはアりまセんカ………いエ、今ハ《《元》》社長でシたね」
「図に乗るでないわミュータントの遣い走りが!!」
サングラスの少女の口元だけの笑みに男は激昂し、
「薄汚いネズミめ踏み潰してくれる! やれ式獣機!!」
怒号と共に、機械の獣の大群が少女たちに襲いかかった………
◆
「ようこそ、お越しくださいました、ジュジュマン議員」
だだっ広い和室で、《《下座に座る》》弥麻杜が深々と頭を下げた。
「準備に手抜かりは無いのでしょうね、草薙さん」
上座に座り声を発したのは、30代なかばの上品な物腰の女性。
華麗なハニーブロンドをショートボブにして、ワインレッドのレディーススーツを着た地球統一政府の中央議会議員、フランソワーズ・ジュジュマンである。
「勿論でございます。〝巫女〟と〝贄〟を始め、恙なく準備できております」
さらに頭を下げる弥麻杜。
〝里〟の者に接する時とは別人のような平伏ぶりである。
「結構です」
対して議員は上から目線で鷹揚にうなずく……
「しかし、我が党……いえ、統一政府《《以外》》の相手にも、あなたが取り引きを持ちかけているとの情報がありますが?」
上座からの鋭い声に、弥麻杜が頭を下げたままピクリとした。
「まさか対立する勢力の双方に話を持ちかけて、秤にかけているのではないでしょうね?」
頭を下げたままの弥麻杜がギリッと拳を握りしめる──と、
「エヴォリュ-ターであれば、我らに協力するのが当然だろう」
不意にキザったらしい声がして、弥麻杜と議員の間に1人の男が現れた。
歳は20代後半、オレンジ色の髪をパーマにして、オレンジ色の革ジャンと革ズボンを着た男だ。
腰の左に鞘に納めた剣を下げ、ベルトのバックルには『Ⅳ』の文字を刻んでいる。
「〝嵐の騎士団〟ですか……? 太陽系ドミネイド皇帝直属の騎士の……」
「如何にも!! 我こそはヴァルシストーム陛下に忠誠を誓いし〝嵐の騎士団〟が〝四ノ太刀〟、ファルコ・フゥオーコなり!!」
キザったらしく、ひたすら居丈高に胸を張り、
「予定より早く来て正解だったな。抜け駆けはさせんぞ、フランソワーズ・A・ジュジュマンよ」
「……『A』は不要です」
顔を強張らせるフランソワーズをファルコは揶揄するように、
「ほう。民主主義国家の為政者は、何事も臣民に隠さぬものと聞いていたが?」
「民主主義国家では『臣民』ではなく『国民』と呼ぶのですよ。専制国家と違い、全ての人間が平等である証として」
毅然としたフランソワーズの声に、ファルコはキザったらしく笑みつつ瞳を冷たくして、
「厚顔無恥とは、このことか。今この時もエヴォリューターを差別し迫害している国の者が、どの口でほざく」
「全ては民意によるものです」
揺るがぬ為政者の声に、騎士は怒りを通り越して感心したように、
「聞いたか、弥麻杜。民意であれば何をしても良いそうだぞ。つまり数千年にわたり国と国の民に尽くしてきたお前の一族が冷遇されることも、お前たちが尽くしてきた民の意思というわけだな」
頭を下げたままビクッと肩を震わせる弥麻杜。
「〝暗黒節〟だったか? 20年近く前にも、この〝里〟は多くの臣民が命を落とす苦難に襲われたそうだな。だが何度救難要請をしようと、地球政府は雀の涙ほどの助けも寄越さなかったそうではないか」
キザったらしい中にも〝同朋〟への労りを籠め、
「我らが帝国の格言を教えてやろう。『頭を下げるならば己より優れた者に』だ。いつまで誤った相手に頭を下げているつもりだ?」
「惑わされてはいけませんよ、草薙さん」
フランソワーズが鋭く口をはさみ、
「太陽系ドミネイドが本当にあなたたちを厚遇する気なら、もっと高位の者を使者に寄越すはずです。7人中の4番目などという中途半端な騎士ではなく」
「貴様!!」
ファルコが剣を抜きフランソワーズに斬りかかる。が、剣は議員の前に立ちはだかった少女に細剣で受け止められた。
「……お前もエヴォリューターか」
ブラックスーツと銀色の首輪を身につけた、くすんだ金髪の少女に帝国最強騎士の一角は眉をひそめつつ、
「自分たちを虐げる者に与するとは、何を考えている?」
「非力な女性に斬りかかることは『虐げる』行為に当たらないのか?」
「知ったような口を!!」
ファルコがひそめていた眉をつり上げ、剣から激しい炎を出してゾーカとその背後の議員を焼き尽くそうとする。が、ゾーカが全身から放った衝撃波に炎は跳ね返されファルコと弥麻杜を襲う。
「ちぃっ!」
「ぬぉあっ!?」
ファルコは後退しつつ剣のひと振りで炎を散らし、弥麻杜は石の壁を床から生やし炎を防いだ。
「むう……これほどのエヴォリューターが地球に残っていたか……!」
自分の炎を跳ね返した少女にファルコが鋭い視線を向ける。
「……だが地球の為政者を討ち取る好機、逃す手はあるまい!!」
再び斬りかかるファルコの剣をゾーカが細剣で受け止める。と、少女の背後のフランソワーズが、
「難敵ですが、倒せますか?」
「……御命令とあれば」
「結構です。倒しなさい」
ドンッ!!
衝撃波を受けたファルコが障子を突き破り窓から屋外に吹き飛ばされた。それを追ってゾーカも外に出ると、2人は刃を交えつつ自分たちが飛び出した建物の外壁を駆け上っていく。
「愚かな! これほどの力を持ちながらフラッターに与するか!!」
やがて2人は建物の屋根で足を止め対峙する。
「どうだ? 今からでも我らが帝国に来る気は無いか?」
2人が立つのは大きな湖の中心に浮かぶ、大きな5階建ての屋形の屋根。
「その力を同胞のために活かすならば、我らは喜んでお前を迎えるぞ。何より、頭を下げるならば己より優れた者に下げるべきだろう」
「…………………」
「愚かな」
沈黙で拒絶する少女にファルコが斬りかかる―──寸前、
ザバアアアアアッ
屋形の浮かぶ湖から20メートルを超える機械人形が複数現れた。
卵型をした重装甲の胴体から屈強な手足を生やし、手首にカニのハサミに似た凶悪な爪を付けた機械人形だ。
「純人教団の機甲衛士か!? こんな物を持ち込んでいたか、ジュジュマン!!」
「中央議会の議員の出張にあたって、当然の警護です」
ファルコの叫びに優越感たっぷりに応えるフランソワーズ。直後、屋形を囲んで湖に立つ機甲衛士たちが、屋形の屋根に立つファルコへ一斉にビームを撃つ。
「甘いぞ!」
だが皇帝直属の騎士は剣から出した炎でビームを全て霧散させる。さらに──
「〝嵐の騎士団〟の力、思い知らせてくれる!!」
全身を炎で包み、巨大な炎の鳥となって屋根から湖へ羽ばたき、体当たりで機甲衛士を次々と爆散させていく。
「な……」
フランソワーズが愕然とする一方、《《機甲衛士を全滅させた》》炎の鳥は屋形の屋根へ舞い戻り、くすんだ金髪の少女に襲いかかる─―─寸前、
ザバアアアアアアアアアアアアアアアッ
巨大な竜巻のごとき水柱が湖から多数立ち昇り、うねりながら炎の鳥へ殺到する。
「ぐおっ!?」
水柱に炎をかき消され人の姿に戻ったファルコが屋根に着地した。同時に──
「双方、矛を収めていただくのでござりまする」
艶めいた女の声が湖に響き、屹立する水柱の1本の上に舞妓のような着物をまとった美女が現れた。
「おお、湖乃羽よ……」
弥麻杜が安堵の息を吐く一方、
「〝儀式〟を明日に控えた今、これ以上の御無体は〝瀬織津の巫女〟として看過いたしかねるのでござりまする」
女の毅然とした声にその場の人間が硬直する……弥麻杜も含めて。
「〝瀬織津〟の十全なる顕現のためにも、伏してお願い申し上げるのでござりまする」
水柱の上で深々と頭を下げる女の姿に、場の熱は急速に冷めていった………
「出過ぎた真似をして、申し訳なく存じるのでござりまする」
だだっ広い和室で、女が弥麻杜へか細い声をもらした。
地球政府の議員と太陽系ドミネイドの騎士が、それぞれの客間に下がってから四半時が過ぎている。
「いや、よくやってくれた。礼を言うぞ、湖乃羽」
疲れた顔で上座に座る弥麻杜が、自分にしなだれかかる女へ優しい声を吐く。
広い部屋には2人以外、誰もいない。
「側室に取り立てにていただいた、当然の御礼にござりまする」
艶然と笑む湖乃羽……だったが、急に眉じりを下げ、
「なれど……後々《のちのち》騒動の種にならぬかと、気がかりに胸が痛むのでござりまする……私が〝巫女〟であるなどと………」
「あの場を収めるには、ああ言う他なかったであろうよ」
顔を曇らせる湖乃羽に弥麻杜は苦笑しつつ頷き、
「それに、全くの出鱈目でもないからな……何より」
一転、疲れた顔に強い決意を刻み、
「〝暗黒節〟の地獄を生き抜き、ようやく〝里〟を復興させてここまで来たのだ……我が悲願を果たすためなら、手段など問わぬわ……!!」
決意と共に、後が無い焦燥感の籠もった声を吐いた………
◆
「トロニック人……それも、プロテクスだよね……」
廃墟のような南米の町で煌路が視線を鋭くした。
視線の先には身長が40メートル近い、鎧武者のごとき漆黒の鋼の巨人がいる。
「……いや、《《元》》プロテクスかな? 数日前の報告にあった〝黒炎刃〟とか言う」
巨人の胸部装甲中央の、何かを削り取ったような跡を煌路は見る。それから巨人の足下……地面に刻まれた深い裂け目の向こう側に立つ、刀をにぎる少年を見やり、
「やあ、奇遇だね、津流城♪」
端整な顔に柔和な笑みを浮かべ、
「ミゲルを助けに来たってことは──」
「問答無用!」
ミゲルの前にいた津流城が裂け目を飛び越え煌路に斬りかかった。
「残念だよ。やっぱり僕の敵になっちゃったんだね」
笑顔で右手に光の剣を出し津流城の刀を受け止め、
「だったら手加減はしないよ♪」
煌路が笑みを深めると一帯に吹き荒れる重圧が激しくなり、津流城は手に汗を滲ませつつも渾身の力で刀を振るっていく。
「故を尋ねぬのでつかまつるか!?」
「聞くまでもないよ。僕よりも今の主のために働いた方が得だからだよね」
津流城が繰り出す怒涛の連撃を余裕でいなしていく煌路。
「元より世を滅ぼす悪鬼などに仕えた覚えは無いのでつかまつる!!」
「ひどいな♪」
煌路の強烈な打ち込みに津流城が大きく後退する……と、煌路は寛容に笑み、
「僕は新しい世界を創りたいだけだよ。生まれに関係なく1人1人の能力が正当に評価される、そんな新しい世界をね」
「そのために今の世を滅ぼすのでつかまつろう!!」
津流城が刀から激しい水流を放つ――が、
「新しいものを〝創造〟する第一歩は、古いものを〝破壊〟することだからね」
煌路は寛容な〝支配者〟の笑みのまま、水流を光剣に残らず〝吸収〟し、
「それまでの古いものを〝破壊〟して、更地になった大地に新しいものを1から〝創造〟する……それが世界を進歩させる理だよ」
「……所詮、外法者を束ねる者は外法者でつかまつるか……!」
頑健なクラスメイトも降した水流をあっさり消された津流城は、息をのみつつも気迫を奮い起こす……が、
「僕は〝現実主義者〟なだけだよ。東の本家の次期当主として、人の上に立つ者として、正確に現実を把握しないと正確な判断を下せないからね」
《《寛容》》な〝支配者〟の笑みが《《冷徹》》な〝支配者〟の笑みになり、
「他人に従うだけの人は〝理想〟を見ていればいいけど、他人を導く人は〝現実〟を見ないといけないんだよ」
「……戯言を……!」
柔和な笑みからの底知れぬ畏怖に津流城は気圧される……が、
「心配しなくても物理的に世界を〝破壊〟する気は無いよ。僕が目指すのは、言わば〝意識改革〟だからね。世の中の常識を改革してエヴォリューターの存在と〝力〟を認めさせることで、エヴォリューターへの差別や迫害を無くすのが目的なんだよ」
「……世のために……世の常識を〝破壊〟すると……?」
「常識が変わるってことが、世界や時代が変わるってことだからね♪」
我が意を得たりと嬉しそうに頷く煌路を、津流城は尚も懐疑的に睨み、
「それは真に世のためなのでつかまつるか? これまで貴殿は、常に只一人の姉のためにのみ事を成していたのでつかまつる……!」
「否定はしないよ。世界も大事だけど、それ以上に姉さんが大事だからね♪」
「な……」
呆気にとられる津流城に、煌路は〝同志〟を見るような優しい目を向け、
「君も同じじゃないのかな? 君と刃を交えるのは入学初日の〝親睦会〟以来だけど、太刀筋から僕や火焚凪に似た〝思い〟を感じるんだよ」
「……世迷言を!!」
憤激した津流城が凄まじい重圧を噴き上げ、長着の襟元から紫の光が漏れた……刹那、その重圧が爆発的に膨れ上がり、
「我が技は〝忠義の業〟につかまつる!!」
刀から噴き出た〝津波〟が煌路を呑み込んだ!!
「そうだよ」
だが中から煌路の声が響くと〝津波〟はみるみる萎んでいき、
「僕や火焚凪と同じ〝誰かのためのワザ〟だよね」
〝津波〟を全て光剣に〝吸収〟し、かすり傷どころか《《水の一滴すら付いていない》》煌路が現れ、
「自分以上に大切な人を守る決意に満ちた、あたたかくて真っ直ぐなワザだよ♪」
大技をもあっさり破られ動揺する津流城へ、親愛の眼差しを向け……
「さすが〝清世の利剣〟だね」
津流城が大きく目をむいた。
「学院に来る前、君は世界中を旅してテロリストや腐敗した行政に苦しめられている人たちを助けていたんだよね。そして、付いた二つ名が〝清世の利剣〟……」
津流城がかすかに肩を震わせた。
「でも、私腹を肥やしていた多くの地方の権力者を成敗した結果、その地方から利権を得ていた中央の政治家たちから逆恨みをたくさん買っちゃったんだよね」
津流城がうつむいて唇を噛んだ。
「そして、その政治家たちが事件の被害を大げさに政府に報告して、君を〝封印災害指定〟にさせた……ひどい話だよね。まあ、それだけが〝指定〟を受けた理由でもなかったみたいだけど……」
津流城がうつむいたまま奥歯を噛みしめた。
「そもそも実際に君が手にかけたのは、テロリストや腐敗した権力者の私兵だけだったんだよね。その数も……〝殺人記録〟も6000くらいだから、Zクラスの中でも極端に少ないしね」
6000人の殺人が少ないとか煌路もバグってるよな……と、六音がもらす一方、
「如何な故があろうと、某が数多の命を奪った罪は明白につかまつる……!」
うつむく津流城が重い声をしぼり出し、
「某が〝里〟を離れたのは、断じて……断じて左様な非道を成すためではないのでつかまつる!!」
顔を上げ血を吐くように叫ぶと、
「世の秩序の守り手……それこそが某に託されし、某の一命を賭した在り様なのでつかまつる……然るに、某は……!」
血が滲むほど唇を噛みしめる……と、煌路は『真面目だね』と苦笑気味に溜め息してから、
「君が秩序を守るのは、誰のためなのかな?」
硬直する津流城に、煌路は無邪気に笑むと重圧と光剣を消し、
「まあ何を誰のために守るにしても、相応の〝力〟が必要なのが現実だよ。〝弱肉強食〟、それが世界の秩序だからね」
「それは畜生の秩序につかまつる……!」
魂を傷だらけにして嗚咽するような津流城に、煌路は優しく傷を癒すような笑みと声で、
「人間だって自然から生まれた自然の一部なら、〝弱肉強食〟って自然の秩序から逃げられるはずが無いよね」
「人も畜生に過ぎぬと申すのでつかまつるか……!?」
「もちろんだよ。『人間は神に選ばれた特別な存在だ』なんて言う人もいるけど、勘違いや思い上がりでしかないよ」
まあ〝神様〟も色々思惑があるんだけどね……と、心の中でつぶやいてから、
「実際、トロニック人って地球人より優れた生物が現れたことで、地球人こそ宇宙で最も優れた存在だって唱えていた多くの宗教は、教義が根元から覆されて大混乱になっていたよね」
口元は笑みつつも、
「そもそも、人間はおろか地球だって〝宇宙〟って大きな自然の中では、ちっぽけな存在でしかないのにね」
どこか冷ややかな瞳で、
「そしてちっぽけな地球は、全ての人の希望を叶えられるほど広くないんだよ。だったら希望を《《叶えられる》》人と《《叶えられない》》人が出てくるのは当然だよね」
「それを隔てるのが〝弱肉強食〟であると……〝力〟の有無であると……?」
「もちろん、それもあるよ」
煌路が何かを試すような視線で、
「でも希望を叶えるために必要なものは、もう1つあるんだよ。その〝もう1つ〟が、君には欠けていると思うんだけどな」
津流城が訝しげに眉根を寄せる。
草薙家の屋形でも〝クズ参謀〟と異名される少女から、自分は何かが欠けていると言われた……
「その〝もう1つ〟を手に入れた上で理解してほしいな」
知らず黙考していた津流城に優しく沁み入るような声で、
「君が〝清世の利剣〟として秩序を、正義を守れたのも、それが出来るだけの〝力〟を君が持っていたからだってことをね」
それは寛容な〝支配者〟のように、
「そして、世界の歴史において〝正義〟とは何なのかもね」
あるいは英明な〝指導者〟のように、
「ちなみに僕にとっての〝正義〟は〝姉さんを守ること〟だよ。そのために必要なら地球の1つや2つ滅ぼしちゃうだろうね♪」
はたまた親愛なる〝同志〟のように語りかける……と、不意に目元を引きしめ、
「お節介だろうけど、よく考えた方がいいと思うよ? 君が誰のために働くか、そして君にとって一番大切なものは何なのか、決められるのは君だけなんだからね」
六音が『シスコン原理主義者め』と吐き捨て、ウィステリアが微苦笑すると同時、津流城は硬直して息をのみ……
「決められるのは、某のみ……」
再度うつむき、消え入りそうな声でつぶやいた。
その様子を偉大な〝主君〟のごとき瞳で見てから、煌路は巨大な裂け目の向こうにいる青年へ目をやり、
「君も秩序を守るのが目的なのかな?」
ビクッとするミゲルに淡々と、
「その割りには、していることが物騒に見えるんだけどね。まるで3年前にこの町で起きた事件を……住民が全員死亡した悲劇を再発させようとしているみたいだよ」
ミゲルが絶句する一方、煌路から離れた所でウィステリアの側にいる六音も淡々と、
「政府の発表だと、極めて致死性の高い伝染病が発生したって事件だったよな」
「うん。その病気のせいで対応にあたる政府や防疫の関係者以外は、町への出入りが一切禁止されたんだ。それに病気が広がるのを防ぐためとして、全ての死体も町の中で焼却処分されたんだよ」
かすかに視線を鋭くして、
「まあ焼却前の死体の写真を見たけど、あれは表に出せないよね」
「写真を見た!? 関係資料は全て非公表になったはずですよ!?」
血相を変えるミゲルに煌路は肩をすくめて微笑しつつ、
「政府にいる〝友人〟が関係資料を財団に回してくれたんだよ。その資料の中でも、特に注目したのは──」
口元は笑みつつ瞳の温度を低くして、
「大気の組成分析の報告書だったね。それによると事件当時の町の大気は、窒素と二酸化炭素の割り合いが異様に高くなっていたんだよ。それはもう、《《地球人が生きられないほど》》にね」
瞳はさらに冷たくなり、
「それに大気の濃度も変化して、太陽からの紫外線が異常に強く降り注ぐようになっていたんだ。これもまた、《《地球人が耐えられないほど》》にね」
氷点下の瞳でミゲルを貫きつつ、
「そして肝心の死体だけど、どれも姿が変化していたんだ……さっき君の会社の元社員たちが変化した〝《《カルージャン》》〟《《そっくりにね》》」
ミゲルがかすかに震え出す。
「それらの資料を検証した結果、3年前にこの町で起きたと考えられることは………大規模な〝環境改造〟だね」
ミゲルがビクッと肩を震わせた。
「生息する生物を含めた自然環境を地球人が生きられない……つまり、地球《《以外》》の星の環境に作り変えようとしたんだよね。違うかな、ミゲル?」
滝のように冷や汗を流すミゲル。
「加えて3年前って言えば、ずっと〝病気療養〟していた君が急に元気になって表に出てきた時期でもあるよね」
青ざめてガタガタ震えるミゲル。
「いくら〝火と弓〟の対価にしても、町ひとつの住民全員の命はちょっと大き過ぎたんじゃないかな?」
「ち…ちが──」
ピ────ッ
うわずったミゲルの声を小さな電子音がさえぎった。
それが自分の腕時計に内蔵された通信機の呼び出し音だと気づき、ミゲルが震える手で時計のスイッチに触れる──と、
「こちら工場です御曹司! 獣火殿が襲撃され社長が式獣機で迎え撃っ──ブツッ」
途切れた通信に息をのむミゲルだったが、ハッとして煌路をにらみ、
「まさか、あなたが……!」
「財団の捜査員だけじゃないよ。太陽系ドミネイドも皇子直属の忍者を送り込んだからね」
ほがらかな煌路の笑顔にミゲルは縮みあがり、
「まさか……太陽系ドミネイドと手を組んだんですか!?」
「共通の敵に対しての、あくまで一時的な共闘だけどね。ついでに通信が途切れたってことは、僕のクラスメイトも工場に到着したんじゃないかな」
ミゲルが震えながら目をむく……が、どうにか気力を振りしぼり津流城と鋼の巨人へ裏返った声で、
「今すぐ私を工場に連れて行きなさい!!」
「させぬのである」
クララが言うと、ミゲル、津流城、鋼の巨人の周囲の地面から金色の液体金属が幾筋も噴水のように噴き出し、
「古より伝えられし錬金術の奥義、その目に焼き付けるが良いのである!!」
噴き出した液体金属が細身のロボットのような、あるいは細身の鎧を着た騎士のような、20メートルを超える多数の人形となった。
「さあ! 愚かな敵をひねり潰すのである〝錬金立像〟よ!!」
悪の大幹部のごとき号令で、金色の巨大人形たちがミゲルと津流城、そして鋼の巨人に襲いかかる──が、
「つまらん大道芸だ」
鎧武者のような鋼の巨人が両手の刀を振るう。と、黒い刃から黒い炎が噴き出し人形たちの半数を斬り捨て、残骸の液体金属を周りに飛び散らせる。さらに――
「……助太刀つかまつる、ケトン殿」
黙考していた津流城も刀を振るい、残る巨大人形を斬り裂いていく。やがて……
「おお……!」
感嘆するミゲルの前で、巨大人形は全て液体金属に戻り大地にまき散らされた。そして『返り血』ならぬ『返り液体金属』を全身に浴びた巨人はクララへ向き、
「どうした? 大道芸は打ち止めか、三流芸人め」
「三流は貴様なのである♪」
少女が尊大に笑むと、大地に散った液体金属が巨人と津流城に襲いかかり、すでに付着していた『返り液体金属』と共に生き物のように蠢いて2人の身を覆っていく。
「なにぃっ!? これは……!?」
「これぞ〝錬金立像〟の真髄なのである! 愚かなサムライどもめ、己が〝立像〟となるが良いのである!!」
液体金属は巨人と少年を覆いつつ固まっていき……
「痴れ者には過ぎた末期なれば、寛大なる吾輩に奉謝するが道理なのである! そして『ブシドウ』などという破滅願望に縛られし己を悔いつつ、無為な生涯を閉じるが良いのである!!」
「ま、『武士道とは死ぬことと見つけたり』なんて書いたサムライもいたしな」
六音も冷めた声をもらす中、巨人と少年は全身を液体金属に覆われ……金色に輝く〝立像〟となった───しかし、
「無為な生涯だと……?」
「一命を賭して拒絶つかまつる……!」
巨人と少年の立像が揺れると、その表面に亀裂が走り……
「なんかヤる気出してないか!? 使えないポンコツンデレめ!!」
「だ…誰がポンコツでツンデレであるか〝暗黒ジョーク〟!!」
バリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
じゃれ合う(?)六音とクララの前で巨人と津流城を覆う金属が砕け、元に戻った鎧武者のごとき巨人がクララに迫り刀を振り下ろす!
「見物料だ受け取れ大道芸人!!」
「──おひねりは僕がもらっておくよ」
だが煌路がクララの前に立ち、宙に浮かぶ10メートルを超える光剣で巨人の刀を受け止めた……一方、
「い…今のうちです津流城さん! 私を工場に──ひぃっ!?」
「もっと、ゆっくりしていってよ、ミゲル♪」
離脱を図るミゲルの足元に、煌路は普通サイズの光剣を飛ばし突き刺すと、
「なにしろ、せっかく僕が囮になって君たちを誘き出したんだからね♪」
「ま…まさか……次期当主みずから陽動を行い、私達の主力を誘導したと……?」
「《《半分》》当たりだね」
視線は刃を交わす巨人へ向けたまま煌路がミゲルへ言う。
「正確には、君たちの戦力の分散が狙いだったんだよ。それで守りが手薄になった工場を、僕のクラスメイトたちに処分させるためにね」
「っ!?」
ミゲルが大きく目をむくが、すぐに焦燥も顕に、
「津流城さん! ケトンさん! なんとしても、この場から――」
「つぅるぅぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
その時、空から〝塊〟が落ちてきた。
憎悪の叫びと地響きを上げて着地したそれは……
「太華瑠殿……!?」
「くぅたばれ津流城いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
金ピカの羽織を着て丸々太った少年が《《右手から》》電撃を放ち、津流城は瞠目しつつ刀で電撃をはじくと目元を険しくし、
「……貴殿の右腕は、我が愚妹に斬り落とされたと存じつかまつるが……」
「ふふん! どうだ驚いたか!?」
ふんぞり返る太華瑠の羽織の右袖からは、骨のような機械の腕が伸びていた。
「〝純人教団〟から献上された宇宙の超兵器だ! これさえあれば、お前にも負けはしないぞ!!」
「え……なんか去年の年末に似たよーなのを見たよーな……どわっ!?」
六音が眉をひそめた時、機械の腕が周りへ大量の電撃を放った。
「六音さん、私の後へ!!」
六音の前に立ったウィステリアが周りを白金色の光のツブで覆い、襲いくる多数の電撃を〝消滅〟させる。同時に他の者もそれぞれ身を守る─―─が、
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
フラッターのミゲルは電撃の直撃を受け、黒コゲになって底も見えない地面の裂け目に落ちていってしまう。
「御客人! 太華瑠殿、乱心つかまつったか!?」
「うるさいいいいいいい! お前を倒せれば他のことなど知るかああああああああああああああああああああああああっ!!」
さらに電撃が激しくなり豪雨のごとく一帯に降りそそぐ。が、煌路は周りに浮かべた普通サイズの複数の光剣で電撃を〝吸収〟しつつ、10メートルを超える光剣で巨人と激しく斬り結びながら、
「姉さん! このトロニック人は僕が引き受けるから六音を連れて工場へ行ってくれるかな! 君も一緒に頼むよクララ!!」
「ぬう……」
不満げに眉をしかめるクララは自分の周りに戦闘員たちを集め、その周囲を金色の液体金属で作った多数の避雷針で囲み電撃を防いでいた。
「お願いだよ! 例の〝契約〟に僕も口添えするからさ! それにネブリーナ・テクノロジーの技術に君も関心があるはずだよ!!」
「……已むを得ぬのである」
不承不承の体でうなずく少女……だったが、
「ありがとう、クララ♪」
「お…思い違いはやめるのである!! 吾輩は自らの研究のために行くだけなのである! 本当なのである!!」
煌路に笑いかけられると真っ赤になってまくし立てた……直後、
「修理不能のポンコツンデレめ……」
六音が冷ややかに言うと、クララと戦闘員たちも白金色の光のツブに覆われ、
「それでは、クララさんも参りましょう」
笑顔のウィステリアともども、六音、クララ、戦闘員たちの姿が光のツブごと消えた。さらに煌路も……
「ケトンだっけ!? 〝黒炎刃〟の異名で宇宙でも有名な傭兵なんだよね!? 僕の〝異元領域〟にご招待するよ!!」
「〝異元領域〟だと!?」
巨人が目をむき少年の瞳が金色に輝いた瞬間、2人は光に包まれ町から……いや、世界から消えた。
「ケトン殿!! ……おのれ、これ以上あ奴らの好きには──」
「逃ぃげるな津流城いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
工場へ向かおうとして一層の電撃に見舞われた津流城は、おびただしい量の電撃を刀1本ではじきつつ、
「太華瑠殿! あ奴らを捨て置けば我らが〝里〟の〝儀式〟にも累が及ぶのでつかまつるぞ!!」
「だぁまれええええええええ! 俺は父上に認めてもらうんだあああああああああああああああああああっ!!」
「……もはや正気を失しつかまつったか……否」
津流城は鋭い視線を太華瑠の右腕へ向け、
「あの絡繰より面妖な気配を感じつかまつる……!」
さらに視線を鋭くし、電撃を刀ではじきつつ全身に幽玄な気迫をみなぎらせ……
「斬妖!!」
一瞬で距離を詰めると、機械の右腕を羽織の袖ごと肩から斬り飛ばした。
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
太華瑠が絶叫してのたうち回ると同時、一帯に降っていた電撃が止み……
カシャーン………
数秒後、乾いた金属音を立てて機械の腕が地面に落ちる。と、脂汗を浮かべる太華瑠が動きを止め、左手で再び腕の無くなった右肩を押さえつつ、
「……お…俺は……今まで、何を……?」
憑き物が落ちたように素直な顔で周りを見回す。そして地面に転がる機械の腕を見つけると、
「そ…そうだ……俺は……母上に、あの腕を与えられて………それから、どうなった……?」
「正気を取り戻されたと察しつかまつる」
抜刀したままの津流城の声に、太華瑠は素直だった顔を悪鬼のごとく歪め、
「津流城いい……!!」
「正気のみならず憎悪も取り戻しつかまつったか……否、それが貴殿の〝正気〟につかまつるか」
「ああ、正気だとも……正気で……心の底からお前が憎いぞ!!」
地面に横たわる太華瑠が上体を起こし、
「八重垣の生き残り風情が俺に無いものをたくさん持ってやがるんだからな!!」
「某が何を持っていると申すのでつかまつるか、草薙家の次期当主殿」
「そうだ! 俺が持ってるものは『草薙太華瑠』じゃなく『草薙家の次期当主』が持ってるものでしかねえ!!」
血を吐くような怒鳴り声。
「俺の取り巻きどもだって『草薙太華瑠』を慕ってたんじゃねえ!! 甘い汁が吸いたくて『草薙家の次期当主』にへつらってただけだ! 何も出来ねえし何の力もねえ俺は、まさに『お山の大将』だったんだろうよ!!」
「左様に考えるならば、なぜ己を誇れるよう精進に励まぬのでつかまつるか」
「……父上と同じことを言いやがるか……いや、だからこそ父上は、お前に目をかけてたのか………」
渋面になった太華瑠が低くうなるような声で、
「お前こそ、何をどう精進すりゃそんなに強くなれるんだ……!?」
瞳に憎悪と、かすかな憧憬を宿しつつ、
「物心ついた時には、妹以外は家族も同族もいない。その妹も幽閉されてて会うことも出来ない。周りからは『呪われた一族』やら『妹の搾り滓』って蔑まれてたのに……」
憧憬の裏返しのように、理解できないことへの苛立ちを募らせつつ、
「引き取られた都牟刈の屋形でも邪険にされてたんだろう。お前を引き取った直後に沙久夜の〝石化の病〟が始まったからな」
「……己の妻となる者が幼子を引き取ったからと、あのような愚挙に及ぶ草薙弥麻杜の狭量に言葉を失しつかまつる」
「違う!!」
静かな怒気を放つ津流城へ太華瑠は必死に叫び、
「確かに〝里〟で石を操る力を持ってるのは父上だけだし、〝里〟の奴らも心の中じゃ父上の仕業だって思ってたろう! だが父上はやってない!!」
「ならば、何者が沙久夜様の御身に愚挙を働いたのでつかまつるか」
「……俺が知るか……!」
なおも懐疑的な津流城に太華瑠は吐き捨てるように言ってから、
「そんなことより、お前のことだ! 火焚凪が東の本家に連れて行かれたあと、お前もすぐに〝里〟からいなくなってたろう! いきなり出奔して、どっかで野垂れ死にでもしたかと思ってたのに……」
肺の中身を全てしぼり出すように苦しげに、
「急に帰って来たら、なんで化け物みてえに強くなってるんだ!? 母親の腹の中で妹に力を吸い取られて、フラッターと変わらない力しかない〝搾り滓〟として生まれたお前が!!」
憎悪と憧憬と、狂おしい嫉妬に満ちた叫び……対して、
「全ては大恩に報いるためにつかまつる」
静かながらも熱の籠もった声に、太華瑠は呆気に取られてから、
「……沙久夜のためだってのか? たった1人の女のために……必死に精進して、〝搾り滓〟が化け物みてえに強くなったってのか……?」
「貴殿とて先刻、正気を失しながらも望んでいたのは父君に認められることのみにつかまつった」
ビクッと肩を震わせる太華瑠。
「己のために精進が出来ぬと申すならば、貴殿は父君のために精進に励まれるべしと存じつかまつる」
「父上の、ため……?」
か細い太華瑠の声に津流城はうなずき、
「某とて〝里〟を離れたのち、幾度となく苦難に襲われ、心が折れかけたものにつかまつった。なれど、そのたびに〝これ〟が某を奮い立たせたのでつかまつる」
津流城が長着の襟元から、ペンダントのように首にかけたヒモを出す。
ヒモの先にはペンダントヘッドのように、紫に輝く小さな欠片が付いていた。
「某が都牟刈の家に預けられた日、沙久夜様より賜った護符につかまつる」
感慨深く護符を見ながら、
「〝里〟の者から白い目で見られていた某は、沙久夜様の庇護を賜ることにより命を繋ぎつかまつった。その実の母にも勝るであろう情愛と大恩は、生涯の忠義を以てしても返せぬものと、深く奉謝しているのでつかまつる」
護符を見る目に、深い情愛が籠もる。
「……なれど、沙久夜様が日々某に御配慮くださった一方、数日、数週間、時には数ヶ月も総身を石とされ苦しまれる沙久夜様を某は御側で見守るしか出来ず、どれほど己の不甲斐なさに忸怩したことか……!」
くやしそうに震える声で、
「某が〝里〟を離れた日も、沙久夜様は己より某の身を案じてくださり、慈悲深い笑みで某を送り出してくださったのでつかまつる……そののち十年にも渡り解けることの無かった石化に、総身を囚われ苦しまれながら……!!」
護符につながるヒモを強く握り、
「なれば沙久夜様の苦しみを前に、某の苦難など如何ほどのものにつかまつるか。故に〝里〟を離れたのち、某は日々この護符に沙久夜様の快癒と己の伸長を祈願しつつ、懸命に精進したのでつかまつる」
瞳に燃えるのは、恩か、情愛か、あるいはそれ以上の……
「ほどなく、さながら護符の……沙久夜様の御加護を授けられるがごとく某は力をつけていき、それに伴い〝覚悟〟を新たにし、一層の〝誓い〟を己に刻んだのでつかまつる」
さらに〝覚悟〟と〝誓い〟を瞳に漲らせ、
「一命を捨てて、必ずや大恩に報いると……!!」
津流城が怒涛の重圧を放ち、太華瑠は圧倒されつつも、
「〝覚悟〟と〝誓い〟……誰かの、ために………」
感銘を受けたようにつぶやき、
「……俺は……いつも、自分のことだけを考えて……勝手に、ひねくれて……いじけて……周りの奴を、恨むだけだった……」
がっくりと項垂れ、乾いた笑みを浮かべつつ、
「誰かのために、がんばろうなんて……これっぽっちも、思わなかった………」
自嘲する瞳から〝憎悪〟が薄れ……
「なあ……まだ、間に合うのか……俺だって……誰かのために、がんばれば……!」
替わって〝覚悟〟と〝誓い〟、そして〝希望〟が瞳に灯り、津流城も満足そうにうなずきつつ、
「無論につかまつる。人は誰かのためにこそ大業を成せるのでつかまつるが故」
「そうか……そうだよな………ぐっ!?」
だが、太華瑠は急に左手で胸を押さえると、
「ぐふっ……があああああああああああああああああああああああああああっ!!」
苦悶しつつ腕の無い右肩から《《新たな機械の腕を生やして》》大量の電撃を放ち、それを津流城は刀ではじきつつ跳びすさる。
「太華瑠殿!? 如何されたでつかまつるか!?」
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
呼びかけにも応えず、絶叫しながら電撃をまき散らす太華瑠。
先刻より量も威力も大幅に増した電撃は、周囲の町並みを粉々《こなごな》に破壊し、逃げまどう町の住民たちを焼き払っていく。
「太華瑠殿…………最早、これまでにつかまつるか……!」
一瞬まよった津流城だったが、顔を引きしめると……
「御免!!」
瞬時に距離を詰めて刀を振るい……太華瑠の首を刎ね飛ばした。
「太華瑠殿……御容赦願いつかまつる……!」
津流城の苦渋のつぶやきと共に電撃が止まり、首の無い太華瑠の体がグラリと揺れる……が、丸々と太った身は倒れず踏みとどまると、機械の腕から再び電撃を放ち出す。
「むっ!? ……かくなる上は……!」
身を低くして電撃を避けつつ太華瑠の両足を斬り飛ばす津流城。が、足の断面から骨のような機械の足が生えて丸々した体を支えた。
さらに無傷の左腕も破裂して機械の腕が出てくると、左右の肩や下半身からも新たな機械の手足が続々と生えてくる。次いで多数の手足は丸々した胴体ともども着衣を引き裂いて巨大化していき……
「……チチ、ウエ……ハハ、ウエェェェ………」
首を刎ねられ《《口が無い》》体が重く響く機械音声を発した………いや、巨大な胴体の腹に浮かぶ醜く歪んだ顔が、乱杭歯のならぶ口から音声を発したのだ。
「太華瑠……殿……!?」
多数の機械の腕から電撃を放ち、多数の機械の足に支えられる、醜い顔が刻まれた20メートル近い丸々した肉塊。
「チチ、ウエ……ハハ、ウエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
それが、かつて『草薙太華瑠』と呼ばれた存在の末路だった………