終【とある死神が生きていたということ】
短編企画【最終話】
これまで色々な話をした。
自殺や紙、人殺しや夢、愛や噂などなど。
39個の話をし続けてきた。
でも、どうだろう。心に響いただろうか?
どれだけ書いてもどれだけ書いてもどれだけ書いてもなにも伝わることなんてないことはわかっているのに僕はこうやって諦めきれずに書き続けてしまう。
これは僕が書きたいから書くことであって読者がいてもいなくても僕には関係がない。たとえいたとしてもこれは僕だけが僕のために書く僕のためのお話である。
例え誰かが僕に文句を言っても僕はそれを曲げないし、曲げるほどの力も僕にはない。そんな僕がこれから書こうとする──いや、語ろうとするのは僕の僕による僕のための僕に有利で僕に利益しかなくて僕しか得しなくて僕以外のすべてに不利で利益のない理不尽で不条理で大嫌いになるような物語。
そんな話だったら僕はいいな。
──────────────────────────
いつからだろう。
僕が好きだった彼女が死んでしまった時だっただろうか。いや、彼女は関係ない。彼女は死んだのだ。もう僕のなかでは終了した歴史でしかなく、感情移入するものではい。
あの偉人はこんな風な性格だったとか、そんなことを知っているのはごく一部であるのと同じように僕は彼女の性格をなにも知らなかった。ただそれだけである。
たとえ彼女がいなくても僕はいずれ現在に至っていた。彼女の存在は偉人のように重要な存在ではない。
この町にもこの国にもこの世界にもなににも影響なんて与えない。あえてあげるのなら彼女の家族だろう。それにしか与えていない。それだけのちっぽけな存在だ。
だから僕の人生にはまったく関係がない。
ならば、一体いつから僕はこうなってしまったのだろうか。
いつから僕はこんな風に彼女のことを批判できるような最低な人間になってしまったのだろう。彼女を偉人と比較して存在しなくてもいいとか言える立場に僕はいるのか?
いるわけがないだろう。
僕ほど彼女の影響を受けた人間はいない。僕しか影響を受けた人間はいないほどだろう。家族への影響などないに等しい。
だから彼女を批判するのだろうか。
僕にしか覚えられていない彼女へ僕は怒っているのかもしれない。彼女を忘れ去った世界を批判しているのかもしれない。
いや、しているのだ。僕は世界を批判している。非難している。そして否定している。彼女を忘れ、いなかったかのように回り続ける世界を、人々を、生き物を。
僕は許さない。もう、彼女にしか許されない。
でも、僕は自分を許せない。
あの時になにもしなかった僕を許さない。
だって。彼女を殺したのは僕なんだから。
「で?そんな妄想を聞かせるためだけに私を呼んだわけ?」
「まぁ、そうだね」
「はぁ?呆れた」
そうやって僕に向かって怒ったように顔をしかめた。
「まぁまぁ、そう言わずに聞いてよ。だって君が聞きたいって言ったんじゃないか。続きが聞きたいって」
「そりゃ、言ったけどなんで彼女死んでるのよ。前まではちゃんと生きてたのに。あんたよくあんないい彼女を殺したわね。『例え世界が許さなくても彼女が許してくれれば』とか言ってるけど私が許さないわよ」
「えぇ。そんなこと言わないでよ。僕だって彼女を生かしたかったよ。だってこの話の中で僕は彼女が大好きだったなんだから」
そうだ。僕だって彼女が好きで好きで好きでしょうがなかった。それでも仕方がないじゃないか。だってそうしないと物語が上手く──。
「上手く進まなかったんだから」
「なぁに言ってんのよ。それをどうにかするのがあんたの仕事でしょ?」
「はいはい。じゃあこうすればいいの?」
いつまでも僕は彼女に好きでいられたかった。
そのためならなんでもするし、なにをしても僕は許されるはずである。それが僕の中で彼女へ送る思いの事実である。
しかし、現実はそうは甘くない。いつまでも彼女が生きているとは限らないし、僕だっていつ死ぬかわからない。僕らはそんな不安定な日常を孤独に生きてきているのだ。
それは今も昔も前世も来世も変わらない。代わりもいない。
僕らは僕らしかいなくて代えようもない唯一の存在であることが保証されていた。
しかし、先程今も昔もと言いながら現状ではそれは口が割けても言えないほどに変容してしまっている。
つまりは僕らの存在証明である唯一無二の前提が崩壊したのだ。
目の前に突っ伏している彼女は彼女である。しかし、唯一無二の彼女ではない。彼女は量産品の中の1つでしかないレプリカである。
ある研究で作られた量産品は合計1000体を越えている。そのすべてはずっと昔に彼女の手で破壊されたと言っていたが、今3年たった今再び彼女の前にレプリカが現れてしまったのだ。
彼女はただ静かに床に転がる彼女を見ていた。
そしてひと言。「いやだな」と呟いた。
「うーん。いや、彼女さんが生きてたのは良かったけどどうして彼女さんは過酷な運命を辿ってるの」
「だって、そうじゃないといろいろ不備がでるんだよ」
「どーゆーことさ」
「僕は別に喜劇や感動的なお話を作りたい訳じゃなく、悲劇が作りたいんだ。そのためにはやっぱり誰かに涙を呑ませるしかないんだよ」
「なにそれ」
そう言って笑った。決して冗談で言っているわけではないのに。
「まぁ、いいよ。それで?君は一体どうすれば満足してくれるのかな?彼女が生きていて、それでもって幸せで、そして僕と結婚なんてしていればいいのかな?」
「そうね。まぁ、そうなっていれば私は満足してあげて良いかもしれないわね。でも、それでもまだ少し足りないわ。子供を作りましょう!」
「あはは。彼らはまだ高校生だよ?もう少し経ってからでもいいんじゃないかな?ほら、経済的な問題もあるだろう?」
「えー。じゃあ、もういっそのこと『10年後』とかにしちゃえばいいじゃん」
「えー。そんなんでいいのかな?もっといろいろあってもいい気がするんだけど」
「そんなこと言う?じゃあどうすればいいって言うのさ」
「いや、ちょっと僕の頭じゃそこまで考えるのは難しいよ」
「じゃあ決定!さっさと時を早送りしましょう。そうしないと私が許さない」
「はいはい」
10年後。
僕らは高校を卒業するのと同時に同棲し、大学を卒業すると結婚した。
最初は反対していた両親も最近では僕らに生活のあれこれを教えてくれる。もう認めてくれたということだろう。
そして結婚してから1年後。
ついに僕らの子供ができた。
彼女のお腹が膨らみ始め、痛みを感じると彼女自身から言われたときはもしかしたらと思ったが、予想通り子供ができていた。まだ妊娠3ヶ月だが、それでも僕は時折彼女のお腹に耳を当ててみたりする。
その度に彼女は優しく微笑み「なにやってるの」と言ってくる。そんな彼女がとても好きで、彼女と子供のために僕はより一層仕事を張り切れるようになった。
毎日僕は家に帰り、彼女と目を合わせ、子供の名前を考えている。まだ男の子か女の子かも分からないのにまったくおかしいもので、僕はそんな会話をしている時間がとても穏やかで、緩やかで、温かく、とても好きな時間になっていた。
「これが幸せって言うのかな」
「なにいってるの」
僕らはそんな他愛ない会話を高校でも大学でもしていた。
そして今もしている。
「おお!いいじゃない!」
「お、これは好印象期待してもいいのかな?」
「これよ!私が求めていたのは!やっぱり幸せっていいわぁ」
「あはは。まぁ、これで満足してくれたってことかな?」
「うーん。でもなぁ」
「ま、まだあるの?」
「いや、もう幸せなお話は聞かせてもらったから満足なんだけど、なんかこれ君の作る話っぽくないわね。これだともしかしたら誰かに書いてもらったんじゃないか?って言われてもおかしくないんじゃないの?」
「だから言ったじゃないかー。やっぱり僕は慣れない幸せな話よりも慣れた不幸な話を書いた方が良いって」
「でも、やっぱりここで良い話を持ってこないと今日で最期なんだから」
「でもなぁ。僕だって最期はきっちり終わらせたいけど幸せになれた結末を不幸な僕が書いてもいいのかな?」
「いい?この国には一応表現の自由が許されてるのよ。だからみんなに自由に書いて良い権利があるの!だからたとえ君が不幸で可哀想な人だったとしてもそれが君に幸せなお話を書いてはいえない理由にはならないのよ」
「あはは。大袈裟だなぁ。そんなこと言われても僕のことを悪く言う人は五万といるんだからそんな権利は関係ないんだよ。それと今僕が考えないといけないのは他でもなく君のことじゃないか」
「な、なに言ってるの」
「だって君が1番僕のことを理解していて、1番近い人だからこそ僕のことを1番に殺さないといけないんだから。君が悲しんでいることを僕が1番わかってる」
「はぁ?なに言ってるのかわっかんない!」
「君を呼んだのは誰だっけ?」
「……君よ」
「で?僕は君をなんて言って呼んだのか覚えてるかな?」
「それは……。そんなことはどうでもいいじゃない!」
「ほんとに?僕は君には幸せでいて欲しかったんだ。だって君はこんなにも素直で、そんなにも優しすぎるから」
「ち、違うわ。私は優しくなんてない……」
「ほんとに?だったらなんで君は僕のことを殺さなかったの?呼ばれておいてなんで大人しく僕の言う話に耳を傾けてくれたの?」
「そ、それは…。君のことが……」
「でも、言っちゃダメだよ。君は僕を忘れないといけない。忘れないと君は優しいから僕のお墓に毎日花をあげに来かねないから」
「だ、大丈夫よ。そんなことにはならないわ」
「そうだと良いんだけどね。いや、うん。でも本当はそうであってほしいっていう僕のただの願望なんだろうね」
「そう。でもたぶん私はそうはならないわ。だって私は優しくなんてないもの」
「そうだとよかったのに」
かわいくて優しすぎる死神は僕を切ると泣いてしまうことを僕は知っている。だって君はそんなにも涙を浮かべているじゃないか。そんな顔で優しくないだって?なにおかしなことを言ってるんだ。
そもそも僕が呼ばなきゃ来ることだってあったか怪しいところだ。君はそういうやつなんだよ。どこまでも優しいから、誰にでも優しいから僕の告白も受けないし、お話のように子供を作ることもない。死神とか人間とかいった隔たりよりも前に君は誰も悲しませたくないんだろう?
結婚というイベントに関して起こり得るかもしれないすべての悲しみをすべて回避したいから君は僕の告白もプロポーズもすべて蹴ったんだ。
それによって僕が悲しんだとしてもそれは僕個人の問題だし、君もずっと付いてる。だから僕のことだけが唯一傷つけらる人間だったんだ。
そして今君はそれを自らの手でなくそうとしている。亡くして無くしてしまうことを自ら行おうとしているんだ。
僕の寿命を無理矢理伸ばそうとして失敗した時の君の顔を僕は今でも覚えてる。
君は泣いてしまったんだったっけ。僕はそれを見て悲しくなってしまった。でも、僕はなにも声をかけてあげられなかった。
あのときはごめんね。君は僕のためにしてくれたことなのに、本当なら感謝しないといけなかったのに。僕はあの時、ありがとうの一言も言うことができなかった。
今更遅いかもしれないけれど、それでも僕はひと言告げた。伝わらないならそれでも構わない。
「─────」
同時に、僕の胸は鎌で穿たれた。
彼の穿たれた胸からテープが溢れでる。私はそれを集め、箱に入れた。
アカシックレコードというものを知っているだろうか。
人の魂が生まれてから死ぬまでのすべての出来事を映した映画のテープのようなものだ。
いま、目の前で自身の手で失われた命のアカシックレコードが保管された。
本当は見てはいけないのだが、今回ぐらいは許してくれるだろう。
「お願いします。赦されよ我が産みの親。冥王さまよ」
私はそれを見届けたい。
──赤ちゃんが産まれた。名前のつけられなかった彼は生きることができないはずであったが、元の親とは違う親に引き取られた。
──里親の元で育てられる赤ちゃんは順調に育っていった。
──4歳の頃。自我の芽生え始めた彼はふと自分の名前が無いことに疑問を持つようになった。質問を里親に頻繁にするようになったが、里親からは適当にはぐらかされた。
──6歳の頃。彼は戸籍のない状態で小学生となることができた。里親が偽の戸籍をつくって入れるようになったためだ。それから彼はいつばれるか分からない緊張した生活を送るようになった。彼は「新田悟」と名乗らされた。
──12歳になり、小学校を卒業する時。新田さとるが死んだ。
──彼は新田さとるとして死んだ。しかし、実際に死んだわけではなく、別の人間として戸籍を丸々交換した。人を1人この世から退場させた。
──彼は殺した人間の名前である「佐藤公太」を名乗って中学校へ入学した。里親は彼を見切り、雲隠れした。
──彼は虐めにあった。
──爪を剥がされた。
──トイレの水を飲まされた。
──集団で殴られた。
──彼はまた殺した。
──中学2年生になり、彼は転校せざるを得なくなった。理由は殺したからである。死体が見つかり、その親たちに恨まれ、周りの生徒たちにも怪訝な顔で見られたためである。
──彼は転校先の学校で彼女に出会った。
──仲良くなる内に彼は彼女が自身と同じく名前を持たないことを知った。
──彼は彼女が一種の死神であると知った。彼女は明言はしていなかったが、彼は彼女が鎌を扱うところを見てしまった。しかし、彼女にそのことは言わなかった。
でも、私は知っていた。彼が私の正体を知っていることを私は知っていた。
だって彼は嘘が下手くそなんだもん。
なんなにおどおどしていたらあのときに感じた人の気配が彼だってわかっちゃう。まったくだめだめなんだから。
人を殺してきたのになんでそういうところだけは純粋なんだろう。
でも、そういうことをまったく経験してこなかったからだろうなと思う。彼はこれまでずっと人に頼らず、生きてきたんだ。だから私と友達になれたとき、彼はあんなに喜んだんだ。
私も嬉しかった。私も彼と同じく友達なんて1人も出来たことがなかったから。いや、違う。私は彼とはすこし違った。彼は作ろうとしても出来なかったけど、私は自分から友達ができるのを拒否した。
理由はちゃんとある。
いずれ死んでしまう友達なんているだけで悲しいんだから。
私は腐っても死「神」なんだから。死ねない。死を司る者として私は死ねない。そういうように決まっているんだそうだ。
なんて残酷なことだろう。最悪で最低なシステムだ。
私はずっと死を見続け、ずっと人の死に向き合い続けなければいけないのだ。
悲しいことや嬉しいこと、泣いたり笑ったり、傷ついたり傷つけたり。
それを見ないといけない。それを見ないといけない。それを見続けないといけない。それを受け入れないといけない。
だから私は彼とは違った。
だから私はこうしてここにいるのだ。
──彼は高校生になり、それから5ヶ月後、9月半ばに彼女に死を告げられた。残り3ヶ月だと。
──2日後。彼は彼女に告白した。そして付き合い始めることになった。
──1週間後。デートをした。
──3日後。デートをした。
そうだ。色々なところにデートに行った。
最初に行ったのは某牛丼屋だった。なんでここなのか聞くと彼は一度も来たことが無かったから一緒に行きたかったと言った。私はそんな彼がとてもいとおしく、そして同時に悲しく思った。あと少しで死んでしまうというこのタイミングでみんなが当然とように済んだ初めてをすると言うのだ。
私は牛丼屋で向かい合って食べるということをしたことがなかったので、私としても初めてであった。
でも、私はそのことは言わずに人生の先輩みたいに彼にあれこれ教えてあげた。それを真剣に聞く彼の姿はとても必死で可愛かった。
私がそれを見て笑うと彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。でも、彼も笑っていた。
次にデートに行ったのは水族館だった。
少し高めの入場料を払って入ったが、それでも満足する時間だったと思っている。
彼は私の手を握って先へ先へと連れていった。前の牛丼屋とは逆に彼はこの水族館に来たことがあったらしい。
最初にヒトデをみた。彼はヒトデについて色々解説をしていた。私はそれを見てただの星形の生き物だと思っていたが、彼の解説を聞いていく内にそんな表面的な捉え方じゃなくて、もっと色々なことを考えてしまった。
次にみたのはなんだろう。
色々な魚をみてしまったからもう思い浮かばないや。でも、たくさんみたんだ。鯨もみたし、電気ウナギなんてものもみせてもらった。
私はその度に色々な解説をする彼を見て気づいた。
彼は今日のために、私を楽しませるためにそういう魚のことを解説しようと色々調べてきたんだろう。なぜなら彼の目の下にはすこし隈があったのだ。
彼はそんなに必死に時間をかけて私を楽しませようとしていた。
それは本来なら私がするべき行為だ。時間の限られた彼に無闇に時間を使わせるべきじゃない。それも私のために使わせるなんて最低だ。彼は残された時間を彼自身のために使うべきなのだ。
だから私はそう言った。
しかし、彼はそれを否定したのだ。
理由を問いただすとこの時間は自分自身のために使ったものだと言った。
私はそれを聞いて愚かしくも喜んでしまった。
──何回もデートをした。
──残り10日。彼は入院した。
彼は突然倒れた。デートをしていつも通りに帰っている途中の出来事だった。
彼は過呼吸になり、胸を押さえて倒れてしまった。
私はすぐにこれが前兆であると察した。ここ最近彼はずっとなにかを悩んでいるような風を見せていて、さらに時折頭痛を訴えていた。
もう、残りの日数はなかった。
彼の最期は一体どうなってしまうのだろう。私はその時をなにも思わずに、感じずに迎えることができるのだろうか。そんなことをぐるぐると考えていたのを覚えている。
それほど私の中で彼は特別な存在になっていたのだ。
しかし、本来ならひとりぼっちで永遠に生き続けないといけないのに、こうして出会ってしまった彼だからこそこんなことを思ってしまうのも仕方ないことだったんだ。
私にとって彼は特別で、だからこそ特別扱いをしてはいけない。
それは不公平だから。
私はこれでも神様なのだから。
それでも、私は割りきることが出来ず、彼が入院したその日はずっと彼の病室にいた。
彼は静かに眠っていた。
──残り9日。彼女と最後のデートをした。
彼は突然星が見たいと言い出したのだ。
それを聞いたとき私は当然止めようとしたが、彼はすこしも譲るような態度を見せなかった。それでも私は止めようと言ったが、彼に最後のデートだと言われた時にはもう言葉が出てこなかった。
私は多少回復した彼を無断で連れてデートに行った。
そこからは彼の言う通りに場所を巡った。
最初は牛丼屋に行った。
彼は体調が整っていなかったので食べれないそうなので行かなくてもいいと言ったのだが、彼がどうしてもと言うので仕方なく私だけ牛丼の一番小さいのを頼んで食べた。
向かい合い、ただどうでいい話をした。
次に行ったのは水族館だった。
お金をたくさん持ってきていたので2人分払って入った。
彼は以前の知識をすべて忘れていたので私があのときの彼のようにヒトデや電気ウナギの話をしてあげた。
彼は微笑んで私の話を聞いていた。
その次は映画館へ行った。
しかし、お金が足りなかったので映画館の受け付けロビーで流れる映画の予告編を観るだけで終わってしまった。
それでも、彼は楽しそうに笑っていた。私もそんな彼の笑顔を見ていると自然と笑みが零れてしまうのだから不思議だ。
最後に行ったのは展望台だった。
いつの間に時間が過ぎたのか気づけば夜になっていて、展望台からみえる星空には天の川も見えた。
私は本では天の川というものがあると知っていたが、実際に見るのは初めてで、思わずきれいだと呟いていた。
感想を共有しようと彼の方を見ると彼は目を擦っていた。どうしたのかと聞くと彼は無理をしたように笑ってなんでもないと言った。そして続けてきれいに見えて、晴れて良かったと言った。
彼の頬には涙の跡があった。
私はそんな彼に告げる言葉が見つからず、ただそうだねと返事をしたのだ。
──残り8日。彼は突然目を閉じた。
彼が意識不明になったのは最後のデートをしたその翌日であった。
私は焦った。彼がこうなってしまったのは昨日デートに行ったからなのでは?と。だってあまりにも急すぎる。彼はデートの時はすこしもつらそうな顔をしていなかった。
いや、もしかして彼は我慢していたんじゃないか?彼は無理をして私との最後のデートを実行したんじゃないか?
そんなことを私は思った。
だったら私は最低な神様だ。
彼の残り少ない時間のほぼ全てを自分のために使わせたのだから。彼が自分のためだと言ったところでその事実は変わらない。彼は残りの3ヶ月の全てを私のために浪費して眠ったまま死を迎えるのだ。
私は一体なぜ思ってしまったんだろう。彼を想い、思ってしまった。それがこの結果なのだろうか。
あぁ、私はダメな死神だ。
もう、彼を想う資格もない。
神様ならばもうすこし幸せな結末を与えることも出来たはずなのに。
彼はこんな風に死んでしまう。
私はそれをただ後悔し続けた。
──最後の日。彼は目を覚ますとすぐさま彼女を呼び出し、物語を始めた。
彼は私を励ますために目を覚まし、話をしてくれた。
私とのありもしない空想の幸せなお伽噺。
彼は不幸主義で少しひねくれてはいたけれどそれでも彼の語る話は私を元気にしてくれた。
そうして最後まで彼は私のために時間を使ってくれた。
──彼女に穿たれる瞬間。彼は口を動かす。とても小さな声で彼は聞こえるかとかいう不安なんて無しに告げた。
──『愛してる』
彼の言葉は届いた。
私は彼の魂の抜けた身体を横に立ち尽くしていた。
やっぱり私はとてもダメな死神だ。どこまでもどこまでもどこまで行っても私はダメダメだった。
だって私は今こうして彼の亡骸を見て泣いてしまっているんだから。
彼が残した最後の言葉。
彼が私に伝える気のなかった最後の言葉。
そして、
私が一番聞きたくなくて、一番聞きたかった最後の言葉。
私が全てを終えて、日常生活に戻ろうとするとき。私は激しい頭痛に襲われた。
それはいつかの日に神様になったときに聞かされた「神降ろし」であった。
神とされた者が仮にも禁忌を犯した際に下される罰。神としての役割を降ろされ、人間として生き、死ぬこととする罰。
永遠の命を得た者が死を与えられる罰であった。
私は人間となった。
彼と同じ1人の人間となった。
結局私が神として本当の意味で弔ったのは彼1人であった。
だが、それでいいのかも知れない。私は今となっては無感情で人の魂を抜き取ることはできない。
それは彼を知り、彼と生き、彼の死を見てしまったからだろう。
あぁ、思えば彼は最後まで私のために行動してくれていたのかも知れない。たとえ彼のなかではそうでなかったとしても。
彼は私のために全てを浪費して私を救ってくれた。
死神とかいう呪いから。
神様とかいうシステムから。
だから私も生きていこう。彼が与えてくれた有限の人生を面白おかしく生きていこう。
それは彼には出来なかったことだから。
だから彼の代わりに生きていこう。
──────────────────────────
彼の入った墓石の前でいつもの日課で挨拶をしていると、ふと私はその決意を思い出した。
「あなたのおかげで私はちゃんと生きています」
そう言った私はこれからの人生に思いを馳せる。
これまでの生きていなかった日々を抱えて、私はこれからもっとずっと幸せになるのだ。
彼という恩人がそばにいると信じて。
──続き。彼は墓石の前で元死神を見守っていた。
──────────────────────────
そんな物語ではなかった。
この物語は不幸が幸福を呼び寄せた。そんな不幸なお話だった。僕の入る余地なんてなかった。
だから僕はここで抵抗しよう。なにも出来なかった傍観者の僕なりにここで僕は意見しよう。
僕の物語はどうしようもなく不幸主義で、救われないものである。
それでも、僕は書き続ける。
たとえ僕の生むキャラクターたちが不幸な結末を迎えるとしても、僕はそれまでの幸せを大切にしていきたい。
世の中過程は重要視されないが、僕のこの物語だけは過程だけを見てほしい。
結論なんて、結果なんて、結末なんてそんなものはこの物語においてはただのお飾りでしかない。
だから読まなくてもいい。ただ彼らの生きた証だけを残しておきたいだけなのだ。
彼らが今は生きていなくても、過程では生きていたのだ。
結果なんていらない。大事なのは今だ。
結果なんてものは過程が積み重なって出来た1つの区切りでしかないのだから。
だから今は目の前を見続けるんだ。
目の前に広がる世界の果てを夢見よう。
『それは彼には出来なかったことだから。』
今回の短編は1万文字もある大ボリューム(個人的に)でお送りいたしました。
この物語のテーマは「彼には出来なかったこと」であり、「すれ違い」でもあります。
彼には普通に生きていくことができなかった。
彼と彼女では告白やプロポーズの受け取り方が違った。
挙げられている出来事が異なっていた。
そのどれもが彼らにとっては真実でも、互いにとっての真実ではない。
そして、そのことを知るのは我々読者のみ。
そんな彼と彼女の二人の思いを上手く表現できたかどうかは不安ですが、それでも個人的にこの短編企画を締めるにはとても満足のいく作品になったと思っています。
それでは、これまでの御拝読ありがとうございました。
これからも短編は時々投稿していきますので、その時はまたよろしくお願いします。