036話
ニーナ「そんなに可愛がる対象が欲しかったら、結婚すれば宜しいのでは?」
ブラウン「ん?孫もいますけれども」
ニーナ&ハルゼー「!?」
55ノットと言う速力に慣れた人々は、ようやく周囲に気を配れるようになってきた。既に、数隻の大西洋横断航路の貨客船を追い抜いている。これが異常な事だと認識していても、手や帽子を振ってしまう。
その様子を、優雅にコーヒーを飲みつつく、つろぎながら見守るブラウン提督がいた。とは言え、その視線の大半は、ニューヨークの後方から随伴するル・ジューラに向けられていた。
最新鋭艦であるため、何も情報が無い。そのため、今回の来訪は性能把握もその目的の1つであった。
「お代わりは如何でしょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
ニーナはブラウン提督の従兵を命じられて、その任に就いている。その横で、ハルゼーが監視するという構図になっていた。
この間の一件で、ニューヨーク側からも要注意人物と見做されてしまったため、この処置である。
特に、ブラウン提督がニューヨークに乗艦する理由となったニーナをブラウン提督から離すと厄介事に成りそうだった。
「それにしても、中々面白い艦ですわね」
「ニューヨークがでしょうか?」
「ル・ジューラが、ですわ」
ル・ジューラ級防護巡洋艦第788号艦。それが、目の前に見えているル・ジューラの本来の艦名だと言う。正確には、建造番号しか付いていないのだが、それは些細である。
「おい」
「どうか、なさりまして?」
「何だその建造番号は……、哨戒艇か何かかよ…」
「まだ、1000隻未満ではありませんか。これから先、数億隻が建造される予定の艦型ですわ。この程度で驚いていてはいけませんわ?」
「なん…だと……!?」
驚くなと言うのは無理な話ではある。
「ファスサの軍備バランスは、いくらなんでもおかしいだろう。空軍と海軍だけの軍備しか持たない。貴官は、不思議に思わないのか」
「全く。でも、それは裏にあるカラクリを知っているからですわね。ですので、ハルゼー大佐の疑問もよくわかりますわ。でも、陸軍がいなくて正解だと、わたくしは思いますわよ?」
「何故だ」
「彼らが配備する陸軍戦力の大半が、戦闘機人。アンドロイドと呼ばれる戦闘兵器ですもの。それは、工場で生産されるため、破壊しても1日の製造数を上回る量を破壊しなければなりませんの。こちらの人員が枯渇する方が早いですわよ?その上、初期に配備される数も、1000万体と絶望的数になりますわ」
「それは、ファスサの……話しなのか?」
「正確には、違いますわ。でも、そうだと思った方が宜しいかと」
流石のハルゼーとニーナも、その先を聞く勇気は無かった。と、言うよりも確実にレキシントンの事だよな?と思ったのは言うまでも無い。
「で、では、提督の目を通してル・ジューラはどんな艦だと思われますか?」
「そうですわねぇ…。本来なら駄目なのでしょうけれども、ニーナの頼みですもの。答えましょう」
急にデレデレになってそう答えたブラウン提督。その顔は、孫を目に入れても痛くない老人のそれだった。いつも、ニーナに同じような顔をしているハルゼーも、それは無いだろうと言う顔をしているが、ニーナはこの人もかと思っていた。
「先ずは、その速力ですわね。防護巡洋艦を名乗るだけはあるようですわ」
「防護巡洋艦?」
「ああ、意味としては日本共和国で実際に使用されている「防護巡洋艦戦術」に用いる方の「防護巡洋艦」になりますわ。この防護巡洋艦戦術と言うのは、洋上で超高速機動防御を行う戦術で、最低でも速力が85ノットある航洋戦闘艦を多数投入する事が前提になっておりますわ」
「は、85ノット!?おい、それはどう言う事だよ……。鹿島よりも早い艦があるって事かよ……」
「有りますが、それは最低限必要な速力であり、日本共和国のカイヨモツヒラサカクラスは、もっと早いですわよ?まぁ、それは追々として。防護巡洋艦を名乗れる艦型は、カイヨモツヒラサカクラス以外であればヨルムンガンドクラス、ミドガルドオルムクラスが今までに存在しましたが、既に全艦退役していますの。ル・ジューラクラスは、正にヨルムンガンドクラスとミドガルドオルムクラスの後続に当たる艦型と言えますわ」
「でも、数は多いのだろ?」
「カイヨモツヒラサカクラスは、現役艦30万隻程度と言われておりますわ。まぁ、十分に多いのでしょうが……。ヨルムンガンドクラス、ミドガルドオルムクラスは失敗作と言われ、各1万隻程度しか建造されなかったために、わたくしも1回しか見た事がありませんの」
取りもあえずも、まだ速力の話しかしていない以上、頭が痛くなってきた。
「次に兵装ですが、どう言う目的で建造されたのかが分からないので、何故あのような弱い砲を搭載しているのか……。理解に苦しみますわね」
「数で圧す作戦ではないのか?40口径の短砲身とは言え8インチ砲を18門も搭載するのだぞ?」
「それなら、8インチ速射砲で十分ですもの。ほら、副砲として搭載している単装砲ですわ。主砲まで、同じモノにする意図が不明ですわね……」
他に外観的に分かる様な装備は、第2砲塔両舷にあった舷側誘導弾垂直発射管と言う物らしい。どう言う物かと聞けば、誘導機能の付いたロケット弾を撃ち出す装備と言う返答だった。
「それって、AGGSの親戚と言う事でしょうか…」
ニーナの問いに、頷きそしてその射程が200km程度と航空機並みの射程を持つと説明すれば、更に軍事常識が崩れる嫌な音がした。
「AGGS……そうですわね。あの砲、もしかしたらAGS砲弾が使用できる可能性もありますわね……」
「また、新たな単語が……。で、何だそれは?」
「Advanced Gun System。先進技術誘導砲弾砲塔機構とでも意訳しましょうか。40mmでは無く中口径クラス以上の砲弾を遠方にて正確に着弾させる砲と機構の事で、最新型は移動目標にも対応しておりますわ。そして、甲板防御が低ければ、戦艦クラスも1発で撃沈できるほどの威力も…。それなら、この時代に対応する程度であれば、十分でしょうね……」
「チッ。ファスサの野郎も、日本共和国と同系列ってことじゃねえか!」
ハルゼーの言葉で、ようやく言い過ぎた事に気付いたブラウン提督だったが、遅きに失してしまった様だ。
「待てよ。提督殿、あんたの国の装備品を俺達に売ってはくれないのか」
「却下しますわ」
「何故だ」
「同盟関係にあるとある国家と、貴国が戦争状態になりそうだからですわ。もし、そうなれば、売却した我が国にも何かしらのペナルティーがかかりますもの。流石に、一介の軍人であるわたくしに決める事はできませんわ」
戦争状態になりそうな異世界の国と言えば、日本共和国ぐらいしか無かった。しかも、ブラウン提督の言い方では、少なくともブラウン提督が所属する国の方が、順位的には下位と言う事になる。
「その国は、そんなに偉い国なのか?」
「偉いと言うよりも、どの国も最大限の警戒を持って接せざるを得ない国ですわ。そんな国が、わざわざ同盟に参加しないか?と言ってくれば、政治家達は喜び勇んで参加を表明するでしょう。レキシントンも、我が国の政治家も、根は一緒と言う事ですわね」
「政治はよくわからん。だから聞こう、警戒する相手の同盟に何で参加するんだ?警戒するなら、突き放すのがいいんじゃねえのか?」
「裏で情報を集めるよりも、大手を振って情報を集められますわ。それに、技術などの共用によって、同盟に参加した国々に様々な恩恵が与えられますもの。当時の世界的な不景気に対する、良案を提案できなかった政治家達の足掻きとも言えますわね……。なんせ、その国はこの世界全ての国の経済力を合わせた数倍もの経済力を、今でも持ち合わせる経済超大国ですもの。少しでも甘い汁が吸えるのであれば、悪魔にでもすがり付きますわね」
「は?ちょ、ちょっと待てよ……。日本共和国は、そんなにでかい国なのかよ…」
「ええ、大きいですわ。当時、在日米軍の司令官として横須賀基地に着任した当時は、「不景気と言う名の好景気」でしたもの」
成長率がゼロになるイコール不景気と言う、常識的に考えればすこぶるおかしい考え方を持っていたと言う当時の日本人。あの、日本列島という島々に住みながら、当時世界最大最強の国だったアメリカの次に大きな経済力を持った国でもあった。
不景気である国が、世界第2位の経済国家で有り続ける事は不可能と言っていい。その日本が、1つ順位を落とした時だって、人口が10倍以上の差を持った国がようやく発展してきたからであり、そんな国と10年以上も同等の経済力を持っていた国である。
その後、台頭した国の没落と、レキシントンの覚醒により世界第3位の経済大国として君臨していたのだと言う。
「頭がイカれている。奴ら、本物じゃねえか」
「気にしたら負けですわよ?」
「例え、そうだったとしても、戦う前から怖気づく訳が無いだろう!なおの事、戦うのが楽しみになって来たぜ」
「流石、ハルゼー提督の曾祖父ですわ!」
「む、あんたのところの、俺の子孫ってところかい」
「はい。ウォルター・フレデリカ・ハルゼー提督ですわ」
男の様な名前ではあるが、男とは限らないのだろうとハルゼーは思った。案の定女性だと言い、写真も見せてくれた。
写真と言いつつ、スマートフォンを取り出して見せたため、ハルゼーもニーナも目を白黒させているが、ブラウン提督は全く気付かなかった。
その写真は中央に小柄な男が座り、その男を中心に軍人達が集合写真を撮っているものだった。そして、思う事はただ1つ。中央に座る小柄な男が、ニーナにそっくりなのだ。特に、瞳の色と鼻立ちは全く同じと言っていい。髪の色が真っ黒であるのがおしいと思えるほどに。
「この中央の方は、我が国の国家元首ですの。そして、そのすぐ後ろに立つ赤毛の女性が、ハルゼー提督ですわ」
その集合写真に映る女性軍人は、ブラウン提督とハルゼー提督とあともう1人だけだが、それでも多い方ではないかと思った。
今の合衆国では、正規軍人で女性司令などいないのだから。あと、どれほど時間をかければ、その様な人材が出てくるのか、全く考え付かなかった。
「それ、凄いですね」
「ああ、これ本来は電話なのですよ?」
「え?でも、写真も見れるのですよね?」
「写真も撮れるのですわ。それに、映像も撮れて見れますし、音楽も聞く事もできますわ」
少し薄めの手帳の様なそれに、その様な機能が付いていると言われても信じられなかった。なお、時計とアラームと手帳の機能も付いていると説明されたが、頭がついて行けなかった。
「日本共和国人の方は、全く自重しませんでしたので御存知かと思いましたのに…。知らなかったとは、これは失礼致しましたわ」
「あれは、あの大きさのカメラだと思っていたので……。それで、全部の機能が付いていたなんて、思いもよらなかったのです…」
「それが、常識と言う物ですわね。わたくしも、勉強になりますわ」
自らもこの時代の常識と、言う物を良く分かっていないと言い。この時代と、うまく付き合う勉強になると言った。
その時、スマートフォンから、ジリリリンと電話のベルが鳴り響いた。ブラウン提督は立ち上がり、部屋の隅に移動してから応答のボタンをタッチした
「もしもし、ノックスです」
『どうも、山本です。ブラウン提督、お時間は宜しいでしょうか?』
「あら、山本幕僚長ではありませんか。どうかなさりまして」
『ええ、今後の予定に関してなのですが……』
ブラウン提督は少し考えた後、かけ直すと返答して一度電話を切った。今の会話は、日本語で行われたため、ハルゼーもニーナも言葉の意味を理解しなかった。
「お2人には申し訳ありませんが、一度退室していただけませんでしょうか?」
「あ?今、何語を喋っていたんだ…?」
「例え、今それが何語か理解しなくてもですわ。これは、我が国の軍機に関わる事なので…」
有無を言わさず、凄味を含んだ笑顔で言うブラウン提督に、ニーナはハルゼーを引きずって退室して行った。それを確認し、中から鍵をかけてブラウン提督は再度スマートフォンに手を伸ばしたのであった。
ブラウン「え。次で、出番は終わりですか!?」




