表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
11/49

1-10

12月24日


携帯の表示は18時05分。


待ち合わせまで25分ある。


 今日は最高気温3度。凍った風が身を切りつけるように通り過ぎていく。ニュースでは今夜はホワイトクリスマスになるかもしれないと言っていた。確かに今にも雪が降り出しそうな重たい空だ。

 

 もう辺りは暗くなっていた。街一面はクリスマスモードで、すれ違う人々はみな幸せそうな顔をして歩いている。

 

クリスマスプレゼントは迷いに迷ったあげく、オルゴールにした。オルゴールと言っても、ネジを回す金ピカの箱ではない。一見すると可愛いクマのぬいぐるみとしか分からないもので、そのクマのお腹を押すとオルゴールの綺麗な音色が鳴り出す仕組みになっているものだ。


最初からオルゴールを買おうと決めていたわけではなかった。ふいに入ったデパートのクリスマスプレゼントのコーナーで、ピンと来たのだ。僕の少ない小遣いでも何とか買える値段で、可愛らしい物を探していた僕にはピッタリの品物だった。オルゴールの曲はいくらかの中から選べるらしい。僕は興味津々に曲名のリストを眺めていると、ある曲に目が止まった。彼女が好きなアーティストの歌を見つけたのだ。僕はこのアーティストをほとんど知らないので彼女と大した話はできなかったが、この曲だけはどこかで聴いていたのか知っていた。それに、その歌の歌詞は今の気持ちにピッタリだと思った。


 しかし、オルゴールだけではあまりにも捻りが弱いなと思い、僕は恥ずかしながらクマのオルゴールに手紙を持たせることにした。


よく考えてみると手紙を書くのは人生初めてかもしれない。大したことは書いていないはずだが、ラッピングした今でも、少し手直しした方がいいだろうかと不安になる。というか恥ずかしくて確認するのも抵抗感がある。これを彼女に見せたら何と言うだろうか。はたして喜んでくれるのだろうか。

いや、彼女は何を渡してもきっと喜んでくれるだろう。彼女はそういう子だ。それでも慣れないことをするというのは、やはりむず痒くて恥ずかしい。


読んでもらう時は目の前で読んでもらおうか。それとも恥ずかしいから家に帰ってから読んで貰おうか。


色々なことを考えていると彼女の人懐っこい笑顔が浮かんだ。出来たら彼女の喜ぶ顔が見たい。やっぱり目の前で読んでもらうことにしよう。


彼女はきっと喜んでくれる。そして温くて細やかな手で僕の手を握ってくれるだろう。


彼女に久しぶりに会えることを考えて、寒さにこわばった頬が緩んだ。様々な期待に胸が膨らむ。


僕は歩調を早めて待ち合わせの場所へ向かった。



時計の表示は18時20分。


待ち合わせの10分前だ。


待ち合わせ場所である世界樹に着いた。今日の世界樹はクリスマスツリーとして綺麗にイルミネーションが施されている。カラフルな電飾がチカチカと点滅し、ところどころに鈴や雪を模した白い綿がついているのが見える。それらをぼおっと見上げながら、葉が落ちる頃には電飾が施されて、枯れることがないから「世界樹」と呼ばれているのだろうか、と思った。


僕以外にも、たくさんの男女が待ち合わせのために世界樹の下でたむろしていることに気付いた。みんなとても寒そうにして白い息を吐いている。退屈そうに携帯を弄っている人もいれば、電話をしている人もいる。大声で話し合っている人もいる。


魚住駅に隣接するコンビニでは、サンタクロースの服を来た店員たちが出店を出している。ケーキやチキン等を売っているらしい。店員の客引きの声が広場に響いている。あとで二人で買って食べようか。彼女が来たら聞いてみようかなと思った。


広場全体が明るくて祝福ムードで、カップルのためのお祭りを作っているように見えた。クリスマスイヴの街は毎年こんなことになっているのか、と少し驚いた。今思うとクリスマスイヴといえば、部活を済ませて直帰。そして家でクリスマス商戦に投下されたゲームをしていたくらいしか思い出がなかった。親が買って帰ってきたケーキを食べるのも幸せだったが、やっぱりこの日は恋人と過ごすべき日なのかもしれない。


そういえば種田等は毎年部活終わりにいそいそと街に繰り出していたような記憶がある。みんな他人に強要されずともやることはやっていたわけだ。だからといって、別に彼らを憎んだりする気などない。僕は今まで彼女を作ろうともしなかったし、作りたいと思わなかったのだから。ただの時期の問題なのだ。


 世界樹の下に人がたくさん集まっているからか、思ったより寒いとは感じなかった。

 


時計の表示は18時30分。


待ち合わせの時間だ。


彼女が来たら最初はどこへ行こうか。やはりクリスマスらしく、ケーキやチキンが食べたい。そうだ、最初はコンビニのチキンだけを食べることにしよう。でもどうせならチキンはケンタッキーで食べるべきだろうか。しかしケンタッキーは混んでいることが予想される。わざわざ寒空の下で整理券を持って並ぶのは勘弁して頂きたい。だが彼女が食べたいというかもしれない。そうなったら、きっと僕は簡単に折れてしまうのだろう。


彼女は言い出したら僕の話を聞かない頑固なところもあるしなと思うと、僕は冷たく乾いた口元が少し緩んだ。


二人で晩ゴハンを食べたら、次は暖房の効いた暖かい店内でケーキを食べよう。ケーキは喫茶店で食べるべきだろうか。映画館の前のコーヒーチェーン店がいい。やはり行き慣れている店の方が落ち着くと思う。


あ、そうだ。プレゼントはいつ渡そうか。どうやって渡すのがいいだろう。会ってすぐ渡すものなのか? いや、彼女の荷物が増えるのが申し訳ないし、手紙を読むにしても雰囲気が出来上がってからの方がいいだろう。そう考えるとやはり帰り際だろうか。ケーキを食べて談笑した後、駅に戻ってきた時に、この世界樹の下で渡そう。電飾の光もあるし、ここなら手紙も読めるだろう。


ははは、まさに浮かれたカップルだ。自分でもそう思う。まさか僕にこんな機会が来るなんて。


会いたい気持ちはどんどん募ってわくわくしているのが自分でも分かる。この気持ちはいくらメールを交わしても満たされはしないのだ。ずっとずっと、我慢をしていたのだ。彼女に会いたくてたまらない気持ちを抑えて机に向かうのは、今日だけはお休みだ。


凍える空気の中で、顔が赤らんでくるのが分かる。ああ、もうすぐで彼女に会える。



時計の表示は18時40分。


待ち合わせの時間から10分経った。


僕は改札から出てくる人の波を見ていた。


視線は自然と彼女を探していた。彼女が勘違いしているのではないかと不安になって、一昨日のメールを確認してみた。待ち合わせ時間と待ち合わせ場所はここであっている。しかし、念のために再度メールを送ってみようか。


いや、やめておこう。10分くらいの遅刻ですぐに連絡するのも何となく気が引ける。そんな細かい男だと思われるのも嫌だし、それに怒っているかもしれないと勘違いされたりするのは困る。せっかく久しぶりに会えるのだから少しでも不穏な空気は排除したい。特別でなくてもいい。今までと同じように彼女といる時間を過ごしたい。


そうだ。僕も今着いたことにしよう。これは僕の密かな夢だったのだ。こう、「ごめん、待った?」と少し遅れてくる彼女に対して、「ううん、僕も今来たところだよ」と言う、アレだ。一度やってみたかったのだ。


少しだけ、彼女が到着したシーンを頭の中で描いてみると、僕は心臓が早くなった。



時計の表示は19時00分。


待ち合わせの時間から30分経った。


「おまたせ! ゴメン待った?」


「おっそい! すごい寒い!」


彼女は寒さに震える彼氏の腕に、身を寄せて巻き付いた。


どこからかふわふわとこちらの方へ人が寄ってきて、待ち合わせている相手を見つけると磁石のように引っ付く。そして次は二人で幸福そうに、ふわふわと華やかに彩られた街へ消えていく。大体のカップルが同じようにしている。


隣のカップルは世界樹の写真を撮っている。世界樹を単体で撮ると、どちらからでもなく頬を密着させて、携帯の内側のカメラでツーショット記念写真を撮っている。もちろん背景は綺麗に装飾された世界樹だ。


撮り終わった後は、また他のカップルと同じようにふわふわと眩い街と人の中へ消えていった。


彼女にメールを送ろう。


「予備校延長してる? 何時頃に着きそう? 世界樹の下で待ってる」


送信完了の画面を見てから携帯を閉じた。こんなに少しの間、ポケットから出しただけで手の温度は外気に奪われていた。左右の手の温度差が気持ち悪くて、僕は両手をポケットから出して合わせた。


空を見上げた。星も月もない、ただ黒い空だ。


彼女と話したいことがたくさんあった。クリスマスプレゼントを買いに行った時の話とか。最近はどんなことで笑ったかとか。たくさん勉強したこととか。秋月大学も十分に狙えるくらい成績が上がったこととか。どれだけ会いたかったかとか。面と向かってきちんと言えていない「好き」だとか。


どんな些細なことでも話したい。


3ヶ月間の彼女が知りたい。3ヶ月間の僕を知ってほしい。


早く彼女の声が聞きたい。



時計の表示は19時30分。


待ち合わせの時間から一時間が経った。


ずっとポケットで握っていた携帯が急に震えだした。


僕は慌てて携帯を取り出した。


「今日は何時に帰る?」と母からだった。


 僕は適当に返信をしてから、しばらく携帯を閉じられなかった。

 

僕は彼女に電話をかけようか迷っていた。まだ彼女が電車や塾の中にいるなら、電話をかけると迷惑になってしまうかもしれない。


 それと何か、少し……電話をかけるのが、怖い。

 

 僕は携帯に彼女の電話番号を表示した。携帯を握る指は骨ごと凍ったんじゃないかというくらい、ピリピリと動きが鈍くなっている。すこしの時間、そのまま画面を眺めた。そして電話をかけようと思った時、携帯の画面の上に何かが乗った。

 

「あ、雪だ」と誰かが言った。


雪が降ってきた。


ホワイトクリスマスだ。



時計の表示は20時00分。


待ち合わせの時間から一時間半が経っていた。


雪は音もなく降り続けていた。地面は濡れて屋根や草木の上には少しだけ雪が積もっている。周りのカップル達が、少しだけ積もった雪でじゃれ合って遊んでいる。明るい声を肌で感じる。


僕は肩に乗っている雪を手で落とした。そして手に残った雪を握ってみた。冷たい。雪はすぐに溶けて、手が少し濡れた。濡れた手が冷たい外気に触れることで、さらに手の温度が奪われた。


僕はふと、彼女の手を思い出した。温かくて、柔らかい手。僕の手を握る小さくて優しい手だ。繊細でわがままで気まぐれで、甘えん坊な手は彼女の大事な要素が寄せ集まって出来ているようだった。


僕の大好きな彼女の、僕の大好きな手だ。


僕はポケットから携帯を取り出した。動かすことを拒んでいるように指が固まっている。その殆ど動かない指で、なんとか通話ボタンを押した。


そして携帯を耳に当てた。


携帯を耳にあてるとすぐに、無機質な呼び出し音が聞こえた。その呼び出し音の間隔がやたらと長く感じられた。


呼び出し音が途切れるたびに、彼女が出たのかと思って話し出してしまいそうになる。そしていちいち心臓が跳ねる。頭の中が燃えているように熱い。


 気付くと、呼び出し音が止まっていた。

  

彼女が電話に出た。


でも何も聞こえてこなかった。


僕は「愛菜ちゃん」と言った。


「……」何も聞こえない。


僕は携帯を耳から離して画面を確認してみた。通話中となっている。切れてはいない。


彼女は電話に出ている。


僕は「もしもし」と言った。


「……」やはり電話からは何も聞こえてこない。


僕はどうしたらいいのかわからなくなった。黙って電話を耳に当てていることしか出来なかった。


……何か聞こえる。


よく聞くと、何か聞こえる。


……これは、………………………………泣き声?


 一気に不安が頭を一杯にした。

 

彼女が泣いている? 何かあったのか? 


僕は「どうしたの」と言った。そして「愛菜ちゃん」と続けた。


聞こえる嗚咽が少し大きくなった。やはり彼女だ。彼女が泣いている。


「どうしたの。今どこにいるの」


「……」


僕はまた「愛菜ちゃん」と言った。


「……ごめんなさい」嗚咽の中に彼女の言葉が聞こえた。僕は、少しだけ安堵した。


「どうしたのか教えて」


「……」


 数秒間、何も聞こえなくなった。僕はなぜか、電話を切られる、と思った。

 

「待って。切らないで」


「肇君……」彼女は僕を呼んだ。


「大丈夫? 何かあったの?」


「……ごめんなさい」


彼女は謝ってばかりで、何も分からない。


どうすればいい? 僕は何を言えばいいのだ。


「謝ってばかりじゃ、わからないよ……」


僕が言葉を探しているうちに、彼女は話し始めた。


「……これ以上、肇君を傷つけたくない」


僕が傷つく? 彼女は何の話をしているのだ。僕は何か嫌な空気を感じ取った。すぐに恐怖心が大きくなって、心臓が狭くなった気がした。


「何を言っているの。今どこにいるの」僕は声を強めて言った。


「私と一緒にいたら、肇君はこれからも、ずっとつらい思いをするよ」泣き声が混じっているせいで、声が聞き取りづらい。


 どういう意味だ。彼女は一体何の話をしているんだ?

 

「それが、私は嫌なの」嗚咽混じりに彼女は言った。


 もう僕が話し出す隙はなかった。

 

「私達……もう……会わないほうがいい、ね」


後頭部を殴られたような衝撃で、視界が真っ暗になったかと思った。


「……ごめんなさい。」


「……なんでそんな……変だよ、そんな理屈」ようやく絞り出した声は揺れていた


「……ごめんなさい。ちゃんと、お別れを言いたいの」


お別れ、という言葉が頭の中を反響した。


「……嫌だ」


「ごめんなさい」


「そんな馬鹿なこと、受け入れられるわけないよ」大きくした声が震えている。


「……ごめんなさい」


「一緒に秋月大学、行くんじゃなかったの」


なんか、違う。こんなことが言いたいんじゃない。


「……」


言葉が何も出ない。


脳が溶けたように何も考えられない。


「愛菜ちゃんは、僕のことが……」僕は最後まで言えなかった。


こんなことが言いたいんじゃない。


もっと、大事なことがあるだろう。


「……もう、切るね」


 ちょっと待って。待ってくれ。終わらせないで。

 

「……ごめんなさい」


どうしたらいい。どうしたら。


「待って。ずっと、」言いたいことがあったんだ。


愛菜ちゃん、ずっと手をつないでいたいって言ってくれたよね。ずっと一緒だって。何度も、何度もそう、約束したよね。それが僕の夢なんだ。夢なんて持っていてもしょうがないって、そう思ってた僕が、やっと見つけた夢なんだ。



彼女の声で「さよなら」と聞こえた。


その後に「ツーツー」と無機質な音が耳元で鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ