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春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
38/49

4-2

7月24日


講義終わりに種田の家に集まることになった。学校から歩いて20分少々。自転車でもあれば行きやすいのに。と思いながら、坂道を下る。


中野と種田は3限が休講だったらしく、すでに種田の家にいるらしい。


オートロックもないマンションの入り口を抜け、2階に階段で上がる。管理人の人が掃除をしているのか、ゴミ等は見当たらないが、どうも古さは隠しきれていない。


階段を上がって左にすぐ。そこに種田の部屋があった。


ドアのすぐ横にある音符マークのボタンをおすとピポーンとこもった音が鳴った。


種田がドアを開けてくれて、中に入ると相変わらず散らかった部屋の中で、中野は床に尻をつけて文庫本をみていた。


中野は「きたか」とだけ言った。


雑談はそこそこに、僕は月兎祭の調べた知識と、室さんから聞いた話を2人に話した。中野は個人的にも調べていたらしく、僕からの説明に補足を加えたりした。種田は聞いているのか聞いていないのかわからない態度で、ベッドに寝転がり携帯を触りながら静かにしているだけだった。


「オーケー、知識のすり合わせはできたな。さあ、ここから本題に入ろう」中野は言った。


「どうだ、まだうじうじしているのか」


ずいっと身を乗り出して、ニヤけながら聞いてきた。中野じゃなければ失礼だと怒るだろう。


「さあ、別にいまさらって感じだから、もともとうじうじなんてしてないよ」


「そのままで良いのか? こんなチャンスは二度とないぞ。お前の意思が肝心だ。本当はどうだ。お前は」中野は挑発するような口調で言った。チャンスとは、なんのチャンスなんだろう。


「どうってきかれても……」


「悔しくないのか?」


悔しいかと聞かれるとそれは……。


「そりゃあ……悔しいよ」


「じゃあ、あいつの劇を乗っ取ろう」


「……え?」


中野は抑揚もなく、あまりにも自然で唐突に言った。


「乗っ取る? 馬鹿な」


ベッドにいた種田が反応した。


「おっと、乗っ取るというのは語弊があるな」中野はわざとらしい言い方をした。


「正しくは、久保田のステージにしよう、という提案だ」


「意味がわからない」


中野は種田を無視して話しだした。


「まず状況を整理しよう。一年とすこし前、お前は桐村愛菜と付き合った。その後、二人は秋月大学合格を志し、受験勉強に励む。しかしその実態は、お前が桐村愛菜の夢に引っ張られていただけだった。お前の目的は秋月大学合格ではなく、ただ桐村についていくことだったんだよ。勉強に励んだが、クリスマスイブに一方的に振られてしまう。お前は桐村がいなくなったから、秋月を目指す理由も熱意もなくなってしまったわけだ。結果、こんなFラン大学に入学してしまう。未だに振られた理由ははっきりしていない。丸敷大学入学後、桐村のことを忘れてリスタートをきろうとするが、お前自身がどうしたいかが欠落しているため、ただ何となく時間を浪費していた。ここまではいいな?」


「そこまで言うことはないだろう。気遣いとかないのか」種田がフォローしてくれる。僕は黙って聞いていた。否定はできない部分は多い。


中野は続ける。


「お前は桐村のことに蓋をしていたが、やはり忘れられなかった。大学からの付き合いであるおれに桐村との過去を打ち明け、お前の中で桐村を過去の事実だと認めることで、当事者になろうとした。しかし、過去を認めたことで、逆にお前の中で桐村が肥大してしまう。通常、時間が経ったり新しい出会いに上書きされたりする等でそれは小さくなっていくのだが、認めた過去に対しての新事実が発覚したことにより、それはさらに肥大してしまったんだ」


もう簡単には抑えられないくらいにな、と中野が言い切る。


中野は今までこんなことを考えていたのか。ようやく中野の本心を聞いた気がした。


「ややこしい言い方をするな。つまり何が言いたい」


種田はうんざりしている。中野は言い方に熱をこめながら続けた。


「つまり、久保田は桐村と決別しなければならない」


僕と種田が何も言わないことを確認して、中野はさらに続ける。


「振り返ってみて、再認識するだろう。桐村はいつもお前の周りをぐるぐる回っている。しかし、桐村愛菜にとってのお前は、そんな存在だろうか?」


「いや、違うと思う」と僕は答えた。


「そうだろうな。お前が当事者になるためには、桐村愛菜はどうやってでも乗り越えなければいけない対象だったんだよ。そして、そのチャンスがきたんだ。いいか、これはな、桐村愛菜から解放され、当事者になるため次へ進む大きなチャンスが与えられたと考えるんだ。だが事態は簡単ではない。お前をここまで振り回した上で、秋月大学に入学し、大学の伝統行事の主役を担うとは、あいつは当事者として"できすぎている"。壇上の下から叫んでいるだけではだめだ。お前も舞台に立たなきゃいけない。桐村愛菜が当事者として最高の地点にいる時に、お前が平等な目線に立たなければいけないんだ」


「なんだと」種田が突っかかったが、中野は無視して話を続ける。


「もちろんただ舞台にあがるだけではダメだ。久保田が当事者にならないといけない。そのために、壇上で、あいつと同じ舞台で、久保田が、桐村と決別するんだ。ついでに罵倒でもなんでも、言いたいことを言ってやればいい」


「お前本気で言ってるのか?」


「もちろん本気だ。無茶は承知。でも、やりおおすことができれば、久保田は確実に次のステップに進める。」当事者としてな、と強調して中野は付け加えた。


「まて、こんな復讐みたいなこと、していいわけないだろう。大問題になるぞ」


種田が感情を抑えた声で中野に言い聞かせた。


「復讐? ははは、何を言ってるんだ。そんな低俗なものと一緒にするな。これは昇華するための手段だよ」


「僕たちがどう屁理屈をこねようと、周りからみたら復讐だろう」


種田と中野が言い合う。


「周りからみたらだって? その考えがもうおかしいだろう。なんのために俺はこんなめちゃくちゃな提案をしていると思っているんだ。当事者になろうとしているんだ」


めちゃくちゃなのはわかっているのか。なら、なぜここまでする。


「両大学にバレたら大変なことになる。最悪、退学だってありえるぞ」


「それも重々承知だ。だから、絶対に身元がバレはしないように計画は基本的にオレが考える。秋月大学と丸敷大学。月大とマル大、まさに月とすっぽんの対決だ。風刺が効いてるじゃないか」


中野が楽しそうに笑い声を上げた。


種田は「絶対に間違っている」と力を込める。


「問題はそんなことではなく、久保田自身がやるか、やらないかだ」


中野はこっちを向きかえり、言った。


突然にこんなことを言われて答えられるわけがない。それに種田のいうとおり、これじゃあ、私怨によるただの復讐じゃないかと思う。


「さっき、久保田は悔しいと言っただろう。当事者となるための最高の舞台が用意されている。こんなチャンスはもう訪れないぞ」


「うん……中野がいうこともわかるけど」


愛菜ちゃんが主役の舞台を、壊すことになるのだ。そんなことしたら、彼女はきっと傷つくだろうなと思った。


僕が返答を決めかねていると、


「さすがにいますぐこんな決断はできないだろう。でもお前が思い切らないと、実行はできない。近いうちに結論をだしてくれ。おれの方で調査と計画は進めておく」


よく考えて欲しい、と中野は言った。


その後も中野と種田は言い合っていて、結局種田のバイトの時間が迫っていることで種田の部屋から帰ることになった。中野との帰り道では如何にこの機会が重要であるかを何度も話してくれた。


中野の好意はありがたい。きっと、本気で言ってくれているのだろう。話には正直ついていけていないけど、こんなにも考えてくれている中野のために実行したいくらいだ。


でも、中野は勘違いをしている。


僕が言った「悔しい」ってのは、愛菜ちゃんに対してではなくて、自分自身のことなんだ。


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