違和感
歪な姿をした魔物は威嚇・挑発と逃走を繰り返すばかりで、特に攻撃をしてくるわけではありません。ありませんが。
「なんか、ちょっとイラつきますね」
倒そうにも魔法の射程のぎりぎり外であり、近づくとまた逃げだします。無視したくてもこちらの目的地と同じ方向へ逃げていき、視界の端でちょろちょろ動くので気が散って仕方ありません。
その気もないのに鬼ごっこをさせられているうち、いつしか森を抜けていました。
目の前に現れたのは、私の知る中で最も大きなもの――大聖堂よりもはるかに大きな塔でした。いえ、天を衝くように高くそびえる様は確かに塔のそれですが、その威容は城と呼ぶほうが正しい気がします。
これほどの高さのものが見えなかったのは、侵入者を拒み惑わせる森の魔力によって隠されていたからでしょう。
当の魔物はいかにも重そうな扉の前で立ち止まると、ゆっくり振り返りました。
「仕掛けてくるつもりかもしれません。気をつけて」
こちらも戦闘態勢に入ります。ちらりとレニさまを見ると、剣を握る手が少し震えていました。でも仕方ありません。だって初めての戦闘なんですから。
それにしても。遠目で見ていた時から変だとは思っていましたが、こうして近くで向き合ってみると魔物はとても奇妙な姿をしていました。顔は蛇、足は狼、尾は獅子、背中に蜂の羽。複数の動物の姿が混じる合成獣の話を聞いたことがありますが、いろいろと惜しい気がするのは何故なのでしょう。もっとこう、上手い組み合わせがあるでしょうに。私が言うのもなんですけど。
魔物はグルル…と低い唸り声をあげ、こちらへ駆け出します。
と、不意にくるりと向きを変え、何のつもりか突然閉ざされている扉へ体当たりをしたのです。厚い岩でできた扉は大きな音を立ててあっさりと崩れました。魔物はそのまま、暗闇へ吸い込まれるように中へ走り去っていきます。
「な、何がなんだか」
こちらにとっては都合の良い展開ですが、ここまでくると疑わないほうがどうかしています。しかし、哀しいかな私たちには進むよりほかに選択肢はないのです。