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春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
20/49

2-8

4月12日


今日は初バイトだ。生まれて初めての仕事だ。青と白のストライプを身にまとって、僕がレジに立っていることに落ち着くまで時間がかかった。昼から夕方までアラタニ店長がつきっきりで教えてくれた。品出しの仕方、レジの打ち方などを教わって、普段何気なく陳列されている商品は実際に人の手で並べられているのだなあ、と当たり前のことを確認した。品出しはまだ並べるだけだから特に難しいと思うことはないのだが、困ったのはレジだ。


横にアラタニ店長がついてくれているからミスに対する心配はないのだが、実際に知らない客と対面して商品を触るというのは初めの体験で、おぼつかない。自分がまだ店員気分になれていないというか、まだ客のままでレジの中にいるのが浮ついて落ち着かない。


そもそも会計の最後にいう「ありがとうございました」と言うのはなんなのか。なぜ僕がお礼を言わなければならないのだろう。


隣からはリズミカルにピッピッピとバーコードを通す音が聞こえてくる。今日は一緒に働いている、パートの川端さんだ。名札に『川端』と書いてある。実はまだきちんと挨拶ができていない。ぱあっと笑顔満開で「いらっしゃいませ」。機械的にレジをするのではなく、人間として愛嬌を感じるレジだ。そしてレジそのものも丁寧で、たまにお客さんと雑談しているのを何度も見た。心なしかお客さんが川端さんのレジに人が寄っている気がする。


ダークブラウンの髪はゆるりと波打っていて、自然なウェーブを描いている。


パートというと“おばさん”のイメージが強かったのだが、川端さんはお姉さんというところ。実際僕の姉と同じかそれの少し上くらいだろう。26か27歳くらいだろうか。


後頭部にくくったポニーテールが無邪気に揺れている。前髪の隙間から見えるおでこはゆでたまごのようにつるんときれいだ。顔立ちは夕方のアナウンサーのように整っていて、単純に可愛い。常連のお客さんには「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」。当たり障りのない会話をしながらも手は素早く動いている。最後の「ありがとうございました。いってらっしゃい」で決め手の笑顔。目を直視されてのにっこりで「また来よう」となる気持ちは簡単に想像できる。僕のような冴えない大学生と比べたら川端さんにレジをしてもらいたいと思うのも当然か。


すごいなあとポカンと眺めていると「ほら、お客さん」とアラタニさんに声をかけられた。僕は慌てて「い、いらっしゃいませ」とぎこちなく言った。バーコードリーダーを手に握りながら、バイトが終わったら川端さんにちゃんと自己紹介しないといけないな、と思った。



慣れない初めてのアルバイトを終え、休憩室で次のシフトの相談をアラタニ店長としているところに、川端さんが来た。川端さんも同じ時間のあがりなのだ。


「あ、久保田肇です。今日からよろしくおねがいします」


僕はその場で軽く会釈した。


「聞いてるよ~こちらこそよろしくね」


川端さんはさっきレジで見たのと同じ、にっこり笑顔で言った。口角の上がった屈託のない笑顔を見て、ある少女がダブって見えた。


「大学生なんだって?」


「はい、そうなんです」


「何回生?」


「一回です」


僕がそう言うと川端さんは一拍あけて、若いねえ~と言った。そして髪を縛っていたゴムを解いた。頭の後ろに付いていた髪の束は、ふわっと川端さんの肩に落ちた。ゴムで止めていた部分に少し癖が残っていて、川端さんは指でその辺りを軽く梳いた。髪を下ろした川端さんはさっきまでとは全然違う雰囲気に見えた。


「うちは学生少ないから助かるわ」


「それ聞いてます。なんか今年で就職とかで一人しかいないんですよね」


「そうそう。店長が慌てて求人出してたからね~」


川端さんはごそごそとロッカーの荷物を引っ張りだしている。


「その一人しかいない大学生も、今は旅行に言ってていないんだけどね」


「え? 今この時期に、旅行?」


新学期始まって早々に旅行? 大学は行ってないのか?


「ちょっと変わってる子だから、まあみたらわかると思うけどね。この子だよ」


シフト表を指さして川端さんは言った。


室くんと書いてある。「ムロくんって読むんだよ」と言いながら川端さんはニコニコ笑った。


「じゃあうちのチビ迎えに行かなきゃいけないから。お疲れ様」


川端さんはいそいそと荷物を持って休憩室を出て行った。


「お疲れ様です」と僕は反射的に言った。



チビ、ってことはお子さんがいるのか。姉とあんまり年も変わらないのに母親か。幼稚園に迎えに行くのだろう。そして家に連れて帰って晩ゴハンの支度をしながら夫の帰りを待つのだろう。


僕もいつか会社で働くようになって、誰かと結婚して、子どもができて、晩ゴハンの用意をしている家庭に帰るなんて日々がくるのだろうか、想像も出来ないや。知らないふりをしていたわけではないが、やはり実際に目の前にしてみたら色々考えさせられてしまう。


それにしても大学生の室っていう人はどんな人なんだろう。一目見てわかるっていうと、不良とか? うーん不良はちょっと困るなあ。そういうタイプの人は苦手だし……。


今日アラタニさんに教わったこと、今日会った人達のことを頭の中で反芻しながら帰路についた。


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