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6月16日
種田が以前のように桐村愛菜について問い詰めてくることは無くなった。おそらく中野と種田の間でやりとりがあったのだろう。そのことについて、僕も特に触れはしなかった。
中野へ過去を打ち明けてからは、2人と気楽に話せるようになったと思う。今までは頭の何処かで愛菜ちゃんの話になることを恐れていたのかもしれない。その垣根が無くなったのだ。
バイト、講義の話をし、たまに買い物に付き合ってもらうこともあった。3人は友達として、とりとめのない、平凡な日々が続いているといえる。変にべったりすることもなく、お互いに適度な距離感をとるような関係に心地よささえ感じていた。
経済系科目の小テストがあるので、僕たちはキンシンカンの広場で勉強をしていた。ベンチや机は8割以上埋まっていて、音楽を聞いている者、トランプをしているもの、談笑する者など、みな好き勝手に空いた時間を潰しているようだ。この建物は別の校舎への通路にもなっているので、人の通りは多い。相変わらず変な建物だなと思いながら、人の流れを見つめていた。
「経済は嫌いだ」
中野がシャーペンを回しながら言った。
「いつも点数高いくせによく言うよ」僕は言った。いつも中野は涼しい顔で満点近い点数を取るのだ。
「高い点数がとれないことは嫌いになる理由にはならない」
「じゃあ簡単だから嫌いとでも言うのか」中野はひねくれ者なので、きっとこういうことを言うのだろうと僕は予想して言った。
「いやそんなこともない」
中野はまたシャーペンを一回転させた。とても滑らかで、日常的にペン回しをやっているのだろうなと思った。
「じゃあどうして?」
「ほらみろよ。この問題のグラフ」
中野は回していたシャーペンで教科書の図を指した。
「この下り坂と上り坂。その交点が、得られる利潤が最大になる点だ。きっとどこかの経済学者が言ったのだろう。今ではどの経済教科書でも同じことが書かれ、世間の常識みたいになっている。だからその点の座標を求めよっていうのが、この問題の解として設定されている」
「それがどうしたんだ」
「こういうのを見ていると、人間は全員が自分の利潤を最大にするために動いているって言われているみたいで、腹が立つんだ。他人のことも勝手に決めつけている感じが。こんな決めつけをされると、おれは商売をする時、全く利潤を追わない人間になってやろうとか、そんなことばかり考えてしまう。ああ、やっぱり経済は嫌いだ」
「じゃあなんで経済学部に入ったんだよ」僕は聞いた。
「どの学部でも良かったし、どうせなら嫌いなことこそ知る価値があるかと思った。あと、詳しく知らないと否定ができないからな」
……こいつ、本当はバカなんじゃないか? そう思った時、
「お、あの子いい脚だなあ」
と種田が僕達にだけ聞こえるくらいの声で言った。種田の視線を見てみると、座って談笑している女子達がいた。その中の数人が脚を露出させた服装をしている。
「どの子?」
僕が尋ねると、「デニムのショーパン」とだけ種田が言った。
その女の子は明るい髪に派手な服装で大胆に脚をさらけ出している。よほど自分の脚に自身があるのだろう。僕の苦手なタイプの女の子だ。
「種田は、あんな女がいいのか」
中野が食いついてきた。
「あれはだめだ。いかにも売女って感じで。全然男心がわかっていない」
僕はまた中野の話が始まる、と思った
「俺にはわかる。あいつ、自分が脚を出していることについて何も考えてないよ。考えているとすれば、”暑いし”とか”可愛いし”とか”脚出すの流行ってるし”、おまけに最悪なのは、”みんなやってるし”とか。絶対その程度のことで脳が止まっている。浅いところで根拠もなく納得している。多分普段も脚を出す服装が多いんだろう。周囲の同じような脳足りんの女とかバカな男が褒めちゃったんだろうね」
中野は機嫌が良さそうだ。この話は中野にしてはあまり論理的だとは感じなかった。
「実際綺麗な脚だからいいだろ。彼女がそれに自信をもっているからというだけのことじゃないか」
「俺は意図がない行動をする人間は嫌だね。考えがないんじゃあノーポイントだ。ちなみに脚そのものについていうと、もっと肉付きがいいほうが好みだ」
「あ、あの子の脚も綺麗」
種田は中野を無視して別の女の子を目で追っている。種田は中野の扱いが慣れているようだ。種田が見ていたのは、さっきと同じような、明るい茶髪でスラリと脚をだしている女の子だった。
「そういうことばっかり言ってていのかよ。恋人が聞いたら嫉妬するぞ」僕は言った。
「んーそうだな」
種田が言い淀んでいる。あまり見たことがない種田の反応だ。
「どうしたんだ? もしかして最近上手く行ってないのか」
「結構困ったちゃんらしいぞ。種田の彼女」中野は面白がるように言った。
「困ったちゃん?」
「種田が彼女に相当振り回されているんだろ? 女にも強者がいるんだね。彼女ってのもそんなにいいことばかりじゃないよなあ」
中野はベンチの女子達を吟味するように見渡しながら言った。自分の好みの子を探しているのだろうか。
「そうなのか?」
「ああ……最近もまたちょっと揉めててな。それを思い出しただけだ」
あの種田が女の子関係の話で悩んでいるとは。いつでも引く手数多な二枚目で、女の子の扱いにも慣れているだろうに。
どちらかというと種田が振り回す側のようなイメージだ。振り回されるくらいなら違う女の子と付き合いそうだし。よほど種田が惚れているからだろうか。
種田はあまり多くを語ろうとはせず、また涼しい顔に戻って、さっきの女の子の集団を眺めていた。




