009話
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ビーケ・サー・ホルテ
諜報は国家にとって必要悪である。他国にとっても然り、自国にとっても然りだ。だが、だからこそ、危険をともなった情報ほど、喉から手が出るほど欲しい物だ。
私はこの中型貨物船パシフィック・ヴィクトリー号の船長だ。無論、表向きはそうなっている。そんな私の船は、上海を出航し、一路日本近海へ向かっていた。理由は簡単だ。2つの日本の海軍事情を知るためだ。台湾近辺には、大軍縮の影響を逃れた艦が配備されており、それ程目新しい物は無かった。
そのため、航行していても怪しまれ難い日本近海にて、情報を得ようと言う事になった。
出航して数日。少しずつだが海が荒れてきた。日本でタイフウ、と呼ばれる嵐が近付いてきている様だった。そのせいか、日本の港湾局から国際無線で近くの港に避難するか、台風の進路から遠ざかるようにと呼びかけている。
その呼びかけに使われている無線機の性能が良いのか、信じられないほど聞き取りやすい声が聞こえるのだ。しかし、聞き惚れている場合では無い。港に入港すれば、何かしら事が起こるかもしれない。そうなれば、次はいつここに戻ってこれるかわからない。私は進路を西に向け、台風を回避する事にした。
台風を回避するために西進していると、遠方に2つの影が見えてきた。機関を停止しているのか、黒煙はたなびいていない。しかし、その距離は急激に狭まりつつもあった。
「機関長、我が船の足はどれくらいでている」
「この時化で3から5ノットと言ったところでしょうな」
機関長は当然だと言う。私もそう思う。機関出力を高めに出していても、スクリューが海面上に出ていると推力を得られない。彼が曖昧に答えたのも、実際の速力が不明なためだ。
「前方、右舷方向。2時の方角に船影2。識別に無し、戦闘艦の模様」
見張りがそう報告してきた。さらに詳しく報告をさせると、2隻とも同型艦である事、艦の前方に砲塔が2つ、後方は構造物と艦尾が繋がった形状である事、そして、かなり巨大な事。巨大は言い過ぎかもしれない。ただ、商船と言えど船橋の高さや大きさはそれなりにある。その商船を超えるほどの大きさと長さを持つ上部構造物が、大きさを惑わせているのだろう。
「船長、通信です」
「うむ、読んでくれ」
「はい『我、日本共和国海上自衛軍、横須賀鎮守府所属戦隊ナリ。貴船ノ船足デハ嵐ニ巻キ込マレル公算大ナリ。我ガ艦ガ曳航スル、許可ヲ求ムナリ』以上です」
いきなりの大物登場だが、お世話になる羽目になろうとは……。しかし、この嵐ではロープさえも渡せない様な気がするが、それはどうするのだろうか。その興味の答えを見せてもらおうと、許可を出すと2隻の内の1隻が船首の方に舵を切った。全長はゆうに200mを超え、全幅も30mはあるだろう。そこから考えられる排水量は2万トンを軽く超える。さらに、上部構造物の重さも加味すれば、コンゴウクラスの艦と言われても納得できるだろう。
船首前方300mに付けた日本共和国艦から、光の筋の様なものが伸び、船首にあるボラードに巻き付く。それと時を同じくして、今まで消されていた航海灯が光り、我が船を引張ってゆく。速力は体感だが10ノットは出ているだろう。船体が壊れないか心配にはなるが、軋む音さえ聞こえず、順調に船足を速めて行く。
船橋から見ても不思議な艦である。通常の船なら航行時に排煙が出る筈だが、それらしきものは見当たらない。その上、スクリューによって撹拌された海面の泡立ちも確認できない。時折艦尾が海面上に出るが、スクリューや舵が見当たらないのだ。
まさに、未知の技術。日本共和国の秘密を少し知れた事は喜ばしい事だが、それを遥かに上回る量の疑問ができてしまった。
そもそも、我が船の位置がどうしてバレたのか。誰にも知られない様に、航路を選んで航行していた筈だ。そんな船を発見できる技術を持っている事や、嵐の中でも高速で航行でき、星の出ない日でも正確に位置を知る技術も持っているのだろう。
多くの疑問を持った日本共和国艦との初邂逅はこうして幕を閉じた。
台風が過ぎてから早半月。この間にも、いくつかの部隊…彼らは戦隊と呼ぶ…に遭遇した。
この戦隊。2隻の艦で構成されるが、必ず同型艦で同武装艦である。何か理由があるようだが不明だ。そして、必ず20ノットの速力で航行している。我が船の様な商船では先ず追いつけず、潜水艦の様に水面下に隠れた相手でも容易に攻撃できない速力だ。
また、旋回力も高い。タグボートの様に自在に艦を移動させる事ができる。巨体に似合わず、機動力は航洋水雷艇並みだろう。
最後に、武装の異なる艦もいると言う事だ。最初に遭遇した艦は、3連装の大型砲塔を2基搭載するタイプ…暫定的にAタイプとしておこう…であった。その後、Aタイプの戦隊を目撃し続けたが、1つ前に目撃した戦隊は、小型の単装砲を2基搭載するタイプ…暫定的にBタイプとする…であった。それ以外は殆ど変わらず、速力も20ktであった。
これは重要な意味があるのだろう。しかし、Bタイプの数は少ないのか、あれ以降全く出会っていない。
「船長…通信です」
「うむ?どうした」
「それが…」
通信士が言葉を濁らせ、通信内容の書かれた紙を手渡して来た。それにはこう書かれていた。
『コチラ、日本共和国海上自衛軍、舞鶴鎮守府所属、仮装巡洋艦皇竜丸第213号ナリ。UK所属、パシフィック・ヴィクトリー号ニ次グ。直チニ諜報活動ヲ停止シ、母港ヘ帰還サレヨ。コレハ警告デアル』
私の心臓は凍りついた。見つかってしまった事はしょうが無く、よくあることだ。しかし、所属と船名までバレたのは初めての事であった。しかも、周囲に船影らしきものも無く、単独で航行中にコレである。船名がバレたのは、以前曳航して貰った戦隊からだろう。しかし、所属がバレた理由が分からない。ダミーだが、アメリカの船会社に所属する船となっている。また、太平洋回りで苫小牧に向かって航行しているため、怪しい訳ではない…筈だ。
「通信士、通信を寄越した艦に通信を入れる事は可能か」
「可能ではあると思われますが……」
「では、返信してくれ。内容は…」
返信の内容は『我、帰還するための燃料及び飲食料が不足しつつあり。予定通り苫小牧へむかうなり』だ。何も嘘を言ってはいない。あと1日もすれば陸地が見えるようなところなのだ。当然ながら、航海は終盤に差し掛かっている。
「返信です『直チニ停船サレタシ。補給ヲ行ウ』以上です」
何を言ってと、言葉を発するよりも先に左舷側に巨大な艦が同行していた。艦首方向からパネルの様なものがくるりと回り剥がれ落ちて行くと、あたかも前からそこに存在していた様にそれは姿を現した。AタイプやBタイプとは全く異なる新種艦だった。そして、艦橋と思われる塔のすぐ横にある砲塔が動くと、砲身をこちらに向けてきた。
「機関停止!」
慣性によって直進していたが、水中抵抗によってすぐに停止した。そして、停止した我が船に仮装巡洋艦が横付けする。例の光の筋によって艦が拘束される。
「手旗信号。『これより、給油及び補給を行う。補給物資は艦尾側のみの受け渡しとなる』です」
仮装巡洋艦の艦尾甲板には大型のクレーン車らしきものが2台ほどあり、乾舷が少しばかり高い我が船に木箱を載せ換えようとしている。相手の準備の早さからして、私の答えは見透かされていたようだ。船首側にある給油口にホースが自動的に接続され、給油が開始された。
仮装巡洋艦の艦橋には何人か人が集まっている様だが、光の加減からかこちらからは見えにくい。とは言え、砲塔がのせられている甲板には既に数十人の兵士が銃を片手に並んでおり、物々しい雰囲気を醸し出していた。警告を無視して航行していたら、エライ事になっていただろう。
「仮装巡洋艦ですか…」
「自ら名乗りを上げるとは…、不思議な事をする」
仮装巡洋艦は通商破壊や通商護衛をするための艦だ。本来は、商船を改装して配備されるが、この艦の様な特殊な艦は初めて見る。いや、この世界では初めての邂逅だ。それに、仮装巡洋艦が常時航路を監視していれば、そこを航行する船舶は安心して航行できる。しかし、どう言った原理で隠れていたのだろうか。音さえ聞こえなかった事から、色々と勘繰れてしまうのだ。困ったものだ。
仮装巡洋艦からの補給を終えた我が船は、後ろから仮装巡洋艦にエスコートされ(見張られ)ながらバシー海峡まで戻ってきた。最短コースだった事もあり、行きよりも早く戻ってきた。
と、仮装巡洋艦の艦影が見えなくなった。恐らく、あの遮蔽装置を使ったのだろう。今回は、大人しく引き下がる他無く、私はそのまま上海に寄港するように命じた。
日本共和国艦との初邂逅になります。
今回邂逅したのは、改黄泉平坂級防護巡洋艦でした。
Aタイプ→甲型
Dタイプ→乙型(未登場)
Bタイプ→丙型
Cタイプ→超丙型(未登場)
です。
また、神洲丸級多目的支援艦とも邂逅しました。この艦は、後ほど系列を含め本文に登場します。