プロローグ
かぽーん……
軽快な鹿威しの音が広大な屋内浴場に響いた。
広い洗い場は白い玉砂利に覆われ、その奥にはプールのように大きな浴槽が温泉のごとく床に埋めこまれている。
浴槽を満たす湯船はもうもうと湯気をわき上げ、鹿威しや竹の植えこみ、苔むした大石などで飾られた小島が浮かぶと共に……
「ふう……いい湯だね、姉さん♪」
「はい……いいお湯ですね、コロちゃん♪」
一組の少年と少女が、ご満悦で湯に浸かっていた。
「新年会を兼ねた誕生会も、無事に終わったしね♪」
端整な面差しを柔和な笑みで輝かせる、黒髪の少年は水代煌路。
世界の経済と軍事を制覇する〝ミズシロ財団〟において、経済を司る〝東の本家〟の次期当主である。
「はい。今日でコロちゃんと私は、17歳と18歳ですね♪」
神がかった美貌を輝かせる、白金色の髪の少女はウィステリア・H・ミズシロ。
幼いころから実の姉弟のように育った、煌路の遠縁の従姉である。
「あらためて、お誕生日おめでとうございます、コロちゃん♡」
「誕生日おめでとう、姉さん♡」
湯船で満面の笑みを浮かべる少年と少女は、当然ながら全裸である。
「今日のパーティーの晴れ着も、とても似合っていたよ、姉さん♪」
「コロちゃんの羽織袴も、とても素敵でしたよ♪」
だが思春期まっさかりの2人に、恥じらう様子は微塵も無い。
「今年のプレゼントにコロちゃんから貰った櫛も、素晴らしいものでした♪」
「あれで姉さんの太陽みたいな髪がもっと綺麗に輝くのなら、僕も嬉しいよ♪」
とは言え、2人は別に〝深い仲〟ではない。ただ、姉弟同然に育った身には一緒の部屋に住み、一緒の布団で眠り、一緒に入浴するなど当たり前のことなのだ。
「パーティーのお客たちも、みんな姉さんに見とれていたしね。今回は経済界からのお客が減るかとも思っていたんだけど、今までと変わらなかったね」
「はい。数ヶ月前のパーティーで起きた、ネブリーナ・テクノロジーの御曹司の件が影響しないか心配だったのですけど……」
今日のパーティーでも人々を魅了した神がかった美貌が曇る……が、
「あのあと中東で起きた〝第二のアラブの春〟を見て、うちの財団と対立するリスクをみんな分かってくれたみたいだね♪」
姉の憂いを吹き払うように弟は爽やかを笑みをほころばせ、
「それに今日のパーティーには、火焚凪とブレイクも1年ぶりに顔を見せていたからね。特に〝東の本家のサムライガール〟って人気の火焚凪は──ん?」
少年が脱衣場に気配を感じる──と、カララララ……と軽やかな音を立てて檜の引き戸が開き……
「し…失礼をば……いたすで、ござりまする………」
全裸にバスタオルだけを巻いた、長い黒髪の少女が浴場に入ってきた。
「火焚凪……」
ちょうど話していた少女の登場に煌路は眉をひそめ、
「どうしたんだい? ブレイクなら、今日はまだ来ていないけど……」
「は……ほ…本日は──ぬぐっ!?」
〝姉弟〟の様子を見て、黒髪の少女が目元を引きつらせ固まった。
浴槽の縁に背をあずける全裸の姉に、これまた全裸の弟が背をあずけている。
そして姉が湯船に浮かべる豊満極まる胸の深過ぎる谷間に、弟が後頭部を沈めていた。
「エ…〝エ露天風呂の浮きマクラ〟………」
「君まで言うのかい、火焚凪?」
全裸の姉の胸に頭を沈めたまま全裸の弟は苦笑し、
「君は知っているよね? ブレイクが勝手に変な名前を付けたけど、これって僕と姉さんにとっては、小さいころからの普通のスキンシップなんだよ」
……そう、小学生にして『メロン』のごとく胸の育っていた姉と、その胸を無邪気に弄んでいた弟……2人は幼き日より十数年にわたり、様々な〝スキンシップ〟を重ねてきたのである……!
「はい。私たち姉弟の歴史を綴る、大切なスキンシップですよね♡」
全裸の姉が優しく包み込むように全裸の弟を背後から抱きしめる……
「うん。物心ついた時から一緒の姉弟の、大切なスキンシップだよね、姉さん♡」
全裸の姉弟が湯船のなかで微笑み合い……
「今日も姉さんの髪を、一点の曇りもなく綺麗に洗ってあげるからね♡」
全裸の姉の髪は足首に届くほど長く、その気品あふれるゴールドシルクのごとき髪を全裸の弟が優しくなでる……
「小さいころからコロちゃんは、とても優しくて、がんばり屋さんですね♡」
全裸の姉は高校生になった現在、9頭身のモデル体型に成長している……
「今日のパーティーでも、とてもがんばっていましたしね。可愛いくて立派な弟を持って、お姉ちゃんは嬉しいです♡」
全裸の姉の胸元には、頭の小さなモデル体型とはいえ、その頭より大きそうな柔肉が2つも実っている……
「それなら……ご褒美をもらってもいいかな、お姉ちゃん♡」
その柔肉の深過ぎる谷間に頭を沈めていた弟が、全裸の体を密着したまま反転させ全裸の姉と向かい合う……
「うふふ……甘えん坊さんなのも変わらないのは、ちょっと困りものですね……♡」
湯船のなかで全裸の姉弟は、じゃれ合うように抱き合って顔を近づけ……
「ご褒美の……〝たいへんよくできましたのチュー〟です……♡」
ゆっくりと唇を重ねる………寸前、
「……どうしたんだい、火焚凪?」
ガン見される視線に気づいた煌路が横へ向く。と、いろいろキャパオーバーな光景に頭がフリーズしていた黒髪の少女が、ハッとして我に返り……
「……と…とんだ、御無礼をば……本日は……と…殿の御背中を、流させていただきたく……慎んで、参上した次第に、ござりまする………」
涼やかな白皙の美貌を真っ赤にして、消え入りそうな声をもらした。
煌路は再び眉をひそめるも、少女から並々ならぬ覚悟と決意を感じとり、
「それじゃ、お願いしようかな」
ウィステリアから離れ湯船から洗い場に移り、鏡が設えられた壁のそばの湯椅子に座る。――その際、細身ながらも無駄なく鍛えられた全裸をさらしたが、動揺したのは黒髪の少女だけだった……しかし、
「……な…なれば……不肖、八重垣火焚凪……誠心誠意、御奉公をば、奉るでござりまする……!」
少女は真っ赤な顔を決意に引きしめると、タオルに石鹼を塗りつけ自分に向いた主君の背をおずおずと洗い出す。
「君に背中を洗ってもらうのも久しぶりだね。君がこの家に来たころは、よく洗ってもらっていたけど」
「き…記憶に留めていただき、恐悦に、ござりまする………」
緊張して縮こまる少女を、煌路は苦笑をこらえつつ鏡越しに見る。
凛とした美貌を引きしめる切れ長の目と、漆細工のごとき黒髪が麗しい。
前髪はいつも通り鋭利な刃で断ち斬ったように横一線に整えられているが、いつもは細い帯を巻いて束ねられている後ろ髪はストレートに腰まで伸ばされ、いつもとは趣の異なる艶やかさを醸している。
「この家に来た時は6歳だった君も、明日の誕生日で17歳だね」
その黒髪は不安そうに小刻みに震え、いつもは堅苦しいほど凛々しい瞳も儚げに揺れている。
「ちゃんとプレゼントも用意してあるから、楽しみにしていてね♪」
一方で、おずおずしつつも少女の手は長年の修練で染みついた一分の隙もない所作で動かされ、学院のクラスメイトの中でも指折りの豊乳がバスタオルの下で大きく存在を主張している。
「きょ…恐悦至極に、ござりまする………」
だが少女の特徴として何より目を引くのは、浴場にまで持ち込まれ脇に置かれている、白木の鞘に納められた日本刀である。
「殿へ捧ぐ、我が忠義は……生涯揺らがぬものに、ござりまする……!」
それは雪渓を斬り裂く滝のごとく冷厳で、深淵な霊峰のごとく幽玄な、厳粛とした威風をまとう現代の〝サムライ〟………の筈なのだが、
「それで……何か用事があるんじゃないのかな?」
〝サムライ〟は怯えた猫のようにビクッと震え、唇を動かそうとするも声が出ない。
「大丈夫だよ。君のお願いなら、大抵のことは聞いてあげるからさ」
優しく諭すような少年の声に、引きつっていた少女の顔がかすかに和らぐ。
「この家に来て以来、君は僕の〝第一の臣〟を志して護衛役……〝守り刀〟として尽くしてきてくれたからね」
こわばっていた少女の肩から、かすかに力が抜ける。
「個人的にも君は、言わば〝幼馴染〟だからね。何でも遠慮なく言ってよ」
少女の瞳と拳に、かすかに力が入る──が、
「まあ『側室にしてほしい』なんて言われると、ちょっと難しいけどさ♪」
少年の冗談に、少女はかすかに眉尻を下げるも瞳に愚直な情熱と……断固とした〝決意〟を灯し、
「……殿、拙者は──」
「抜け駆けでやがるのですううううううううううううううううううううううう!!」
緊張しつつも毅然とした火焚凪の声を怒りと屈辱に満ちた叫びが遮った。
「やあ、ブレイク。今日のパーティーでは君もがんばってくれたね。ご苦労様」
右目に片眼鏡を付けショートカットの緑の髪をフリルの付いたヘッドドレスで飾る、浴場に現れた自分の専属メイドに煌路は微笑みかけ、
「そう言えば大晦日の誕生日にプレゼントした辞書は使ってくれているかな? 世界に誇るイギリス発祥の大事典ブリ●ニカ、その復刻版32巻セットは」
「もちろんでやがるのです!」
片眼鏡の少女は胸を張り、
「1冊が重箱みたいにデッカイ辞書、その厚さと重さを活かしてドミノ遊びから寝る時のマクラまで、毎日大事に使ってやがるのです!!」
「いろいろと活用してくれていて何よりだよ」
煌路は苦笑しつつ、
「今じゃかなりの貴重品だったんだけど、ヴィオに頼んだら運よく手に入れられたんでね。『勉強熱心』で『品行方正』の君にピッタリだと思って贈ったんだよ♪」
「〝西の本家〟の〝怒りんぼ姫〟め余計なコトしてくれやがったのです!!」
眉をつり上げ吼えるように、
「どーせなら若奥様みたいなドエロ下着をくれやがれば良かったのです! 『男が女に服を贈るのはソレを脱がすためだ』って大昔のイギリスの首相も言ってやがったのですから!!」
「で…ですから、あれらの下着はおばあさまが用意してくださったもので……」
若奥様が赤面するもメイドは魂をしぼり出すような声で、
「んでメイドの本場イギリスの伝統どーりボッチャマも義務を果たしやがるがイイのです! メイドに手を出して孕ませやがるってゆー御主人サマの義務を!!」
「オフェリアの好きなゲームにありそうな話だけど……そんな伝統は、イギリスにも無いんじゃないかな……多分」
煌路は感心半分あきらめ半分の体で、
「それにしても自分の気持ちに素直と言うか、いつもながら欲望を始め色々なものを、もう清々しいほどに隠す気が無いよね……」
照れるでもなく、慣れきったように少女を見て、
「とは言え、下着とまでは言わないけど、バスタオルくらいは巻いてほしいかな」
「ふふん、カミが創りしパーフェクトボディーのナニを隠せと言いやがるのです♪」
片眼鏡とヘッドドレスだけを身につけた全裸の少女がふんぞり返る……と、
「不埒な……!」
火焚凪が地獄の底から響くような声を発してブレイクを睨み、
「殿の恩寵を無下にした上、浅ましくも殿の情けをせがむとは万死に値する不届者にござる……!!」
「抜け駆けしやがった護衛こそ、不届者でやがるのです……!!」
鋭利な刃のごとき火焚凪の視線に、ブレイクも噛みつくように睨み返し、
「ボッチャマ専属メイド1号として最大の屈辱でやがるのです! 〝ムッツリ刀〟に御奉仕を横取りされるとは!!」
「拙者は〝守り刀〟にござる! 『下女』から『痴女』に堕落した不作法者は身の程を弁えるのでござる!!」
メイドと護衛は剥き出しの敵意をぶつけ合い、
「年末の事件のあと水代邸に戻ってから、毎晩ボッチャマの部屋の隣でエロい妄想しまくりの〝ムッツリ刀〟は黙ってろでやがるのです!!」
「ざ…戯言を!! 拙者は〝守り刀〟として隣の部屋で寝ずの番をしているのでござる! 特に殿の御部屋に忍び込まんとする不埒な下女の素っ首を刎ね飛ばさんがために!!」
敵意は殺意に変じていき、
「御奉仕の極意も知らない忠義バカは引っ込んでやがるがイイのです!!」
「主君への忠義も知らぬ痴女こそ身を退くのでござる!!」
「ふふん、メイドの御奉仕は忠義じゃなく〝愛〟でやがるのです♪」
「……!!」
息を呑む護衛にメイドは全裸でふんぞり返り、
「そして! 御主人サマの体を洗うときは全身に泡をつけ自らの肉体をタオルにしてスミズミまで洗う! それが〝秘密の御奉仕〟の極意でやがるのです!!」
「……不埒不埒不埒フラチフラチフラチふりゃちなああああああああああああ!!」
怒りと羞恥で紅潮した火焚凪が抜刀しブレイクもビリヤードのキューをにぎる。
そして2人は洗い場を蹴立て、湯面を疾駆し、床や天井を跳ねまわって激しく技をぶつけ合った末に、壮絶ながらも華麗な空中戦に突入する。
「あ~、やっぱ始まってたか……」
その時、浴衣のような室内着を着た少女が浴場に入ってきた。
「六音!? 『やっぱり』って何なんだい!?」
「ハハッ♪ あの〝必殺使用人〟どもが、お前とウィス先輩がいる風呂場に行くのに気づいたから……って、前を隠せ、怒りのデス・ヌード」
艶やかな黒髪を腰まで伸ばす少女が全裸の煌路にタオルを投げつけた。が、すぐに日本人形のような可憐な顔をイタズラっぽく笑ませ、空中で常人が目で追うことも出来ない超高速戦をしている護衛とメイドへ向き、
「あいかわらず世界トップクラスの異能を無駄使いしてるな♪」
現在、世界には超人的な身体能力や知力、さらには魔法や超能力じみた異能を持った『エヴォリューター』と呼ばれる新人類が稀に誕生するようになっていた。
「ま、風呂場を壊さないように手加減してんのはサスガだが……あたしもお前の愛人としては、あの天を衝くような修羅場に参戦するべきか?」
「衝くんじゃなくて天に召されちゃうよフラッターの秘書見習い」
異能のない旧来の人類は『フラッター』や『純粋人類』と呼ばれている。
ともあれ未来の当主と秘書の無駄話の間にも、全裸にバスタオルを巻く少女と全裸でキューをにぎる少女の空中戦はヒートアップしていく……が、
「そんな格好で飛び回って、やっぱり〝ムッツリ刀〟でやがるのです♪」
「!?」
「今はスパッツどころか下着も無しでやがるのですよ♪」
「っ!?」
「スキありでやがるのですうううっ!!」
一瞬かたまった火焚凪からキューでバスタオルを剥ぎ取るブレイク。
「っ!!??」
全裸に剥かれた火焚凪はとっさに胸と股間を腕で隠しつつ、火焚凪を見ている洗い場の煌路を空中から視界のすみにとらえ……
「ふ…ふりゃちなああああああああああああああああああああああああああっ!!」
全身まっ赤の火焚凪が湯船に落下し、ブレイクは悠々と洗い場に着地する。
「ヴィクトリーでやがるのです♪ ……ん?」
会心の笑みでVサインしたブレイクが何かに気づき浴場のすみを見る……と、
「はい……ブレイクさんが、いました……水代家の方の、お風呂場ですぅ………」
ヒザまで伸びる紫色の髪をツインテールにした、ミニスカートのメイド服の少女が小さな通信機に話していた。
「ナニしてやがるのです専属メイド2号!?」
「はうう……パ…パーティーのあと片づけを抜け出した、ブレイクさんを探してきなさいと……ラシェルさまに……女中頭さまに、言われたので………」
「……通信講座の『タンポポの種の飛ばし方』があるので早退しやがああああ!?」
青ざめたブレイクが足元に開いた穴にのみ込まれ、
にゃお~ん
穴は片や白、片やピンクの毛なみがキレイな2匹の子猫を吐き出すと、跡形もなく消えてしまう。
「ハハッ、〝穴コンダ〟にキャットルミューティレーションされたか♪」
「また数日は〝おしおき〟──じゃなくて〝特訓〟で帰って来れないね……おっと、ありがとう、シロ、モモ♪」
子猫たちが咥えてきたバスタオルを手にとり、煌路は腰を落として子猫たちの頭をなでる。それから立ち上がると、目を閉じて浴槽へ歩いていき、
「大丈夫かい? 火焚凪」
浴槽の湯船の中では、全裸のサムライ少女がいまだ真っ赤で縮こまっていた。その少女に目を閉じたままバスタオルを投げ渡しつつ、
「そう言えば、さっき僕に何か言いかけていたよね?」
火焚凪はビクッとしつつバスタオルを体に巻くと……
「……殿、拙者は……」
うつむいて胸に置く拳と肩を震わせる……が、ガバッと顔を上げ、
「暇を戴きたく願い申し上げ奉るでござりまする!!」
まさかの〝退職宣言〟に浴場が凍りついた………
「………っ!?」
まぶたを開け火焚凪は目を覚ました。
「……夢に、ござるか………」
白衣1枚をまとう身は嫌な汗に濡れている。
「……未練に、ござるな………」
目に映るのは光に満ちた浴場ではなく、薄暗い洞窟内の景色。
その洞窟の奥の水牢に、少女は腰まで浸かりつつ眠っていたのである……と、
「幼き日の住処に、過ぎし日の幻影を呼び起こされたと察しつかまつる」
水牢の木の格子の向こうに1人の少年が現れた。
長着と袴をまとい、胸に届く黒髪を後頭部で束ねて総髪にした少年だ。
火焚凪によく似た顔立ちで、火焚凪と同じ白木の鞘に納められた日本刀を腰に差している。
「兄上……!」
火焚凪が険しい視線で睨むのは八重垣津流城。
火焚凪の双子の兄だった。
「我らが〝草薙の里〟に叛乱せし謀叛人よ。少しは反省したのでつかまつるか」
「反省すべき謀叛人は〝里〟なのでござる……!」
一層視線を険しくする火焚凪だが、数日の牢暮らしは厳格に整えられていた髪を乱し、凛々しい瞳にも陰りを落としていた……が、
「昨年の暮れに我らの学院を襲った狼藉者の軍勢に、〝里〟の者が紛れていたのでござる……!」
瞳の奥には衰えぬ情熱と忠義を滾らせ、
「それは如何なる由によるものでござるか……!?」
「その是非を正さんがために主君と袂を別ち、1人で〝里〟に乗り込んだのでつかまつるか……」
妹の熱い視線を疎むように、あるいはどこか羨むように兄は眉をひそめ、
「もはや忠義に非ず、盲信につかまつるな」
「戯れ言を……兄上とて彼の騒動のあと、七里塚のより事の次第を聞き及んだはずにござる……もしや……」
確信に近い疑惑を瞳に籠め、
「予め、存じていたのでござるか……狼藉者の襲来と……狼藉者に〝里〟が加担していたことを……!!」
洞窟の空気が凍りつき、格子をはさんで対峙する兄妹を重い沈黙が包む……
「それこそは戯れ言につかまつる」
だが、兄は妹の瞳をまっすぐ見つめ返しつつ、
「申し渡すのでつかまつる」
居ずまいを正し目元を引きしめ、
「十全ではないものの、〝瀬織津の巫女〟がお目覚めになられたのでつかまつる」
「沙久夜様が………」
かすかに目をみはる火焚凪だったが、
「それに伴い定められた〝儀式〟の日取りを申し渡しつかまつる」
毅然とした兄の声に、かすかに震えた。
「執行は3日後なれば、残る命を噛みしめるべしと存じつかまつる」
「……!?」
「幾度となく刃を交えた貴様との因縁が、かような形で幕を下ろすとは某も不本意につかまつる」
津流城はかすかに声を低くし、
「しからば兄の手により捕らえられしことを、せめてもの慰めとするが良いのでつかまつる」
その瞳に浮かぶのは、慰めか、肉親の情か、はたまた……
「それと明日、Zクラスの者を含むミズシロ財団の遣いの一団が〝里〟を訪れると仄聞つかまつった」
「っ!?」
「明後日には副会長……水代煌路も〝里〟を訪れるのでつかまつる」
「っ!!??」
妹が大きく目を剥いた……が、
「なれど、希望は無意味と知るが良いのでつかまつる。そして捨て去りし過去や主君など、早々に忘れ去るが賢明なのでつかまつる……〝瀬織津の贄〟よ」
「我が忠義は……生涯揺らがぬものにござる……!」
妹は呻くような声を喉の奥から搾り出し、
「……兄上の忠義は、誰へ捧げられているのでござるか……?」
兄は息を呑んでかすかに肩を震わせる……が、
「無論、我が主君……御屋形様につかまつる」
自らに言い聞かせるように声を紡ぐと、妹に背を向け水牢を離れていく。
やがて兄の姿が洞窟から完全に消えると、妹は薄暗い牢の中でうつむき……
「殿……」
つぶやきは一粒の涙と共に、水に落ちて消えていった………




