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春夏秋冬の月  作者: myu-myu-
1/49

1-1

「わかったから、何があったのか分かるよう順を追って事細かに話せ」

と無愛想に言うので、僕は少し考え込みながらあの夜のことを思い出した。最初に電飾と街灯の光が僕を粛々と照らしつけていたことを思い出した。


それから、それから、と引っ張りあげるようにある程度思い出してから、頭の中で出来事を整理した。


そして、

「彼女が僕の前にいて、募った気持ちは罪悪感とすり変わっていた」

 と僕は話し始めた。



      ◯



6月25日


「き、桐村愛菜さん!あなたのことが好きです。つ、付き合って下さい!」


……言った。ついに言ったぞ。気持ちを言葉に乗せて、ぶつけた。僕の人生初めての、愛の告白だ。緊張のあまり唇が自分のものでないみたいにプルプル震えたが、どうにか噛まずに言えたようだ。「ついに言えた」と思った直後、「ついに言ってしまった」とも思った。もう言ったことを取り消すことはできないのだ。セリフを言った直後、彼女の顔を直視出来ず、僕は視線を彼女の足元に落とした。


1.5メートル前の少女は小さな置き物のようにちょこんと立っていた。僕の遠まわしな呼び出しに応じてわざわざ近所の公園に来てくれて、そして僕の話を聞くためにちょこんと立っていてくれて、しかもその少女はろくに話したこともない男に求愛までされているのだ。今の状況を再確認しただけで、申し訳なさのあまり土下座してしまいたくなる。


 しかし彼女は何も言わなかった。気まずい沈黙が数秒間流れ、次第に僕は足が自分の物でないように宙に浮く感覚がした。僕は途端に怖くなって目をつぶった。


彼女はどんな顔をしてこちらを見ているのだろう。驚いて立ち尽くしているのだろうか。閻魔大王様のように恐ろしい表情をしているのだろうか。悲しみのあまり泣きだしているのだろうか。


彼女が次に放つ一言で、僕の恋が終わってしまうかもしれない。それはつまり、想像、妄想、空想して描いたあの幸せな未来が、夢物語として完結してしまうことを指す。考えただけで、鷲掴みされているみたいに心臓が締め付けられる。


これが噂に聞いていた告白か。漫画やドラマで何気なく見ていたワンシーンが、リアルで手応えのある現実として今僕の目の前にある。これが誰もがみんな通った道なのか。街を涼しい顔で歩くカップル一組一組が、今の僕と同じような経験をみんな通過したのか。にわかには信じられない。万人がこんな苦悶に耐えられるわけがない。


顔が熱くなって、手が汗ばんだ。膝が携帯電話よりも小刻みに振動し始め、ついには呼吸まで乱れてきた。体のあらゆる部分がひとりでに勝手な行動を始めてしまって、もう収拾がつかなくなりそうだ。


この沈黙の時間は一体何の時間だろう。気まずい静寂を破る何か、気の利いたセリフを言わなければならない。


種田、こんな事態になるなんて聞いてないぞ。アドバイスするのならあらゆる場合のことをアドバイスしてほしかった。「好きです付き合って下さいって言えば全てうまく行くよ。全部ダイジョーブダイジョーブ……」と軽く言い放った男と、それに簡単に納得させられてしまった自分が憎い。


わかったぞ。彼女は僕をフる言葉を一生懸命考えているに違いない。


あ、もうこのまま帰ってもいいだろうか。


もう満足じゃないか。満足だろう、思いを伝えることが出来たのだから。僕のような人間がこれ以上彼女に何を望むというのか。僕とあの桐村愛菜がお付き合いをする? 何と図々しいことか。ああ、やっぱり止めとけばよかった。種田にそそのかされて調子に乗ってしまっていたのだ。


ああ、まただ…またこのパターンだ……またこうして僕は中学生の時のように

「あの…久保田くん?」


彼女の透き通った優しい声が、僕の耳を撫でた。彼女の声は耳から頭の中、脊椎を通って体の末端に届けられ、全身がビクっという音を鳴らして震撼した。


心臓が悲鳴をあげるように脈打っている。しかし心臓以外は時を止められたように動かすことが出来ない。


やばい。まさに今、マジでフラレる5秒前だ。僕は彼女が次に紡ぎだすであろう言葉を、全身を耳にして待った。


しかし、彼女は続けて何も言わない。


1……2……3……4……5。


時が止まってはいないことを確認するようにたっぷり5秒数えてみても、彼女は何も言わない。どうしても状況が気になって、僕は恐る恐る目を開けてみることにした。


じわじわと少しずつ光を受けた目に映った彼女は、思ったより近くにいた。


彼女は、小首を傾げ、口角を上げて僕の顔を覗きこんでいた。





まさか僕の人生にこんな事が起こるなんて。やったー! とか、すげー! とかそんなの簡単に通り越して、体の中からわき起こるエネルギーで爆発しそうだった。もう宝くじの1等賞が当たった時の気持ち(当たったことはない)で、夢ではないかと顔面をポコポコ自傷しては確かめ、夢でないことを知る度に自室の布団の中で雄叫びを上げてエネルギーを発散した。


隣の部屋で寝ている姉が壁を叩く音が聞こえるが、雄叫びを止めるわけにはいかない。この雄叫びは爆発から家族を守るためゆえの行動なのだ。姉よ、許せ。

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