2-9
4月15日
講義室に入るとガヤガヤと人の声で満ちていてすぐに嫌気が差した。またここで退屈な時間を過ごさなければいけないのか。大学二週目にしてすでに億劫さを感じてしまっている。
視線だけ動かして種田と中野の姿を探していると、視線の端でこちらに向かって軽く手を上げている中野が目に入った。僕は「おはよう」と言いながら隣の座席に座ると、中野は「おっす」と本に目を向けたまま短く挨拶を言った。まだ種田は来ていないらしい。
「何読んでるの」どうせ聞いてもわからないが、講義が始まるまで暇なので何となく聞いてみた。
「エッセイ」
「エッセイ?」小説か何かだと思ったらエッセイって。誰のエッセイだろうかと聞いてみたくなったが、どうせ聞いてもわからないだろうし止めておこう。
「おもしろい?」
「まあまあ」
まあまあなのか。なんでそんなものを読んでいるのだろう。いつも中野は本を読んでいる。やっぱり○○高校出身で頭がいいのは本を読む習慣があるからなのか。……この発想がもう頭悪い感じで嫌になる。
「ふうん。僕も何か本読んでみよっかな。勉強になりそうだし」
「何の勉強?」
「え、まだわからないけど。本読んだら頭良くなりそうじゃない?」
と言っている途中に抗議開始のブザーが鳴った。
「本ってそういう風に読むものじゃないよ」と中野が言った。
「そうなの?」
「俺は読みたいから読んでるだけ」
僕はガサゴソと鞄から筆記用具とルーズリーフを取り出した。壇上では教授が話し始めたが、正直この講義は聞いていられないほど退屈で、板書も少ないので学生たちは寝るか雑談をするだけだ。
中野は一定時間ごとにページをめくっている。
……この「友達の友達と二人きりになる」という状況ほど気まずいものはない。中野に日常会話する気すらなさそうなのが救いといえば救いだが、このままずっと無言のままでいるというのもおかしい気がする。長い付き合いになるかもしれないし。種田は何をしているんだ。
僕は「種田遅いな」と言うと、「あいつ今日は来ない」と本に視線を置いたまま中野は即答した。
「え? そうなの?」
「さっきメールが来た。そっちにも来てるんじゃない」
僕は携帯を確認してみると、確かにメールが来ていた。「ごめん今日は休むわ! 代返よろしく!笑」とお気楽な文字が並んでいる。
「あいつ……早くもサボりかよ」
「サークル何個か入ったらしいし、忙しいんじゃない」
中野はページをめくった。
「へえ。そうなんだ。何サークル?」
「サッカーもだし、イベサーとか」
「さすがだなあ」
最近はバイトとかで何かと忙しくて連絡とってなかったから、知らなかった。
「あと彼女もできたらしい」
「え」
「直接そう聞いたわけではないけど、なんかそれらしいことを口走っていた。多分間違いないと思う」
「誰?」
「さあ、興味もないし聞いてもない。サークルで早くも引っ掛けたんじゃないか」
淡々とした口調で中野は答える。
「さすがだなあ」
驚きよりも感心のほうが大きかった。手が早いというかなんというか……そういうことを簡単に当然のようにやってのける。まだ2週目だぞ。
「中学の時からそういうやつだったよ」中野はこちらを見もせずにそう言った。
「あいつってさ、なんていうか、楽しむことに何の迷いもないよな。当然じゃんって感じでさ。普通周りとか気にするよ。そういうところ、本当にうらやましいよ」と僕は軽い愚痴のように言った。中野は少しだけこちらをみて「そうだな」とだけ呟いた。
「もうこの講義来ないのかな」
「さあ。まあ種田だったらどうにでもなるんじゃない」
確かに。あいつの要領の良さは誰もかなわない。
「中野はサークル決めた? というか入るの?」
「入らないよ。つまんなさそうだし」
「ふーん。前も言ってたよな。サークルにいるやつがつまらない奴らだって。それめっちゃわかる」
「つまらないね。なにも考えてないんだ」
同じ考えだと思った。
「そうそう。きっとやつらは集まることそのものが目的なんだ。でも集まって目的を果たしたところで特に何もないんだよな」
「モラトリアムだな。大学生とはそういうものだといえばそれまでだが」
中野は続けた。
「正しさと何なのか。自分のやるべきこと、やりたいことを考えもせず、無意味に消費し続け、ただふわっと楽しくなれればいいと思っている。そういうところがつまらない」
そして烏合の衆だ、と付け足した。
「種田のこともそう思う?」と僕は興味本位で尋ねた。すると中野は
「あいつはつまらないやつとは違う。自分で自分のやりたいことを決めて行動していると思うよ」
「あいつの目的とは?」
「さあね。あいつは一夫多妻制でも築く気なんじゃないか」
「ははは」
僕は自然と声に出して笑っていた。周りの大学生と同じだ。話している内容はこんな内容だが。
中野は終始本に目を落としたままだったが、少しだけ笑っているように見えた。




