オマエらナニと戦ってる!?
「逃がさんぞ不穏分子め!!」
眼下に地球をのぞむ宇宙空間で、1機の航空機が激しい機動を展開していた。
純白の機体に目の覚めるような青いラインを流し、左右の主翼に1つづつエンジンとプロペラを備えた双発機だ。
「むっ!?」
双発機が急機動し飛来する光弾をよけた。
光弾を撃ったのは全長200メートルを超える真っ黒な宇宙船。
「強引に降下する気か!?」
双発機の攻撃で半壊している宇宙船が地球へ向け舵をきる――その時、
「下がれデュロータ!!」
地球軍の精鋭〝特務部隊〟の軍服を着た女が叫んだ。
女は白い軍服《《のみ》》の宇宙服も無い姿で宇宙空間に浮いたまま剣を振りおろす。
全長30メートルの緑に輝く大剣から光の斬撃が放たれ、巨大な宇宙船をまっぷたつに斬り裂いて盛大な爆炎に包む……が、
「逃がしたか……」
目元を険しくして女がつぶやくと、そばに双発機が飛来し、
「うむ。爆発の直前、船の内部に複数の空間転移の反応を感じたな」
声を発しつつ双発機が変形、スリムな純白のスーツのごとき装甲に覆われた、身長25メートルを越える鋼の巨人となった。さらに──
「先日の〝黒炎刃〟なる傭兵に続き、今回は〝正道派〟の侵入か……」
無念のにじむ声と共に、巨人は光に包まれ人間の大きさまで縮んでいく。そして光が弾けると、スリムな純白のパンツスーツをまとい、目の覚めるような青い髪を足首までなびかせる妙齢の美女が現れた。
「獅子身中の虫たる〝正道派〟の不穏分子どもめ……全宇宙の戦場でプロテクスがドミネイドに苦戦している時に、過去の過ちを理由に同胞を粛清するなど愚かにも程があろう……!」
「ハハッ、異教徒より異端に厳しいって評判の、どっかの宗教みたいだな。そのうち魔女狩りでも始めるんじゃないか♪」
「笑えぬ冗談だな、リオ・タカオカ」
青い髪の女が白い軍服の女へ鋭い視線を向け、
「まさしく奴らは〝狂信者〟だ。自らを〝造物主〟の絶対的な僕とし、プロテクスからドミネイドに鞍替えした者や、ドミネイドに鞍替えしながらプロテクスに戻った者、さらにはドミネイドからプロテクスに鞍替えした者などを〝背信者〟として抹殺しようとしている」
青い髪の女……デュロータが宇宙の一点に目をやり、
「ならば、この星系における奴らの最大の標的は……」
「おいおい、まさか……」
白い軍服の女……リオもデュロータと同じ方向を見る。その視線の先には緑と銀色に……自然と金属に覆われる太陽系の第四惑星があった。
「太陽系ドミネイドの最高戦力か? さすがに、それは無理だろ……」
「直接の標的だけでなく、その周辺の関係者を狙うこともあるからな……」
「あいつの関係者って、まさか……」
宇宙服も無く宇宙空間に浮く女たちが沈黙する……が、やがてデュロータが、
「……そう言えば、お前も弟子の……コウジを含む学徒たちの指導担任になったのだろう。彼らも作戦行動中のはずだが、目を離していて良いのか?」
「ま、教師は副業で本業は軍人だからな」
ヒザに届く黒髪のポニーテールを揺らしつつ、
「それに担任の仕事もサボッてるワケじゃないぞ。この通り生徒が使う道具のテストをちゃんとやってるだろ♪」
30メートルの大剣を右手1本で軽々肩にかつぎ、
「デチューンした〝模造品〟を年末に使わせたが、あれでも今の煌路には負担が大き過ぎたからな。ようやく立てるようになった赤ん坊のために、さらにデチューンした〝歩行器〟がコイツってワケだ♪ やっぱり──」
肩の大剣をどこか懐かしそうに見上げつつ、
「まだまだ、ひいじいさんには敵わないな♪ ……ん? どうした、デュロータ」
すねたように自分をにらむ青い髪の女に眉をひそめるリオだったが、
「まるで……自分の恋人を馬鹿にされたみたいな顔してるぞ♪」
「な…な…なにを、馬鹿なことを……!?」
一転して冷やかすようなリオの声にデュロータが真っ赤になって狼狽えた。
「……まさかとは思ってたが、煌路のこと本気だったのか? なんだったら、あたしの担任クラスのメスガキどもが何か企んでるみたいだから、お前も一枚かむか♪」
思いきり上から目線のリオだった………が、
「み…未婚の母の世話など無用だ!!」
「ケンカ売ってんのか!? お前だって略奪愛で生まれたガキだろうが!!」
「は…母上を愚弄するか恋愛敗北者め!!」
「……よーし歩行器の最終テストだ、お前の体でなあ!!」
「来い〝充元端子〟! 〝重連元使〟発動だ!!」
……直後、宇宙船の爆発以上の宇宙での爆発が、地球各地の天文台で観測された。
しかし、地球政府を通したミズシロ財団の要請により、当該記録は全て抹消されたのだった………
◆
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
観客席の歓声に沸く闘技場、その中央に広がる試合場では……
「ぜええええええいっ!!」
紺碧の髪を振り乱す少年が、アイスホッケーのスティックで10メートルを越えるロボットのような巨人をなぐり倒していた。
「馴染んどるどすな~」
「実家に帰ったみたいな安定感だっぺよ」
【いわかん ぜろ】
〔やった~!! 驚異の新星〝黒い氷〟! ついに9人抜きだ~~~!!〕
「けったいなアダ名が付いとるどすな~」
「大昔のアメリカのプロレスみたいだっぺよ」
【りんぐ ねーむ?】
〔かつて南極海を荒らし回った伝説の海賊が快進撃! その名は〝黒い氷〟マウジャド・バーレえええええええっ!!〕
「今さらやけど、なして元海賊が高校生をしとるんどすえ?」
「ま、今年で17歳なのはマジらしいっぺよ」
【いつから かいぞく やってたの?】
〔あっと言う間に9人抜きを果たした〝黒い氷〟! あと1勝すればグランドチャンピオンへの挑戦権ゲットだ~~~!!〕
「だっぜええええええええいっ!!」
〝黒い氷〟ことマウジャドが、スティックを高々と掲げ雄叫びした。
アフリカ系の野生的な美形に、不敵で獰猛な笑みが浮かんでいる。
黒くたくましい肉体がまとうのは、毛皮の腰巻きにサンダルのような簡素な履き物という古代ローマの剣闘士のごとき衣装。
しかし、胸に走る横一文字の古傷が戦士の勲章のように見える一方、銀色の金属の首輪がわずかな違和感を感じさせる。
〔それでは挑戦権をかけた最後の対戦相手、出てこいやあっ!!〕
円形の試合場をかこむ高い壁の一部が、ゆっくりと開いていく。
そして現れたのは、身長20メートル近い禿頭で筋骨隆々の巨人。
下半身はボロボロの革ズボンに覆われ、上半身は裸だが両腕が機械の義手になっており、鎖につないだ10メートル近い鉄球を持っている。
〔数多の残虐事件で故郷の星を追放された〝宇宙の暴君〟! ボー・ジックだああああっ!!〕
直径100メートル近い試合場に周囲の観客席から熱狂的な歓声が降る……と、
「グヘヘヘヘ、テメエが俺の相手かチビスケえ♪」
身長20メートル近い巨人が、身長190センチをようやく越える少年を見くだし舌なめずり。
「挑戦権は俺がもらってやるから、安心してくたばりなあ。暴君サマに殺されるんだ、テメエも嬉しいだろう♪」
「笑わせてくれるぜい。俺様が知ってる〝暴君〟に比べりゃ、テメエなんざ雑魚なんだぜい♪」
「ああん!?」
「『俺様が知ってる暴君』って誰のことどすえ~?」
「我らが副会長に決まってるっぺよ」
【げんじつとうひ だめ】
「死にくされええええええええええええっ!!」
怒れる巨人が鎖つきの鉄球を振りまわし少年へ放つ。が、少年がジャンプして避けたため鉄球は地面に激突し、隕石が落ちたようなクレーターを作った。
「チビスケがあああああああああああああっ!!」
怒り狂う巨人が空中の少年へ再び鉄球を放つ。が、鉄球は少年にスティックで打ち返され巨人の顔面を直撃、20メートル近い巨体がもんどり打って倒れた。
「ガハハ、やっぱりテメエは雑魚なんだぜい♪」
着地した少年が荒々しく笑む一方、巨人は鼻血をぬぐってヨロヨロと立ち上がり、
「クソガキがあ……終わったぞお……!!」
鉄球につないだ鎖をギリギリと握りしめ、
「〝暴君〟の必殺技、見せてやらああああああああああああっ!!」
両手で鎖をにぎり頭上で鉄球を振りまわし始めた。その猛烈な回転は巨大な竜巻を生み出して発火させ、巨大な炎の竜巻を空高く立ち昇らせる。
「焼き尽くしてやるぜえ! 故郷で8つの都市を潰した〝タイラントファイアーハリケーン〟だあ!!」
「頭の悪そうな名前どすな~」
「ある意味、少年マンガの王道だっぺよ」
【あたま からっぽの ちゅうにびょう?】
巨大な炎の竜巻が、凶悪な大蛇のように激しくうねりつつ紺碧の髪の少年に襲いかかる――が、
「都市を8つ潰したぐれえじゃ自慢にならねえんだぜい♪」
野性的な美形を獰猛に笑ませ、少年は襲いくる竜巻にスティックを激しく打ちつける。と、炎の竜巻が凍りついて黒い氷となり、竜巻を生み出した鉄球と鎖、さらには鎖をにぎる機械の義手までもが黒く凍りついた。
〔出たあ~! 二つ名の由来〝黒い氷〟だあああああああああああっ!!〕
「がはあっ!!」
凍りついた鉄球や義手が竜巻もろとも砕け散り、巨人は白目をむいて倒れた。即座に10カウントが入るが、巨人は倒れたままピクリとも動かず……
〔10人抜き達成~~~!! 明日のグランドチャンピオンマッチに挑むのは闘技場の新たなヒーロー! マウジャド・バーレだああああああああああああっ!!〕
「ぜええええええええええええええええええええええええええいっ!!」
マウジャドがスティックを空に突き出し、闘技場が割れるような歓声に揺れた。
「これが草薙家の〝商売〟どすか。こないな所で宇宙人やエヴォリューターを戦わせとったんどすなあ」
「武闘会は少年マンガの王道展開だっぺよ!」
【どりょく しょうり ゆうじょう?】
マウジャドの試合のあと、試合場では10メートル近いイノシシに似た異星人に、鎧を着たくすんだ金髪の少女が細剣1本で立ち向かっていた。
「行き場の無い異星難民やエヴォリューターを集めて、見せ物に使っとるんどすな」
26世紀の現在、地球には故郷を失った異星人が多数流入し、『異星難民』として社会的な問題になっている。
「こないな試合よりも、地球軍に来てくらはれば生活の保証はするんどすえ~」
「生活の保証はしてくれても、命の保証はしてくれないのが軍隊だっぺよ♪」
【いのち あっての ものだね?】
茶化すようなクラスメイトの〝真理〟に葛葉は苦笑して、
「ここの試合かて命の保証は無いと思うんどすが……まあ腕前によっては実入りと待遇は、ここの方がええのやもしれんどすな~」
闘技場のパンフレットを開き、
「気に入った出場者がおったら身請けできると書いてあるんどすえ。もちろん、相当な銭を払うんどすが……」
周りを見ると、すり鉢状の巨大な闘技場は中心の試合場の周りから階段状の観客席が広がり、外縁部にはVIP用のボックス席が並んでいる。
「ボックス席に世界の長者番付に入っとる人や、有名な政治家もおるんどすえ。観客席も大入りやし、ほんま濡れ手で粟どすな。それに──」
はんなり笑んで感嘆しつつも、声に鋭さを潜ませて、
「ここに来たんは4年ぶりやけど、〝里〟全体がえろう発展しとるんどすえ」
「時代劇の江戸時代みたいなトコだと思ってたら、やたら文明的だっぺよ」
【ぶんめい かいか?】
闘技場は近代的なコンクリート製の建物で、周りにも高層ビルが立ち並んでいる。
「4年前は江戸時代みたいやったんやけど、すっかり変わってもうたどすな~」
「マジでここが火焚凪と津流城が生まれた、何千年も続く隠れ里なんだっぺか?」
【じめんの したに かくれてた?】
見あげると遥か頭上に空は無く、代わりに土の天井が〝里〟を覆っており、ここが広大な地下空間であることを示していた。
「ま、地下に隠れとったんは草薙だけやないんどすが……時代の流れに取り残されて潰れかけとった〝里〟が、ようもここまで持ち直したもんどすえ~」
「よっぽど優秀な〝プロデューサーさん〟がいたっぺか♪」
【てきざい てきしょ?】
葛葉が……〝クズ参謀〟が邪気の無いはんなりした笑みをほころばせ、
「そうどすな~、若様が南米で進めとる〝第二次洗車作戦〟はもちろん、Zクラスの最終計画たる〝ビリヤード計画〟で役に立ってくれはる人ならええどすな~♪」
「〝クズ参謀〟平常運転の〝蟲毒バトル〟だっぺか♪」
【じゃくにく きょうしょく】
少年少女たちが声を弾ませる──と、ドアをブチ破って刀を握る男が多数、少年少女たちがいる《《ボックス席》》になだれ込んできた。
「動くな狼藉者ども! どこに逃げたかと思えばVIP席に潜り込んでいたか!!」
刀を握り《《純人教団の軍服を着た》》男たちが少年少女たちを威嚇する――が、
「あんさんがルームサービスでキャビアなんぞ頼みはるから見つかったんどすえ!」
「こ…これは取材だっぺ! オメエだってマツタケの刺し身やら土瓶蒸しやら頼んだっぺよ!!」
【ふたりとも わるい】
「「山盛りのエスカルゴはなんどすえ!?」
だっぺ!?」
男たちをそっちのけで責任を押しつけ合う少年少女たち……その時、
「どけ」
他人を見くだす声がすると、男たちの後から新たに1人の男が現れた。
歳は20代の後半、揺らめく炎のようなウェーブのかかった髪を燃え盛る炎のようなオレンジ色に彩るキザったらしい男だ。
やはりオレンジ色の革ジャンと革ズボンを着て、腰の左に鞘に納めた剣をさげている――と、男のベルトのバックルに刻まれた『Ⅳ』の文字を見て葛葉が……
「〝嵐の騎士団〟どすえ……?」
「ほう、よく知っているな」
オレンジの髪の男がキザったらしく笑み、
「それが分かるなら抵抗も無駄だと分かるだろう。おとなしく一緒に来てもらうぞ」
キザったらしくも強烈な重圧の籠もった声――しかし、
「せっかくのお誘いやけど、うちには心に決めた人がおるんで失礼させてもらうんどすえ~。あ、ルームサービスのお代は草薙家にツケといておくれどす~♪」
「馬鹿め」
気づいた時にはオレンジの髪の男が剣を抜き、放った斬撃で少年少女たちを斬り裂いていた。
「む?」
男が眉をひそめる。斬り裂かれた少年少女たちが土に変わり、ボロボロと崩れていったからだ。
「土人形だと? いつの間に入れ替わった?」
テーブルの上を見ると、土瓶蒸しやエスカルゴは湯気を上げている上、どの料理にも明らかに食べた形跡がある。
ついさっきまで、間違いなく少年少女たちがボックス席にいた証拠だ。
「小癪な真似を……!」
部屋に残された土塊を、オレンジの髪の男は鋭くにらみつけた……
◆
「……で、七里塚の娘たちに逃げられたのか?」
だだっ広い和室の上座で、草薙弥麻杜は脂肪まみれの顔を歪めた。
「〝嵐の騎士団〟とやらも口ほどの役にも立たんな……我が〝八鱗刀〟を出すべきだったか……!」
苦々しく言い捨てる当主に、報告する家臣は恭しく頭を下げ、
「申し訳ございません……つきましては、闘技場の厨房より請求書が来ております」
「なに……キャビアにマツタケにエスカルゴだと……? ふざけおって! 厨房の責任者をクビにしろ!!」
手渡された請求書を破り捨てて逆上する弥麻杜。
「だいたい闘技場に放り込んだ子童が1日で10人抜きしてグランドチャンピオンマッチに出るとはどういうわけだ! 馬鹿にしおって!!」
荒れ狂う主君に、家臣はさらに頭を下げつつ退室していった。
「ええい、どいつもこいつも役立たずばかりだ!! ……ん?」
気炎を吐く弥麻杜だったが視界のすみに人影を認め、
「なんだ、まだ報告が──ぬう!?」
部屋のすみに、白衣1枚をまとった黒髪の少女が佇んでいた。
「か…火焚凪!? 馬鹿な……!」
水牢にいるはずの少女を見て狼狽える……が、
「失せろ忌々《いまいま》しい〝鬼子〟め!!」
多数の石の礫を発生させ少女へ放つ──だが礫が当たる寸前に少女は幻のように消え、礫は壁に当たってめり込んだ。
「……何だ、今のは……いや、そう言えば……」
礫がめり込む壁を眉をひそめて睨みつつ、
「この数日、〝里〟のあちこちに黒髪の女の幽霊が出ると噂が立っているようだが……いや、有り得ん!! 如何に〝鬼子〟と言えど……!」
青ざめて頭を振る弥麻杜……その時、
「お疲れでござりまするか、御屋形様」
艶めいた女の声が部屋に響いた。
「おお、湖乃羽よ。お前だけだ、ワシの役に立ってくれるのは」
「側室に取り立てていただいた、当然の御礼にござりまする」
部屋に現れた舞妓のような着物を着た美女が、科を作るように弥麻杜にしなだれかかる。
「うむ。明日の〝儀式〟で八重垣の娘と、あの文字通りの石女を消せば、ようやくお前をワシの正室にしてやれるぞ」
「嬉しゅうござりまする、御屋形様」
女が艶っぽく笑み、身をすり付けるように一段と弥麻杜に密着する──直後、
「父上!!」
ふすまが乱暴に開けられ、丸々と太った体に金ピカの羽織をまとった少年が部屋に入ってきた。
「津流城だけでなく私も南米に行かせて下さい!!」
「太華瑠……」
父親は一瞬呆気に取られたあと………眉をつり上げ、
「いい加減にしろ!! その右腕から何も学ばなかったのか!?」
「ち…父上………」
《《中身の無い》》羽織の右袖を揺らしつつ息子がたじろぐ。
「〝鬼子〟から妖刀を奪おうとして腕を失ったのだろう!! あの女以外が刀に触れればどうなるかも知らずに醜態をさらしおって!」
「そ…そんな……私も、草薙家の跡取りとして……火焚凪を捕えた、津流城に負けないようにしようと………」
「自分の力量も分からん者が大きな口をたたくな!!」
父の一喝にビクッとした息子は………泣きそうな顔になり、
「ち…父上は、私を疎んじているのでしょう! 出来そこないの役立たずだと……」
「未熟を自覚しているなら、どうして自分を磨こうとしない!? 自分にへつらう者だけを集めて『お山の大将』を気取っていても何も変わらんぞ!!」
ぐっと息を詰まらせた太華瑠は、目に涙をためて……
「ち…父上は本当は津流城のような息子が欲しかったのでしょう!! だからアイツにばかり目をかけて……!」
弥麻杜もわずかに息を詰まらせるが、しぼり出すような声で……
「……ワシの息子は、お前だけだ………もう、いい! 下がっていろ!!」
追い払うような父の声に、息子は肩を震わせ逃げるように部屋を出て行った………
◆
「……くそ、くそ、くそおぉ……!!」
父の部屋を出たあと、太華瑠は丸々とした体を揺らして廊下を走っていた。
跡取りの異様な姿に、廊下にいる者たちがあわてて道を開けていく。
そんな中、太華瑠の脳裏に数日前の出来事が浮かんでくる………
「いいザマだな〝鬼子〟め」
「……太華瑠殿に、ござるか……?」
薄暗い洞窟の奥に、水牢の中で腰まで水に浸かる黒髪の少女がいた。
数人の取り巻きを引き連れた太華瑠は、その少女へ嫌悪に満ちた目を向け、
「もう十年以上になるか……あのクソったれな東の本家の次期当主が、ここからお前を連れ出してからな」
「……!」
水牢の中の少女……火焚凪が視線を険しくする。
「ん? 怒ったのか? 大事な主君……いや、《《元》》主君を貶されて♪」
「……!?」
目をむいて息をのむ火焚凪。
「《《元》》主君に暇乞いをしてまで〝里〟を征伐しようとしたクセに、あっさり津流城に返り討ちにされるなんて間抜け過ぎるだろう♪」
再び険しくなった火焚凪の視線に、太華瑠の後の取り巻きたちが冷や汗して、
「た…太華瑠様、それ以上は……」
「そうです……そもそも、ここには入らないようにと御屋形様の御触れが……」
無駄に華美な和装をした男たちは、いずれも歳は20代後半。
10代後半の太華瑠より一回りも歳上だが、主家の跡取りに腰を低くしてへつらっている……対して、
「ビビってんじゃねえ!!」
跡取りは苛立ちも顕に、
「お前らも〝里〟の名門に生まれた貴人なら、もっと堂々としてろ! この〝鬼子〟が何をしでかしたにしても、10年以上も昔のことだろうが!!」
取り巻きたちの顔が恐怖と……深い後悔に歪む。が、構わず太華瑠は格子越しに火焚凪をにらみ、
「大体この牢の中にいる限り、こいつは何もできねえんだ!! なあ〝鬼子〟……いや、〝瀬織津の贄〟よ♪」
渋面になる火焚凪に、太華瑠は丸々した顔を卑屈な優越感に歪めつつ、
「まあ、こんな湿っぽい所に長居したくないのは確かだな♪ さっさと用事を済ませるか」
視線を火焚凪の横に……水面に浮く白木の鞘に納められた日本刀に向け、
「あと数日でくたばるヤツに刀は必要ないだろう♪ こっちに渡してもらおうか」
「……この刀の謂れを知った上でのことにござるか?」
眉をひそめる火焚凪に太華瑠は丸々した体をそり返らせ、
「ああ、知ってるとも♪ 〝里〟のヤツらは『妖刀』とか言ってビビってるが、要はそれだけスゲエ力があるってことだろう。そして妖刀だろうと魔剣だろうと、偉大な草薙家の跡取りにとっては棒切れ同然よ♪」
鼻息も荒く捲し立てる……が、わずかにうつむき消え入るような声で……
「そいつがありゃあ津流城に負けることも………」
一方の火焚凪は、しばし沈黙したあと刀の柄をつかみ、鞘の部分を格子の隙間から牢の外に突き出す。
「……物わかりが、いいじゃねえか♪」
再び優越感に顔を歪め、太華瑠は鞘を右手でにぎった――途端、
「ひぎゃあああああああああああっ!?」
右の手首が燃え上がり、火が火花を散らしつつ肩を目指し腕を登っていく。瞬間、牢の中の火焚凪が牢の外の鞘から刀を抜いて振り下ろす――と、
「ぐぎゃああああああああああああああああああっ!?」
太華瑠の右腕が肩から斬り飛ばされ、一瞬おくれて宙を舞う右腕が灰も残さず燃え尽きた。
「ぎひっ、がぁっ、ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!」
腕の無くなった右肩を左手で押さえ、洞窟の床をのたうち回る太華瑠。
水牢の中では、火焚凪が《《いつの間にか牢の中に戻った》》鞘に刀を納めた。
さらに不思議なことに、牢の中から牢の外の太華瑠を斬ったというのに、牢の内外を仕切る格子には傷ひとつ付いていない。
「…………………」
牢の中の火焚凪は、取り巻きたちに抱えられ洞窟の外に運ばれていく太華瑠を冷めた瞳で見ていた………
「ちくしょう……兄妹そろってバカにしやがって……!!」
回想を終えた太華瑠が、自分の部屋で歯ぎしりし右手で壁をなぐろうとする……が、《《右手が無い》》と思い出し、みじめな気持ちでいっぱいになる。
「ちくしょう………」
部屋にある大鏡を見れば、右袖が空っぽの羽織を着た自分の姿……と、自分の後に立つ黒髪の少女が写っていた。
「か…火焚凪!?」
鏡に写る恨み骨髄の少女に驚き、反射的に振り返って背後を見る。が、そこには誰もおらず、あらためて鏡を見ても自分以外の姿は無い。
「……恨み余って、幻覚まで見るようになったか……?」
納得しきれない様子で首をひねりつつ、
「それとも……まさか、噂の幽霊じゃないだろうな………」
背筋を冷やし声を震わせる……
「太華瑠さん」
「ひぃっ!?」
弱気なところに不意に声をかけられ、太華瑠はビクンッと肩を震わせた。そして、おそるおそる振り返ると……
「は…母上……」
「落ち込むことは無いのでござりまするよ、太華瑠さん」
安堵する太華瑠の声に、艶めいた女の声が応えた。
声の主は先ほど弥麻杜と一緒にいた、舞妓のような着物を着た女だった。
女は艶っぽく笑みつつ、
「悔しいと思うのなら、その手で忌まわしき八重垣の兄妹を打ち倒せば良いのでござりまする」
「それは………」
湖乃羽の言葉に言いよどむ息子自身、数日前まではそのつもりだった。
だが水牢で火焚凪の力を見せつけられ、その火焚凪を捕えたという津流城を相手に自分が勝てるなどという考えは消え失せていた……が、
「今こそ立身の時にござりまする」
萎縮する息子に残された左手を、母は温かくも力強く握り、
「あの邪悪なる者たちを捨て置くなど、決して許されぬことにござりまする。あの者たちの無体は必ずや〝草薙の里〟に……いえ、世界に災いをもたらすのでござりまする」
艶めいた笑みが鳴りを潜め、強い覚悟が瞳に宿る。
「なれば、あなたが邪悪なる者たちを打ち倒し〝里〟を、世界を救うのでござりまする。さすれば御屋形様も、あなたを認めて下さるのでござりまする」
「……!」
太華瑠の瞳に希望が灯るが、それはとても弱々しいものだった……しかし、
「懸念は無用にござりまする」
母は慈母のごとく笑み、息子の手を一層強く握ると、
「愛する我が子のためならば、母はあらゆる労を惜しまぬのでござりまする。あなたの手に、必ずや栄光をつかませるのでござりまする……!」
「母上……!」
感涙する息子に母が見せるのは、慈愛の奥に揺るがぬ決意を込めた笑み。
「全ては、この母に任せるが良いのでござりまする」
◆
「完全に貧民街だな」
人影の無い町を歩きつつ、腰に届く黒髪を1本の三つ編みにした六音が言った。
ブラジリアンビキニからは着替えたが、スポーツブラのような丈の短いタンクトップとホットパンツという、ビキニと大差ない露出の南国らしい活動的なスタイルである。
「以前は、この州で1番にぎわっていた町だったのですが……」
ウィステリアも眉尻を下げ、大きなビルや店舗の並ぶ町並みを見る。
足首までなびく白金色の髪の毛先を薄い紫のリボンでたばね、清楚な白いブラウスと上品な紫のレギンスという装いだ。
「うん。元々ここはネブリーナ・テクノロジーの企業城下町として発展した町だったんだけど、ある〝事件〟が3年前に起きてから一気にさびれちゃったんだよね」
少女たちの先頭を歩く煌路も溜め息しつつ周囲を見回す。
その身にまとうのは、白いポロシャツにベージュのチノパンという庶民スタイルである――と、不意に路地からナイフを持ったチンピラが出てきて、
「ヘイヘイ、ニーチャン♪ ちょ~っと小遣いくれげっふぁあっ!?」
庶民スタイルの次期当主サマが、チンピラを殴り飛ばして沈黙させた。
「治安も悪くなっているみたいだね。貧困が治安を悪化させて、住民も警察より暴力団を当てにする町……『貧民街』って言うんだったかな、この辺りだと」
「ハハッ、大昔の資料でこーゆー町を見たコトあるぞ♪」
平然と歩を進める次期当主サマに秘書見習いが茶化すように、
「アレだ。自動車産業が衰退した時のアメリカのデトロイトだ♪」
「ああ、確かに似ているかもね……」
かつては世界有数の工業都市でありながら、たった1つの産業が衰退しただけで貧民街のように変わり果てた町。
目の前の町も、店は昼間からシャッターを下ろし、ビルの下層階はガラスが割れて人の気配が無く、町全体から薄汚れた印象を受ける。
この時点では煌路たちは知らなかったが、その様子は葛葉たちがいる〝草薙の里〟と正反対だった。
「まあこの町の場合、数ヶ月前にネブリーナ・テクノロジーが倒産するまでは、治安や雇用もそれなりに維持されていたんだよ。3年前の〝事件〟のあともネブリーナ・テクノロジーは、一応はこの町の工場の稼働を続けていたからね。でも……」
「数ヶ月前に、社長のバカ息子が政財界のパーティーで〝触れ得ざる白金〟にちょっかい出そうとして、全部ダメになったってか♪」
冷やかすような六音の声に煌路は肩をすくめて、
「別に、それだけが倒産の原因だったわけでもないんだけどね。むしろ――」
「ミズシロ財団東の本家の次期当主、水代煌路だな」
その時、再び路地から男が出てきた。続いて《《多数》》の男が周囲の路地から出てきて、煌路たち3人を包囲してしまう。煌路は困惑の色を混ぜつつ視線を鋭くして、
「君たちは、純人教団の構成員……で、いいのかな?」
男たちは純人教団の紋章が描かれた腕章を右腕につけていたが、それ以外の格好はTシャツや作業着などバラバラだった。
「もしかして、純人教団が新たに現地採用を進めたのかな? 年末の事件で構成員が激減したから」
「ハハッ、実験台が大量入荷してマッド錬金術士の〝工房〟がなかなか《《愉快》》なコトになってたらしいな♪ ガチで頭おかしくなりそうだから行ったコトないけど」
「そのおかげで、新しい医薬品の開発も進んだのですけどね」
緊張感の無い煌路や六音、それにウィステリアを包囲する男たちの多くは、地元の南米系と思われる風貌をしていた。
「……ああ、そうだよ。俺たちが純人教団に入ったのは最近のことだ……その前は、この町のネブリーナ・テクノロジーで働いてたんだよ……《《お前が潰した》》ネブリーナ・テクノロジーでな!!」
怒声と共に男たちが殺気だち、ナイフや拳銃を出して包囲を狭めてくる。
「こーゆー時、デトロイトならサイボーグの警官が来てくれんだよな♪」
「そう言えば、その映画シリーズの3作目には日本企業が悪役として出ていたよね。僕たちも、そんな感じに見られているのかな……ねえ? そこに隠れている、君」
煌路の声と視線に、路地から1人の青年が出てくる。
褐色の髪を丁寧にセットした、貴公子然とした白人の青年だ。
純人教団の腕章を付けているのは男たちと同じだが、それ以外は上等なライトグレーのスーツを着ている。
「やっぱり君だったんだね、ミゲル・ダ・カブラル」
「あいかわらず目ざといですね、水代煌路……《《あのパーティーの時と同じように》》」
青年が冷たい瞳で言い放つ。と、男たちが青年と煌路の間に立ちはだかり、
「危険です、御曹司!」
「下がってください! こいつらの相手は俺たちがしますから!!」
献身的な男たちの姿に煌路は素直に感心し、
「随分と社員に……いや、《《元》》社員に慕われているんだね、《《元》》御曹司」
一帯の空気が凍りつくも屈託のない笑顔で、
「さすがはネブリーナ・テクノロジーの《《元》》社長の息子ってことかな」
「お前が言うんじゃねえ!!」
周りの男たちが怒りに震えつつ、
「ネブリーナ・テクノロジーは3年前の事件のあとも町を支えてくれたんだ!!」
「政府に町から追い出されそうになった俺たちを守ってくれたんだ!!」
「ここにいるのは、あの事件で家族や恋人を亡くしたヤツなんだぞ!!」
「いきなり大事な人を亡くして途方に暮れてた俺たちを助けてくれたんだ!!」
男たちの熱弁に煌路は首をかしげ、
「もしかして、この町に住んでいたのに助かったのかい?」
「ここにいるヤツらは、あの日たまたま町を離れていて助かったんだ!」
「だが帰ってくれば町は政府に封鎖されてて入ることも出来なかった!」
「それで大事な人が死んだと聞かされた上に死体も返されなかったんだ!!」
「そんな俺たちにネブリーナ・テクノロジーがどれだけ大事だったか分かるか!?」
「その会社を潰したミズシロ財団を絶対ゆるさねえからな!!」
男たちが鬼気せまる殺気をあふれさせ、煌路たちにジリジリ迫ってくる。
よく見れば男たちの武器は、刃が発光している大型ナイフや光線銃らしい拳銃など、一般には出回っていない極めて殺傷力の高い物だった……が、
「ゆるさない、か……」
煌路は平然として、どこか憐れむように男たちを見たあとミゲルへ向き、
「君はどう思っているんだい、《《御曹司》》」
「……も…もちろん、我が社を倒産させたミズシロ財団を、ゆるしませんよ……!」
必死に虚勢を張るような青年に、一瞬煌路は瞳の温度を下げるが……
「まあ、いいか……ゆるさないのは僕も同じだからね、御曹司」
迫ってくる男たちなど眼中に無いように再び屈託なく笑むと、
「《《あのパーティーの時》》に姉さんに言い寄ろうとしたのは、絶対ゆるさないからね」
笑顔から極寒の重圧を噴き出し、南国の町を震え上がらせた……!!