007話
羽生は肩身が狭いながら、必死である。
言葉遣いも頑張って、偉く見せようとしてはいる。
着任早々、司令となる男の姿が宿舎に見当たらなかった。当直の話では、憲兵に保護されてしまった参謀を引き取りに行ったとの事だったので、先に自室へ案内させてもらった。案内された後、荷物を解体しつつ、その男の経歴を思い出す。
海軍大学時代の同輩に印象を聞いても、殆ど残らないほどの影の薄さと、交流の少なさのせいで、特出するべき物は無いと言える。結婚もしておらず、浮いた話も無い。いつ左遷されてもおかしくないと言える。しかし、不幸な事に日本共和国人に目をつけられてしまったために、出世とは無縁だと鎌をかけていた人生がひっくり返ったのだ。本人が周囲に愚痴をこぼしていた事を考えれば、私の手駒として使う事も可能だろう。
山本長官はそう言った意味で、私をこちらへ着任させたのかもしれない。相手の参謀がどのような男でも、ねじ伏せる事は可能だろう。と、外が騒がしい。何事かと窓の外を覗くと、私の眼は見開かれたまま固まる事となった。
スラリと引き締まった体に腰まである黒髪。典型的なモデル体型に、背は高く170以上は軽くあるだろう。整った顔立ちに、優しそうな眼差しには薄っすらと闘志が滲んで見える。微笑めば誰もが心奪われるだろう。
その、服装で無ければな!
着ている服の面積よりも、露出している肌の面積の方が圧倒的に多い。上着はヘソ上までしか無く、下半身は、パンツの上半分以上を切り取った様な酷い有様。こんなもの、褌一丁で公衆の面前に出るよりも恥ずかしいのではないか?源田は、本当に現実なのかと頬をつねるが、どうやら現実の様である。
そして、その傍らで門番に事情を説明している低姿勢の男が、羽生と言うこの艦隊の司令となった男である事に気が付くのに時間を要したのは言うまでも無かった。
「羽生司令、ただ通せと命じればよろしいのでは?」
その声はしっとりと落ち着いており、羽生も門番もぎょっとなり、その女性の方を見た後、粛々と手続きを済ませた。
私は2人を迎えるために、部屋の外に出てきており、玄関ホールへ現れた2人に敬礼と、自らも着任したと報告の言葉を述べた。
「丁度いい。2人とも、荷物を自室に置いてきたら、私の執務室へ来て欲しい。今決めなければならない最重要案件があるのだ」
「アレの事でしょうか」
「ああ、アレの事だ」
彼女はどの様な案件なのかを理解しているのか、顎に手を添えてそう答えた。しかし、羽生はどうして、この女性を従えているのだろうか。疑問に思っていると、女性はきれいな姿勢と敬礼で自己紹介をしてきた。
「源田大佐、初めまして。私は日本共和国の同盟国から派遣されてきた黒島亀人統合大佐です。以降、羽生司令の元で参謀として着任いたしますので、宜しくお願い致します」
なん…だと…?私の頭は混乱をきたす事となった。女参謀などと言う、ふざけた奴が着任だと?しかし、私が文句を言おうとも、どうもならないのだろう。羽生の疲れ切った顔を見れば、分からなくもない。
「羽生司令、私の荷物は後で同僚が届けてくれますので、先に用件を済ませましょう」
「ああ、構わないと言うのならば良いが。源田参謀もそれで構わないか」
怒りを表情に出さない様に、頷いた。宿舎の2階にある執務室に向かい、ソファーに腰を下ろすと、深刻な表情となった羽生が、現状の説明を始めた。山本長官から大方は説明されていたが、最後の一文に怒りが爆発する事となった。
「く、空母が配備されていないだと」
「そうだ」
「では、赤城と加賀を寄越す様に交渉するべきだ」
「交渉の余地はもらえなかった。あの2隻は今、改装工事のためにドック入りしている」
信じられなかった。空母の無い空母部隊など、聞いた事が無いぞ。源田の言いたい事を無視して、黒島が発言する。
「私が聞いた限りでは、欲しい空母の要望をまとめて提出すれば、配備は必ずすると小野田海将補から伺っております。ただし、大型空母や一からの新造艦は却下するとの事でした」
「秘書官殿も難しい事を…」
大型艦が駄目と言う発言に、羽生は両方のこめかみを押さえたが、黒島はそうは思わなかった様である。
「そうでしょうか?」
「大型艦は駄目なのだろう?」
「ええ、そうですが。日本共和国の艦の規模は全長及び全幅では無く、基準排水量が基準となります。中型艦なら基準排水量2万トンから15万トンまでの艦と言う事になります。大型艦が駄目だと言うのは、今の日本の港湾では、基準排水量15万トンを超える船を収容できないだけと言う話なのでしょう。大鳳型も基準排水量は13万トンクラスの中型艦と言う事になります」
衝撃的な答えが返ってきた。艦の規模の基準がここまで違うとは……。しかし、そうであるならば希望できる艦の性能に期待してもよいのかもしれない。そんな希望を抱く事が出来た。
「黒島参謀はどの様な艦が望ましいと考えるのだ?」
「私の案としましては、装甲空母である事が望ましいとお答させていただきます。装甲空母は飛行甲板に装甲を施した空母で、急降下爆撃などによる飛行甲板へのダメージを最小限にとどめる事が出来ます。ただし、航空機格納庫をあまり高く積み上げると、重心が高くなり転覆する要因となってしまうため、艦の規模に対して搭載数は少なめになります」
「ふむ。そうなると、空母の数もそれ相応に揃える必要があると……。いや、大鳳型でさえ140機も搭載できるのだ。一回り小さくとも問題は無いな」
源田が知らない情報がここでひょいと出た。大鳳型の航空機搭載数は全く把握できていなかったが、なんと140機も搭載できるそうだ。その分、こちらの基準では大型となるだろう。それを見越してか、黒島はタブレットと彼女が呼ぶ光る板をテーブルの上に置いた。
「大鳳型は、加賀函館級情報統括艦……就役時は駆逐艦に分類されていた艦でしたが……の船体を流用した艦になります。大口径砲を搭載していたため、安定性は言うまでもありません。そのため、格納庫を3段積み重ねて搭載数の確保を行っている様です」
その光る板、タブレットに映し出された図を見た限りでは格納庫は2段の様に見えるが、3段目もあるようだ。と、なると搭載数は多くとも、出撃可能数はそれほど多くは無いのかもしれない。源田は数が多いだけでは駄目だと、改めて認識する事となった。
「では、「おーるらんぐふりすと」はどの様な艦なのだ」
「「おーるらんぐふりすと」は、特設空母と呼ばれる艦です。搭載機数はたったの6機であり、艦隊防空でさえこなせるかは、搭載する航空機の性能に依存する事となるでしょう。使用された艦も、水上機母艦に毛の生えた様な艦であったため、防御も速力も大変残念な物なのです」
「搭載する航空機に依存するとは?」
「F-7主力戦闘機。日本共和国が保有する最強の戦闘機であり、高度3万mで飛行した場合、地球を一周するのに半日もかかりません。また、宇宙空間での戦闘能力も持ち合わせています。その代わりに、製造費は異常に高額となっておりますが……」
「つまり、数は少ないと?」
「はい。1機で大鳳型を4から5隻分の製造費がかかる航空機をホイホイと造れる訳ではありませんので。戦闘偵察型のFR-7支援戦闘機を含んでも600機程度でしょう」
「少ない…のか?」
「はい。少ないと言えるでしょう。6発超重爆撃機の厳竜でさえ3千機を超える数が配備されている事を考えれば。ですが…」
あまりに規模の違う話に脱線したため、話を戻そう。
「では、空母に改造できそうな艦はどれほどあるのだ?」
「私が思い浮かべる限りでは、改黄泉平坂級、聖級、くにつかぜ級、茜丸級と言ったところでしょうか。防御と量産数の事を考えるならば、改黄泉平坂級を。搭載数と許可の得やすさ事を考えるならば聖級を。ほかはできなくはありませんが、許可を得られる可能性はかなり低いです」
「改黄泉平坂……か。確か、我が艦隊にも4隻だけだが配備される事になってはいるな」
「乙型…防空型ですね。この形式は、対空攻撃能力以外は期待してはいけません。対空艦隊防衛特化艦なので……」
「では聖級は?」
「三胴船体を持つ重巡洋艦です。全長200m艦幅は40mにもなります。それでいて、通常の巡洋艦よりも良好な操舵性を有します。装備も、最大41cm砲まで搭載可能なので、巡洋戦艦の代用としても使えるかもしれません」
「ほう。要望すれば配備はされるのか?」
「日本共和国には1隻しかおりません。外貨獲得のためにライセンス販売のみとなっているためです」
「そうか、残念だ」
羽生と黒島の問答を聞いていた源田だったが、黒島の言い分ではほぼ改造する艦は決まっているも同然だった。
改黄泉平坂級。
日本共和国の主力にして、最も謎の多い艦である。防護巡洋艦戦術の主軸を担わされている事は判明しているが、この防護巡洋艦戦術と言うモノが全く持って不明であった。山本長官と羽生がそれぞれ受けた説明でも、更なる謎しか浮かばなかった。
超高速巡洋艦。日本共和国の基準で言う超高速がどれ程かは不明だが、常識外れなのは間違いないだろう。そんな艦を使って大丈夫なのだろうか。源田は一抹の不安を背負う事となったのであった。
この当時の、赤城と加賀は三段空母なので、そのままは渡せません。真っ先に改装じゃぁ!