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春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
46/49

4-10

9月30日


劇の開演は19時。18時に秋月の校舎裏に集合予定だったが、月兎祭の雰囲気をしるために17時には秋月大学に着くように家を出た。


秋月大学は駅のすぐ前にあり、駅出口から徒歩2分程度で校門をくぐることができる。


駅出口付近には秋月学生らしき団体が目についた。お揃いのTシャツやパーカーを着ていて、学生がビニール袋を重そうにぶら下げて慌ただしく早歩きで往来していた。


ここからでもバンド演奏の低音が響いているのが聞こえた。


すれ違って駅出口に入っていく人もいることに気づいた。もう帰る学生が意外と多いみたいだ。


校門前にはでかでかと「月兎祭」と書かれた看板が立てかけてある。月兎祭スタッフが手作りしたのだろう。右下には控えめに数匹の兎が月を眺めている絵が描かれていた。


校門からとんでもない人の量が見える。丸敷大学の文化祭とは規模が全く違う。


中野が言ったとおり、歩くことも困難だ。


校門から広がるメインストリートには両脇に出店が並び、その中には腕まくりをした男女が鉄板の上で肉を焼いていた。出店で稼いだお金は彼らの打ち上げで胃袋に収められてしまうのだろう。


早く着いたのは室さんの演奏をみたかったのもある。「入って奥の方でやってるから。きたらわかる」とアバウトな指示を受けていたので、言われた通り、人の流れに揉まれながら、奥の方に行ってみた。


ずううんと低音が響く方向に行くと、ステージがあった。


巨大なスピーカーからは耳を詰まらせるような爆音が流れていて、ステージの中央には近寄りがたい雰囲気の金髪の男がうめき声のようなデスボイスをあげている。


前の方の観客はみな一様に下を向き、曲のテンポに合わせて首を振っている。


壇上の人もその周りの観客たちも、誰一人が学生には見えない。僕が普段生活している中ではお目にかかれない人たちだ。


よく奥のほうをみると、ドラムの後ろに室さんが座っていた。あの悪魔的な笑みで口を広げ、舌を出したまま気が狂ったようにドラムを叩き回している。超スピードで手が何本もあるみたいな演奏で、素人目にみても上手いのがわかる。


こんな人と一緒にアルバイトをしているのかと恐ろしくなる。


耳を押さえつけながら、演奏が終わってから挨拶をしようかと思ったが、あの軍団の中に入る勇気はなかったので、挨拶は諦めて他の場所に行くことにした。


スポットライトの中にいて気が付かなかったが、空がさっきより暗くなっていることに気づいた。


「メイド喫茶やってまーす」「展示やってまーす」とチラシを渡してくる学生たちをよけながら、メインステージについた。


まだ劇の準備は開始されておらず、バンド演奏が行われていた。細身のボーカルが最近CMでたまに聞く流行りの歌を歌っている。室さんのサークルとは随分違う、まともな音楽だ。観客も女子学生など、普通の人が多い。


やはりメインステージでやるのはこういうバンドだろう。


観客に混じって、そのステージの前に立ち、目を閉じた。そして、鼻から息を大きく吸った。


今から2時間後、このステージに上り、沢山の観客の前で愛菜ちゃんに対して話すのだ。みぞおち辺りが締まって沈み込むような感覚がした。


ケータイが揺れたので確認すると、種田から連絡だった。


「ごめん、やっぱり間に合いそうにない。できるだけ早く行く」


と書いてあった。


18時になっていることに気づき、急いで約束の集合場所に向かった。



人波をくぐり抜け、やっとのことで待ち合わせ場所である校舎裏に行くと、すでに中野と室さんのサークルの人が集まっていた。


こちらに気づいた室さんが、「おうおせーぞ!」と言い、サークルのメンバーに向けて、「今日の主役が来たぞ」と言った。


それぞれ強面の男たちが「しゃす」「ざす」みたいに適当な挨拶をした。みな、揃って黒いパーカーを着ている。近くで見ると背が大きくてガタイがでかい人が多い。


みなまっすぐに僕の方をみているのに気づいて、


「丸敷大学の久保田肇です。今日はよろしくお願いします」と部活の先輩に挨拶する感覚で慇懃にお辞儀をした。サッカー部時代を少し思い出した。


「今日はこいつが主役だ。派手にやってくれる。こいつを男にしてやろうぜ」


と室さんがギラギラとサークル員に目配せすると、「うす」「おす」と野太い声で反応した。そんなに大したことはしません……と恐れ多い気持ちでまた頭を下げ直した。


サークル員のひとりが「おもしれーことやってくれんだろ?がんばれよ」と僕の肩を叩いた。


さっきデスボイスで歌っていた金髪の人だ、と思った。


中野が全員に聞こえるよう、声を張って言った。


「計画は先程お話したとおりですので、何か緊急事態が発生したら、室さんか、私のケータイにご連絡お願いしまーす。ではマスクとマントを配りまーす。計画が終わるまではくれぐれも外さないようにお願いします。終わった後は各自処分してくださって構いません」


中野はこんなに強面の人たちに囲まれていても、ブレずにいつもどおりでいる。さすがだな。


室さんのサークルの方々はマスクとマントを付けあいながら喜々としている。見た目は同年代と思えない容貌をしているが、どこか子供みたいな期待を込めた目をしているように感じた。


「やっぱり種田は来られないみたいだな」サークル員にマスクとマントを渡し終えた中野がきて言った。


「あいつ、チキって逃げやがったか」


中野はすねたみたいに口を尖らせている。


僕にマスクとマントを渡して、中野はマントを被った。ヒザ下辺りまですっぽり覆う黒いマントだ。


「できるだけはやく来るって言ってるし、これだけ助けてくれる人がいたら、大丈夫だよ」


「そうだといいがな」中野は言いながらマスクを被った。


劇のために消灯を促す放送が流れた。


黒いマントとマスクを身につけた明らかに怪しい集団は校舎裏から散り散りになり、それぞれ計画されていた持ち場に向かった。


僕と中野はメインステージの右端の角辺りに待機する予定だった。


真っ黒のマスクとマントを身にまとっている僕たちは、少なからず周りから奇異の眼差しを向けられたが、アニメのキャラクターのきぐるみやコスプレ衣装を身につけた人も少なくないので特別目立ってもいなかった。


これも中野が言ったとおりだ。


予定していた配置場所の最前列付近にたどり着いた頃には、すでに周りの設備は消灯され、メインステージだけに緩い明かりが灯されていた。ステージでは大道具の設置やマイクテスト等、劇の準備が進められている。きっと愛菜ちゃんと同じサークルの学生だろう。


中野の携帯に室さんから「配置完了」とだけ書かれた連絡が届いた。


劇の準備が終わる頃には周りの建物は全て消灯していた。


空には大きな満月が輝いていて、このメインステージだけを照らしているように見えた。


丁度一年前に彼女とあの月を見上げていた。


僕はほとんど緊張していないことに気づいて、違和感を覚えた。


さっきメインステージの前に立った時は少しは緊張があったのに。


ああはじまるんだとか、凄い人の量だなあとか、どこか他人事みたいなことばかりが反芻していた。


周りだけが騒いでいて、自分が主役のはずなのにとても温度差があって、取り残されたみたいな、変な感覚だ。そう思った時に、


ビーーーーーーーーーーーと映画館の上映ブザーで聞いたことのある音が鳴った。ゆるいライトさえも静かに消え、辺りは真っ暗になった。


人々の声が消え、布が擦れる音だけになった。


『むかしむかし、竹取の翁というひとが、ありました』


ナレーションが流れ、同時にメインステージが徐々に明転していく。


明るくなった時、わざとらしく白いひげをつけた男がメインステージに腰を曲げて立っていた。


「始まったな」


と隣に居る中野がつぶやいた。



『竹取の翁は、野原や、山へ行っては竹を切ってきて、色々なものに使いました。ある日、竹やぶに行くと、沢山の青い竹の中に根本の光っている竹が一本だけありました。「おや、これは不思議だ。どうして光るのだろう」と思って、その竹を切ってみると、節の間のつつも光っていて、そこに手の指ほどの美しい女の子がいました。おじいさんは驚きながらも喜んで、「私のとる竹の中に篭っていたこの子は、私達の子供になる人に決まっている」と言って、とり出してうちへ連れていきました。おばあさんも喜んで、その女の子を育てることにしました。』


メインステージの翁役の男は人形を竹の中から取り上げた。


『この子はあんまり小さいので、初めのうちは竹籠の中に入れておきましたが、三月ほどの間に五つ四つぐらいの大きさになってしまいました。この子を育てるようになってから、おじいさんが竹を取りに行くと、その切った節に必ず小金が入っているので、おじいさんの家は、見る間にお金持ちになりました』


「もうすぐでてくるぞ」中野が囁いた。僕は胸が騒いだ。


『この子の名はなよたけのかぐや姫、と付けて家の外へも出さずに二人して大切に育てました。大きくなっていくにつれて、かぐや姫の美しさは例えるものもありません』


再び暗転し、舞台の上で人が慌ただしく移動する音が鳴った。


明転した時、舞台には十二単を来た女の子が立っていた。


十二単はライトを反射してキラキラとまたたくようで、観客から、おお、と小さな波紋が広がった。


愛菜ちゃんだ。


「おじいさま」


愛菜ちゃんの声が響いた。力強く、透き通って芯があるような声だ。こんなに大きな声を出せるんだ、と思った。


「具合がすぐれないのですか」愛菜ちゃんは翁を心配して寄り添った。


彼女を見たのは卒業式以来だ。ステージの上の愛菜ちゃんは、その振る舞いから、別人のように見えた。


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