3-8
「おそい!」
塾の講義が長引いて待ち合わせに遅れてしまった僕に、彼女は頬をふくらませて言った。
僕は顔の前で両手を合わせて謝った。彼女はわざとらしくプリプリしながら、僕の手をとって歩き出した。僕は彼女に引っ張られるようについていく。少し足早になって隣に追いつくと、彼女は
「2回連続の遅刻じゃん」と口を尖らせて言った。
でも言い終えた後、彼女の口角が上がっているのに気づいた。怒っているのに、彼女はとても楽しそうに見える。
「大学では塾の先生のアルバイトしよっかなー。教える練習にもなるし、自分の努力してきた力を誰かに与えることができるってのも素敵だよね」
ああ、先生ってやっぱりいいな。
相変わらず、彼女の目はキラキラ輝いていた。
そんな彼女を僕は見つめていた。
「夢、見つかった?」
突然の質問だった。でも僕は前みたいにしどろもどろせず、ゆっくり用意していた答えを言った。
「……みつからない。でも、探してる」
「そっか、見つかりそう?」
少し嬉しそうに彼女は尋ねる。
「正直、見つかるかはわからない。でも、少しずつわかってきた気がするんだ。こうやって悩んで迷っていることが、いつかきっと、収まるべきところに導くんだって最近思うようになってきた」
彼女は少し驚いた顔をした。でもすぐに「それはよかった」と満足そうな顔をした。その後、可愛らしく、にへーっと笑った。
「中野にも、惜しいところまで来ているって、言われたんだ」
「中野?」
「え? 中野は中野じゃないか。あの皮肉口調で辛辣なことをいうやつ」
「ん、誰だろう?」
彼女はビー玉のような目でこちらを見たまま、顔を傾けた。
あれ? なにかおかしい。
中野と愛菜ちゃんの話をした時のことを考えた。喫茶店で、愛菜ちゃんの話をしたんだ。そういえば、中野は愛菜ちゃんのことをなんて言ってたんだっけ。
「あ」
彼女はびっくりしてこちらを伺った。
僕は彼女に聞きたかったことを思い出した。次に、自分でも心臓が萎縮するのがわかるくらいに、怖くなった。
「どうしたの?」おそるおそる彼女は尋ねた。
彼女は私服姿になっていた。僕も私服姿だった。
聞けない。気にはなるけど、きっと、心変わりの理由を問い詰めてみたところで、お互いに傷つけあう結果にしかならないだろうと思うからだ。
気づけば僕は天井を眺めていた。床で気が狂ったように携帯の目覚ましが鳴っていた。
僕はまた彼女の夢を見ていた。
一体どうして愛菜ちゃんは、別れたほうがいい、なんて言ったんだろう。2人で交わした約束は、愛菜ちゃんにとってはどうでもよかったのか?
きっと彼女は、僕の夢をみることなんてないのだろう。




