2-4
「あ、着いた? どこにいるの?」電話に出ると種田が先に話し出した。
「今校門前にいる」
「そうか、“キンシンカン”のベンチでだべってるからこっちまできてくれる?」
「どうやっていけばいい」
「あ、そうか」
種田はえーと、と言ってから
「校門からまっすぐ行ったらでかい建物が見えると思う。窓が沢山あって、ちょっと近未来的な。そこの中に入ったらわかると思う。
ベンチがいっぱいあるから」と言った。
僕は分かったと言って電話を切ったが、少し疑問が湧いた。
だべっている? 誰かと一緒なのだろうか。もしかしたらすでに知り合いを作っていて、入学式終わりにちょっと喋らない? お友達にならない? 的な雰囲気になってしまったのかもしれない。種田なら……ありうる。
僕は一抹の不安を感じながらも歩を進めた。相変わらず在学生はサークル勧誘やら自分たち自身が楽しんでいるのやらよくわからないが、とにかく騒ぎたてて遊んでいる。種田の言う通り校門からまっすぐ直進していくと、ヌッと聳える大きな建物が目の前に現れた。校門からは別の校舎に隠れて見えていなかったのだが、「近未来的」と種田がいうのも理解できる風貌だ。沢山の窓ガラスにうめつくされた壁面。一階は端から端まで見渡せる開放的なガラス張りになっていて、校舎の4隅にはそれぞれこの建物を支える四本の足がついている。地震対策などを心配させるような不安定な建物だ。前衛的、といえば聞こえはいいが、その奇抜なデザインはとても学ぶための建物には見えない。というかちょっと作った人のセンスを疑うレベルだ。
大学というものはそれぞれの個性を建物に出さないといけないのだろうか。学生の確保に躍起になるのもわかるが、こんな建物につられて入学してくるような生徒でもやはり学費を納めてくれる“お客様”として大学は確保すべきなのだろうか。実際こういう目を引く校舎にする大学は多くなっているということから、それなりの効果はあげているということなのだろうか。まあその程度の要因で選ぶ大学が変わるというのも、結局学生にとっては大学なんてあまりこだわりがない証拠といえるかもしれないな。
その奇怪千万な建物の入り口の横に「檎真館」という看板が貼ってあった。これがおそらく種田の言っていたキンシンカンだろう。これまた変な名前だなあと思いながら、僕は中に入った。
どうやら悪い予感は当たっていたらしい。多数のベンチが並んでいて、多くの人で賑わっていた。種田がいる場所はひと目で分かった。まさかと思いながらもぎゃあぎゃあと騒がしい声がする方向に向かってみると、明るい髪の毛にタイトなスーツの集団が居た。そのホストみたいな集団の中に種田はいたのだ。
種田はいかにもな男女連中と一緒に楽しそうに喋っている。いや、だべっている。僕はあの手の人たちは本当に苦手なのだ。幸いにも種田は僕に気づいていないので、すぐに柱の後ろに隠れ、覗き込みながら電話をかけた。
「あれーどうした。迷子にでもなったのか」気の抜けた声で電話にでた種田は言った。
「その一緒にいる人たちは誰?」
「ん、なんだ? もしかしてどっか近くから見ている?」
「その一緒にいる人たちは誰だ」
僕はもう一度尋ねた。
「同じ学部の人たちだよ。久保田も早く来なよ」
あんな集団の中にふわふわと現れられるわけないだろう。簡単に言ってくれるな。
「僕がそういう人たち苦手なの知ってるだろ」
「別に悪い奴らじゃねえよ。話してみると普通だって」
「いいから。ちょっとこっちきてくれ」
「もうしょうがねえなあ……」
携帯からこう聞こえてきてすぐに種田は席を立ちあがり、連中と手を振りあっているのが見えた。それから種田一人だけが離れて、また携帯から種田の声が聞こえてきた。
「あいつらと別れたぞ。どこにいるんだ」
近くで見てみると種田の髪の色が変わっていることに気付いた。なかなか似合っている。ちゃんとした美容院で染めてもらったのだろう。登校中に見かけた、適当な薬局で買って自分で染めました、って感じの安っぽい茶髪ではない。なんだかずっと年上に見えて気圧されるくらい、垢抜けて見えた。さっきの連中も大半が髪を染めていたし、真っ金金の頭の人もいたので、なんだか高校とはえらい違いだなあと思った。
「で、なんでお前は私服なんだよ」
「入学式には出ないんだから別にいいだろ。それよりさっきはなんの話をしていたんだ?」
「別に。どんな高校出たか、とか、どんな部活していたとか、普通の会話だよ。一体なんだと思っているんだか」
種田は呆れ口調で言った。
「一生ああいう人たちとは仲良くなれる気がしない」
「はいはい」
その辺にある適当な席に座ってから、種田から入学式で聞いた話やオリエンテーションで聞いた話について聞いた。だいたいは思った通り、大半が聞いても聞かなくてもどっちでもいいような話だったようで、やはりサボって正解だったなと思った。
「履修はどうするんだ。何をとるかとか、時間割とか。いろいろ考えなきゃいけないみたいだぞ」
「種田に合わせるよ。一人でとってもしんどいだろうし、種田が情報集めてとった科目だったら大丈夫だろ」
「俺の興味のある科目が中心になってしまってもいいのか」
「いいよ。それにどうせこんなFラン大学の科目なんて何とっても一緒さ。どうせロクな人いないし、話が合う人もいないさ」
種田がぴくりと反応した。
「FランFランってお前そればっかじゃねえか。それなら浪人していい大学にでも行きゃあ良かったじゃん」淡々と種田は言った。
「だから浪人までしていきたいところなんてないし。どうせ浪人しても腐ってしまうってて何回も言ってるだろ。とりあえず大学くらいでないと、就職ないだろうし」
まあ入ってから思えばこの大学でも就職はなさそうだけど。とひとり言のように付け足した。
「お前にとっては就職することがゴールなのか?」
種田の言葉に心の中で微かに抗議の声が起こったが、これ以上言い合いをしても仕方ないと思って言葉にしなかった。
「もう入学したんだから気楽に考えようぜ。今が楽しくないと、意味ないって」
おそらく元気つけようとしてくれているのだろう。でも、前向きな言葉ほど、下を向いて、詰まっている人間には頭を重くさせるんだ。
「じゃあお前は何のために大学に来たんだ」
「もちろん……遊ぶためさ」
種田はニヤリと策士っぽく笑った。
聞いといて、そりゃそうだよなと思った。わかっているのに聞いてしまった。
「種田は後悔してない?」僕は不安げに聞いた。
「もちろん。順風満帆そのもの。今のところ理想どおりに進行中」
種田は口調はそのままに、しかし力強く自信を込めて言った。
「そうか、楽しそうだな」
「ああ楽しいよ。」
「てことでこの後さっきの奴らとイベントサークルの新歓コンパいくことなってるんだけど、一緒に行かないか」
明るく種田は「タダ飲みタダ食いだぜ」と付け加えた。
「遠慮しとくよ。話が合うとも思えないし、ノリにもついていけないよ。場の空気を悪くしたりすることになったら、お互い嬉しくないだろ」
「やっぱり来ないか。別に俺はいいけどよ、何事も参加しないとノーポイントだぜ。フットワークが悪い人間はそれだけでチャンスは少ないんだ。要するに知らない間に損してんだよ」
「ああ。自覚してる。でも今回はパスするよ」
そう言って僕は席を立った。
「色々ありがとう。また履修についてなんかあったら連絡するよじゃあな」
「おう」
と種田と別れた。なんでそんなに楽しそうにしてられるんだ。この大学で、未来がどうなってるか、考えもしないのか? いや、種田なら絶対うまくいく自信もあるのだろうな。
帰り道、スーツ姿の新入生と沢山すれ違った。僕はあいつらとは違う。一緒にいたら、あいつらと一緒になってしまうと思った。




