対峙
明かりが備え付けられているとはいえ、広い城の中は薄暗く、目が慣れるまでに少し時間を要しました。室内燈の炎がいたるところに配置された彫像を不気味に照らし出しているだけで、人はおろか魔物の気配もありません。
「意外とシンプルな造りみたいですね」
マップの見取り図は拍子抜けするほど簡単な構成でした。記述によると高さのわりに2階などはなく、入ってすぐ大きな広間があり、そこが目的地でもあるようです。100年前――先代が訪れた時と同じであれば、ですが。
「探索する必要がないなんて、なんだか残念な気がします」
「それもそうですね」
緊張を紛らわすように歓談を交わしながら、慎重に歩を進めていきます。
はたしてそこにあったのは柱と見紛うほどの巨大な魔石、いえ、かつて聖石だったものでした。聖なる力に満ちていたであろうはずの石が、すっかり中に封じたモノに毒され変質し、禍々しい気を放っていたのです。それでいて、変質してなお封印としての力は保たれていました。つまり中にあるものを決して外に出さないと同時に、外からの干渉も受け付けない…ということです。倒すにしろ、再封印するにしろ、いずれにせよ一度この封印から解き放つ必要があります。
「これほど大掛かりなものを、いったいどうやって解術するのでしょうか…」
ガイドブックには「鍵は聖剣」とだけ記されていました。そこは手順を書いておいてくださるところではないでしょうか。
途方に暮れていると、何やら思いついたらしいレニさまが徐に前へ歩み出ました。
「大丈夫ですか?」
「はい、なんとなくわかる……気がします」
きっと剣に選ばれし者の資質、なのでしょう。
勇者さまがおずおずと聖剣を掲げると、刀身から眩い光が溢れました。それに応えるように巨大な体躯を覆っていた聖石に亀裂が走り、ボロボロと崩れ始めます。封じられていたものが少しずつその全容を露わにしていくにつれ、辺りを包む瘴気がどんどん濃くなります。魔石から漏れ出していた魔力とは比べ物にならないほどの毒々しさでした。
やがて剥がれ落ちた石の中から現れたもの。
「これが…魔王…」
目の前にあるのが脚の一部分に過ぎないと気づいて、息が止まりそうでした。
首が痛くなるほど見上げても天辺がわかりません。暗いせいで天井も見えませんが、もしかしたらこの建物と同じくらいの高さなのかもしれない。そんな気がしてなりませんでした。
思えばこの建物が途轍もない高さを備えながらシンプルな構造だったのは、必要としたものが城としての機能ではなく、このとてつもない巨体を収めておくためだったからなのでしょう。
あまりの存在感に圧倒され、呑まれそうになったその時。
ふと暖かいものが手に触れました。
「大丈夫です」
繋いだ手は小さく震えていました。それでも。
「ボクがお守りいたします」
それは紛れもない、眩い勇者さまの姿でした。