Coming-out
少しグロめですかね。
夏、むせかえるような暑さのなか。
放課後、屋上には僕と、木村結衣と、こっそり気づかれないよう覗いている木下と悠馬しかいなかった。
セミのけたたましい鳴き声が耳の奥で響く。
*
「……何?」木村結衣は、暑さのためかセーターを脱いで腕にかけ、目線をそらしがちに訊いた。今にも消え入りそうな小さな声。
「いやっ……。何というか……」
緊張と暑さのためか、手が汗でびしょびしよだ。脇もすべりやすくなっている。屋上のドアの隙間から、悠馬のささやき声が聞こえる。いや、それだけじゃない。
心臓の音が高くて、向こうまで聞こえていそうだ。
何も言えない。何を言おうとしてたんだ?
考えてきたはずだ。眠れない夜に。
何回も、何回も。なんで言えない?
*
「私、部活あるから……」と木村結衣。後ろを見れば、彼女が入っている部活、女子テニス部の先輩が屋上のドアの窓ごしに、こちらを眺めている。「ああ、うん。わかった」それしか言えなかった。僕は極度の緊張で、文字どおり頭が真っ白になっていた。
僕のかたわらを彼女が足早に通りすぎていき、僕は自分の上履きを、ただなすすべもなく見つめていた。
*
彼女が階段を降りていなくなると、遠慮がちに木下と悠馬がよってきた。
「地上よりトム少佐。聞こえますか? 応答どうぞ」なにも言わない僕にむかって、悠馬が冗談をいってくれる。木下は「たいしたことじゃない」と慰めてくれる。「よくあることさ」
階段を降りる木村を、僕は見ていた。テニス部の先輩と、話して、少し申し訳なさそうにしている横顔を。
拒絶されたのか?
「大丈夫だって。俺の内なる本能がそう告げてんだよ」これは悠馬の口癖で、どんなときにも自身の内なる本能そう告げているらしい。
「まだチャンスがなくなったわけじゃないだろ?」と木下。太っているが、いいやつだ。
炎天下、屋上に短い影が3つ。
*
そのときだ。校内にけたたましい叫び声が広がった。木村もそれに気づいたようだ。あたりを見回している。叫び声は続き、ついで校内放送が急に流れた。
『生徒の皆さん、至急、体育館に避難してください! 早く!』ほとんど絶叫に近い大音量で、そう流れた。僕達は一瞬顔を見合わせ立ち止まり、少し歩調を早め、屋上のドアに向かった。『早く!』放送は続いていた。
なんだよ?
*
放送を聞くなり木村と先輩も階段を降りようとしたが、急にたちどまって、後ろに数歩下がった。それを視線の先に感じ、僕は立ち止まった。危険だ。危険だ。
悠馬も僕から数歩先のところで僕に気づいて立ち止まり、「なんだ?」と訊いてきた。
階段の踊り場のところで、彼女は立ち止まった。女テニの先輩が腰を落とし、腕だけで数歩下がった。
叫び声が聞こえる。『早く! 体育館に!』放送はまだ続いている。
*
次の瞬間、僕が見たものは形容しがたかった。
ショックであまり覚えていないが、鼻からどす黒い血を流し、腕は皮が剥けて白っぽい筋肉が見えている人間。制服は血で汚れ、目は充血して2倍くらいに大きくなっている。歯は歩くたびに抜け、長髪がかかった耳は中からの筋肉やゴミで汚れている。スカートは血で汚れて足に張り付き、その足の爪も歩くたびに外れる。
けど、動いてる。全身の筋肉が硬直したように、ぎこちなくてゆっくりとした動きだったが、確実に動いている。
この生き物を端的に表すとしたらーーーーゾンビだ。
いやーーー。皆さんも、こんな青春しましたか?
僕はしたくないですね。