子爵令嬢フィリーネ物語
「じゅるり」
目の前には森の恵みたる木の実や、数種類のパンがあった。
お父様たちは、いつもどおりここにはいない。
「アリシア、ラズベリーがいっぱいですわ」
満面の笑みを浮かべながら、そばにいるアリシアのほうを向くと微妙な顔をされたが、気にすることなく夕食を食べ始める。
「おいしいです。恵みの神ラウニに感謝を!」
うれしくなっていつもどおり神に祈りをささげる。
その光景をアリシアがまた微妙な顔で見ていた。
食事が終わったので、専用の水場に移動し汗を流して夜着に着替えてお日様のにおいがするベッドにもぐりこんだ。
「眠りの神ヒュプノスの加護がありますように」
安眠を願い私は眠りについた。
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私は、成人したらガーレイア伯爵のもとに行くことになっている。
本来であればそのための教育を受けたほうが良いはずなのですが、先方の伯爵家では独自のきまりが在るらしく、成人後にあちらで教育を受けることになっています。
そのため特に予定のない私は、アリシアを伴って森に探検に来ています。
「今年の恵みはいっぱいです。森の神タピオに感謝を!」
満面の笑みを浮かべながら、いつもどおりはしゃいでいます。
嬉しそうにそれを見ていたアリシアが急に近づいてきて、森の奥を睨みつけます。
危険を察した私は、すぐさま森を離れます。
「アリシア、いつもありがとう。」
危険があるときは、いつもアリシアが教えてくれます。
アリシアは私の一番のお気に入りです。
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私は、12歳になりました。
貴族は、必ず成人までの3年間は王都にある学園に通わなければなりません。
そのため、子爵領を離れて王都の館に来ています。
ここでは、森に出かけることもできないのでしょんぼりしてしまいます。
「森に行きたいね。」
アリシアも頷いてくれますが、どうにもなりません。
私は、制服に着替えベールを被って学園に向かいます。
学園では、なるべく顔をさらさず男の人とは話さないようにお父様から言われています。
「あら、フィリーネ様」
ディートリンデ様が近づいてきます。
この方は遠回しに私やアリシアを馬鹿にするのです。
毎日暇な人ですね、私はこの程度のことを言われても実際気にもなりませんが、話が長くなるので少し涙目になってうつむくと、満足して去っていきます。
単純な人で助かります。
お昼になったので図書室で読書をして過ごします。
この時間が一番のお気に入りの時間で、王子様がお姫様を救い出す物語をいつも読みます。お昼が終わると午後の授業が始まりいつもと変わらない単調な時間が過ぎていきます。
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3年がたち学園を卒業して、子爵領の屋敷に帰ってきました。
今日はガーレイア伯爵が私を迎えに来る日です。
朝から侍女たちに湯あみをさせられ、薄絹のドレスを着せられて庭にある東屋でお母様とともに伯爵様を待ちます。
「運命の神ノルンのご加護がありますように」
お母様に聞こえないように、必死に神に祈りを捧げます。
しばらくしてお父様と一緒に伯爵様がこちらにやってきます。
私は恐る恐る顔を上げて伯爵様を見た瞬間に凍り付きました。
「いやーーーー!!!」
「なんでなんでなんで」
涙がとめどなくあふれてきます。
私は、これまで耐えてきた、食事が食べ残しの残飯でも、お風呂が井戸水での水浴びでも、眠るのが馬小屋でも頑張って耐えてきました。
伯爵のところに行けばこんな生活よりましになると信じていました。
伯爵の手には首輪を持ち、私の肌が透ける薄絹のドレスを見て満足そうに下卑た笑みを浮かべています。
私は逃げ出しました。
伯爵やお父様が追いかけてきます。
私の足では、すぐに捕まってしまうでしょう。
「アリシア、アリシア」
「ヒヒーン」
私の必死の叫びにアリシアがやってきます。
「森へ」
アリシアは私が背に飛び乗ると森に向かって走り出します。
最悪の場合に備えて森に隠してあった荷物を回収して、ただひたすらにアリシアを走らせます。
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いま私は若い村長の奥さんをやっています。
辺境の村は厳しい環境のため嫁に来る者がいないとの事で歓迎されました。
「ここは天国です。食べ残しでないゴハンと温かい家、最高です。運命の神ノルンに感謝を!」
「こんな貧しい食事が最高?」
「はい旦那様、最高です!!」
満面の笑みを浮かべながら答えます。
旦那様は、そんな私に微笑みながら頭をなでてくれます。
「5日ほどで戻ってくるよ。」
旦那様は、収穫した麦を乗せたに荷車に乗って出かけていきます。
それを見送った後、私は薪を集めに森に出かけます。
「森の神タピオとアリシアの加護がありますように」
森に入る前に神とアリシアに祈りを捧げます。
アリシアは年老いた馬でした。
ここに来るまでに、無理をさせてしまったために少し前に天に昇ってしまいました。
アリシアがいなければ森の奥には行けません。
「泣いていてはいけませんね。アリシア、私頑張ります!」
冬を越すためには、もっと薪を集めなければなりません。
「おかえりなさい」
「ただいま」
旦那様はとても良い笑顔で笑っています。
きっと麦が高く売れたのでしょう。
そう思っていると旦那様の後ろから見知らぬ男性がこちらにやってきます。
「お客様がいらっしゃったのですか?」
「ああそうだよ」
なぜかいつもの優しげな声ではなく冷たい声が聞こえました。
旦那様は私の手首を捕まえて強引に男性のもとに連れていきます。
「嫌離して、離して、どうして?」
私は旦那様に問いかけます。
「久しぶりだねフィリーネ嬢、探したよ。」
背筋の凍りつくその声を聴いて私は意識を失った。
「これだけあれば冬も楽に越せるよ。」
最後に聞こえたのは、楽しげな旦那様の声でした。
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私はガーレイア伯爵の館にいます。
首輪に手錠付きで・・・
部屋の扉が開き伯爵と侍女がやってきました。
「フィリーネ嬢、今日は疲れただろう、明日は朝からたっぷり可愛がってあげるから。」
そう言うと伯爵は侍女にいくつか指示を出して部屋から出ていきました。
「お嬢様、湯あみと着替えをいたしましょう。」
侍女は、手錠をつけたまま器用に湯あみと着替えをさせてくれます。
「お似合いですよ、お嬢様」
以前着た薄絹のドレスより更にひどい衣装です。
これが伯爵の趣味なのでしょう。
「それではお休みなさいませ、お嬢様」
私は一人暗い部屋で今後のことを考えます。
逃げたくても手錠は鎖でベッドにつながれておりどうにもなりません。
涙がとめどなくあふれてきます。
どうしよう・・
どうしたら・・
どうやったら・・
いやだ・・
目を覚ますと夜中でした。
泣き疲れて寝てしまったのでしょう。
朝になれば、あの伯爵のおもちゃにされてしまうのでしょう。
「絶対に嫌だ」
「絶対に逃げる」
「もっと遠くへ」
「地の果てより遠くへ」
そして私はその方法を思いついた。
今なら監視の目はないから、簡単に実行できる。
「やった、逃げられる、運命の神ノルンに感謝を」
血だまりの中で私は神に感謝をして微笑んだ。
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「えっと君は・・」
目の前イスには、書類を手にしたイケメンのお兄さんがいた。
「え・・・」
「あ、キミ死んだのだよ。これから転生先決めるからちょっとまっていてね。」
「あ・あの・・」
「犯罪歴もないし転生に問題ないね。あ、性別選べるけどどちらが良いかな?」
イケメンのお兄さんは陽気に問いかけてきた。
「転生ということは、またあの世界に帰らなければいけないのですか?」
「そうだよ、前世と同じで女の子でいいかな?」
「・・・・・いやです!!」
「あ・男の子希望か、じゃあ、そういうことで」
「待ってください、せっかくここまで逃げてきたのに、またあの世界に帰るなんてあんまりです。絶対に嫌です。お断りです。」
気が付いたらイケメンさんの胸倉をつかんでいました。
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「ノーマ様、お茶が入りました。」
「じゃあ、少し休憩しようか。」
私、今幸せです。
・・意味が分からないですよね。あの後イケメンさんを泣き落としたり、誘惑したり、脅したり、求婚したりしてここに居座ることに成功しました。
イケメンさんの名前はノーマと言って、運命の神ノルンの眷属神だそうです。
眷属神はいっぱいいてそんなに偉くないとノーマ様は言っていました。
私はノーマ様の眷属にしてもらい、この世界にとどまっています。
「君のお茶はいつもおいしいね。」
「ありがとうございます。」
ノーマ様が次の転生者の書類を見ています。
「どうかされましたか・・」
「いやなんでもないよ、そうだフィリーネ、このお茶をほかの眷属神におすそわけしてきて。」
「わかりました、いちだんらくしたら「今から行っといで」・・」
そう言ってにこやかに微笑んでいますが、拒否権はないようです。
「わかりました、なるべく早く帰ってきますね。」
「ゆっくりでいいからね」
「ただいま帰りました」
「ご苦労さん」
ノーマ様は、なぜかやり遂げた顔をしています。
「で、結局なぜ私を遠ざけたのですか?浮気ですか?」
「ち、違うからね、えっとね、あの男が死んでここに来たんだよ。」
私はその言葉に背筋を凍らせて固まってしまいました。
そんな私にノーマ様は、笑顔でこうおっしゃいました。
「大丈夫、大丈夫もう二度とここには来ないように、異世界に行ってもらったから絶対大丈夫だよ。」
「ノーマ様大好きです!」
私は泣きながらノーマ様に抱き着きました。
今私は、とても幸せです。