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春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
25/49

2-13

5月27日



早くも中間テストが近づいてきた。しかしテスト科目はほとんどなく(さすが種田の選んだ講義だ)、その代わりにレポートを何個か提出しなくてはならない。締め切り日が近くなっていた。2限終わって昼食後「一緒にレポートを仕上げよう」と種田が提案した。「どこで?」と聞くと、「俺んちで」となり、早速帰り道に中野と一緒に種田の家に寄ることにした。


種田の住んでいるアパートは学校から約15分くらい歩いた場所にある。種田は原付きでいつも登校しているので先に帰宅して、中野と僕は歩いて種田の家に向かった。


Google Mapsを頼りに歩いているとそれらしいアパートが見えた。きれい、とはいえないアパートだが、まあ学生の住むところなんてこんなもんか。一応オートロック仕様で、203号室を呼び出すとガチャとロックの外れる音がした。203号室の前に立ってノックをすると「開いてるー」と中から種田の声がしたのでドアを開けた。


まず目に入ったのは散乱した靴と3個の半透明なゴミ袋だ。中のカップラーメンがうっすら見える。


「汚い……」と中野はこぼした。僕はもう入りたくなくなった。


数メートルの廊下の向こうで、種田が歩きまわって物を集めている。一応掃除をしているようだ。


「いらっしゃい」と種田が言った。


6畳間のワンルームは机、ちゃぶ台、ノートパソコン、ベッド、チェア、座椅子、くらいしかなかったが、床には服やらプリント類と雑誌と漫画が散乱している。履修要項がまだ置いてある辺り掃除や整理整頓はめったにしていないようだな。


机の上にはホコリと缶ビールに吸い殻……吸い殻!?


「種田タバコ吸うのか?」


「あー結構前から吸ってるよ。お前も吸う?」


「いやいい」


吸っているのを見たことがない。飲み会とかサークルでは吸っているのだろうか。


「本棚買わねーとな~」と言いながら床の物をがざっと雑に集めて、部屋の隅に置いた。


「ま、好きに座ってくれ」


種田はそう言ったが、カーペットも何となく汚いように思えて抵抗を感じた。


真ん中のちゃぶ台を囲んで資料を広げてはみたが、お約束のように全く捗らなかった。最初は雑談に始まり、いい加減やろうぜとレポートのネタを探すためにネットを開けば、もうおしまいだ。僕たちは無為に時間を消費していった。


「今どき手書きのレポートなんてどうなんだ」と中野が文句を言いながら学校指定の方眼紙を眺めた。


「ネットのコピペ防止じゃない?」と僕は言った。


「いや、俺は内容なんて見ていないと思うね。手書きにするだけで提出者が減るから、提出するだけで点数をくれるのだろう。文字が書けないやつもいるだろうしな」


中野がこんなことを言ったので、確かに、と種田と一緒にクスクス笑った。


「俺はレポートの最後に書く参考文献ってのがどうにも納得ができないんだよ」


次は何を言い出すんだ、と種田と目配せした。


「参考文献にした本とかネットとかを最後に載せるんだけどさ、どこまで書けばいいのかがはっきりしていないところが気に入らない。俺も含めて人間の意見なんてほとんどが誰かの引用であったり、何らかの影響を受けて出来上がっているだろう。よく本を読む俺にとっちゃあ多分言い回し一つとってもどこかで読んだ文章だと思うんだ。意識していなくても、だ。極端に言えば日本語そのものですらもどこかの誰かの引用とはいえないのか。一体どこからどこまでが著作権侵害なんだ」


ほんっとに馬鹿げたシステムだ、と中野が言った。


「まあまあ、こんなところ見てねえって。大体でいいんだよ」


と種田はなだめた。


「いいや、納得出来ない。じゃあこんなことをしていても意味が無い。だいたいのものがバリエーションで作られていることは理解しているが、線引きするものがこの参考文献なのか? 確かにパクリをすることはいけない。悪いことをするやつはどこにでもいるし、そういうことを取り締まるのは当然だ。じゃあ参考文献にしっかり載せれば複数の本の内容をまとめただけの本でも成立するのか? それをわからないようにした本なら参考文献を載せなくてもいいのか? それらの違いは? そう考えたら何て無意味なシステムなのかと思う。ああ腹立たしい」


中野が愚痴をこぼすのを聞きながらも僕たちは手を進めていった。やろうと手を付けたら簡単なもので、おおよその書く内容や方向性はすぐに固まった。あとは手を動かすだけ、という段階までは出来上がっていった。


テレビもない部屋でカリカリとシャープペンシルの擦れる音だけが響く六畳間で、種田が「そうだ」と言って口にした。


「桐村の話、中野にした?」


あまりにも突然だったので次に書く言葉も話しだす言葉も見失った。同時にグラグラとめまいがした。


中野は「キリムラ?」と首を傾げている。


「なに? まだ話す気ないの?」呆れたように種田が言った。


まただ……。なんでコイツはこんなに彼女のことを中野に話しさせたがるんだ。もういいじゃないか。終わったことじゃないか。忘れさせてくれよ。


中野は前揉めた内容のことだと察したのか、無言になった。それも辛くなった。


「いつまでそうやって、殻に閉じこもっているんだ」


閉じこもってなんかない。もう前に歩き始めたんだ。どうしてそんな過去の嫌な思い出を蒸し返すようなことをしなきゃいけないんだ。


幾多の言葉が頭のなかで反響するが、口唇は震えて、動かすことを拒んでいる。じっとこの話題が過ぎ去ることを待っているように体全体が固まってしまっているように感じた。


「自分で言えないようなら、俺が話してやるよ」


やめろ。


「中野さあ、桐村って覚えてる?」


「キリムラ……ああ桐村愛菜か。中学の時いたな。覚えてるよ。あいつどこの大学行ったんだ?」


やめろ。

「秋月大学だよ。こいつ高校の頃さ、桐村と付き合っててさ」


やめろやめろやめろやめろ!


「まあいわゆる桐村が初カノってやつで」


僕はシャーペンを握った手をちゃぶ台に叩きつけた。


「もういいだろ! なかったことにしたんだよ! この学校に来たのだって!」


僕は怒鳴っていた。


その一方でこんな怒りに任せた行動をするのは何年ぶりだろうという、そんな冷静な考えと、後悔が霧のように立ち込めた。


「近所迷惑だろうが」


種田の目にはなんの動揺もない。


「ごめん」とだけ言った。


「話してもいいんじゃないか。中野と長い付き合いになるのはお前だって分かっているだろう」


僕は黙ったままだった。


くだらねープライドだな、と種田がひとり言みたいに言って窓の方に目をやった。


分かっていた。怒ったのはそれを隠すための防衛だ。僕はあの記憶を見えないように黒く塗って、ぶ暑い雲で隠すようにして、目を背けていただけだ。


何秒か、無言が流れた。頭を冷やすのには十分な時間だった。


「もう帰ろう。レポート、後は各自でできるだろ」


と中野が言った。



駅まで中野と歩いた。中野は桐村愛菜については何も聞いてこなかった。


駅についた時、携帯の表示は16時30分だった。


そういえば中野と二人で帰るのは初めてだな。中野ってどこに住んでるんだっけ、と聞こうと思った時、


「行きたい店があるんだけど、寄って行かないか」


と中野が言った。


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