選ばれし者
「今回は私が魔王を倒す(予定)なのですから、わざわざ勇者を選ぶ必要もないと思うのですが。」
「そういうしきたりだからな。では、この部屋で控えておれ」
確かに、長きにわたり存在を隠匿されてきた『聖女』がいきなり表立って魔王を倒したといったところで、どれだけの人がそれを受け入れるでしょう。体裁を整えることも時には大切なのです。
勇者を選定する儀式に、私は関わることはできません。聖女の主観が入ることを避けるためです。決して短くはないであろう旅路を共にする相手なのですから、私の意見も取り入れてほしいところですが、そういうわけにもいかないのでしょう。
ところで、剣が使い手を選ぶと聞いていますが、実のところ何が基準なのかはよくわかりません。伝承や記録を紐解いてみても、
容姿や性格などこれといった共通点はなさそうです。
「……仲良くなれる方だと良いのですが。」
そして、ひとりの少年が見出されました。
* * *
「あの……本当に、本当にボクなんかでいいんでしょうか?」
聖剣に選ばれし勇者。突然そんなことを言われて、戸惑うのも無理はありません。私も1年前「お前が今代の聖女だ」と告げられたときはおかしな夢でも見ているのかと疑ったものです。
「ボクなんかが伝説の魔王と戦うなんて…剣だってろくに触ったこともないですし」
聖剣を大切そうに抱えた見目麗しい少年は申し訳なさそうに俯いてしまいました。聞けば私より5つ年下だそうです。ともすれば少女のように細い肩。薄紅に染まる頬。潤む瞳は澄み渡る湖面のように碧く。
――ああ、なんて愛らしい。
その存在すべてで否応なく私の保護欲を掻き立てます。(そう、これは保護欲なのです!)
それにしてもまだ声変わりもしないような子供を見出すとは、聖なる剣の選定とは何を基準になされているのでしょう。まったく不思議でなりません。
「大丈夫ですよ、勇者さま。」
その小さな掌を包むように、そっと手を重ねます。
「わたくしがお守りいたしますから」
「ふふっ、これではあべこべですね」
やっと見せてくれた微笑みは、あまりにも眩しくて。
私は心に決めました。この花の如く愛らしい勇者さまのためならば、魔王どころか神ですら屠ってみせましょう。あ…いえ、今のは聖女としては失言かしら。
本当にあべこべです。世に『白馬の騎士が姫君を守る物語』は数あれど、勇者を守って戦う聖女だなんて聞いたことがありません。
それに。彼こそきっと最後の勇者となるのですから、それなりに恰好がつくように剣の扱いにも慣れていただくべきでしょうか。可愛らしさはすでに充分伝説級ですが、それだけで名を残してしまうのはきっと彼も不本意でしょう。彼の成長の一助のため、ここはあくまでもお手伝い程度にとどめるべきかもしれません。そう、ありとあらゆる補助魔法を重ねに重ね、回復だっていくらでも……
「あ」
「? どうかされましたか聖女さま?」
「いえ、何でもありませんわ」
すっかり舞い上がって自分の力を失念していました。そんなことをしたら私たちの旅路は半日もしないうちに終わってしまいます。なんということでしょう。己が力をこんなにももどかしく疎ましいと思ったのは初めてです。かくなる上は私の力で目についたそばから魔物を倒してまわるしかありません。
であれば。無用な遠回りをせず最短ルートを往くのが得策です。さっそくガイドブック付属の地図を開くと、「陸路より海路のほうが早くて楽」という走り書きが目に入りました。先達の有難い助言に従い、港町で船を手配してもらいました。
100年に一度のお祭り。勇者を送り届ける栄誉とあって、船乗りたちは快く手を貸してくださいます。もとより誰も脅威なんて信じていないのでしょう。今や魔物を見たことのある人のほうが少ない中、その王などと言われても実感なんて湧かないものです。
かくいう私だって去年の今頃まではそうでした。神官長さまに見いだされ、私に課されたお役目について長々とご教授いただいてもなお、御伽話の延長にしか思っていなかったのですから。
「それよりも、勇者さま」
「はい、なんでしょうか」
ずっとこの調子です。どうしても敬語では距離を感じてしまいます。ここは同じ運命を背負った者同士もっと打ち解けてもよいと、否、もっと積極的に親交を深めるべきだと私は強く主張したいのです。しかし、聖女たる振舞いを求められる私がタメ口というわけにもいかず、勇者さまも年下であることを気にしてか口調を崩そうとはなさいません。そんな折、はたと重要な見落としに気がつきました。
「お名前をまだお伺いしておりませんでしたね」
「あ……失礼しました。」
改めてこちらへと向き直り、深くお辞儀をしながら。
「ボクはレニと言います」
耳慣れぬ異国風でしたが、良い響きです。何より【千の祝福】の一部が含まれているところが素晴らしい。運命すら感じます。
「わたくしのことはエステラとお呼びください」
「エステラ…美しい名ですね、エステラ様」
様は不要です、と喉まで出かかった言葉を今は抑えます。思えば己を名で呼ばれることさえ聖女になって以来のこと。これ以上を望んでは罰が当たります。
「それでは…改めてよろしくお願いしますね、レニさま」