レッツ・パーティー!?
「お1人ですか、お嬢さん」
華やかなパーティー会場で、青年が少女に声をかけた。
会場の大ホールは瀟洒な照明と音楽に満たされ、豪華な料理を乗せて立ち並ぶテーブルの周りでは、着飾った紳士淑女たちが歓談している。
「申し遅れました。私はミゲル・ダ・カブラルと申します」
「まあ、それではネブリーナ・テクノロジーの御曹司の……」
「光栄の至りですな。あなたのような美しい方の記憶の片隅に、私ごときの名を留めていただけたとは」
貴公子然と笑む身長180センチを超える青年。
その身はスリムなライトブルーのタキシードに包まれながらも貧弱な印象は無く、むしろ一流アスリートのごとき肉体を一流の仕立ての衣装がすっきりしたシルエットに収めている。
「ところで気になっていたのですが、あなたのドレスは『トロワエフシルク』を用いたものではありませんか? 今や王公貴族が万金をはたいても入手が難しい生地ですが、あなたの美しさの前では霞んでしまいますな」
「さすが、お目が高いですね。少々伝手に恵まれて入手することができたのですが、そう言っていただけると、恐縮ではありますが嬉しく思います」
少女が神がかった美貌に気品あふれる微笑を浮かべた。
同じく気品あふれる光沢を放つ純白のイブニングドレスは、清楚なデザインで露出も低い……が、細い腰のくびれや艶めかしいヒップの曲線、何よりエベレストのごとき特大のバストが、ドレス越しにも男を惑わす夥しい色香をまき散らしている。
「いかがでしょう。よろしければ、このあと一曲お相手を願えませんか?」
「お誘いありがとうございます。ですが、パートナーがおりますので」
やんわり断る少女だったが、その可憐な微笑は一層異性を惹きつけるようで……
「そうでしたか。あなたのお目に留まるパートナーとは、さぞや素晴らしい方なのでしょうな。しかし、だからこそ、それほどの方と引き離されているあなたのお気持ちを思うと、胸が痛んで仕方がありません」
深々と溜め息してから、貴公子の見本のような笑みを見せ、
「いかがでしょう。非力は重々承知の私ではありますが、一時だけでも、あなたのお気持ちを癒して差し上げることは出来ませんか?」
「その必要はありませんよ」
その時、ミゲルの背後から声がして、
「待たせちゃってゴメンね、姉さん」
少女のドレスと同様の光沢を放つ純白のタキシードを着た少年が現れた。
「急な連絡だったけど、もう終わったよ。さあ、パーティーを楽しもうか」
「はい、煌路さん」
場所柄『コロちゃん』と呼ばず『煌路さん』が差し出した手に自分の手を重ねるウィステリア。
ミゲルに見せたものとは天地ほども違う心からの嬉しさの笑みに、神がかった美貌が眩しく輝く。
そんな笑みに戸惑いつつも魅入られるミゲルに煌路が目を向け、
「僕が席を外した間、姉さんの相手をしていただいたようですね。ありがとうございます。ええと……」
「煌路さん、こちらはネブリーナ・テクノロジーのミゲル・ダ・カブラルさんです」
声と共にウィステリアは煌路の左隣に寄りそい、自然な動作で煌路の左腕に自分の両腕を絡める。それを煌路も自然に受け入れつつ余裕に満ちた笑みを浮かべ、
「ああ、あのネブリーナ・テクノロジーの御曹司ですか。卓越した機械の製造技術を持ち、特に機械義体の分野では世界的に大きなシェアを占めている会社でしたよね」
ほがらかに話す煌路のそばに、給仕がトレイに乗せてドリンクを運んで来る。と、ウィステリアがグラスを1つ取り甲斐甲斐しく煌路に渡す。
「ありがとう、姉さん♪」
「どういたしまして♪ 今日は朝から忙しかったので、ほとんどお腹に入れていませんよね。簡単に食べられるものを用意しておきましたよ♪」
優しい微笑を交わす姉弟。それからウィステリアは生ハムやチーズなどを乗せた皿をサイドテーブルから取ると、フォークにチーズを刺して煌路の口元に運び……
「どうぞ、煌路さん♪」
「ありがとう、姉さん♪」
「……!?」
目の前の光景に息をのむミゲル。
女性の手から物を食べるなどマナー違反も甚だしいが、その挙措は長年みがき上げられた伝統芸能のように有無を言わさぬ堂に入ったものだった。
「……ああ、失礼しました、カブラルさん」
自分たちを凝視するミゲルに、煌路はマナーが文句を言ってくるなら自分が新しいマナーを作ってやるとばかりに、自信と威厳と傲慢にあふれた笑みを浮かべ、
「話を戻しますが、貴社の機械義体は戦争で腕や足を失った軍人にも大きな救いになっているそうですね。軍に在籍している僕の従妹からも、よく話を聞きますよ」
一旦言葉を切り、笑顔でウィステリアの手から生ハムを食べる煌路。
よどみない少年と少女の動作は、長年つれそった熟年夫婦のような貫禄に満ちていた。
「しかも先日発表された新事業の中には、クローン技術を使った医療事業もありましたよね。社長である御父上には僕も《《いろいろ》》お世話になっていますから、よろしくお伝えください」
「は…はあ……」
伝統芸能か熟年夫婦かという少年少女の円熟っぷりに気圧されるミゲルは、煌路の声がかすかに鋭くなったことに気づかぬまま……
「と…ところで……先ほどから『姉さん』と仰っていますが、コウジさんは、そのお嬢さんとは御姉弟なのですか……?」
「まあ、そのようなものですね♪」
「はい。物心ついたころから、ずっと一緒にいますので♪」
結婚式の新郎新婦さながらの純白の装いの2人は、ぴったり寄りそいつつ身も心も重ねるように微笑み合い、
「だよね、姉さん♡」
「ですよね、コロちゃ……煌路さん♡」
「……今、愛称で呼ぼうとしませんでしたか……?」
何人も割り込めぬだろう深い絆を前にたじろぐミゲル……だったが、
「た…確かに、互いに素晴らしいパートナーのようですな……しかし、いかに睦まじくとも、いずれ姉弟は別々の人生へ進んでいくものでしょう」
平静を装いつつ懸命に舌を動かし、
「ならば……少々、姉離れや弟離れの練習をしても良いのではありませんか?」
動揺を悟られぬよう、優雅にウィステリアへ手を差し出しつつ、
「よろしければ、私に練習のお手伝いをさせていただけませんか?」
顔に貼り付けるのは輝くばかりの貴公子の笑み………しかし、
「必要ありません」
自信と威厳と傲慢にあふれた笑顔の煌路が視線を鋭くして、
「いずれ姉弟は別々の道へ進む……それは同感ですが、その時期は僕たち自身が決めることです」
ウィステリアの腰に手を回しつつ……心臓が凍るような重圧をミゲルへ発し、
「ですので、お心遣いはありがたいのですが失礼させていただきます」
ウィステリアを伴い、滝のように冷や汗を流すミゲルへ背を向ける煌路。
「ま…待って下さい!!」
蒼白の顔から必死に声を出すミゲル。
「い…いかがでしょう……ひとつ、私と勝負をしていただけませんか……?」
「ほう……自分の望むものは自分の力で勝ち取りますか」
振り向く煌路の目に獰猛な〝暴君〟の光が宿る。
「一応お聞きしますが、どんな勝負をご希望ですか?」
「……こう見えても、私は大学ボクシングの世界大会で優勝経験がありましてね」
ミゲルがタキシードの上着を脱ぐと、シャツに押し込められた一流アスリートの肉体が現れる……が、煌路は怪訝そうに眉をひそめ、
「もう1つお聞きしますが、あなたは僕が誰なのか、ご存知ないのですか?」
こちらも眉をひそめるミゲルへ淡々と、
「ネブリーナ・テクノロジーの御曹司と言えば、3年ほど前まで『病気療養』を理由に公の場に現れなかった人物と記憶しています」
長く臥せっていたとは思えぬ肉体の青年へ重圧を高めつつ、
「そのせいで政財界の知識や経験に不足があったとしても、仕方がないこととは思いますが……」
いつの間にか少年と少女と青年の周りにはパーティーの客たちが遠巻きに人垣を作り、少年たちの様子を注視していた。
「仮にもこの場に出席できる身で、僕や姉さんのことを知らないのは如何なものかと思いますよ?」
周りの人垣から同意の空気がわき上がる中、煌路が静かな物言いから一層の重圧を発し心臓を打ち砕かれたようにミゲルを硬直させる……が、
「悪いことは言いません。お互い、この場のことは忘れましょう」
一転、少年は重圧をかき消して優しく語りかけると、立ち尽くす青年へ姉と一緒に背を向けて去っていく。
「……ま…待って、くだ……」
かすれる声をしぼり出し、遠ざかっていく少女の背へ弱々しく手を伸ばすミゲル。
(……だめ、だ………)
視界が歪み、心臓が破裂しそうに鼓動を速め、焦燥が体を駆けめぐる。
(だめだ……だめだ………)
理由の分からぬ焦燥に頭も真っ赤に焼けつき……
(だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ……!!)
思考と感情が爆発した。
「だめだああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
青年が飛び出し右の拳で少年の後頭部を打ち抜く───寸前、
キンッ
小さな金属音がして、1人の少女が煌路とミゲルの間に立っていた。
白衣と藍色の袴をまとい、白い帯を巻き付けて漆細工のごとき黒髪をたばねる少女だ。
「!?」
目をむくミゲルがバランスを崩し倒れ、逆上したまま立ち上がろうとする……が、
「な…に……?」
右腕に力が入らない……いや、右腕の《《感覚が無い》》。
何が起きたか分からぬまま、それでも白衣の少女を敵と判断し立ち上がって左手でなぐりかかる──寸前、
キンッ
再び金属音がして再び倒れるミゲル。今度は左腕の感覚が無くなっていた。
「い…一体、なにが……?」
熱の引いた頭が困惑に満たされる。
倒れたまま白衣の少女を見ると、その腰の左に白木の鞘に納められた刀があった。
(斬られた……?)
ミゲルが直感的に思う一方、周りの人垣からは……
「あれが〝東の本家のサムライガール〟……聞きしに勝る凛々《りり》しさと美しさだ……」
「だが、次期当主の命令なら大量虐殺も厭わぬ〝狂剣〟だと言うぞ……」
「それよりも、ネブリーナ・テクノロジーの息子だ……なんて馬鹿なことを……」
「〝触れ得ざる白金〟に近づくだけでも、政財界最大の禁忌だというのに……」
「次期当主を傷つけようとするとは……ネブリーナ・テクノロジーは終わりだ……」
パーティー会場に不穏な空気が広がっていく……が、そんな空気を意に介さず、刀を帯びた少女は煌路へひざまずくと、
「お怪我はござりませぬか、殿」
「ありがとう、火焚凪。君のおかげで僕は大丈夫だよ」
少女の堅苦しい言葉に煌路が優しく微笑んだ──直後、
「ミゲル!!」
周りの人垣をかき分け初老の男が現れ、倒れている青年のそばに駆け寄る。
「と…父さん……」
弱々しく応えるミゲルの両腕は、死体の腕のように力なく垂れ下がっていた。
「貴様ら、倅に何をした!?」
初老の男が煌路や火焚凪をにらみつける。
白髪の多く混じった褐色の髪と顎髭を蓄え、ミッドナイトブルーの燕尾服を着た白人の男だ。
「僕は何か《《された》》方ですよ、カブラル社長」
煌路が苦笑しつつ、
「幸い優秀な〝守り刀〟のおかげで実害は無かったので、気にはしていませんけどね」
苦笑を寛大な支配者の笑みに変える煌路……だったが、
「でも、御子息が僕の姉さんに言い寄ろうとしたことは許せませんね」
《《冷徹》》な支配者の笑みから極寒の重圧がほとばしり、姉弟以外の人間が強烈な悪寒に震え上がる。
「た…戯けたことを……!」
だが多くの者が黙って震える中、初老の男は射殺すように煌路をにらみ、
「見ろ、倅の腕を! 娘1人に言い寄った程度で、ここまでの仕打ちを受ける謂れは無いわ!!」
「何を仰っているんですか? 僕の姉さんに言い寄って両腕《《程度》》で済んだのですから、とても幸運ではありませんか♪」
「……!?」
16歳の放つ威厳と傲慢に老練の経営者が肝を冷やす。そして………
「この……汚らわしいミュータントめ……!!」
ありったけの憎しみを込めた声をしぼり出し、周囲を凍りつかせる。
ネブリーナ・テクノロジーの社長が反エヴォリュ-ター主義に傾倒しているのは、政財界では公然の秘密となっていた。
だが、それをエヴォリュ-ターであるミズシロ財団東の本家の次期当主に面と向かって言ったとなれば………
「本当に……ネブリーナ・テクノロジーは終わりだ………」
誰とも知れぬつぶやきは、会場の人間たちの総意だった………
◆
「……だから、我が社との取り引きを停止して倒産に追いやったのですか……?」
吹き荒れる重圧の中で、ネブリーナ・テクノロジーの《《元》》御曹司が言った。
「そのせいで大勢の社員が《《元》》社員になってしまいましたよ……!」
その場にいた《《元》》社員たちは極寒の重圧を浴びて全員が倒れている。
「その件では僕もヴィオに……従妹の西の本家の次期当主に、ずいぶん叱られちゃったよ。負傷した軍人用の義体の供給が滞ったら、どうするんだってね」
重圧の発生源は悪びれず平然と、
「だから君の会社の関係部署にいた人たちを財団の関連企業にスカウトしたんだよ。義体の製造を続けてもらうためにね」
やれやれと肩をすくめる煌路。
「それはともかく、君も分かっているはずだよ。姉さんに言い寄ろうとしたことだけが、君の会社を倒産させた理由じゃなかったって」
「……何のことでしょう」
一帯の空気がピリピリと冷たく張り詰めていく中、煌路は倒れた男たちを見て、
「彼らは純人教団に入ったのは最近だって言っていたけど、会社と教団の関係はずっと前から続いていたんだよね?」
視線を《《純人教団の腕章をつけた》》男たちからミゲルへ移し、
「第一、彼らはこの町のネブリーナ・テクノロジーの工場で働いていたそうだけど、そこで何を造っていたのかな?」
「………黙りなさいっ!!」
激昂したミゲルが右手に握ったスイッチを押した──途端、
「ぐ……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
倒れていた男たちが雄叫びながら立ち上がり姿を変えていく。
全身が獣毛に覆われ、爪が鋭く伸び、頭が獰猛な獣のそれに変わる。
「狼男ならぬジャガー男ってか」
さりげなく煌路の背に隠れつつ六音が言った。
「みたいだね。ジャガーつながりで、さっきの砂浜の術と関係があるのかな」
「砂でも人間でもジャガーにしちゃうって、どんな術だよ」
「そもそも、どこからこんな術式を手に入れたのですか、カブラルさん」
ウィステリアに目を向けられたミゲルは勝ち誇った笑みを浮かべ、
「『カブラルさん』などと他人行儀な。『ミゲル』で結構ですよ、《《ウィステリアさん》》♪」
「姉さんを名前で呼んでいいなんて言っていないよ、《《ミゲル》》」
瞳を冷たくする煌路にミゲルはさらに口角を上げ、
「自分の望むものは自分の力で勝ち取るものなのでしょう、コウジさん。いかがですか? 我がネブリーナ・テクノロジーが総力を結集して作り上げた強化人間、その名も〝カルージャン〟は」
「強化人間って、強化するにあたって本人たちの了承は得たのかな?」
口調も冷たくする煌路……だったが急に口調に熱を込め、
「まあ姉さんの魅力を思えば、自分を慕ってくれる元社員をだますくらい何でもないのは分かるけどね♪ そもそも、だますと言うなら3年前から――」
「だ…黙りなさい! さあ、やりなさいカルージャン!!」
あせったミゲルの命令で〝ジャガー男〟たちは唸りつつ爪を振るって煌路たちに襲いかかる──寸前、
「そこまでなのである!!」
頭上から尊大な声が響き見あげると、
「覚えのある重圧を感じて来てみれば案の定なのである!」
煌路たちがいる道路に面した5階建てのビルの上に、1人の少女が立っていた。
肩に届くウェーブのかかった髪と指先の爪をサテンゴールドに輝かせる少女だ。
アイボリーのクラシカルなスリーピーススーツに裏地の赤い黒マントなる出で立ちは、特撮番組の悪の大幹部がごとき威厳に満ちている……が、
「マッド錬金術士とケムリは高い所が好きってホントだな♪」
「どういう意味であるか暗黒猛毒怪人〝暗黒ジョーク〟!!」
六音の軽口に悪の大幹部は駄々っ子のように喚いた。
そんなクラスメイトに煌路はほがらかに笑み、
「おつかれ様、クララ。例の〝目標〟は見つかったのかい?」
「当然なのである!!」
煌路の声に少女は顔を輝かせ、
「このクララ・K・ハウザー率いる秘密結社〝サタンゴールド〟の手にかかれば造作も無いのである! 座標も財団の捜査員に通達済みであるからして、我らの偉大さに感服するが良いのである!!」
「さすがだね、クララ。人手が必要な仕事は君に任せるのが1番だよ♪」
「ドイツ製のポンコツンデレめ……」
ふんぞり返る少女に微笑みかける煌路と、煌路の背中でボソッとつぶやく六音。
片やクララは御満悦でビルの上から地上のミゲルやジャガー男を見おろして、
「ならば! 愚かな粗悪品どもをひねり潰してくれるのである!!」
声と同時に少女の背後から多数の人影が飛び出し、5階のビルの上から体ひとつで飛び降りるも全員が難なく地上に着地した。
「な…何ですか、この変態たちは!?」
「変態とは何であるか様式美を解さぬ無粋者め!!」
ミゲルが動揺しクララが再度わめいた。
地上に降り立ったのは、頭や顔まで赤い全身タイツで覆う異様な集団。
しかも膨らんだ胸元や細くくびれたウエストを見ると、全員がクララと背格好の似た女性のようだった。
「こ奴らこそは〝サタンゴールド〟が誇る精鋭〝暗黒赤戦闘員〟なのである!!」
「それって黒いのか赤いのか、どっちなんだってツッこんじゃダメなのか……って、なんだその『気づかなかった』みたいな愕然とした顔は」
自身も地上に降り立ったクララに六音が冷めきった目を向けた……が、
「と…ともかく! 戦闘員よ、やってしまえなのである!!」
勢いでごまかすような命令に、戦闘員たちはサテンゴールドに輝く爪を鋭く伸ばしジャガー男たちに襲いかかり、
「くっ……やりなさい、カルージャン!!」
ミゲルの命令でジャガー男たちも鋭い爪と目をギラつかせ戦闘員たちに応戦、南国の町で戦いの幕が切って落とされた………が、
「ば…馬鹿な………」
「ぬはははは! バイクに乗らぬジャガー怪人など敵ではないのである!!」
ジャガー男たちは戦闘員たちに一方的に蹂躙され全滅した。
「ならば、次は貴様の番なのである」
悪の大幹部のような迫力で黒マントの少女がミゲルを見る。
「くっ……」
悔しそうに歯ぎしりするミゲルが、ジリジリ迫ってくる戦闘員たちにジリジリあとずさっていく………その時、
ザンッ!!
空から大地に斬擊が降り、ミゲルと戦闘員たちの間にクレバスのごとき大きな溝を刻んだ。
「助太刀つかまつる、御客人」
次いで1人の少年が空からミゲルの前に降り立った。
長着と袴をまとって腰の左に日本刀を帯び、長い黒髪を総髪にした少年だ。
「津流城……」
煌路がつぶやいた……直後、
「用心棒を置いて先走るな」
ミゲルの背後に地響きを立てて巨大な影が降り立った。
「覚悟しろ、劣化生物どもめ。戦の極意を教えてやるぞ」
それは身長40メートル近い、鎧武者のごとき漆黒の鋼の巨人だった………
◆
「――準備はいいな、てめえら」
マウジャドの声がだだっ広い部屋に響く。
周りには老若男女の地球人はもちろん、様々な姿と大きさの宇宙人も多数。
宇宙人は身長が20メートルを超える者もいるため、〝草薙の里〟にある闘技場の控え室は、ドーム型球場に匹敵する広さと天井の高さがあった……しかし、
「俺様のオゴリだ! 好きなだけ飲むがいいんだぜい!!」
巨大な控え室は闘士たちの歓声と興奮にあふれ、一大宴会場と化すのだった。
「大したもんだぜ新入り! 入ったその日に10人抜きたぁな!!」
《《マウジャドと同じ》》銀色の金属の首輪をつけた男が、ジョッキを片手に上機嫌で話しかけてくる。
「まったくだ! 特にジー・ボックのクソ野郎をブッ倒した時にゃあスカッとしたぜ!!」
やはり首輪をつけた別の男の声に他の闘士たちもうなずく。
「ガハハハハ! あんなデカブツ、俺様にかかりゃあ雑魚なんだぜい!!」
一層の歓声にわく控え室の闘士たちは、全員が銀色の首輪をつけていた。
「けど、いいのか? 10人抜きの賞金をこんなパーッと使っちまって」
「ガハハ! 女とお宝は男のロマンだが、こんな掃き溜めでケチってもしょうがねぇんだぜい!!」
「ちげぇねえ! このあとグランドチャンピオンもブッ倒して、またオゴッてくれよな!!」
周囲が同意や応援の笑いにあふれる。
「任せとけってなもんだぜい! ……って、そのチャンピオンってヤツぁ、ここにゃあいねえんだぜい?」
「……ああ、ここの闘士の中で、アイツだけは自分の部屋を持ってやがるのさ」
周囲に不機嫌な空気が広がる。
「ったく、チャンピオンだからって調子に乗りやがってよ」
「自分だって行き場が無くて、この星に来た流れ者のクセに」
「あの野郎、マジでジー・ボックより気に食わねえクサレ野郎だぜ」
「けどジー・ボックが〝暴君〟なら、アイツは〝魔王〟……いいや、〝大魔王〟みてえな強さだからな………」
興奮から一転、しんみりする控え室………だったが、
「ガハハハハッ! どんな野郎だろうと俺様が知ってる〝暴君〟や〝大魔王〟に比べりゃ雑魚なんだぜい!!」
大笑いが暗い空気を吹きとばし、
「楽しみにしてるがいいんだぜい! 今日は新しいグランドチャンピオンが生まれる日なんだぜい!!」
自信に満ちた宣言に、控え室が熱狂的な歓声と興奮にわき上がる中、
「この〝孤高の海賊団〟様に任せるがいいんだぜい!!」
野性的な美形が獰猛で頼もしい笑みを輝かせた。
「さすが南極の海を荒らし回った伝説の海賊だな!」
「だが、その海賊が何でこんなところにいるんだ?」
「決まってんだろ! 強すぎて南極みてえな世界のはずれじゃ敵がいなくなっちまったんだよ! なあ? 〝孤高の海賊団〟」
「……いいや、南極にも強えヤツはいたんだぜい」
獰猛な笑みに懐かしさを混ぜたマウジャドが、胸に走る横一文字の古傷を指し、
「あの海でたった1人、俺様に傷をつけたヤツがいやがったんだぜい♪」
我がことを自慢するような声に、周りは好奇心に取りつかれ、
「そんな強えなんて、どんなヤツだったんだ?」
「おうよ、スゲエ強くて………スゲエいい女だったんだぜい♪」
「女!? 女にやられたのか!?」
「ガハハ! 女だからって強えヤツはいくらでもいるんだぜい!! そこのヤツみてえにな!!」
マウジャドが見た先に……壁際に1人、くすんだ金髪の少女が立っていた。
金属製の全身鎧を着た、歳は10代後半の無愛想な少女だ。
控え室のすみに1人でたたずみ、腰の左に鞘に納めた細剣を提げている。
「さっき俺様の試合の次に戦ってたヤツなんだぜい? あのイノシシ野郎をブッ倒すたぁ、なかなかの腕っぷしなんだぜい♪」
マウジャドの称賛にも無反応な少女に、周りは白けた視線を向け、
「まあ腕はなかなかだが……ロクにしゃべりもしねえからな……」
「あいつも今日入ったばっかの新入りだってのによ……」
「そうだったんだぜい」
マウジャドはかすかに眉をひそめると、闘士たちの輪から外れている少女にズカズカと歩み寄り、
「おい、ここに来る前は、どこにいたんだぜい?」
間近からの問いに、少女は視線だけをわずかに上げ、
「……私は昨日までの記憶が無い。気づくと、今日ここにいた」
控え室にざわめきが起こる。
「記憶喪失ってヤツなんだぜい? だが、試合の時に名前を呼ばれてたんだぜい?」
少女は眉をピクリとさせ、
「名前だけが私に残っていた唯一の記憶だ。そう、私の名は──」
「失礼しますよ」
そのとき控え室に高慢な声が響くと、部屋の奥にある巨大な鉄扉が開いていき……1人の女が現れた。
「誰なんだぜい?」
「日も射さぬ裏社会の、さらに最底辺の住人は私のことも知りませんか。私はフランソワーズ・ジュジュマン──」
純人教団の軍服を着た護衛たちを引き連れ、女が控え室に入ってくる。
「世界統一政府の中央議会の野党第一党で、幹事長を務めている者です」
歳は30代なかばと思われる美しい白人女性だ。
ショートボブの麗しいハニーブロンドを揺らしつつ上品な物腰で歩いてくる。
鮮やかなワインレッドに彩られたタイトスカートのスーツも、最上級のシルクを使った最高級のブランド品だった。
「そんなお偉いさんが、こんな〝最底辺〟に何の用だぜい?」
「ふむ、あなたがマウジャド・バーレですね」
挑発的なマウジャドに、女は30代の見た目にそぐわぬ老成した物言いで、
「私があなたを身請けすることにしました。一緒に来なさい」
「……あぁ? いきなりナニ言ってやがるんだぜい。俺様を〝飼い犬〟にしようってんだぜい?」
控え室がざわつく中、獰猛な笑みから敵意をむき出すマウジャド……しかし、
「〝野良犬〟よりは良いでしょう。それも保健所で殺処分を待つだけの〝野良犬〟となれば尚更です」
「あぁ!?」
微塵も動じない女にマウジャドが強烈な重圧を放つ。が、なおも女は動じず、その背後の護衛だけがバタバタ倒れる。
「やはり〝野良犬〟には躾が必要なようですね」
女が右手に持つ小さな機械をマウジャドへ向けた──途端、
「ぐおああっ!?」
銀色の首輪から電流が走り、190センチを超える黒い巨体が倒れた。
「言ったでしょう。殺処分を待つだけの〝野良犬〟だと」
「ぐぅ……がああ……!」
女の無感情な視線が倒れたまま震えるマウジャドを見おろし、他の闘士たちは自分の首にはめられた首輪を意識しつつ息をのむ……が、
「ぬ……ぐおお……!!」
首輪からの電流をそのままに、倒れるマウジャドは拳を強く握りしめ……
「ざけんじゃ、ねぇんだ……ぜえええええええええええええええええいっ!!」
ガバッと立ち上がりアイスホッケーのスティックを女に振り下ろす!!
「ぬあっ!?」
マウジャドが目をむいた。スティックを数人の闘士に受け止められて。
「……チッ、とっくに〝飼い犬〟になったヤツがいやがったんだぜい」
スティックを受け止めた闘士たちの中には、ついさっき笑いながらマウジャドと話していた者もいる――と、マウジャドの背後で驚く闘士たちの中から数人が飛び出し、これも得物を手に黒い巨体に襲いかかる。
「まだいやがったんだぜい!!」
マウジャドはスティックを振るって前後の〝敵〟を砕くと、エヴォリュ-ターや宇宙人も行動不能にする電流に包まれたまま再び議員へスティックを振り下ろす!!
「ぬうっ!?」
再びマウジャドが目をむいた。くすんだ金髪の少女に細剣でスティックを受け止められて。
「テメエも〝飼い犬〟だったんだぜい?」
「……いや、私は回し者などではない。だが、非力な女性を見殺しにする卑怯者でもない」
直後、少女が一瞬体を震わせ全身から衝撃波を放射、マウジャドは吹き飛ばされて控え室の壁に激突すると、床に崩れ落ちて動かなくなる。
「……あなた、名前は?」
細剣を鞘に納める少女にフランソワーズが息を整えつつ問うと……
「私の名は……ゾーカ、です」
「ではゾーカ、あの躾の悪い〝野良犬〟に代わり、あなたを身請けすることにします。一緒に来なさい」
「はい」
少女は会釈すると、足早に鉄扉へ向かう女のあとに続いた。
その女と少女と入れ替わりに、純人教団の軍服を着た男たちが控え室に入り、マウジャドに倒された護衛と闘士たちを回収する。
そして巨大な鉄扉が閉じ………数分後、呆然としていた残りの闘士たちは我に返ってマウジャドへ駆け寄っていく。
「お…おい、大丈夫か!?」
「しっかりしろ!!」
首輪の電流は止まっていたが、気絶して床に倒れるマウジャドはピクリとも動かない……しかし、
「おつかれさんどすえ~♪」
邪気の無い少女の声がして、降りそそぐ黒炎がマウジャドを直撃した。
「ぐわああああああああっ!?」
炎の熱でマウジャドは飛び起き、
「俺様を殺す気なんだぜい!?」
《《知らぬ間に控え室にいた》》3つの人影へ、常人なら即死する重圧をぶつけた……が、
「もちろん──やなくて、あんさんなら平気やと信じてたんどすえ~♪」
「火の玉ストレートのウサンくささだっぺよ」
【でも じっさい へいき】
「……テメエら、帰ったら〝親睦会〟でブッ殺してやるんだぜい!!」
即死級の重圧にもピンピンしている3人に眉をつり上げるマウジャドだが、体には火傷ひとつ無い。一方……
「ともかく、あんさんのおかげで〝計画〟は順調に進んどるんどすえ~♪」
「〝回し者〟も片づけられたっぺよ」
【しし しんちゅうの むし】
「チッ、〝クズ参謀〟め……!」
反省も罪悪感も無い少女へマウジャドは吐き捨てるように言ってから、
「ここに来たってこたぁ、準備は終わったんだぜい?」
「バッチリどすえ~。〝第二陣〟が来はったら〝部活動〟開始どすな~♪」
邪気の無いはんなりした笑みの〝クズ参謀〟。
「チッ、てめえにとっちゃ何もかも利用する道具ってわけなんだぜい」
「利用されるんが嫌やったら、あんさんもうちらを利用しはれば、おあいこなんどすえ~♪」
マウジャドが険を込めてにらむも少女は一層笑みをほころばせ、
「幸い今月の後半か、遅くとも来月には南極で動きがありそうなんどすえ~♪」
「テメエ……!!」
190センチを超える剛健な体躯が荒れ狂う津波のごとき重圧を放ち、ドーム球場のように広い控え室が激しく鳴動、あちこちにヒビが走りコンクリートの破片が多数落ちてくる………が、
「そん時、あんさんも存分にうちらを利用しはれば、ええんどすえ~♪」
重圧で多くの闘士が倒れ控え室が崩壊しかける中、少女は最後まではんなりした笑みのままだった。
「……チッ、やっぱテメエは〝《《クズ》》参謀〟なんだぜい」
「そないに褒めても何も出んのどすえ~♪」
重圧を消して毒気を抜かれたように毒づく少年に、少女は指先で鼈甲の髪留めをいじりつつ欠片も邪気なく笑んだ……その時、
「な…何なんだ、お前らは……?」
周りの闘士たちが怯えた声をかけてきた。
ヒビに覆われコンクリートの破片が散乱する廃墟のようになった控え室で、マウジャドの重圧を浴びても辛うじて意識を保っていた少数の闘士たちが。
「もしかして……噂の幽霊と、何か関係があるのか……?」
そんな闘士の戸惑う声にマウジャドは眉をひそめ、
「幽霊たぁ何なんだぜい?」
「この何日か、〝里〟のあちこちに白い着物を着た黒髪の女の幽霊が出るって噂になっとるんどすえ~♪」
「ああん?」
マウジャドはさらに眉をひそめるも、何かを感じ取るように周りを見回すと……
「ガハハハハッ、わざわざ化けて出るたぁ、その女よっぽど未練が溜まってやがるんだぜい♪」
サメのような歯をガチンガチンと打ち鳴らしつつ豪快に笑った。対して意識を保った闘士たちは一層戸惑い、
「ど…どういうことだ……?」
「これはこれは皆さん、お騒がせして申し訳あらへんどすなあ~♪」
〝クズ参謀〟が、闘士たちの戸惑いを吹き払うように明るい声を発し、
「皆さんの協力には、心から感謝しとるんどすえ~♪」
多数の闘士が倒れている控え室を見回すと、邪気の無い笑みを輝かせ、
「皆さんの仕事は終わりやさかい、《《やすらかに》》休んでおくれどす~♪」
多数の闘士が《《死んだように》》倒れる控え室で、ペロリと髪留めを舐めた………