037話
さらばブラウン提督
あまりに急遽の事であり、時間が足りなかった事もあって、十分な式典の用意ができなかった。本当に、3日半で大西洋を横断してきた事に、当事者であった戦艦ニューヨークの乗員と、乗り合わせた記者達も驚いていた。
しかし、それでも必要最低限の用意だけはできており、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領も参加して敢行されたのだが、その前に……。
「で、これが最高速力だと……?」
「全く持って遺憾だが、その通りだよハルゼー君」
「慣れとは、恐ろしいものだな…」
「全くだ……。何と言う事だよ…」
周囲の過ぎ去る景色の遅さに、苛立ちを覚えたハルゼーは、こうしてもっと速力を出せないのかと交渉しに来た訳だが、残念な事に既に最大速力である21ノットを叩き出していると言う返答があった。
それが情けなく思えて、ニューヨークの艦長も航海長も顔に雛を寄せている。大体は、日本共和国側が自重しなかったのが原因なのだが、それはもうどうでもよかった。
前方に迎えの駆逐艦の艦影を確認したが、速力を落とす気配さえ無い。そのため、鹿島から発光信号で直ちに速力を抑える様にと言われてしまう。
それに、更に情けない顔になって、航海長は速力を落とす様に下命した。艦首が立てていた波立ちが少しずつ収まり、速力が徐々に落ちて行く。
「ハルゼー君」
「艦長殿、どうかしましたかね」
「今の内に、ブラウン提督に聞いておいてほしい事があるのだ。これからの、合衆国海軍全体のためにも…!」
それを聞いたハルゼーだったが、大体は既に聞いた事ばかりだった。しかし、聞いていない事もあり、ハルゼーはニールスの顔を立てるためにも、もう一度ブラウン提督の元へ赴くのであった。
ブラウン提督の部屋は、酷い事になっていた。別に、荒らされた訳ではない。正確に言うと、酷い事になっていたのはニーナの方だった。
彼女は今日が最後だからと、ブラウン提督の着せ替え人形にされてしまっていたのだった。ノックをして、許可を得て部屋に入ったのだが、部屋中にちりばめられたソレに、顔をしかめて固まるしか無かった。
「何か、御用でして?」
「あ…、ああ、最後に聞き逃しがあってだな…」
既に、ぐったりとしてしまっているニーナは、周囲に気を配る余裕さえも無いようだった。今も、あっという間に剥かれ、下着姿になっている。
「はいはい、壁の方を向いてくださいな。乙女のやわ肌をじろじろ見るものではありませんわよ?それに、話だったら壁の方を向いていても、できるではありませんか」
「お、おう」
ハルゼーは、窓のすぐ前に移動して、外を見ながら質問をした。あの2隻の動力源は、何なのかと。
「それは、例えニーナのお願いでも、お話しする事はできませんわ」
「それ程なのか…」
「まぁ、異世界からの侵略者を増やしたいと言う、民族自決願望がおありでしたら、話してもよいのでしょうが……ねぇ?」
「では、あの2隻の艦首に立つ波の少なさはどう言った意味と効果があるのだ」
「球状船首、バルバスバウと言う物で、アメリカの今次計画艦であるノースカロライナ級にも備えられた物ですわ。まぁ、形状が全く異なっているので、現物を見たら驚くでしょうけれども」
「水面下から分かる様なものは無いのか?」
「ああ、艦首にバルバスバウマークと言うマークが記されていまして、そのマークとほぼ同じ物が水面下にあるのですよ…。画像があったかしら……」
そう言い、少しして画像をスマートフォンにて見せてくれた。こちらに向いても良いと返答があり向くと、ニーナは項垂れて椅子に腰かけていた。今の服装は、どこかの国の警官の様に思える服装だった。
「とりあえず、客船の物ですがこちらになりますわ」
ハルゼーは、それにギョっとした。球状と言うからには丸いのだと思っていたが、まさか前方に突き出しているとは予想外だった。
と言うよりも、付きだした形状の艦首ならニューヨークなどの船体形状、タンブルフォーム船型がある。これでは駄目なのかと思った。しかし、これは技官に見せて初めて分かる代物だろうと、考察をやめた。
「ここまで突出した形状のバルバスバウを、世界で初めて搭載した船は日本の軍艦でした。その艦が造られたかは分かりませんが、今の日本艦は全てこれに準じた物が設計段階や、改造によって付けられているのでしょうね」
「しかし、こんな物を付けて何になるんだ?」
「船は造波抵抗によって速力に影響を受けてしまいます。船体を長くすることで、ある程度は抑えられますが、長くするとしても限度がありますもの。特に、軍艦は長くなればそれだけ被弾面積が増えますから、好ましく無いではありませんか?それに、搭載する機関の出力も抑えられますし…いいことずくめですわね」
最たる例を上げるなら、3mの突出で、艦尾を3m短くし排水量300トンに相当する重量を減らした。そして、その結果、およそ1万5千馬力もの機関出力を抑える事に成功し、最終的には1900トンの排水量を減少させる効果があったそうだ。
「まぁ、アメリカで採用するのは難しいと思いますが…」
「ああん?どうしてだ」
「レキシントン級で既に採用された成功例がありますので、そちらが優先されてしまいますでしょうね。特に、この形状の球状船首が日本の技術だと知れば、技官達は一様に首を横に振るでしょう。貴官もでしょう?ハルゼー大佐?」
ハルゼーは反論できなかった。確かに、今回の観艦式に参加せず、ブラウン提督に出会わなければこの様に考えが変わる事も無かっただろう。
「なぁーに、ブラックシューズのお偉いさん方が、聞いてこいと言ったんだ。奴らならやると思うぜ」
「あら、ブルーシューズの貴方がおつかい?なら、お駄賃をあげなくてはね」
ブラウン提督はそう言うと、1通の封筒をハルゼーに手渡した。手渡されたそれを開封しようとしたが、即座に止められた。
「見るのであれば、ブルーノックさんと一緒に見て下さりません事?ただし、ニーナには見せてはなりませんよ?」
「何故だ」
「ニーナを命の危機にさらさせたくなければ、そう言う事ですわ」
「……」
「良いですわね?」
「それは、俺らもヤバいって事になるのでは…?」
「か弱い女性を暴力の嵐に巻き込むおつもり?」
「ぬ?そうでは無く…」
「それに、太平洋。日本方面が主になるニーナには、全く関係ない情報ですもの。関係無い情報は、覚えていても仕方ないではありませんか?」
「つまり、それは……」
「それ以上は、帰ってからですわ」
そう、いつの間に収集したかは不明だが、ヨーロッパ。特にドイツの軍備とソ連の軍備状況が、克明に記されたレポートを収めたフィルムが、ぎっしりと詰まっていたのだ。
それが、軍内部で知られれば、両国のスパイによって何かしら事件が起こる。なら、最低限ニーナを遠ざけねばならなかった。
「つまり、その方面の奴にあんたからの餞別だってと言って、渡しても問題無いんだな」
「どうお使いになるかは、貴方次第ですわ。ゆすりたかりの材料にしても良いですし、名誉のために使うのもよしですわ。でも、早めが宜しくてよ?」
ニールスならば、その方面の知り合いもいるだろうと言う考えに到ったハルゼーは、全く開封せずにそのままにしておく事にしたのであった。
3隻がノーフォークに到着したのは、昼に近付きつつあった午前11時ごろだった。
車椅子の人となっているルーズベルト大統領が壇上に上がり、演説をしている。建前とは言え、友好を紡ぎたいと言った。それに反応したのは、戦艦ニューヨークに同乗してきた記者達だった。現地の記者達は、特に大きな感想を想わなかっただけに、彼らの反応は驚かれたものだった。
そして、トノマツ大佐は本来の戦闘機人の姿となって、壇上にその姿を現した。それを見た誰もが驚き、場がざわめいた。
「今回、この様な場にお招きいただきまして、神の縁を感じざるを得ません。両国、また世界が更なる平穏と発展を願い、祝辞の言葉とさせていただきます」
殆どの人間からは、本来の姿を見られるのは非常にまずいためあのような姿をしたと解釈されたが、あれが本来の姿だとは、誰も思わなかった。
その次に現れたのは鹿島では無く、転送装置ですっ飛んできた山本恭二郎海上幕僚長だった。なお、真面目な式典に似つかわしく無い、コスプレをしての登場だった。
その姿を壇上から見たトノマツ大佐は、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。中々壇上から降りないトノマツ大佐をいぶかしんだ参列者だったが、それを降ろすために現れた次回演説者を見て頭が混乱した。
それは、男が着る衣装なのか…!?
そう、よりにもよって某痴女臭漂う駆逐艦の衣装をチョイスしてきやがったのだ。流石のトノマツ大佐も固まってしまったのだが、どうにか復活して演説をやめさせようとするが、警備に取り押さえられてしまった。
「ぐおおおおお!君達、取り押さえるのはアッチだろう?!何故、私なのだ!」
「いいから、大人しくするんだよ!」
「ぐわぁぁああああ、かしまーっ!」
そう、警備の者に混じった日本共和国兵に取り押さえられて、沈黙させられてしまったのであった。
壇上裏の攻防は、あっという間に鎮静化して、山本幕僚長による演説が始まった。姿に対して内容は、至極真っ当なものだっただけに、そのギャップがヤバい。
「皆さま、初めまして。私は、日本共和国海上自衛軍にて、最高責任者たる海上幕僚長を務めさせて頂いております。キョウジロウ・ヤマモトと申します。この度の急な、来訪にこの様な式典を開いて頂いた事を、関係者並びに市民の方々に感謝とお礼を申し上げさせていただきます」
誠実な人柄がにじみ出てはいる。
その、格好で無ければな!
まぁ、日本共和国なりの配慮なのだが、それでも無いのではないのかね?そう、準備をした側は思っていた。
当の本人はそのことには触れず、話しを続けた。日本共和国が、何故この世界に来たのか。建前上だが、初めて市民に向けてその説明がされた。
侵攻作戦はカムフラージュであり、本当は日本共和国とゆかりの深い天皇の要請により、日本帝国を立て直すためにこの世界に来た事。
中国からの撤兵も、経済の回復を優先したためであり、軍備の縮小もその一環であると。日本共和国が資金を注ぎ込めば、簡単に経済は立ち直るだろう。
それでは、また同じ事があった時に、同じ事をしなければならなくなる。そうならないために、日本帝国に学ばせるための措置だった。
そして、内需を高め他国へ迷惑をかけない方法によって、立ち直させる事に成功していると発言した。そのため、これからは世界に開かれるであろうとも。
しかし、日本共和国側はヨーロッパに起きた、ナチズムに高い警戒心を持っている事。ソ連の再活性化に警鐘を鳴らしている事も発言した。
その発言は、南進政策を進める自国の保身とも取られてしまったが、この際仕方ない。実際に、南進政策は推し進める予定であるのだ。
「では、後ほど。質問にお答えする場を設けます。その時に、お答えできる範囲ですが、お答させていただきたいと思います」
そして、祝辞を締め。山本海上幕僚長は壇上を後にしたのであった。
翌日、一般市民向けに鹿島が公開される事となったが、案内する乗員全員が、何かしらの衣装に身を包んでいた。特に多かったのが、山本海上幕僚長が着ていた衣装だった。次に、何やらヒラヒラしたドレスや、丈の短い着物やら、紺色のレオタードらしきものやら……。
でも、絶対に筋肉ムキムキのおっさんが着る衣装ではない事は確かだった。とは言え、同じ物を女性乗員も着ているため、そちらは様になっていた。つまり、オアシスである。
なお、装備品の説明文は、日本らしく珍妙奇天烈摩訶不思議な内容だったため、話したくなくても案内人に声をかけざるを得なかったのだ。
まぁ、ドイツを警戒していると言いつつ、バルカンクロイツをあしらった衣装を着た女性乗員もいた。しかも、たまたま訪れたファッションモデル写真家が絶賛するほどの美人だった事もあり、彼女の周りには老若男女を問わず人だかりができてしまったのだ。
そこが航空作業甲板だったので事無きを得たが、艦内だったら一貫の終わりだっただろう。
そこに、1人のアメリカ軍人がやってきた。なにやら楽しい(白目)事になっていると聞き、ワシントンD.C.からやって来たのだった。
「うむむ、酷いな……」
ハロウィンの仮装だって、ここまで凄まじい物は無い。それに、まだその季節ではない。そして、愛娘であるニーナも、その被害に遭っている光景を目の当たりにして、愕然としてしまった。
見知らぬ女性に、様々な方向から何やらされていたのであった。その女性の持ち物は、手帳の様な外観だったが、まるで写真を撮っている様だった。そして、彼の姿を見止めたニーナはそのまま駆け出し、彼の胸に飛び込んできたのだった。
「ふぇええええん、おとうさぁん!」
「ど、どうしたと言うのだ、これは…」
「ブラウン提督が!ブラウン提督がぁ!」
報告にあった、日本共和国の同盟国軍人であるノックス・ブラウン大将が、ニーナにこの姿を強要していると聞き、いくらなんでもそれは無いと即答で抗議しようとして固まった。
ニールスにとって、トラウマ的存在である曽祖母にそっくりな女性が、そこにはいたからだ。顔立ちから、背丈に到るまで同じであった。しかし、出で立ちも、物腰もかなり柔らかく、記憶にある悪魔の様な存在とはかけ離れてもいた。
「初めまして、わたくし、ノックス・ブラウンと申しますの。お名前を、お伺いしてもよろしくて?」
「ニールス・ブルーノック・ブラウン……」
それしか、言葉が出なかった。その様子に、ニーナもハルゼーも異変に気付いた。そして、ブラウン提督もだ。
「あら、わたくしはハイゼマルドではありませんわよ?」
「っ!なぜ、その名を……」
「秘密ですわ」
笑顔で秘密であると言うブラウン提督。それ以上を聞く勇気も無く、ニールスは引き下がった。
「お父さん、もうこちらに帰って来たので、従兵の仕事は終わったと伝えてください。これ以上は……、お嫁にいけなくなってしまいます…」
完全に怯えきっている娘の姿に復活したニールスは、抗議するべく言葉を紡ごうとして横合いから現れた存在に驚く事となった。
その存在は、ブラウン提督の背後に回り込むと、後頭部を掴んでそのまま地面に頭から叩き付けた。かなりの早さだったため、頭が半分地面に埋まっている。
「ブラウン提督。いい加減にしないか、彼女も怯えているだろう?」
頭からだくだくと血を出して起き上がったブラウン提督は、口を尖らせて抗議する。
「もう少し」
「なら、ニューヨークに宅急便で送りつけてもいいのだぞ?」
突如現れた女性が、ベルトに挿す剣を少し引き抜くと、ブラウン提督は大人しくなった。それは困ると、少し後ずさって。
父親の面目躍如の絶好の機会を奪われたニールスは、所在なさげに口を開けたり閉じたりしている。
「あんた、なに者だ」
「これは、申し遅れました。私は、日本共和国海上自衛軍少将、山本かなこと申します。とは言え、ハルゼー大佐とは、一度お会いしていますが」
「なん、だって…?あんたの様な、特徴的なのを覚えていない……?嘘だろ!?」
頭から血を流したままのブラウン提督が、プススと口元に手を当て笑っている。
「それは、いくらなんでも分かるはず、無いではありませんか」
「あんたは、早く止血しろよ…。ぶっ倒れるぞ」
「問題ありませんわ。でも、思い出してみるのも、面白いやもしませんわね」
そう言うブラウン提督は、かなこに引き摺られて退場して行く。突然の別れとなったが、ブラウン提督は3人に手を振っていた。
昔、とある文献でアメリカ海軍の
「戦艦主戦派」をブラックシューズ。
「航空主戦派」をブルーシューズ(または、ホワイトシューズ)。
と言っていたと見たのですが、うる覚えです。何でも、実際に履いていた靴の色が元らしいのですが、誰かご存じありませんかねぇ?




