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6月26日
「あ、付き合えたんだ。おめでと」
もっと驚くかと思ったのに、種田は意外と平然としていた。
「もうちょっと驚いてよ。僕は昨日、一世一代の大勝負をしてきたんだ。そして、その大勝負に、僕は勝ったんだ」
「そんな大げさな。ま、おれのアドバイスのおかげだがな」そう言って種田はクールに高い鼻を鳴らした。
「いやーそれにしても緊張した。鼻から心臓が出るかと思ったよ」
種田は「鼻から心臓ねえ…」と溜め息混じりに呟いた。
「イケメンにはこの気持ちはわかるまい」
種田は男の目からみても顔が整っていた。綺麗に筋の通った鼻、そしてそのまわりに綺麗に配列された顔のパーツはイケメンと呼ばれるだけの条件を十分に満たしていた。その綺麗な顔面に加えて、成績優秀、引退する前はサッカー部のエースを務めており、さらに人望もあるという完璧ぶりを見せつけていた。
僕は同じクラスになるまで、種田とは仲が良くなかった。同じサッカー部員としてはそこそこ会話をしたことがあるが、部活以外で種田と話したことはほとんどなかった。しかし別に嫌いだとか、才能が妬ましいとかではない。
魅力たっぷりの種田瞳馬の周りには当然のように人が集まり、もてはやされていたが、種田は気取った様子を見せず、変に落ち着いているように見えた。そのことが僕には何となく不気味だったのだ。
「でも、あんなにベタな告白でよかったのか? 上手くいったんだけどさ」
「ベタでいいじゃん」
「あんなありがちなセリフだと、つまらない男だと思われてないだろうか?」
「ベタでいいって。女はストレートに言われる方が好きなの」
僕はうーんと唸ってから聞いた。
「そうかな…例えばさ、『君の望む十カ条を定めるから、僕をあなたのナイトに雇って下さい!』とかの方がよくなかった?」
「え、なにそれ。本気で言ってるの? キモイよ」
僕の理想のシチュエーションを即答で一蹴。さすが元サッカー部のエースだ。
「え、そうかな……」
「ありがちな告白の言葉でも、久保田が桐村を想う気持ちは、ありがちな気持ちではないだろ?」
「お、おう。勿論だ」
「じゃあいいじゃん」
そう言い捨てて種田は頬杖をついて窓の外に目をやった。
結局なんだか上手いこと言いくるめられてしまった。この落ち着いた物言いで、世の女達は種田に篭絡されているのだろうか。しかし種田は実際良い奴だと思うし、これほどイケメンなら特に悔しいとも思わない。ただぼおっと窓の外を眺めているだけで絵になる男もそういないだろう。
ただ一点、あえて彼の欠点を挙げるならば「女癖が悪い」という噂をよく聞くことだ。種田が自分から女関係を言いふらすようなことをするとは到底考えられないし、どっかのモテない男が、種田を僻んで根も葉もない噂を言いふらしたのだろう。しかし、他人の色恋沙汰には首を突っ込まない主義である僕の耳にも、風に乗って入ってくるほどの噂なので信憑性は高いのかもしれない。
これは僕の主義に反するのだが、やはり気になるので一応種田に確認してみたことがある。彼に問いただしてみると、「据え膳食わぬは男の恥、が俺の座右の銘なんだ」と語っていた。僕は「さすが種田だ。やっぱり言うことが違うなあ」と言うと、種田はわずかにはにかんでいた。きっとクールな彼なりの喜びの表現だろう。しかし据え膳食わぬは男の恥、とはどういう意味なのだろう。意味を尋ねようかと迷っているうち、種田は席を立ってどこかに言ってしまった。僕はまた上手いこと煙にまかれてしまったのだ。
種田は生まれた瞬間から宝くじに当たったようなヤツ、とよく形容されていた。そんな種田だから、当然モテない男達や女達にドロドロ黒々した嫉妬や怨念を抱かれることも多いようだった。誰が言い出したのかは分からないが、モテない男達女達の間で彼は「種馬」と呼ばれていた。「種田瞳馬」を略して「種馬」。名付けた人を賞賛したいほどの俗称だが、種馬本人が気づいているのかは定かではない。
「いやーまさか僕に彼女ができるなんて。」
「おめでとう」
「告白した後しばらく桐村さん黙ってしまってさ、絶対フラれたと思ったよ」
昨晩、公園の静寂の中で一瞬種田を恨んでしまったのはもちろん秘密だ。
「意外と告ってみたら成功するもんよ」
「今更だけど、ろくに喋ったこともない奴の告白を了承するもんなんだな。あ、もしかして元から僕のことが好きだったとか? それなら両想いだったってことじゃん。すげーやっぱり僕達運命の赤い糸で繋がってたんだ」
「うん。それはどうかわからんけど、まーマイナスのイメージは持ってなかったんじゃね」
「そんなもんなのか? そんな簡単な感じで付き合ったりするものなのか?」
「どーだろ。人によるけど、なんか、恋愛の勉強? というか恋愛ってどんなものか体験したくて付き合うってのもあると思う。まあそのへんの価値観は人それぞれだ」
彼女もそういう、好奇心で付き合ったりだとか、そういうことをするのだろうか。でも何となく、彼女はそんなことはしないだろういという気がした。イメージには合わない。
「桐村さんとそういう恋愛の話はしないのか?」
「うーん、桐村とそういう話はしたことがないからなーあいつ、そういうキャラじゃないじゃん? 大体付き合いが長い分、そういう話って逆に触れにくいもんだ」
「そうだな」
浮かれていたが、よく考えてみると確かにしっくりこない。なぜ僕は彼女と付き合えたのだろう。
僕は唇を付き出して唸った。
「なんにせよマイナスのイメージはなかったってことなんだから、難しいこと考えずに付き合えって。久保田が今考えるべきことはなぜ付き合えたかじゃなくて、どうやってこの恋を長続きさせるか、だろ」
確かに種田の言うとおりだ。僕のことが好きだろうと嫌いだろうと、僕の告白に頷いてくれたことは本当なのだ。
「おーい種田―! めっちゃ面白い話があんだけど!」
他クラスのよく種田と一緒に見かける連中の声が、教室に響いた。ガラが悪そうな連中で品がなくて、正直僕は苦手な人達だ。
「じゃあ、呼ばれたし行ってくるわ。がんばれよ」
「おう」
種田はじゃ、と無愛想に右手を顔の前で振って席を立った。そして種田は振り返ってから、悪戯を思いついたように口元を緩ませた。
「それに、桐村は案外お前みたいなやつがタイプだったのかもしれないぜ」
「なんだ、僕みたいなヤツって!」
僕が言い終わる前に、種田は鍛えた脚力を活かしてスルスルーと机の間を抜けて、ドアの付近で待っている連中の輪に入っていった。姿が見えなくなるとほぼ同時に、扉の向こうから彼らの品のない笑い声が聞こえてきた。
僕は同じクラスになるまで、種田のことがあまり好きじゃなかった。でも今ではこんなに仲がいい友達になったのだ。
種田と仲良くなったのは、昨日僕の彼女になった桐村愛菜がきっかけだった。