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7月6日
「お前、秋月目指すとか本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ」
「無理に決まってんじゃん。自分の学力分かって言ってる?」
「中の、上くらいはあるだろ」
「ないだろ。やめとけって」
「難しいってことは分かってる。でも、桐村さんと約束したんだ。無理も道理も通してやるよ」
哀れなものでも見るような目になっている種田に、事の顛末を語った。
種田はうんうん言いながら特に反対論を言わずに聞いていたが、納得はできていない様子だった。
「というわけで、秋月大学に桐村さんと進学することが僕の夢になったんだ」
「お、おう。そうか……そりゃおめでたいこと、だな」
種田は明らかに困惑しながら、俺はおかしいと思うけど……と伏目がちに呟いてる。もちろんおかしいことは僕自身も分かっている。しかしもう決めたことなのだ。僕は彼女と同じ大学に行く。そしてラブラブのキャンパスライフを送るのだ。
何か言いたげな種田に僕は質問を投げかけた。
「種田は大学どうするんだっけ」
「あれ、言ってなかったけ。俺は丸敷大に行く予定。丸敷なら苦労せずに入れるだろうし」
丸敷大学とは、高校から一番近くにある大学だ。電車で「個性的な君を待っている!」と派手な広告をたまに見かける。奇抜な校舎が有名だ。
偏差値は関西でみても下から数えたほうが早い。受ければ誰でも受かるような大学だ。Fラン大学にあたる。
「丸敷大か……種田成績良いのにもったいない。種田こそ秋月を目指すべきなんじゃないか。そうだ、種田も一緒に秋月目指さないか」
その場で浮かんだ提案だった。近くに仲間が増えるなら、なんとなく心強い。
「馬鹿言うな。俺は残りの高校生活も楽しむことにしたんだ。せっかく部活に解放されたのにもったいないだろ。それに」
と言ったところで種田は言葉を詰まらせたので、どうしたのかと思ったら「もし俺と桐村だけが受かったりしたら、感じ悪いだろ」と種田は言った。
種田の言葉に迷いは感じられなかった。どうしてこんなに簡単に自分の進む道を決められるのだろう。不安や心配はないのだろうか。
自分の歩く方向がこれでいいのだろうか、といつも不安になっている自分がすごく情けなく思えてくる。僕は暗闇に怖気づいて、一歩踏み出す勇気だけでも精一杯だ。そんな僕をよそに種田はずんずんと歩を進めて行ってしまう。僕にはそういう思い切りの良さが足りない。
きっと将来成功するのは種田みたいな人間なんだろう。
「……種田には夢って、ないのか?」
と僕はふと思いついて聞いてみると、種田は目を丸くして「夢?」と聞き返した。
そのあと珍しく大きな声で、はははと笑い出した。近くに座っていた女子生徒がこちらをチラリと見るのが視線の端に見えた。
「そうだな……じゃあ俺の夢は、毎日を精一杯楽しんで生きること、だな」
そう言った後、また種田は愉快そうに笑っていた。