3-10
7月10日
「種田も知っていたんじゃないのか」人のまばらな食堂で僕は問い詰めた。
種田は答えもせず、僕をじっと見ていた。
僕は、中野と種田の2人を呼び出して、説明をした。バイト先のパートさんが妹の男癖の悪さを相談してきたこと、秋月の文化祭で行われる劇の主演をすること。その妹とは愛菜ちゃんだったこと。
知った時、驚きはしたが、僕はあまりショックを受けなかった。またいじけるとか、塞ぎこむとかしたほうが自分らしい気もしたが、今回は落ち着いていた。どこか他人ごとのような気のほうが大きかったのだと思う。それに、今になってそんなことを知らされたところで、どうしようもないことだ。
それよりも種田の行動が気になった。幼なじみの種田はきっと、愛菜ちゃんが男関係でどんなことがあったのか等、知っていたのではないか、と思ったのだ。
「ほぼ強引に僕に告白させたのだって、訳があったんだろう。なんで僕に教えなかったんだ」僕は言った。
「男癖の話を知らなかったのなら、わざわざ言う必要はないだろ。桐村、お前が相談してきた時ちょうど彼氏いなかったし、本当に付き合えるチャンスだったんだよ」
ゆっくりと、語りかけるように種田は言った。この発言は愛菜ちゃんの男癖の悪さを知っていたことを意味する。
「中野も知っていたのか?」
「中学の時に少し噂で男関係の話は聞いたことはある。興味がなかったから詳しくは知らないが。おとなしそうな子もわからないものだね」
皮肉っぽく中野は言った。
「ああ」僕は何と言ったらいいのかわからず、髪を触ってため息をついた。結局何も知らなかったのは僕だけか。
「愛菜ちゃんが姉妹はいないって言ってたのも嘘だったのか……」
思い返してみれば、あの頃から僕は嘘をつかれていたのか。他にも嘘をつかれていることがあるだろうか。
「姉妹仲は良くないらしいから、多分お前には話したくなかったんだろう」
話したくなかった……だから嘘をついた。僕たちは付き合っていたのに。もしかして、お互いに信頼していて愛し合っている、と思っていたのは僕の方だけで、愛菜ちゃんはただ卒業までの男の"つなぎ"で付き合っていただけなのだったのだろうか。いや、愛菜ちゃんはそんな女の子には到底見えなかった。
僕の見ていた愛菜ちゃんと、周りの話から聞く愛菜ちゃんの人物像が違いすぎて、まだ別人の話をしているような気がしている。
僕がそう信じたくないだけなのだろうか。
「だから、そういう女だって、おれは言っただろう」
中野にしては優しい口調で言った。
何か少しでも言い返したかった僕は、「もっとちゃんと言えよ」とだけ言った。
「お前は聞く気がなかったじゃないか。まあおれも桐村のことはあまり知らないし、強くは言えなかったこともある」
中野にも、種田にも、愛菜ちゃんにも、騙されていたというより、本当のことを伝えられていなかった事のほうがショックだった。
僕だけが別の場所に取り残されていて、僕はそれに気づいていなかったのだ。
見苦しい。情けない。そんなネガティブな言葉と、あの人懐っこい笑顔が浮かんだ。
僕はただ納得したくて、つぎの一歩を進みたかったのに、過去にとらわれて、どうしようもない問題がまた起きたのか。
また僕はうじうじと沈んで、逃げまわることになるのか。
何度乗り越えようとしても、また次の問題がでてきて、一歩踏み出すたびに転び、つまづく。悔しさよりも情けなさばかりが溢れてくる。
また僕はまたため息をついて、
「もう何も信じられないよ」
他人ごとのようにつぶやいた。
納得だとか、当事者だとか、そんなことも、もう、どうでもいいとなげやりな気分になってくる。
「もうわかったよな。結局、自分が信じられるのは、自分だけだ」
「え?」
顔を上げたら中野の顔が見えた。
「これはチャンスだ」
「チャンス?」
僕は中野の説明を待つようにして、ただ聞き返した。種田は様子を伺っている。
「お前が当事者になることに真面目に向き合ったから、偶然が引き寄せられてチャンスになったんだ。行動するものにはそれが与えられるのだ」
「何が言いたい。また当事者だとか、そういうことを言って諭すきか」
「違う。それはもう次のステップに入っている。これは凄い、出来すぎだよ」
僕の肩に手を置いて中野は言う。目が輝いている。
「ふ、こんな機会を待っていた。平凡で退屈な日々にお別れをする時がきたんだ」
本当に久保田はラッキーだよ、と中野は楽しい遊びを思いついた子どものように、顔を緩ませていた。
中野の満面の笑みを見たのはこれが初めてだった。




