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僕が彼女のことを知ったのは高校2年生のことだった。彼女と僕はクラスが同じで、その時はなんとなく可愛いらしい子だな、としか思っていなかった。
しばらく同じクラスで時間を過ごしているうちに、派手さはないが彼女はどこか興味を惹く魅力的な空気を持っていることに僕は気付いた。彼女を眺めていると時々目に入る彼女の仕草に、僕は惹かれていった。
授業中に物を落とした時、座ったまま手が届く距離に物が転がったとしても、一度席を立ってもう一度しゃがんでから拾う子だった。3限の授業が終わるチャイムが鳴ると、必ず猫のようにくくーっと伸びをする子だった。友達の話を聞く時は相手に体ごと向けて、楽しそうにニコニコ笑って話を聞く子だった。そして、笑う時は口に手を当てながら、ぷくぷくと空気を含むように笑う子だった。
目を惹きつける仕草は他にも挙げればきりがないが、なんというか、それらの要素が、すごく、イイッ! と思ってしまったのだ。いつから好きになったのかは分からない。
なんとなく彼女の事を意識するようになってしまって、彼女から目が離せなくなってしまい、気づいた時には僕は彼女に恋をしていた。しかし僕の恋は話したいだとか付き合いたいだとか、そういうものではなかった。今まで恋というものに無縁の生活をしていたからだろうか。何となく目で追っているだけで彼女の周りの景色はキラキラ華やいで見えた。
高校3年生になると、僕と彼女は違うクラスになった。それはとても残念だったのだが、サッカー部のシーズンが近くて、そちらに夢中になっていたので意外と気にならなかった。3年生では種田と僕は同じクラスになった。同じクラスになったサッカー部員は種田だけだったので、それも残念だった。もちろんサッカー部以外にもそれなりに友人はいるのだが、やはり同じ部活の仲間と同じクラスになったほうが何かと心強いものなのだ。今まで種田とはサッカー以外の話をしたことがなかったので、いざクラスメイトとして話すとなると何を話せばいいのかもわからず、なんとなく気まずかった。
それに、種田は休み時間になるとすぐにふわりとどこかに消えていくので、同じクラスになっても話すことは殆ど無かった。休み時間には遠慮してしまうような柄の悪い感じの人たちと一緒にいるのを見かけたこともあるので、きっと昼休みも彼らと共に時間を過ごしているのだろう。全く、付き合いの幅が広い男だ。
5月の末に僕達はサッカー部を引退した。今まで共に部活に打ち込んだ仲間たちは、それぞれ違う道に歩き始めた。遊ぶ者、バイトする者、受験勉強する者。みんな情熱を傾けた部活の代わりに打ち込むものを探しているように見えた。僕は大学に進学希望だったので受験勉強に力を入れることにした。特にこれといったなりたい職業があるわけではなかったが、「不況だから大学を出てないとまともなところに就職できないぞ」と親に言われたからだ。
しかし受験まで、まだ半年以上ある。そんなに先の話となると、どうにもモチベーションが上がらない。どうせ今からやっても途中で燃料切れになるのではないのか、などとやらない理由ばかり考えてしまう。
捗らない朝の自習室で頬杖をつきながらぼおっと外を見ていると、カップル何組かが、とても幸せそうに歩いているのが目に入った。
春とは出会いと別れの季節。青春とは青い春と書くし、みなさん色に恋に、お忙しそうで……などと他人ごとのように考えていた。高校生活、振り返ってみるとサッカーのことばかりで恋愛とはあまりに無縁だった。試合に恋人を招待していた連中は、どこに恋人のことを考える余裕があったのだろうか。まあサッカーも引退したことだし、僕も来年の春にはあういう風に恋人と連れ立って
「あっ」
気付いた事実に驚いて、口からぽつりと声が漏れてしまった。頬杖から顔を離して、もう一度なぞるように確認してみた。
え? あれ? 来年の春とは、つまりもう卒業じゃないか。ということは……。
僕の高校生の最後の春とは今なのだ。いや、わかっていたことなのだが、こんな当たり前のことなのに今更になって実感してしまった。僕は何を悠長に構えていたのだろうか。
だいたい卒業の前には受験が控えているし、もう秋頃からは受験勉強で恋愛などしている暇はないだろう。つまり今この期間が、僕の、高校最後の青春期間なのだ。
「大変だ」
今すぐ動き出さなくては取り返しのつかないことになる。彼女を作らなければ!