006話
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源田実
黒島亀人
第十艦隊。
新たに新設されたこの艦隊は、当初巡洋艦を中心とした近海防衛艦隊とする予定だった。小野田幕僚案では、そうだったが山本五十六案では空母を配置した艦隊とし、漸減邀撃作戦の一翼を担わせる腹積もりだった。しかし、空母の配備に消極的とも取れる行動と発言の多い日本共和国側と、新戦術による艦隊決戦を望んだ日本海軍側との折り合いはつかず。当初、第十艦隊に空母が配備されてはいなかった。
あまりの酷さに山本五十六が、第一航空艦隊の参謀として着任させていた源田実を第十艦隊に着任させるに至り、この問題の溝大きさに源田自身も頭を抱える事となった。が、最大の問題だったのは、日本共和国側が送ってきた参謀なのかもしれない。誰もがそう思わざるを得なかった。
小野田幕僚秘書官は「彼女」とその参謀を言っていた。そう。女性参謀なのだ。陸上なら、まだ理解できようが、海の上である。問題にならない方がおかしい。そして、彼女の着任もただではすまなかった。
羽生邦説。第十艦隊司令にして、異例の昇進を果たしてしまった男である。しかし、誰もが羨む事の無い昇進に、羽生自身が一番嫌がっていたのは言うまでも無い。「生贄」。それが、羽生に付いた最初の印象であった。
そんな羽生の最初の仕事は、着任の兆しが一向に見えなかった女性参謀を憲兵から引き取って来ることだった。
「御足労ですな」
「……。……」
「ああ、言いたい事はよくわかりますが、サインだけ頂けませんか。あとは、そちらの管轄でお願いします」
羽生は信じられなかった。信じられなかったが故に、自分は別人を迎えに来てしまったのだと、解釈したかったが憲兵達が「さっさと持って帰ってくれ」と無言の圧力をかけてきたため、震える手でそれを引き取る事になった。
「私は黒島。黒島亀人、日本統合軍大佐です。山本海上幕僚長の要請により、着任致します」
「あ、あぁ……」
スラリと引き締まった体に腰まである黒髪。典型的なモデル体型に、背は高く170以上は軽くあるだろう。整った顔立ちに、優しそうな眼差しには薄っすらと闘志が滲んで見える。微笑めば誰もが心奪われるだろう。
その、服装で無ければな!
着ている服の面積よりも、露出している肌の面積の方が圧倒的に多い。上着はヘソ上までしか無く、下半身は、パンツの上半分以上を切り取った様な酷い有様。こんなもの、褌一丁で公衆の面前に出るよりも恥ずかしいのではないか?羽生は、本当に現実なのかと頬をつねるが、どうやら現実の様である。
「どうかなさいましたか?」
「どうかしたかだって?どうかしているのは君の方ではないか!淑女たるもの、その様な破廉恥極まりない姿で、公衆の面前に姿を晒すのはいかんともしがたいとは思わないのかね」
「?」
早速、話が通じていない様子に、羽生は諦めた。日本共和国の同盟国人とは言え、全く別の国と言う訳ではないと言う事に。いや、文化的に似ていると言うべきか。
しかし、羽生はある事に気が付いた。コレを供周りの様に、これから連れて歩かなければならないかもしれない。そして、今も宿舎まで連れて行かねばならなかった。周囲の人々の視線が羽生の豆腐ハートに突き刺さる。
「早急に移動した方が宜しいのではないでしょうか。私の至らぬところにより、この様な事態になっている事は、今把握致しましたので」
「取りあえず、私の上着を貸そう」
人目を避ける様に裏路地を突き進んだが故に、羽生に好からぬ噂が立ったのは言うまでも無かった。