舞台は地球の反対側!?
「これで終わりだよオブシディアス!!」
凛々しく吼えるのは水代煌路。
世界の経済と軍事を牛耳るミズシロ財団が東の本家の次期当主。
「こちらの台詞だ水代煌路!!」
雄々しく吼えるのはオブシディアス。
外宇宙の司元生命体トロニック人が興した太陽系ドミネイド帝国の唯一皇子。
「はああああああああああああああっ!!」
「てやあああああああああああああっ!!」
今、其々《それぞれ》の世界の〝次代〟が熱く激しく衝突する!!
「「……ナニやってんだオマエら」」
「「え」」
キレイにハモった少女たちの声に少年たちは顔を向け、
「なにって、ブラジルの伝統遊戯『ペガ・ヴェレタ』だよ」
少年たちが挟むテーブルの上には、カラフルな細長い串が多数、乱雑に積み上げられ山を作っている。
この乱雑な山の中から他の串を動かさないように、互いに1本ずつ串を取っていくのが『ペガ・ヴェレタ』である。
「「んなもんでソコまでヒートアップすんな!!」」
魂がシンクロするように声を重ねる少女2人。
1人は六音、もう1人は赤茶色の髪をショートカットにして、前髪で左目を隠す小憎らしい少女……唯一皇子直属女忍者、忍足つばめである。
「「戦争やってる国の重要人物だよなオマエら!?」」
「確かに地球統一政府と火星の太陽系ドミネイドは、26世紀の初頭から半世紀以上も戦争をしているけど……」
次期当主は力みなく、しかし真摯な声で、
「こんな所で理由もなく戦うほど、僕たちは分別なしじゃないよ」
「うむ」
黒曜石のごとく深く艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、清新で威風堂々とした覇気をまとう唯一皇子も卓越した美形を頷かせる。
「「大体なんでオマエがここにいるんだ!?」」
六音は皇子を、つばめは次期当主を指さして叫んだ。
彼らがいるのは、目の前に青い海が広がる風光明媚な砂浜。
水平線から昇ったばかりにもかかわらず、南国の太陽はすでに熱い。
「う~ん……まさか海から州に潜入したところで、ばったり鉢合わせするなんてね」
「うむ、よもや地球側も同様の計画を練っていたとはな」
次期当主はまぶしい白の、皇子はシックな黒の、トランクスタイプの水着姿で苦笑を交わす。
「「敵同士だよなオマエら!?」」
「まあまあ、六音さん。それに……忍足さんでしたよね。少し落ち着いて下さい」
少年たちを囲む少女たちも、六音は赤、つばめは青、そしてウィステリアは金色の大胆なビキニ……一般に『ブラジリアンビキニ』と呼ばれる水着を着ている。
「でも……そうですね。そろそろ移動しましょうか。これ以上の人が集まって、この格好を見られるのは恥ずかしいですから………」
頬を染めつつ露出の多い身をすくめるウィステリア。
夜明け直後の砂浜にもポツポツ人影があり、遠巻きに一同を……というより、水着から《《1部分》》がこぼれ落ちそうなウィステリアを見ている。
「ハハッ、ホントは現地人じゃなくて煌路を悩殺……でもなくて《《仕事のため》》に現地人に溶け込めって、水仙ばあちゃんがこの水着を用意したんですけどね……」
六音が乾いた笑みを浮かべつつ、ウィステリアの1部分を見て、
「でもこんな水着、いつもばあちゃんが先輩に用意してるヒモみたいな《《ドエロ》》下着に比べりゃ――」
「ふん、甘いぜ♪」
つばめが胸を張って六音の声をさえぎり、
「オレらのししょおなんざ『和服には下着をつけないのが作法だ』とか変にこじらせて、そもそも《《つけてない》》ぞ♪」
「え……お前の師匠って、そこの皇子の〝異元領域〟で普通の地球人なら即ショック死な重圧バラまいてたヤツだよな? 重圧だけだったから分かんなかったけど……女だったのか?」
去年の年末に浴びた重圧を思い出し冷や汗する六音。
「そーだぞ。太陽系ドミネイド帝国最強戦力にして身長も胸も〝エベレスト級天然ビッチ〟をはるかに超える、〝オリンポス級わがままビッチ〟だ♪」
「なん…だと……ウィス先輩を……エベレストを超える、火星のオリンポス山のごとき肌色の巨峰だと言うのか……!?」
「……それより、前にお会いした時にお願いしましたよね、忍足さん。コロちゃんの前で天然ビ……なんて言わないで下さいと………」
戦慄する六音と不服そうにするウィステリア。さらに煌路も不機嫌そうにして、
「そうだね。これ以上は姉さんの肌を衆目に晒せないから、そろそろ行こうか」
「あたしの肌は晒していいのか!?」
「少々姉への偏愛が過ぎるのではないか、水代煌路」
六音が苦情を、オブシディアスが苦言を呈する……が、
「んじゃ、ししょおが知らない男にナンパされてたら、どーすんだ?」
「不埒者には、この宇宙に生を受けたことを永遠に後悔させてくれよう……!!」
「くたばれ、ししょコン」
冷めきった瞳で冷めきった声を出すつばめ。
「ししょコンって、師匠コンプレックスの略か♪」
「君こそ偏愛が過ぎるんじゃないのかな、オブシディアス」
冷やかすような六音と冷ややかな煌路。――しかし、
「ハッ、パーティーでウィス先輩をナンパしよーとしたバカ息子の親父の会社を、ソッコーでブッ潰したのはドコの次期当主だったっけか?」
「姉さんを邪な目で見るなんて万死に値する大罪じゃないか」
皇子と次期当主の熱く揺るがぬ信念に、六音とつばめは互いに同情……いや、共感するように、
「アレか? 次期当主も皇子も歳上の〝乳が揺れまくる女傑〟の大ファンなのか?」
「ったく、どいつもこいつも歳上の特盛り………いーや《《爆》》盛りホルスタインに血迷いやがって……」
互いに顔を見合わせて、
「「絶滅しろ、おねショタ野郎………」」
深々と溜め息した………その時、
ズザアアアアアアアアアアアッ
一同をかこむ砂浜の砂が盛り上がり、しなやかなジャガーの群れになり、
「ぐ……があああああああああっ!?」
一同を遠巻きに見ていた人々が苦悶すると、身長20メートルを超える骨格標本のような細身の機械の巨人になり、
ザバアアアアアアアアアアアアアアアアッ
海に体長30メートルはある、ワニやサメを模したロボットが多数あらわれた。
「コラおねショタ野郎! せっかく潜入したのに遊んでっから敵に見つかったぞ!」
「……大丈夫! 全部、作戦のうちだから!」
「ウソつけえええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
次期当主と秘書見習いの漫才の間にも、ジャガーや巨人やロボットが猛然と一同に迫ってくる――が、
「砂肝は食べられるけろ~砂粥は食べられないのれすよ~♪」
ヒザに届くミッドナイトブルーの髪を12本の三つ編みにする少女が砂浜に現れると、ジャガーは砂に戻ってしまい、
「機械・人形……イコール……操リ・人形………」
ヒザを抱えて宙に浮く赤銅色の髪の少女が砂浜に舞い降りると、機械の巨人たちは同士討ちを始めて全滅し、
「紛い物の絡繰細工め、成敗してくれるのじゃ!!」
30メートルを超える烏賊のような巨獣が海に出現、啖呵を切った少女を頭に乗せたまま、ロボットたちを触手で引きちぎり残らず破壊した。
「ありがとう、みんな。ピッタリのタイミングで来てくれたね♪」
敵を粉砕したクラスメイトたちに煌路がほがらかに笑む。片や六音は眉をひそめ、
「でも、ひとり足りなくないか?」
「彼女には〝目標〟の探索を始めてもらっているよ。明日には火焚凪の所に行かないといけないから、効率よくことを進めないとね」
六音に応えてから、煌路はミッドナイトブルーの髪の少女へ向き、
「術式を〝切って〟ジャガーを砂に戻したんだよね、パトラ」
「そうなのれすよ~♪」
おっとりした声の少女が、12本の三つ編みをゆらゆら揺らしつつ小麦色の美貌に優しい笑みを浮かべる。
加えて揺れる三つ編みの先端に3つづつ輝くリビアングラスが、藍色のノースリーブのワンピースの背後からチラチラ見える景色は……
「まるで星のまたたく夜空みたいだね。宝玉とワンピースが引き立て合って、とても綺麗だよ、パトラ」
「えへへ~♡」
とろけるような笑みを浮かべる少女に、煌路も嬉しそうにうなずいてから、
「知っているかい? ジャガーが出てくる古い伝説が、この地域にはあるんだよ」
「ジャガーが人間より先に火を使って生活してたっていうアレか? で、人間のガキがジャガーから火と弓矢を盗み出して、人間も火を使うようになったってんだよな」
六音の声に煌路は再度うなずき、
「おそらく、その伝説にちなんだ術式だったんだと思うよ。パトラ、術式の残滓をたどって、発生源を突き止められるかな?」
「いっぱい~がんばるのれすよ~♪」
「ありがとう、パトラ」
満面の笑みを一層輝かせる少女に微笑むと、煌路は骨格標本のような機械の巨人の残骸へ目をやり、
「あれに見覚えはあるかい、六音」
「ああ、地球の関係者の間で〝メタライザー〟って呼ばれてるヤツだな。年末の事件であたしとウィス先輩が出くわした、人間を機械にするナノマシン兵器だ。年末の時より、かなり形は変わってっけど」
「やっぱりね……シューニャ、こっちの調査は君にお願いできるかい?」
煌路が目を向けるのは、ヒザを抱えて宙に浮く無表情な少女。
頭を煌路と同じ高さにしながら、赤銅色に輝く髪を地面まで伸ばしている。
白いTシャツにデニムのショートパンツ、それにシースルーの緑のロングカーディガンやサマーサンダルが清涼感を感じさせると共に、胸の前で抱えられる剥き出しの小麦色の足が健康的な色気をかもしていた。
「報酬分ノ・労働……イコール……最低限ノ・義務………」
「ありがとう、シューニャ」
機械的に応えた少女にも煌路が微笑みかける──と、六音がニヤニヤしながら、
「にしてもジャージが普段着のヒキコモリが、えらくめかし込んだな♪ やっぱアレか? 副会長とお出かけだから、あわててカタログに載ってたコーデをそのまま買い込んだのか?」
ぴしっ
宙に浮く少女の無表情にヒビが入った気がした。
「現在ノ・服装……イコール……普段ノ・服装………」
「ウソつけ♪ 制服以外でお前が持ってる服なんて──」
「六音」
学院で生徒会の副会長も務める少年は、生徒会の書記を目で制すと、
「かわいい服だね、シューニャ。特にカーディガンの緑が髪の色を映えさせて、まぶしいくらいに輝いて見えるよ♪」
「当然ノ・事実……イコール……発言・不要………」
機械的に応えつつも、宙に浮くままクルクル回転するのは喜んでいるのだろうか。
「……ツンデレマシーンめ。ま、あっちに比べりゃマシなんだろーけどな」
「何を言いたいのじゃ」
口をとがらせる六音が見た先で、古風な瓜実顔の少女が苛立ちまみれの声を吐きつつ巨獣を符に吸い込み、砂浜に降り立った。
「いや~、よく似合ってるぞ。さっすが英国紳士だな♪」
「英国でも紳士でもないのじゃああああああああああああああああああああっ!!」
瓜実顔の少女がまとうのは、黒い燕尾服に黒いストレートチップ、トドメに黒いシルクハット……古き良き英国紳士のスタイルである。
「う~ん……我慢してもらえないかな、ハクハトウ」
煌路も苦笑しつつ歩み寄ってきて、
「いつもの白拍子の格好だと目立ち過ぎるからね。かと言って、他に高さのある帽子が似合って目立たない格好も思いつかなかったから……」
「一応、コックとかコサック兵とかコーン⚫ッドとかもあったんだけど、なおさら目立つだろーからな♪」
六音の軽口に煌路は苦笑を深め、
「フランシーヌさんに新しい服を仕立ててもらえれば良かったんだけど、あまり無理をお願いするのも悪いからね。結局、オフェリアの私物を借りてきたんだけど……」
「アイツって制服が男子用なのはイイとしても、私服もみんな男物なのか? マジで女物って下着ぐらいしか無いんじゃないか?」
男子の制服を愛用する、いちいち動作が芝居がかった(ついでにエロゲマニアの)クラスメイトの女子を思い出しつつ六音は男装のハクハトウを見て、
「……てか使う予定も無いクセに、コイツもムダにスタイルいいからな……男物の服とのアンバランスな色気があるってゆーか……エロいぞ、ぶっちゃけ……使う予定も無いクセに……」
「使う予定とは何じゃ!? それに何故二度も申しおったのじゃ!?」
「大事なコトだから2回言ったに決まってんだろ!! それよりも……」
女性用に仕立てられた特注の燕尾服は、女性ならではの柔らかく艶めかしい曲線を顕にしている……が、
「Zクラス最《《胸》》用の服が《《胸も含めて》》ピッタリってどーゆーコトだ!?」
Zクラス最大のバストに合わせた服の胸部に余りが無い、それはつまり………
「そんなことより……」
だが次期当主が厄介な話題を打ち切り、再び機械の巨人の残骸を見やる。
「あのナノマシン兵器は〝砂漠の業火〟ってトロニック人の傭兵団が地球に持ち込んだんだよね……君たちがここに来た目的も、それに関係しているのかな?」
「……!」
煌路の視線に、オブシディアスは眉を微動させるも無言を貫く。と、煌路は友好的な笑顔を浮かべ、
「状況次第じゃ、協力することも──」
「戯言を申すでないのじゃ!!」
ツノを生やしそうな剣幕でハクハトウが叫んだ。
「其奴はドミネイドの一党……それも〝巨星〟に連なる輩なのじゃろう!!」
「如何にも我が曾祖父と祖父は〝巨星〟の尊称を戴く身であるが……」
説明を求めるオブシディアスの視線に煌路は淡々と、
「彼女はドミネイドに滅ぼされた星のお姫様なんだよ」
「忘れはせぬぞ! 誉れある我がシーカイ王朝を冷暗なる氷に閉ざした忌々《いまいま》しき鋼の巨獣どもを……〝凍牙元兵〟を!!」
「〝凍牙元兵〟……吼獣軍大元帥閣下の御子息麾下の精鋭か」
顔を引きしめるオブシディアス……だったが一転、眉をひそめ、
「だが、シーカイなる星に覚えは無いな」
「おのれえっ!!」
「やむを得まいよ。我らドミネイドが宇宙にて、どれほどの星を制圧したことか」
姫殿下が激昂するも皇子は泰然として、
「忌々《いまいま》しきは脅威を跳ねのけられず滅び去った己が非力と知れ。〝弱肉強食〟こそ宇宙の真理であるのだからな」
「……っ!!」
両者の間に一触即発の緊張が高まっていく……が、
「君たちの師匠って、どんな人なのかな、オブシディアス」
不意に声を滑り込ませた煌路を、オブシディアスとつばめが怪訝そうに見る。
「年末に〝異元領域〟で聞いた君たちの会話からすると、結果にこだわるタイプじゃないのかな? 結果を出さずに『がんばりました』とか『努力しました』《《だけ》》じゃ認めてくれないタイプじゃないのかな?」
息をのむ弟子たちに煌路は微笑み、
「いい師匠だね」
「ざけんな! こちとら物心ついた時から毎日しごかれて死にかけてんだぞ!!」
「死にかけた《《だけ》》で、ちゃんと『生き残る』って結果を出しているんだよね?」
微笑のなかに冷徹な支配者の色を混ぜ、
「世の中で『がんばりました』とか『努力しました』《《だけ》》で褒められるのは、せいぜい学生までだからね。社会に出たら『がんばる』とか『努力する』のは《《当たり前》》で、その上で結果を出さないと一人前と認めてもらえないよ」
「……と、高校生のクソガキが言っております♪」
「まあ、そうなんだけどね」
六音の茶々に苦笑しつつ、
「とにかく、君たちの師匠が君たちに結果を求めるのは、君たちを子供あつかいしないで、本気で一人前に育てようとしている証拠だよ」
再び息をのむ弟子たち。そして……
「言われるまでもない。元より我が師の情愛を疑ったことなど、一度たりとも無いのだからな」
芯の通ったオブシディアスの声に煌路はうなずき、
「年末の事件の最後で、彼女は……ハクハトウは『最終目的』につながる〝結果〟を1つ達成したんだよ。『最終目的』の完全達成には遠いかもしれないけど、それでも間違いなく1歩を踏み出したんだ」
冷徹と情熱が同居する瞳。
「そのことを、君たちの師匠ならどう評価するんだろうね?」
「「……っ!!」」
弟子たちが顔を引きしめる。一方、次期当主は姫殿下へ目をやり、
「断っておくけど、僕は同情しているわけじゃないし、気持ちは分かるなんて気休めを言う気も無いよ。〝弱肉強食〟が……自分が望むものは自分の力で勝ち取るのが、人生の鉄則なのは事実だからね」
「……!?」
「君自身、そんな格好をしてまで今日ここに来た理由を、忘れたわけじゃないよね」
〝厳しさ〟こそ強い者を惹きつける魅力か……と六音が口の中でつぶやいた。
「……左様にして学友共も飼い慣らし、利用しておるのじゃな」
「『利用』と『協力』の違いを議論するのは別の機会にしておくよ。ただ、一方的に利用されるのが嫌なら、君も僕を利用すればお互い様だよね♪」
姫殿下と太陽系ドミネイドの2人が目をみはり、他のクラスメイトが苦笑する。片や次期当主は海に散らばるワニやサメのロボットの残骸を見て、
「あのロボット……〝式獣機〟を調査して、『最終目的』につながる〝手がかり〟を得るのが今日の君の目的だよね、ハクハトウ」
次いで砂浜に転がる機械の巨人の残骸を見て、
「オブシディアス、あのナノマシン兵器か、あの兵器を地球に持ち込んだトロニック人が君たちの目的じゃないのかな?」
再び眉を微動させるオブシディアス。
「だとしたら、かなりのところまで僕たちは協力できると思うよ。物騒なナノマシン兵器も式獣機も、地球の平和のために放っておけないからね♪」
微笑みつつも底の知れない支配者の瞳。
「実は式獣機を密造していた会社は何ヶ月も前に潰したんだけど、そのあとも各地で式獣機が使われているんだよ……エヴォリュ-ターを標的にした、〝純人教団〟のテロ事件でね」
「純人教団……エヴォリューターの殲滅を標榜する狂信者の一団か」
「実態はカルト教団ってよりテロ組織だけどね。それも世界的な組織力と軍事力を持った。去年の年末、北海道にある僕たちの学院を襲撃したのも、その軍隊だったし」
煌路が視線を鋭くして、
「それで調査の結果、この地域に式獣機の密造拠点があるって分かってね。それを潰すために、ここに来たんだよ」
「其の拠点の破壊に、我らにも協力しろとほざくか?」
鋭利な刃のような皇子の視線を、次期当主は笑顔で受け止め、
「年末の事件の全容を見れば、式獣機の使用者とナノマシン兵器の使用者がつながっている可能性は高いと思うよ。というか、たった今その2つが一緒に襲ってきたわけだしね」
「言い分は理解した。なれど、我らが貴様と手を組む必要がどこにある。我らのみで〝賊〟を討てば済む話よ」
斬り捨てるような拒絶に煌路は苦笑して、
「実は明日、はずせない大事な用事があってさ。ここでの用事は少しでも早く終わらせたいんだよね」
オブシディアスが口を開きかける──が、
「《《だからこそ》》協力してほしいんだよ。明日用事があるのは《《君も同じのはずだから》》」
オブシディアスが口をつぐみ息をのむ。
「それでも協力するのが嫌なら、ハクハトウに言ったのと同じだよ」
さらっと冷徹な支配者の笑みを浮かべ、
「僕たちと〝協力〟するのが嫌なら、僕たちを〝利用〟すればいいんだよ。その分、僕たちも君たちを〝利用〟させてもらうけどね♪」
「………ふははははははははははっ!!」
一瞬呆気に取られてからオブシディアスは大笑いすると、
「名より実を取れとほざくか。やはり、なかなかの〝器〟のようだな、水代煌路」
清濁あわせ飲むのに抵抗ないだけだ煌路は……と再び口の中でつぶやく六音。
「良かろう。ならば《《今日のところ》》は存分に〝利用〟させてもらうとしよう」
「ありがとう。これで《《今日のところ》》は君も結果を出せて、師匠にも面目が立つね♪」
さわやかな笑みの奥に獰猛な戦意を潜め、2人の〝次代〟が握手する。そして……
「君はどうするんだい、ハクハトウ」
「……上等じゃ。わらわも存分に汝を〝利用〟させてもらうのじゃ」
次期当主の〝さわやかな笑み〟に、姫殿下も苛立ちの奥に高揚感をにじませ典雅に笑む。同時に、つばめは負け惜しみのように、
「チッ……腐っても地球の王子サマってか。クラスの女どもと毎晩ヤりまくってんのをブログで自慢してんのも、王の〝器〟ってか………」
「……ちょっと待った!!」
煌路が支配者の貫禄を吹きとばし、
「ブログって『裏口入学のZクラス』のことなら、とっくに閉鎖されたよ!?」
「あん? ブログなら『乳・裏口入学のZクラス ~秘密のご奉仕編~』になって復活して、ヘタなエロ小説よりハードでヌルヌルでグッチョングッチョンな中身もパワーアップしまくってんぞ」
「!?」
目をむく煌路に、宙に浮くシューニャがさりげなく背を向ける。が、ギギギ……と錆びた機械のように首を回して煌路が見たのは……
「………六音?」
「ちょ……待て! 『乳』の方はあたしも知らないぞ!!」
閉鎖前のブログの〝共犯者〟は青ざめて狼狽えるが、
「そんな言い訳が通用すると思っているのかい? 前の時はブログがすぐに閉鎖されたから追及しなかったけど、やっぱりじっくり話し合おうか。道場に正座して4時間くらいね」
「さらっと時間増やすな! てか『秘密のご奉仕』なんて付いてる時点で誰が復活の黒幕か分かんだろ!! もう清々しいほど隠す気ないなアイツ!!」
六音の必死の弁解に煌路は肩の力を抜き、
「言われてみれば、そうだね………帰ったらじっくり話し合うとしようかな。道場で20時間くらい、洗濯板の上に正座させてね」
「だからそれって大昔の中華のマジの拷問だぞ……ま、何十時間やろーがアイツにゃ血行マッサージなんだろーけどな」
冤罪をまぬがれたことに安堵しつつ、
「てか〝秘密のご奉仕〟にしろ〝錆びた絶対忠義〟にしろ、しっかり手綱にぎっとけや。そうすりゃ今回の火焚凪のコトだって防げたんじゃないのか?」
「う……」
去って行った幼馴染の名に煌路が唇を噛んだ。
「それに動き出すのも遅すぎだろ。火焚凪や津流城が学院を出てってから1週間もたってて、マジでいろいろギリギリだぞ」
「……まあ、1週間もたったからこそ、抜かりは無いつもりだよ。火焚凪たちの所には……〝草薙の里〟には葛葉たちを先乗りさせているしね。何より──」
煌路が自信と信頼で顔をほころばせ、
「今回の作戦は、立案した葛葉自身が出色の出来だって太鼓判を押している逸品だからね♪」
我がことを誇るように、
「この南米における〝第二次洗車作戦〟と〝草薙の里〟における〝第二次壬申の乱〟、そしてその2つを完了させた上での最終作戦〝炎と函〟……きっと上手くいくよ♪」
「洗車作戦……21世紀にこの辺りで行われた、大規模な汚職撲滅捜査だったな……26世紀じゃナニを撲滅するつもりだ女狐め」
六音が渋面になり、
「ナンにしてもイヤな予感しかしないぞ。主のためなら主も謀る〝クズ参謀〟の出色の作戦なんて……てかオマエのアイツへのやたら高い信頼はナンなんだマジで」
「別に葛葉だけを特別扱いしているわけじゃないよ」
ミズシロ財団東の本家の次期当主は懐の深い笑みを浮かべ、
「葛葉と同じくらい、君のことだって信頼しているよ……だから、そんなにヤキモチを焼く必要は無いよ、六音♪」
「バ…バカ言え! 誰がヤキモチなんて……!!」
「あはははは♪」
真っ赤になった六音に歳相応のイタズラっぽい笑みを見せる煌路……だったが、不意に顔を引きしめ、
「火焚凪……必ず誕生日のプレゼントを届けるからね……」
遠くを見るような顔に漲るのは、次期当主の責任感……
「どんなことをしてでも……必ずね……!」
そして1人の少女の幼馴染としての、並々《なみなみ》ならぬ決意だった………
◆
「お久しぶりどすえ、草薙家御当主、草薙弥麻杜殿♪」
だだっ広い和室で、正座する少女がはんなりと笑んだ。
「かれこれ、4年ぶりどすな~♪」
白釉の陶器のような白く滑らかな肌がまぶしい、京美人ふうの美少女だ。
黒釉のような深い黒色の髪を右肩から胸に流して、勾玉が浮き彫りされた鼈甲の髪留めでたばねている。
「ふん、まさか水代家からの遣いに〝七里塚〟の娘が混じってるとはな」
一段高い上座で、胡坐する男が太々《ふてぶて》しく笑んだ。
歳のころは50代、たっぷり脂肪をつけてでっぷり太ったカエルのような体を、けばけばしい羽織袴で包んでいる。
「今は御縁に恵まれて、東の本家の御世話になっとるんどすえ~♪」
対する少女がまとうのは、緋色のブレザーとミニスカートの学生服。
「うちの他にも〝九十九〟の娘や~、〝八重垣〟の息子と娘も御世話になっとるんどすえ~♪」
「……何のことだ?」
ほがらかな少女の声に、上座の男は脂肪でふくれた顔を不快そうに歪め、
「当家の分家であった八重垣家は、18年前に断絶しているぞ」
「これは、うっかりどすえ~。大火事で一族全員、亡くなってもうたんどすな~♪」
はんなりした笑みを少女は深め、
「ところで~、この屋形に来る前に〝里〟をひと回りしたんどすが、えろう栄えとるどすな~。4年前に比べて、活気も空気もずいぶん変わっとるんどすえ~♪」
「ふふん、さぞ見違えたであろう」
何かを感じ取るように周りを見回す葛葉に、弥麻杜は自慢げに相好を崩し、
「当主となってより二十余年、ワシの威徳を以てすれば商売を1つや2つ成功させるなど造作も無いわ♪」
太った体が窮屈そうにふんぞり返り、
「何より我が草薙家は、古事記や日本書紀にも縁を持つ名家なれば、この程度の繁栄は当然のことよ♪」
「ほんまどすえ~。噂に聞く〝暗黒節〟がウソみたいな繁栄どすな~。やっぱり《《いろんな》》商売を《《いろんな》》相手にしはっとる成果どすえ~?」
「あぁ?」
含みのある少女の声に男が眉をひそめるが、
「ま、《《仮にも》》〝無道三家〟の一角、それも壬申の戦で《《活躍》》しはった家には、歪曲と捏造だらけの歴史書でも……いんや、《《だからこそ》》価値があるんどすな~♪」
「貴様!!」
底意のある少女の声に男が眉をつり上げた――その時、
「父上!!」
ふすまが乱暴に開けられ、でっぷり太った10代後半の少年が部屋に入ってきた。
「八重垣の娘、どうか私に始末を──」
「控えろ、太華瑠。客人の前だぞ」
「は? 南米や火星からの客なら来るのは明日では……」
苦々《にがにが》しい父の声に、息子は正座する少女に気づき怪訝そうな目を向け……
「……お前、七里塚の葛葉か!?」
「久しぶりどすえ、太華瑠殿~。なかなか粋なお召し物どすな~♪」
長着と袴の上に《《金ピカの羽織》》を重ねる息子は丸々した体を反り返らせ、
「そうだろう♪ 〝世界最後の高級生地〟と言われる『トロワエフシルク』の羽織だぞ。〝七里塚の里〟を追放された根なし草には縁の無い高級品だろう♪」
「ほんま、よう似合っとるどすえ~」
少女は邪気の無いはんなりした笑みで、
「妾腹風情には、偽物がピッタリどすな~♪」
「誰が妾腹だ!? ……待て、偽物だと!?」
「ああ、母君は妾から側室に格上げされはったんどすえ~? ちなみに~、うちは追放されたんやのうて、こっちから縁を切ってやったんどすえ~♪ ところで~……」
邪気も悪気も無い笑みを弥麻杜へ向け、
「太華瑠殿が『八重垣の娘』やら『南米や火星からの客』やら言うとったんどすが、どないな意味どすえ~?」
「……!?」
「太華瑠殿の右腕も、それに関係しとるんどすえ~?」
金ピカの羽織の右袖は、《《中身が無く》》たれ下がっていた。
「捕まえた火焚凪にちょっかい出そうとしはって、返り討ちにされたんどすえ~?」
「……ちぃっ! 出あえ者ども!!」
弥麻杜が号令するや、周囲の襖を蹴り倒して刀をにぎる男が多数、和室になだれ込んできた……が、葛葉ははんなり笑んだままペロリと髪留めをなめ、
「これは水代家への『宣戦布告』と受け取ってええんどすえ~?」
「黙れ小娘! やれ! 者ども!!」
男たちが葛葉に斬りかかる――寸前、葛葉の周りの畳に波紋のような空間の揺らぎが3つ発生し、そこから生え出すようにして2人の少年と1人の少女が現れた。
「ガハハハハッ! 待ちくたびれたんだぜい!!」
ガチンガチンとサメのような歯を打ち鳴らし、剛健な少年が獰猛に笑った。
アフリカ系の野性的な美形と、胸まで伸びた荒々しく波打つ紺碧の髪、そして手に握るアイスホッケーのスティックが目を引く少年だ。
190センチを超える長身に緋色のブレザーとグレーのスラックスを着ているが、前を開けたブレザーの下に着衣は無く、たくましい肉体と胸に走る横一文字の古傷が露出している。
「まあ、いいっぺよ。勝手にシッポを出したっぺから」
黒髪を肩に届かせるメガネの少年が、めんどくさそうに溜め息した。
ブレザーとスラックスは紺碧の髪の少年と同じだが、ブレザーの下には世界的ヒットのカードゲーム『マスターズ・オブ・ギャラクシー』のレアカードが多数プリントされたシャツを着ている。
【やっぱり じゅんじんきょうだんの なかま?】
表情の乏しい少女が、手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示した。
葛葉と同じ緋色のブレザーとミニスカートを身につけ、乳白色の髪をまっすぐヒザまで伸ばしている。
「そうどすな~。去年の年末、うちらの学院を襲った〝純人教団〟の軍の中に、この〝里〟の者らしいのが混じっとったんで確認したかったんどすが……」
周りを見回すと、刀をにぎり特殊部隊のような黒装束とフルフェイスのヘルメットを……《《純人教団軍の軍服》》を身につけた男たちが目に入る。
「あらためて確認するまでもないどすな~♪」
はんなり笑みつつ当主を見やり、
「この〝里〟の者かてエヴォリューターやのに、純人教団と手を組むやなんて〝多角経営〟が過ぎるんやないどすえ~?」
「うるさい! 早く斬り捨てろ者ども!!」
主命により少年少女たちに斬りかかる男たち──だったが、
「雑魚にもならねえんだぜい!」
スティックのひと振りで全身を砕かれ、
「汚物は消毒だっぺよ」
手にしたカードから噴き出した炎に焼き払われ、
【でぃーぷ しっくす】
水中で溺れるように藻掻きつつ倒れ、あっさり全滅してしまう。そして……
「ゲームセットだぜい!!」
紺碧の髪の少年がスティックを振り上げ弥麻杜に迫る──が、
「……何のマネだぜい?」
《《スティックを日本刀で受け止められた》》紺碧の髪の少年が、刀をにぎる総髪の少年をにらむ。刹那、葛葉が筆から黒炎を、メガネの少年がカードから雷撃を、乳白色の髪の少女が口から波紋状の振動波を放った。
「ぐおあああっ!?」
三者の攻撃は紺碧の髪の少年と総髪の少年を襲い、盛大な爆発を起こす。
「あんさんの犠牲は忘れんどすえ、マウジャド♪」
一片の躊躇もなく……むしろ嬉々としてクラスメイトを攻撃した3人が見る先で、ほどなく爆炎が晴れると……
「……よくもテメエらごあっ!?」
爆発に耐えた紺碧の髪の少年が水流に押し潰され倒れた。
「Zクラス3人の攻撃をしのぎはった上、Zクラスでも頑丈と名高い者を一撃で昏倒させてまうとは……」
刀から《《水流を撃ち出した》》総髪の少年へ葛葉がはんなり笑みつつ、
「ほんの何日か会わんうちに、〝妹の搾り滓〟がえろう腕を上げたもんどすな、津流城♪」
長着と袴をまとうクラスメイトは、弥麻杜を守るようにその前に立っていた。
「本気でZクラスを離れはって、我らが〝王〟に刃向かうつもりどすえ~?」
「元より悪逆無道の〝封印災害指定〟どもに与した覚えは無いのでつかまつる」
鋭利な視線で応える津流城に葛葉は笑みを深め、
「心外どすな~。一応うちらの行いは、お上の公認やったんどすえ~♪」
「〝公認〟に非ず〝黙認〟につかまつろう」
「似たようなもんどすな~♪ それに……」
殊更邪気の無い笑みで、
「あんさんかて〝記録〟が5ケタにも届かんとは言え、〝封印災害指定〟を受けとるんどすえ~♪」
「なればこそ、己が罪を償うためにも財団の狼藉を誅罰するのでつかまつる……某の刃は主君への忠義と、世の秩序を守護する刃につかまつるが故」
津流城の視線が鋭さを増す……が、
「ごっつい覚悟どすな~。さすが世界中を世直しの旅で回っとった正義の味方、噂に名高い〝清世の利剣〟どすえ~♪」
津流城がかすかに目元を歪めた。
「せやけど~覚悟や綺麗事《《だけ》》やと何もでけへんし~何も守れんのどすえ~♪」
津流城が視線に殺気を籠めるも、邪気も悪気も無い笑みで、
「ま、自分に欠けとるもんを考えるんは後にして……さしあたり、仕える主君を考えるんがええどすな~。太陽系ドミネイドの格言やけど、『頭を下げるなら自分より優れた者に』ってのがあるんどすえ~♪」
津流城が唇を噛んで硬直した……一方、
「どういう意味だ!? ワシが無能だと言うのか!?」
「ご想像にお任せするんどすえ~♪ ほんなら、そろそろお暇するどすが……」
逆上する弥麻杜にも邪気の無い笑みを向け、
「明日、南米から若様が来られたら改めて御挨拶に上がるんどす。せやから無礼のあらへんよう、おもてなしの準備をお願いするんどすえ~。ぶぶ漬けなんて、もっての他どすからな~♪」
「ふざけるな! 逃がすな津流城!!」
弥麻杜の怒声に津流城が刀から水流を撃ち出す──が、
「ほんなら、おさらばどすえ~。御正室にも、よしなにどす~♪」
足元に生じた波紋のような揺らぎに沈み、少女たちは消えてしまう……倒れた紺碧の髪の少年を置いてけぼりにして。
「ちぃっ、平気で仲間を攻撃したうえ置き去りにしていくとは、なんて奴らだ!!」
「かの外法者たちは、元より身内を慮る心など持ち合わせておらぬと存じつかまつる」
気炎を吐く弥麻杜に、津流城が刀を鞘に納めつつ淡々と言った。
「……ふん、まあいい。おい、誰かいるか!」
当主の声に和服姿の男が数人、部屋に現れる。と、当主は畳に倒れている緋色の学生服を着た少年を見やり、
「この木偶の坊に〝枷〟を付けて闘技場に運べ。水をぶっかけてでも目を覚まさせて試合に出させろ」
和服の男たちがマウジャドの巨体を抱え和室から連れ出していくと、弥麻杜は津流城へ目を向け、
「七里塚の娘が言っていた『若様』とは東の本家の次期当主のことだな。南米にいるなら丁度いい」
歪んだ笑みを浮かべつつ、
「お前は例の〝道〟を使って、すぐに現地に行け。向こうの〝客〟にも連絡しておくから、協力して東の本家の童を討ち取ってこい」
「……かの〝客〟たちの手を借りようと、かの次期当主を討ち取ることは至難であると愚考つかまつる」
「うだうだ言ってんじゃねえよ!!」
目元を険しくする津流城に太華瑠が横から怒鳴りつけ、
「自分の立場が分かってんのか!? 《《あの女》》がどうなっても知らねえぞ!!」
「……!」
津流城の鋭利な視線に、たちまち太華瑠はたじろぎ、
「な…なんだ……お前が今日まで生きてこられたのは、誰のおかげだと………」
「やめろ、太華瑠……」
父親は頭痛をこらえるように溜め息してから津流城へ向き、
「戦力が足りんのなら、〝黒炎刃〟とかいう例の用心棒を連れていけ。それなら、いいだろう」
「承知つかまつった」
首肯する津流城に、弥麻杜は横柄にうなずきつつも目元をゆるめ、
「ならば出陣前の餞だ。沙久夜に会うことを許してやろう」
「……!!」
津流城は一瞬、硬直してから、
「……感謝つかまつる」
感情を消した声をもらすと、にらんでくる太華瑠をよそに部屋を出て行った………
◆
「失礼つかまつりまする」
厳重に鍵のかかっていた扉を開け、津流城は薄暗い部屋に入った。
「津流城さんで、ございますか……」
部屋の奥に1人の女がいる。
夜闇のような黒髪と月のように儚げな美貌を持つ、20代前半の女だ。
「は。お騒がせ致し、申し訳なく存じつかまつりまする、奥方様」
「奥方様などと……共に都牟刈の屋形で過ごしていた頃のように、『沙久夜』で良いと申しているではございませんか……」
女が陰のある笑みを浮かべた。
「左様なわけには参らぬと存じつかまつりまする。今の貴方様は草薙家当主の御正室にあらせられるなれば……」
津流城が感情を消した声と共に頭を下げる。
「本日は当主の命により出陣する運びとなった故、出立前の御挨拶に参上つかまつりました」
「津流城さん……幾度も申しているではございませんか……どうか無理をなさらず、己の望む道を歩んでほしいと……火焚凪さんのように………」
女は眉じりを下げて陰を濃くしつつ、
「日毎、懸念が募るのでございます……夫が今のままに進むならば、かつての〝暗黒節〟のごとき災厄に〝里〟は再び沈むのではないかと……身共と違い、貴方は自由に振る舞える身なのでございますから……」
「某は己の望む道を歩んでいるのでつかまつりまする」
女の声を力強い声でさえぎり、
「かつて授かりし大恩に……我が命を拾い上げていただいた大恩に一命を捨てて報いる、それこそが我が本懐につかまつりまする。然して──」
瞳に覚悟と情熱と……強い怒りを灯し、
「恐れながら、我が愚妹こそは〝里〟に災厄をもたらす〝鬼子〟なれば、あれの轍を辿るなど奥方様の御言葉と言えど承服いたしかねるのでつかまつりまする……!」
眉をつり上げ歯ぎしりする津流城……だったが、我に返ると深々と頭を下げ、
「御無礼を致しつかまつりました……某は出立するのでつかまつれば、奥方様におかれましては御自愛くださるようお願い申し上げつかまつりまする」
津流城が足早に部屋を出ていくと、扉に厳重に鍵がかけられた。そして薄暗い部屋に残された女はさらに陰を濃くしつつ、
「津流城さん……どうか〝瀬織津〟の御加護を………」
必死に震えを堪えるようにつぶやくと、部屋のすみに視線をやり……
「貴方も……あの方の安泰を願っていただけるのでございますか……?」
自分以外《《無人のはず》》の部屋に幻影のように佇む、
白い水干を着た黒髪の少女に向け……
「火焚凪さん………」
首から下が、着物ごと《《石と化している》》女は語りかけた………