最凶! Zクラス!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ
森に囲まれた荒野で、巨大な爆炎が夕闇と濃霧を蹴散らした。
やがて爆発が収まると、煙のくすぶる大地に多数の機甲衛士の残骸が散っていた。
「笑止千万ですわね。これしきの機械人形で、わたくしたちに刃向かおうなど」
周囲に薄闇と霧が戻る中、熱の残る荒野に緋色の学生服の少女が降り立った。
豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる、気品と傲慢をあわせ持つ少女だ。
「じゅ…純人教団の、機甲衛士軍団が……一撃で、全滅だと……!?」
そんな少女と荒野の様子を、荒野を囲む森の中から見つめる男がいた。
純人教団軍の軍服を着て、顔も頭も戦闘用のヘルメットで覆っている。
「化け物め……!」
「ええ、よく言われましてよ」
小さなつぶやきに返事をされ男が息をのむ。
返事をした少女は、森から《《200メートルも離れた》》荒野の中央から、森に隠れている男を薄闇と霧を貫いて真っすぐ見ていた。
「くっ!」
男が少女に背を向け、森の中を超高速で走りだした。
密集する木々をよけ、かいくぐり、時には低木に足を取られつつ進んでいき、合間にチラリと後を見ると……
「なんだ……あれは……!?」
少女が男を追ってきている。が、その足取りは一糸の乱れもない。
踏み出すたびに目の前の植物が左右に移動し、森にひらかれていく平坦な一本道を少女は悠々と進んでいた。
「くそ……森さえ抜けられれば……!」
木々をよけつつ必死に走る男に、少女はどんどん距離を詰めてくる。追いつかれるまで、あと5秒もかからないだろう。――だが、
「やった!」
男が森を抜けて平野に出た。そして平野にたたずむ巨大な機械の獣……〝式獣機〟を見て安堵の息をもらした―――刹那、
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ
〝式獣機〟に落雷が直撃し、機体を木端微塵に爆散させた。
男がへなへなと脱力して平野にヒザをつく。――と、急速に一帯の霧が晴れ、広い平野に無数の〝式獣機〟の《《破片》》が散乱しているのが見えた。
「い…一体、なにが……?」
ヒザをついたまま、男が呆然とつぶやいた。
目の前に広がる平野は、万水嶺学院に侵攻した〝式獣機〟の駐屯地だったはず。
だが、平野には破片が散らばるだけで、無事な〝式獣機〟は1機もいない。
代わりにいるのは、緋色の学生服の5人の少女――否、2人の少女と、3人の幼女だった。
「コノ玩具ニ・〝王〟ガ苦戦……イコール……虚偽ノ・情報………」
ヒザを抱える赤銅色の髪の少女が、ふわふわ宙に浮きながら機械的に言った。
「ニャハハ~、その時は〝重り〟があったし~、強いトロニック人が助けに来てたってゆ~から本気じゃなかったのにゃ~♪」
赤いクセ毛の少女が、たばねた髪を猫のシッポのようにフリフリ揺らして言った。
「ほんき~♪」「ほ~き~♪」「おそ~じ~♪」「「「おに~ちゃんの~おてつだい~~~♪」」」
3人の幼女が、チーンという澄んだ金属音と共に無邪気に歌った。――さらに、
「こちらの掃除も済んだようですわね。ならば――」
男の背後で声がすると、男のヘルメットがまっぷたつに斬り裂かれ平野に落ちた。
「残るは、貴様の処分でしてよ………風紀委員長」
ヘルメットの下から出てきたのは、よもぎ色の髪をした神経質そうな男の顔。
その背後でハニーブロンドの少女が一輪の薔薇を手に、やんごとなき笑顔で冷徹に言う。
「学院に攻め入った愚物は概ね駆除しましたわ。貴様も覚悟はよろしくて?」
「……く……くははははははははははははははははははははははははははっ!!」
立ち上がった男――ソン・リーコウの哄笑に、周りの少女たちが眉をひそめる。
「調子に乗らないで欲しいですね! 《《この程度の》》軍隊を倒したぐらいで勝ったつもりですか!?」
「ああ、学院にきた軍は陽動で、本隊は〝水代邸〟に向かっていることを言っているのですわね」
「………は?」
笑顔を歪に固めたソンだったが、ヒュウウウウ……という上からの音に気づいて空を見た。
ズドオオオオオオオオオオンッ
直後、すぐ横にジャンボジェットの主翼にあるような大型エンジンが落ちてきた。
「あはっ、落っことしちゃったのよぉん♪」
次いでパチッとウインクしながら、緋色の学生服の少女が空から舞い降りた。
ゆるいウェーブのかかった薄紅色の髪を、腰まで伸ばす少女だ。
タレ目と泣きボクロ、それに艶っぽい唇と歳にそぐわぬ肉感的な肢体が、けだるげで退廃的な色香を感じさせる。
「あの2人ったらぁ、あたくしみたいに後片づけまでキレイに出来ないとぉ、いいおヨメさんになれないのよぉん♪」
少女は甘い香りをまといつつ、白いタイツに包まれた長い足を地につけず、華麗に宙を舞う。――背中に生えた薄紅色の、コウモリのような翼を羽ばたかせながら。
「ニャハハ~、そ~の『ヨメ失格』の2人はドコ行ったのにゃ~?」
「あはっ、〝必殺使用人〟ならぁ、水代邸に行ったのよぉん♪」
「……!!」
ハニーブロンドの少女が視線を鋭くして、
「それも〝委員長〟の……いえ、〝クズ参謀〟の指示なのでして〝アロマ同好会〟」
「あはっ、そこまでは知らないのよぉん〝園芸部〟ぅ♪」
ハニーブロンドの少女――〝園芸部〟は、しばし黙考するが、
「……まあ良いですわ。それで純人教団軍の本隊は駆除したのでして?」
「もちろんなのよぉん。大きな輸送機がいっぱい飛んでたからぁ、3人でお掃除したのよぉん♪」
「なんだと……!?」
ソンが大きく目をむき、
「ほ…本隊まで全滅させたと言うのか!? デタラメを言うな! 機甲衛士や〝式獣機〟……それに〝重要災害指定〟を受けていた元テロリストも、学院に来た以上の数がいたんだぞ!!」
「笑止千万ですわね。ガラクタや〝重要災害指定〟ごとき、どれほど集まろうと駆除もできずに、何が〝《《封印災害指定》》〟でして?」
「……っ!!」
絶句するソンに、〝園芸部〟は気品あふれる笑みに侮蔑をひそめつつ、
「政府でも一部のみが関知する制度なれど、貴様は存知しているのですわよね? 先ほどZクラスの教室を去る際、口にしたのを聞きましてよ」
「〝封印災害指定〟……あまりの被害の大きさゆえに、起こした事件の存在や真相が〝封印〟された……〝重要災害指定〟を超える、最悪の〝災害指定〟……!」
得体の知れぬ違和感に震えるソンに、〝園芸部〟は軽く肩をすくめ、
「確かに愚民の混乱を防ぐため、わたくしたちが関わった事件は存在自体が隠蔽されるか、自然災害や太陽系ドミネイドの仕業として公表されていましたわね」
「あはっ、おかげでぇ、あたくしたちは無罪放免なのよねぇん♪」
「事件ガ・存在シナイ……イコール……事件ヲ起コシタ犯人モ・存在シナイ………」
「ニャハハ~、アタシらをタイホしよ~としても~、警察も機動隊も軍隊も~、み~んなボコボコの返り討ちだしにゃ~♪」
得体の知れぬ違和感が、胃が重くなるような不快感に変わる。
「ふ…ふざけるな! 事実が隠蔽され罪を問われなくても、お前たちの大罪は決して消えないぞ! 十を超える州を滅ぼし、億を超える命を奪った悪魔どもめ!!」
「それは我がクラスの〝殺人記録〟1位の者の話ですわね。多くの者は、せいぜい州の2、3を滅ぼした程度でしてよ」
「充分すぎるわ悪魔めっ!!」
あまりの不快感に、吐き気がこみ上げてくる。
「あはっ、1位と2位だけでぇ、合わせて2億殺しちゃってるのよねぇん♪」
「とは言えクラス全員の〝記録〟を合計して、ようやく10億なのですわ。14年前、単身で40億を葬った我らが〝女王〟の前では、微々たる数でしてよ」
同じ世界で同じ言葉を聞いているのに、遠い別世界の言葉を聞いているよう。
「ニャハハ~、〝王〟の前でソレ言ったらメチャクチャ怒られるのにゃ~♪」
「〝女王〟ノ・侮辱……イコール……〝王〟ノ・逆鱗………」
「だめだめ~♪」「おね~ちゃんが~♪」「なみだの~♪」「「「あめ~ざ~ざ~~~♪」」」
「……別に〝女王〟を侮蔑する意図はありませんわ。むしろ、わたくしたちも及ばぬ絶大な力を称賛しているのでしてよ」
常識も価値観も異なる、別世界に迷い込んだような感覚。
「な…何が称賛だ! あんな史上最悪の凶行が許されると思っているのか!?」
「ニャハハ~、少なくても地球政府は許してくれたんだにゃ~♪」
「……なに?」
あるいはそれは、少女たちからの〝拒絶〟だろうか。
「太陽系どみねいどノ・侵攻……イコール……領土ト資源ノ・減少………」
「ええ、太陽系ドミネイドに奪われた地からは、資源や食料の調達が不可能になりますわ。それが続けば80億もの人口を維持することは困難になると、14年前の時点で地球統一政府は理解していたのでしてよ」
強烈な『私たちはお前とは違う』という〝拒絶〟だ。
「ならば、とるべき道は1つですわ。資源や食料の減少による『地球』という国家の崩壊を避けるには、人口をも減少させる必要があったのでしてよ。そして〝女王〟の手になる〝あの事件〟が起きたのですわ」
目の前の少女たちを別世界の存在に感じる。が、
「人口が40億に減少したことで、当面の国家崩壊は避けられたのでしてよ。なれど太陽系ドミネイドの侵攻が続き、国土が削られ続けるとなれば、40憶でも不安は拭いきれなかったのですわ」
その別世界こそが、正しい世界だと語るような少女たち。
「ゆえに〝封印災害指定〟による事件を、政府は放置したのでしてよ。結果、人口は30億に減少し、『地球』なる国家は安定するに至ったのですわ。言わば14年前の事件とわたくしたちの行いは――」
これがZクラス、これが〝封印災害指定〟……
「政府公認の〝間引き〟だったのでしてよ」
数多の常識はずれの異能で、数多の州を滅ぼした悪魔たち……
「あはっ、あたくしたちはぁ、自分の好きに踊ってただけなのよぉん♪」
「ニャハハ~、アタシらも若かったのにゃ~、1年前までの話だけどにゃ~♪」
「現在ハ・〝計画〟ニ邁進……イコール……成長ノ・証拠………」
「……け…〝計画〟だと……?」
数分の会話で、一生のトラウマを植え付けられた気がしたが……
「ええ、《《貴様も貢献した》》我らの〝計画〟ですわ」
「ニャハハ~、2ヶ月前に太陽系ドミネイドから~、オマエにトロニック人の使者が来たのにゃ~♪」
「あはっ、純人教団に協力して学院を襲撃させればぁ、帝国の次期幹部に迎えるって言われたのよねぇん♪」
「……な…なぜ、それを………まさか!?」
自分の常識がガラガラ崩れていくような感覚。
「あはっ、実物大のトロニック人はぁ、〝クズ参謀〟の力作なのよぉん♪」
「ニャハハ~、敵を《《本人も知らないうちに》》協力者にするのは~、アイツの得意技なのにゃ~♪」
「気ヅイタ・時……イコール……手遅レナ・時………」
「ば…ばかな……そんなこと………」
全身から嫌な汗が止まらない。
「付け加えるならば、札幌基地に停電が発生した昨日、警備システムに細工をした内通者も〝クズ参謀〟に踊らされた〝自覚なき協力者〟だったのでしてよ」
頭がクラクラして、何も考えられない。
「もっとも停電自体が、見学と称して基地に赴いていたZクラスの仕業だったのですわ。ねえ、〝パソコン研究会〟?」
〝園芸部〟が視線を向けると、宙に浮かぶ赤銅色の髪の少女がうなずき、
「全テ・〝くず参謀〟ノ作戦……イコール……全テ・〝計画〟ノ一部………」
「あはっ、地球軍の基地や学院がぁ、敵に攻められたのもねぇん♪」
「ニャハハ~、その敵がボコボコの返り討ちにされたのもにゃ~♪」
「すすめ~♪」「すすめ~♪」「きたないちで~♪」「「「はたけを~びちゃびちゃにするまで~~~♪」」」
「なつかしくてよ。稚拙な訳なれど、我が故郷の州歌ですわね」
〝園芸部〟が目元をゆるめ、
「その歌と流血があふれる中、かつて劇的な〝革命〟が成されたのでしてよ。そして今日、新たな〝革命〟を……我らが〝悲願〟を大成させるための〝計画〟が、第一歩を記したのですわ。そう――」
優雅な笑顔で胸を張り、
「愚かなフラッターを一掃し、我らが〝王〟を頂点としての――」
ふぁさっと髪をかき上げ……
「〝世界征服〟ですわ♪」
夢の中で聞くような、現実感のない宣言。
「しょ…正気か……あんな、外面がいいだけの〝暴君〟を、世界の〝王〟にするなんて……」
「言われるまでもなくてよ♪」
薔薇のような笑みをほころばせ、
「《《そうであるからこそ》》、あの方は我らが〝王〟にふさわしいのですわ。あの方こそは、わたくしたちの誰よりも――」
「残酷でぇ♪」
「欲ばりで~♪」
「人デナシ……イコール……唯一無二ノ・我ラガ〝王〟………」
〝園芸部〟は笑みを恍惚としたものにして、
「1年前、『我こそ世界最強』などと驕っていたわたくしたちは、入学初日の〝親睦会〟で、あの方により完膚なきまでに蹂躙されたのでしてよ♪」
「あはっ、あのとき全身と全霊を貫いたのはぁ、〝恐怖〟っていう生まれて初めての感情とぉ………狂おしい〝愉悦〟だったのよぉん♪」
「ニャハハ~、あれこそ〝ビリヤード同好会〟が言ってた~、〝地上最強の強い者を惹きつける魅力〟だったのにゃ~♪」
「一度・捕マル……イコール……一生・逃ゲラレナイ………」
他の少女たちも恍惚とした笑みを浮かべていた。
「すなわち〝計画〟とは………あの時より全身全霊を……身も心も焦がし続けているわたくしたちの想いを、永遠にあの方に捧げるためのものなのですわ♪」
「あはっ、世界征服なんてぇ、序章でしかないのよねぇん♪」
「ニャハハ~、男どもは置いてけぼりなんだけどにゃ~♪」
「女ノ・悲願……ノット・イコール……男ノ・悲願………」
少女たちの笑みが、さらに変化する。
「我らの貞淑が実を結ぶ時なのでしてよ。あの方を〝世界の王〟にした上で――」
それは無垢で無邪気に咲き誇る……
「わたくしたちで、〝世界の王の愛の世界〟を創るのですわ♪」
〝恋する乙女〟の笑顔だった。
「………は?」
一瞬、頭が真っ白になるが――
「……く…くはははははははははははははっ!! あわれな女の浅知恵……いいや、悪あがきだな! ウィステリアに〝質〟では勝てないから〝量〟で攻める気か!!」
「否定はしなくてよ。人格、実力、品位、そして〝王〟との絆の深さ………いずれの〝質〟も〝女王〟は、有象無象の女がどれほどの〝量〟で攻めようと追従もかなわぬ高みにおられるのですわ。なれど――」
〝敗北宣言〟しつつも〝恋する乙女〟の笑顔のままで、
「あの方にわずかでも想いを届けられるならば、喜んで〝悪あがき〟をしてやるのでしてよ。……もとより、あの方が1人の女を選ぶならば、誰を選ぶのか………初めてお逢いした日より、分かっているのですわ」
「あはっ、選ばれるのがぁ、《《自分じゃない》》のも含めてねぇん♪ でもぉ……」
「〝女王〟ニ・一途……イコール……好感度・上昇………」
「ニャハハ~、ドロボ~猫のセリフじゃないけどにゃ~♪」
少女たちの笑顔に傲慢の色が混じる。
「その通りでしてよ。想い人の一途さに胸を熱くしながら、その想い人に不貞を求める………ひどい矛盾ですわね。なれど、あの方は1人の〝殿方〟である以上に、偉大なる我らが〝王〟なのでしてよ。ならば――」
「倫理や女の都合なんてぇ、〝残酷〟に無視してぇ♪」
「〝欲ばり〟だから~、女をみ~んな自分のモノにして~♪」
「〝人デナシ〟ノ・暴君えろ……イコール……我ラガ・はーれむ王………」
「みんな~♪」「いっしょで~♪」「みんな~♪」「「「なかよし~~~♪」」」
「お…お前たち、それでいいのか!?」
違和感と不快感に体が震えだす。
「男のために自分たちでハーレムを作るなど、女としてのプライドは無いのか!?」
「愚問ですわね。よもや、あの方以外の愚にも付かぬオスごときに屈服しろと? 〝至高〟を知りながら、それに劣るもので妥協をしろと?」
侮蔑に満ちた絶対零度の視線。
「それこそ、プライドが許さなくてよ」
――ようやく、違和感と不快感の正体が分かった。
「この……化け物め……!」
それは、自分たちの常識を否定する〝異物〟への嫌悪感。
「ニャハハ~、『化け物』も『怪物』も『悪魔』も~〝恐怖〟で言われたら常識以上の存在って印なのにゃ~♪」
「あはっ、何かのプロでもそう言われる人がいるけどぉ、《《尊敬されてるうち》》は常識の範囲内なのよぉん♪」
「真ノ超常ガ・モタラスモノ……イコール……無限ノ・恐怖ト未来………」
「そう……『常識』という古き世界を破壊する〝無限の恐怖〟、『愛の世界』という新たな世界を創造する〝無限の未来〟、この2つの献身こそ、〝王〟に捧げる我らの〝悪あがき〟なのですわ」
それは、自分たちの常識を〝破壊〟する〝異物〟への、底知れぬ恐怖。
「ゆえに、あの方の想いが誰に向いていようと、わたくしたちは命ある限り〝悪あがき〟を続け、自らの想いを貫くのでしてよ」
「そ…そんなことのために……世界を、皆殺しにして……征服、するのか………」
これが〝封印災害指定〟……これがZクラス……
「浅学ですわね。かつて我が故郷では『勝利』、『美徳』、そして……『恐怖』を柱として、敵の屍山血河を礎に〝革命〟が成されたのでしてよ」
最凶の〝王〟に仕える、最凶の軍勢………しかし、
「そして今、我らが〝王〟を柱として、愚かなフラッターの屍山血河を積み上げる時が来たのですわ」
「あはっ、純人教団だって〝御一新〟って言ってぇ、エヴォリューターを皆殺しにしようとしてるのよねぇん♪」
「ニャハハ~、新人類と原始人の〝生存戦争〟なのにゃ~、生き残りを賭けた殺し合いなのにゃ~、殺られる前に殺っちゃうのにゃ~♪」
「ほもさぴえんすニ滅ボサレタ・他ノ原始人……イコール……古来・世界ハ弱肉強食………」
「お~さまが~♪」「わるものを~♪」「や~っつけて~♪」「「「めでたしめでたし~~~♪」」」
〝女〟たちに滲むのは、〝王〟への信頼、尊敬、崇拝、そしてそれらを超える――
「ならば謀られたとはいえ、我らが〝王〟に反旗を翻した『わるもの』を誅伐するといたしましてよ」
背後の少女の声に、ビクッと震えるソン。
「ニャハハ~、〝美術部〟のコトを『裏切り者』って言ってたけど~、オマエだって先祖代々の裏切り者なのにゃ~♪」
「あはっ、世界統一で国がなくなる直前にぃ、政府の高官だった先祖がまっ先に国を逃げ出したのよねぇん♪」
「家族ト財産ヲ・事前ニ国外ヘ移動……イコール……国ヲ捨テル気・満々………」
「そして子孫は国どころか、自らが生を受けた〝星〟に背信したのですわ。まったく西の本家の例も含め、今回の〝自覚なき協力者〟は、いつにも増して的確な人選だったのでしてよ」
まわりには、数多の州を滅ぼした〝封印災害指定〟が6人。――しかし、
「これは……!」
ソンの背後の〝園芸部〟が、自分の背後の森が枯れていくのに気づいた。
その現象が一帯に広がっていく中、ソンは体内で何かが暴れているようにビクッ、ビクッと大きく震える。
「よく分かったぞ……」
よもぎ色の髪を逆立てつつ、男が吐くのは義憤に満ちた声。
「お前たちこそ純人教団を超える〝狂信者〟……滅ぼすべき〝悪魔〟だとな……!」
その体が、森が枯れる範囲に比例して大きくなっていく。
純人教団の軍服が破れ、下半身は太い木の幹となり大地に根を張る。
人間のままの上半身も、肩や背から無数の木の枝が生え、禍々《まがまが》しいシルエットを形成していく。そして――
「ふむ、それが累代の道術士たる貴様の〝奥の手〟なのですわね」
一帯の植物がすべて枯れ果てた時、ソンは身長20メートル近い、上半身が人間、下半身が樹木の巨人となっていた。
「そうだ!! ソン家に継承されし陰陽五行こそ〝木〟をつかさどる無上の道術! その秘奥義〝樹霊巨人〟の力、思い知るがいい人類の敵め!!」
巨人に生える枝が伸び、巨大なムチのように少女たちに襲いかかる。が、少女たちは軽々それをよけつつ、
「あはっ、ちょぉっとスゴイけどぉ、元に戻れるのかしらぁん?」
「ニャハハ~、ど~見てもムリなんだにゃ~♪」
「自暴・自棄……イコール……無能・無策………」
「あのき~♪」「なんのき~♪」「おに~ちゃんのてき~♪」「「「てきは~おそ~じ――」」」
「そこまででしてよ」
反撃しようとした少女たちを〝園芸部〟が止めた。
「分かっているはずですわ。《《あれ》》は、わたくしの獲物でしてよ」
縦横無尽に暴れる枝が、《《本能で》》〝《《天敵》》〟《《を恐れるように》》ハニーブロンドの少女だけは避けていた。
「ちぃっ!!」
巨人が蛮勇をふるい、枝の1本をハニーブロンドの少女に振り下ろす。が、丸太のごとく太い枝を少女は薔薇一輪で苦もなく受け止めた。瞬間、薔薇に触れた枝が破裂し中から太く長い蔓が現れる。
「なにぃっ!?」
驚く巨人に蔓が絡みつくと、巨人の他の枝も破裂し同様の蔓が多数現れた。さらに巨人の体を中から突き破り、さらに多数の蔓が現れて巨体に絡みついていく。
「な…なんだ、これはぁ!?」
「トリフィオフィルム・ペルタトゥムですわ。西アフリカ原産の食虫植物の一種でしてよ。この程度の一般教養も持ち合わせないとは、つくづく残学ですわね」
少女が深く溜め息しつつ、
「先ほど教室で、貴様の額に薔薇を刺したことを覚えていまして? あの時に茎に仕込んでおいた種子を、貴様の体に潜ませておいたのですわ」
少女の説明に、まわりのクラスメイトたちもうなずく。
あの時から、男は少女の〝獲物〟になったのだと。
「く…くそっ! もっと草木の力を吸収して――」
「どこから吸収するのでして? この一帯の植物は、すでに貴様に枯らされたというのに」
枯れ木の森と枯れ草の平野を、少女は見やり、
「いっそトリフィオフィルム・ペルタトゥムの……我が枝葉の力を吸収すれば良いのですわ………《《できるものならば》》」
「……おのれえっ!!」
悔しそうに叫ぶ巨人は、言われるまでもなく試していたのだろう。
だが、無数の蔓が精彩を増して伸びていく一方、巨人の下半身の幹は枯れていき、上半身の人体もやせ細っていく。
それは巨人の生命力を食虫植物が一方的に吸収している事実であり、巨人と少女の〝実力差〟の証でもあった。
「ぐうう……わ…忘れるなよ悪魔どもめ! ここで私を倒しても、いつか必ず天罰が落ちるぞ!!」
義憤を振りしぼった勇敢なる啖呵。――だったが、
「ニャハハ~、だったら天罰もブッ殺して進むだけなのにゃ~♪」
「天罰ヲ・期待……イコール……弱者ノ・負ケ惜シミ………」
「あはっ、ホントにそんなモノがあるならぁ、『いつか』じゃなくてとっくに落ちてるのよねぇん♪」
「まったくでしてよ。第一、百億歩ゆずってそうなったとしても、ここで死ぬ貴様がそれで甦るわけではないのですわよ」
巨人の顔が凍りつく。
あらためて突きつけられた〝死〟の恐怖は、義憤も勇敢もあえなく粉砕し――
「た…たすけてくれえっ! 出来心だったんだ……私もだまされた被害者なんだ……こんなことになるとは思わなかったんだ!!」
「あはっ、犯罪者の3大言い訳ワード、コンプリートなのよぉん♪」
「ニャハハ~、日本には~〝介錯〟って武士の情けがあるのにゃ~♪」
「〝王〟ニ・反抗シタ代償……イコール……死………」
骨と皮だけになった上半身が震え上がり、なくなったはずの足がすくみ上がる。
「ま…待ってくれ! 私も水代煌路に忠誠を誓う! 奴の……いや、あの方のために人生を捧げる!! 私だってエヴォリューターなんだから、その資格や権利があるはずだ!!」
少女たちは一瞬キョトンとすると………《《わざとらしいほど》》破顔して、
「あはっ、ほしいのは『ウソつき』より『モチつき』なのよぉん♪ お正月も近いしねぇん♪」
「ニャハハ~、何十年も戦争してるのに~、ま~だ〝平和ボケ〟が多いのにゃ~♪」
「資格ヤ・権利……ノット・イコール……無償デ・与エラレルモノ………」
「その通りでしてよ。権利や資格とは、自らの力で勝ち取るものですわ。我らが〝王〟に仕える権利。殿方を想う権利。そして………生きる権利も」
ハニーブロンドの少女が、気品あふれる笑みを見せ、
「すなわち真に力ある者ならば、傘下に加えることに異存はなくてよ。ゆえに我がノブレス・オブリージュにのっとり、〝機会〟を与えてあげますわ。自らの生きる権利と資格を、自らの力で勝ち取る〝機会〟を」
巨人の顔に一縷の光明が浮かんだ。
「なれば自らの力で、我が枝葉を刈り取るが良くてよ。それしきに後れを取る者に、我らが〝王〟に仕える資格は無いのですわ」
巨人の顔を絶望が塗りつぶした。そして――
「しかく~♪」「しっかく~♪」「おに~ちゃんの~♪」「「「おともだち~しっかく~~~♪」」」
「……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
怨嗟の絶叫と共に、巨人は無数の蔓にのみ込まれ消えた。
静寂の戻った枯れ草の平野には、巨大な食虫植物が墓標のように残るのみ。
「ニャハハ~、学院の掃除も終わったし~、地球軍の基地に行くのかにゃ~?」
「いえ、向かうのは水代邸でしてよ」
〝園芸部〟が目元を引きしめ、
「〝クズ参謀〟が〝女子剣道部〟と〝ビリヤード同好会〟を水代邸へ先行させたのであれば、今回の件、もうひと波乱あると見るべきですわ」
次の瞬間、逢魔が時の平野に少女たちの姿はなかった………
◆
パアアアアアァァァァァァァ………
暗闇の中に、雪の結晶を思わせる巨大な光の紋様が浮かんだ。
直後、紋様から生え出すようにして、高さ30メートルもの卵型の装置と、装置を囲む純人教団軍の兵士たちが現れる。
「……ここが、水代邸の地下なのか?」
「〝支援者〟からの情報が正しければ、そうなる」
「ダメだ。GPSが働かないから、現在位置が分からん」
「無駄口はいい! 全員、ヘルメットの暗視装置を起動させろ!!」
指揮官の指示を実行し、兵士たちは周りを見回す。
「えらく駄々っ広い所だな……広すぎて、暗視装置を使ってるのに、奥が暗くなっていて見通せないぞ」
「横だけじゃない。上もどこまで広がってるんだ……それに、このたくさんある太い円柱は一体……?」
「なんだか……馬鹿でかい神殿にいるみたいだな………」
「ソう、こコは〝神聖ナ客人〟をムかえル神聖な場所ナんでスよ」
不意に、奇妙な発音の声が聞こえた。
「まア、今日おトずれタのは〝《《招カれザる》》客人〟なンですけドね」
兵士たちが声のした方を見ると、サッカーボール大の球体車輪の上に漏斗を細長く伸ばしたような物体を取り付けた、一輪車のような奇妙な車イスに座る少女がいた。
端整だが体温を感じさせない顔にバイザー型のサングラスをかけ、カーキ色のロングコートのⅤゾーンに赤いネクタイをのぞかせている。
「ミズシロ財団か!?」
兵士たちが銃を構える。が、少女はネクタイを外しカメレオンの舌のように伸ばすと、ムチのごとく振るって銃をすべて弾き落とした。
「抵抗しナいで要求ニ従えバ、楽に死ナせてアげマす」
ヘビのような冷たさの漂う声に、兵士たちは動揺して少女を見る……が、
「肯定。臆せず胸を張りたまえ。見事な計略であったぞ、純人教団よ」
実直そうな声が響き、身長180センチを超える緋色の学生服の少年が現れた。
彫りの深い顔にバイザー型のサングラスをかけ、黒髪をGIカットにした少年だ。
前を開けたブレザーの下では、モノトーンの迷彩シャツで頑強な体躯を包み、これも屈強な足元はアーミーブーツで固めている。
「学院に侵攻した部隊はおろか、水代邸に派した大部隊さえ陽動だったとはな」
顔の左半分には三日月模様が、ブレザーのそでから伸びる手首には細かな水玉模様が、黒一色で描かれている。
「本日、学院に輸送された新型の『気候調整装置』……それこそが貴様たちの計略における、真の〝奥の手〟だったのだな」
少年がギラリとサングラスを光らせつつ、きびきびした動きで巨大な卵型の装置を指さす――寸前、
「正義面しテ出シャばるナ!!」
赤いネクタイが伸びてきて、少年は手を引っ込めた。
「否定。同士討ちは控えたまえ。正義や姉への過度な固執もだ、プ――」
「オ前が姉サんヲ語るナ! 私ノ名を呼ブな! 私は〝カメレオン〟ダ!!」
玉虫色の髪を真紅にする少女がヘビのような二又の舌を見せ、少年は嘆息して、
「肯定。ならば小官のことも〝ボディーペイント同好会〟と呼び――む?」
視界のすみに光がさし込み、少年が光源へ向く。と、雪の結晶のような大きな光の紋様が床に多数浮かんでいた。
「ここまで来て邪魔はさせんぞ! けがらわしいミュータントめ!!」
純人教団軍の指揮官が、古代文字の刻まれた短剣を輝かせつつ叫び、
「ソの短剣ハ――」
〝カメレオン〟がつぶやいた直後、多数の光の紋様から、多数の機甲衛士と式獣機が出現した。――刹那、
「〝指斬〟!」
凛とした少女の声が響き、全ての機甲衛士が不可視の刃に斬り裂かれた。さらに、
「〝増えるタマツキ〟お~~~♪」
へらへらした少女の声が響き、全ての式獣機が無数の小さな金属球に貫かれた。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ
一拍遅れて、全ての機甲衛士と式獣機が爆散した。
その爆炎に照らされ、闇の中に緋色の学生服の2人が見える。
「狼藉者め、往生するでござる」
1人は、白木の鞘に収めた日本刀を腰におびる、マジメそうな少女。
腰まで伸びる漆細工のごとき黒髪を、白い帯を巻いて1本にたばねている。
「アタシサマたちの〝聖域〟に侵入しやがるとは、いい度胸でやがるのです♪」
もう1人は、右目に片眼鏡を付けた、ナマイキそうな少女。
ショートカットの緑の髪をフリル付きのヘッドドレスで飾り、ビリヤードのキューを風車のようにクルクル回している。
「否定。標的を横取りなど言語道断と心得たまえ。〝女子剣道部〟に〝ビリヤード同好会〟よ。ならば――」
眉をひそめる〝ボディーペイント同好会〟が薙ぎ払うように右腕を振る。と、黒い水玉模様が手首から飛び出し、散弾銃の弾丸のように兵士たちを襲った。
「残る〝星〟は小官が取らせてもらうぞ」
卵型の装置のまわりで兵士たちが血の海に沈む………短剣の炎で身を守った指揮官を除いて。
「……おのれミュータントどもがあっ!!」
短剣が周囲へ炎を放つ。が、少年少女たちはそれぞれ、まばたき1つで、キューを回転させて、サングラスを光らせて、ネクタイをひと振りして、簡単に炎を散らしてしまう。
「発火能力……いや、〝魔法使い〟でやがるのですか。どっちにしろ『けがらわしいミュータント』のくせに、純人教団に入ってやがるのですか♪」
「うるさい! 刑務所で罪人として消されるか、研究所で実験体として消されるか、軍隊で兵器として使い捨てられて消されるべき化け物め!! 私は心まで怪物になってはいない! お前たちと違ってな!!」
ヘルメット越しの怒声に、〝ボディーペイント同好会〟が指先の黒点を1つ撃ち、
「否定。少しは再会を喜びたまえ。《《元》》担任よ」
指揮官のヘルメットが黒点に砕かれ、怒りと驚きに歪む女の顔が現れた。
「ナハハ、トラウマで海に入れないって、ホントでやがるのですか《《ニセ》》教師♪」
「正確ニは、純人教団が送リ込んだスパイでス。〝参謀閣下〟ノ指示で〝自覚なキ協力者〟ニ仕立てるタめ、ワざと学院ニ潜入さセましタが」
スパイとバレていたと知り、女は20代後半の顔をさらに歪めた。……が、
「そーいやコイツ、ナマコの活け造りでブッ倒れたあと、保健室で寝てるよーに見せて、学院や水代邸のコトをかぎ回ってやがったのですよ♪」
「実際にハ、意図的ニ泳ガされタ上で、操作さレた情報ヲつかまサれていタのでス」
手のひらの上で踊らされたと知り、女は中東系の顔を盛大に歪めた。……だが、
「肯定。落胆は不要と心得たまえ。勇敢なる兵士には、名誉のブラックアウトを贈ろうではないか」
「……黙れ! 故郷の無念も晴らさずに討たれるものか!!」
「ん? 故郷がどうかしやがったのですか?」
疑問符を浮かべるZクラスたちへ〝カメレオン〟が冷淡に、
「あノ女の出身地ハ、〝第二のアラブの春〟ノ現場とナった州なノでス」
「つまり逆恨みでやがるのですか。あの事件はエヴォリュ-ターぎらいのバカなフラッターが、勝手に自滅しやがっただけなのです♪」
「ふざけるな! 私が何も知らないと思っているのか!?」
怒りに肩を震わせつつ、
「あの事件は貴様らエヴォリュ-ターが……ミズシロ財団が仕組んだのだろうが!! 住民をあおって暴動を起こさせ、それを理由に財団系列の企業を州から撤退させたのだろう! 反エヴォリュ-ター派の他の州への〝見せしめ〟にするために!!」
事件の起きた州は、《《インフラ事業も含めた》》ミズシロ財団の全ての企業が撤退したため、電気も水道も使えない原始時代のような生活を強いられている。
「ま、財団がってよりも〝《《クズ参謀》》〟《《が》》仕組みやがったのですよ♪」
あっさり認めた〝ビリヤード同好会〟が、へらへら笑いつつ、
「まさに〝《《クズ》》参謀〟の面目躍如なクズっぷり全開の作戦でやがったのです♪」
「肯定。だが説明をはぶくのは控えたまえ。元来あの暴動を画策したのは、財団系列《《以外》》のインフラ企業だったのだぞ」
「……なに?」
女が眉をひそめると、
「財団に属サないインフラ企業ガ、財団企業の機密技術ヲ入手しよウと、あノ暴動を策謀しタのでス」
「プロテクスの技術支援を受けてる財団企業と、そうじゃない企業の間には1世紀分の技術格差がありやがるのです……って、ボッチャマが言ってやがったのです♪」
「肯定。覚えておきたまえ。財団に属さぬインフラ企業は、暴動にまぎれて財団企業のインフラ施設に侵入し、その先進技術を奪取しようとしたのだ」
女は目をむいて絶句したが、
「だ…だとしても、そもそもの元凶は数十年前の〝太陽の消えた日〟で世界が荒廃したあと、復興支援としてミズシロ財団が各地のインフラ整備をしたことだろう!」
「それのナニが悪いと言いやがるのですか? 〝偽神戦役〟でボロボロになった世界に無償で電気や水道の設備を整えて、みんな感謝感激しやがったのですよ♪」
「だが独自の技術と規格を使った設備は、業界から同業他社の大半を駆逐した!」
血を吐くような声で、
「その結果、世界はインフラを……生活基盤をミュータントの財団に支配された!! 今やミズシロ財団に属さないインフラ企業は、〝太陽の消えた日〟で奇跡的に被害を受けずに生き残った、ひと握りだけだ!」
「現在、ソのよウな企業ノ世界に占メるシェアは、約4パーせントでス」
「それで暴動を起こして財団の技術を盗もうなんて、血迷いやがったのですか♪」
その時、女を得体の知れぬ悪寒が貫いた。
「だから〝クズ参謀〟のヤツ、《《技術を取られる前に》》発電所や送水所を、暴走させたフラッターどもに《《技術ごと》》吹っ飛ばさせやがったのですね♪」
ブン殴られたように頭がクラクラして、視界がグラグラ揺れる。
「私モ工作員としテ現地に潜入シていタのデすが、〝アロマ同好会〟ガ作った香ハ、抜群の効果ヲ発揮しまシた」
言葉の意味が認識できず、吐き気がして倒れそうになる……が、
「否定。小官の功績も忘れずにおきたまえ。暴徒に支給した足の付かぬ武器の調達に大きく貢献したのだから」
「………お…お前たち、なのか……?」
ようやく認識できれば、頭が真っ白になり……
「お前たちが、やったのか……? 怪しいガスで、住民を暴走させ……強力な武器を、大量にバラまいて………お前たちが私の故郷を!!」
一転、頭が真っ赤に沸騰するが……
「全ては我らが〝計画〟のためにござる」
淡々としつつも鬼気せまる熱を孕む声に、心が激しく後ずさった。
「ふ…ふざけるな……あの事件で、どれだけの人間が死んだと思っている……」
冷や汗に濡れると思いきや、肌は脱水症状のように冷たく乾き、
「犠牲となった、者たちに……何の罪が、あったというのだ………」
腋と膝の裏だけを嫌な汗に濡らしつつ、あえぐように声をもらす……が、
「ん~、エヴォリュ-ターへの迫害をタナに上げやがるのは置いといても……」
冷たく光る片眼鏡に、心臓が跳ねあがり全身の血が冷える。
「根っこのトコでカン違いしてやがるのです。アタシサマたちは――」
これ以上は聞くなと本能が警告してくる………しかし、
「殺す理由があるから殺すんじゃなくて、生かしておく理由が無いから生かしておかないだけでやがるのですよ」
とても穏やかな顔で少女は語る。
「それこそは〝弱肉強食〟……大宇宙の鉄則でやがるのです」
発した言葉が信じられないほど神々しく穏やかな顔。
「……………………………………」
反論しようとしても、のどが動かない………いや、《《感情が》》、《《心が》》凍りついたように動かない。
「………………………」
呼吸もままならず、しばし唇を震わせたあと、ようやく嗚咽するように………
「……………あ……悪魔め……!」
それ以外に有り得ない……そうでなければ、それは………
「……くっ」
激しい目眩に襲われつつ、浮かびかけた考えを頭を振って否定する。
かろうじて本能が、今の自分を支配するのが〝恐怖〟だと察していた。
自分の常識を破壊する〝異物〟への、人間の理解を超える〝恐怖〟だと。
「で、オマエを生かしとく理由も、もう無いのでやがるのです♪」
急にナマイキそうになった笑みと声に、思い出したように冷や汗がふき出す。
「てなワケで、仲間と同じに〝掃除〟でやがるのですよ♪」
視線を下げれば、血の海に倒れる純人教団の兵士たち。
「ちょ…調子に乗るな……ここで、私たちが倒れようと……私たちの同志は、世界中にいるんだぞ……!」
今にも途切れそうな息の中から、死にもの狂いで強がりを吐く。――が、
「だったら、ボッチャマ専属メイドのプライドにかけて、《《世界中》》の〝不良品〟どもをチリも残さず〝掃除〟でやがるのです♪」
一縷の光明もない地下空間で、象に踏み潰される蟻になったように感じる。
「そ…そんな暴挙、許されるものか……全知全能なる、神の御心のもとに……!」
一方的に踏み潰される無力感に、視界が暗くなっていき……
「カミサマが全知全能でやがるなら、〝不良品〟がお先まっ暗な今の世界が御心でやがるのです♪」
〝絶望〟という闇に視界が閉ざされた。―――直後、
「肯定。ならば天国の門をくぐる時と心得たまえ。勇敢なる兵士よ」
サングラスの少年が左の手首を女へ向ける。と、手首の水玉模様の黒点が手のひらに移動し、1つの大きな黒い丸になった。
「……くっ」
自分を葬る一撃を前に、女は兵士たちが倒れる血の海の中を不様に後ずさる。が、巨大な卵型の装置に背がつくと、うつむいて肩を小さく震わせ……
「……われら……るな………」
かすれる声をしぼり出した――直後、
「……我らの覚悟をなめるな!! もとより生きて帰るつもりは無い!!」
ガバッと上げた顔に泣き笑いを貼り、古代文字の短剣で《《自分の胸を》》貫いた。
「ぐはっ……滅びるがいい、ミュータント……自分たちが、あがめる力で……全ては純粋なる人類のためにいいいっ!!」
絶叫しつつ倒れる女が胸から短剣を抜くと、傷から噴き出した鮮血が燃え上がって周囲に降りかかり、卵型の装置をかこむ血の海は火の海となる。と、燃えさかる火は毛細血管のようになって巨大な装置の表面を駆けのぼり――
「まさか〝生贄〟の術式でやがるのですか!?」
火の血管に覆われた装置が、ドクン、ドクン、と不気味な鼓動音を響かせる。
火となった兵士たちの血を……〝命〟を生贄の供物として吸い取ったかのように。
直後、装置はブロック玩具を組み直すように形を変えはじめ、あふれ出す《《白金色》》の光と《《覚えのある》》重圧に片眼鏡の少女は、
「やっぱり、あの中にいやがるのは――」
しかし少女が言い終わる前に、無辺の暗闇が轟音と爆炎に満たされた。
爆炎は遥か上方の地上にまで達し、巨大な火柱を夜空へと屹立させる。
そして火柱から脱皮するように現れたのは―――全長が150メートルを超える、白金色の機械の大蛇だった………