025話
巡洋艦足柄が出航して行く。随伴艦として、補給艦間宮を伴って。補給艦間宮は、正確には日本共和国艦ではあるが、後で出航する鹿島の補給も行えるようにするために、事前に出航する必要があった。
足の遅い補給艦を伴うが、急ぎの旅でもないために、足柄はシンガポールやコロンボといった英国植民地領に寄港しながら英国ポーツマス港を目指す。
問題なのは鹿島の方だと言える。鹿島の出航が遅れている理由は2つあり、1つは随伴員である羽生司令が入院しているためだ。
何でも実家に帰省した際、父親と真剣同士がぶつかり合うほどの喧嘩になり、負傷してしまったそうだ。本人に同伴していた黒島参謀が黙秘しているため、理由は判然としないが、首を突っ込まない方がよい様な理由らしい。
そして、もう1つの理由は鹿島自身にあった。日本共和国艦には必ず制御機人…機関制御用機人…が居る。もちろん鹿島にも。この鹿島、天皇陛下が軍人時代の副官だった様で、まさかの天皇陛下が皇居に持ち帰ってしまった(比喩ではない)のだ。何をしているのかと紗々鬼侍従長に問い合わせたところ、「ナニしている」と返答があった。天皇陛下……。
先程の鹿島自身と言う言い方は宜しくないな。正確には、天皇陛下のせいだ。
とは言え、遅れる訳にもいかない筈だが、日本共和国将兵に焦りはない。正直、時空転送艦を使えば、足柄や間宮も送れた筈だが、それをしなかったのは長期航海の訓練をさせるためだと言う。
戴冠記念観艦式が終わった後、日本共和国の友好国らしいファスサ・アメリカーナ、その最大の軍港である東ナスカに寄港して運河を通り、カリブ海から太平洋へ抜け、トラック諸島に寄港した後、横須賀に帰って来る。世界一周をした白色大艦隊とは、ほぼ逆回りの世界一周をする事となる。
当時よりも、速力が向上したため、日数はかなり短縮されるだろうが、それでも半年近くかかるだろう。
だが、肝心要の鹿島が出航しないのでは、話にならない。羽生司令は後半月ほどで退院できるそうだが、鹿島がどうにもならなさそうだった。永野GF長官も諦め状態であり、最悪、小野田幕僚や天野将軍にお願いするしかないだろう。
黒島は帰艦した際、羽生司令が入院した事を参謀達に伝えた。参謀達は寝耳に水だった様子だったが、慌てた様な雰囲気ではなかった。実質、源田参謀が取り仕切る形で運用されているため、形式上は羽生が必要と言うだけだった。ただし、羽生も腐っても軍人なので、その意見は参謀達にとってはいい刺激にもなていた。
で、その肝心の源田参謀だが、帰省後になにやらタブレットを持って来たではないか。以前は、精密機械音痴を披露してくれたものだが、どう言う風の吹きまわしか、休憩時間になると煙草片手に、タブレットでなにやら見ている。
「貴官が、その様な文明の器を持っていようとは。どの様な風が吹いたのでしょうか?」
「………。く、黒島参謀……?あ、いや、そのだな…」
慌てた様子で、タブレットを仕舞う源田に、いぶかしげな視線を向ける黒島。事実、怪しい。
「しかも、ブルーライト眼鏡まで…。まさかとは思いますが、ほだされてしまったのですか?」
「なっ…!」
ちょい悪オヤジ風のかっちょいいオサレ眼鏡までかけていれば、源田に進めた人物が思い浮かぶ。
「源田参謀ともあろうお方が、同姓同名だからと女性に詰め寄られてそう言った物を持たされてしまうとは。なんとも嘆かわしい事ですなぁ」
随分と大げさな事になった様な言い方をする黒島。その黒島に、何も言い返せないと源田は目をそらした。
黒島の言う事にも一理あったが、これは列記とした理由の元に所持しているのだと、言い訳じみたい良い訳を始めた。
源田は実家に久々に戻ってきた。家族も呼び寄せ、久し振りの親孝行でもしようとしていた。しかし、実家には先客がおり、その先客は源田を待っていたと言うのだ。
「よっ!源田参謀」
軽い口調の女性だった。一目見て、それが黒島参謀の戦友である源田実統合大佐だと思いだした。後ろに立つ、妻から凄まじい視線が刺さるが、源田嬢が潔白だと説得してくれたお陰で、事なきを得た。
「源田大佐、貴官が私の実家に用事とはね……」
「おお。私が用事があるのは、君の方だよ源田参謀」
「私?」
「ああ。黒島について聞きたくてな。アイツ、上手くやっているか?」
立ち話も難だと部屋に案内され、茶と茶菓子を出して来た。完全に自分の家の様にくつろいでいるが、源田の実家である。そんな源田嬢の行動に、咎めるでもなく源田の両親は見ているだけだった。特に、厳しい筈だった父親は、顔が少し緩んでいる。
「上手くやっている…か。最初こそは、私も含め全員がいぶかしんだものだが、日本共和国へ行ってからはその様な事は無くなったな。あちらでは、女性軍人は珍しいものでもなかったからな」
「あー、そう言う事で無くてな。……アイツ、偶に理解不能な行動を平然とやっちまうんだよ。そう言う事をしていないかを聞きたかったんだ」
「理解不能?」
「そうだ。先程まで大喧嘩していたヤツとつるんでやらかしたり、後で行くと約束していたにも関わらず、別の事をしたりとか……。以前は御前会議に無断欠席した事もあったほどだからな……」
「ごぜ…ん……!?」
源田嬢のところの天皇は、その程度では怒らないとは言うが、軍内部では大いに問題になったのは言うまでも無い。山本嬢に折檻されて、ある程度去勢されたそうだが、今でも問題ないか不安だったと言う。
「……しかし、その様な問題行動は無いな」
「そーかー。いい返事が聞けて良かったよ。で、これ。やるよ」
「は?」
話がいきなり変わり、源田が目を白黒させていると、源田嬢がなにやら見た事のある板を渡して来た。
「私のは買い換えたのでな。お古だがやるよ」
「いやいや、貰っても私には扱えない。それに、結構高価なモノなのだろう」
「ん゛。高々、8万くらいだ。それに形式も古いし、取っておいてもしょうがないからな」
「8万!?」
「ウチの国の8万だかんな……」
源田嬢にとっては、もう不要なので処分するのにも金銭が絡むため、練習用として使えばいいと無理矢理渡されてしまった。
「使い方が分からない?」
「その通りだ。軍事知識は、かなり覚えさせられたが、こう言うモノはチンプンカンプンでな」
「それは、問題ない。こいつの、チュートリアルモードを使えば……、簡単に覚えられっから」
そう言って源田嬢は、嫌な記憶がよみがえる例の画面をタブレットの画面に表示させた。これが、ビカッと光ると、知識を植えつけられるのだ。大変お断りしたかったが、有無を言わさず画面が光り、源田はタブレットの使い方をマスターしたのであった。
「取りあえずのところ、小説や漫画なんかも入っているし、映画もある程度入っている。数を増やしたけりゃ、黒島に相談しな」
「小説は分かる。しかし、いい年した大人が漫画など、読んでいいと?」
「それ、日本共和国人に言ってみー。殴られるぞ?」
そうである。日本共和国では、大人も漫画を読むのが当たり前なのだ。こちらの常識として、それはあり得なかったが、これから常識が変わるのであれば、問題は無くなるだろうと、源田は悪魔のささやきが聞こえた様な気がした。
「おーっと。そうそう、画面をそのまま見てっと、目が悪くなるからな。この眼鏡もやろう。自分で買ったはいいが、私のこの体では必要なかったのでな」
と言う事で、ブルーライト眼鏡も貰った。
「では、私は帰るとするかな」
「もう、帰るのか」
「ああ、余り長居し過ぎると、帰りたくなくなる。こう言うのは、程々が肝心なのさ」
源田嬢は、哀愁漂う雰囲気を纏い、本当に懐かしそうな視線を辺りに向け、最後に源田の方を向いた。
「じゃ。黒島を頼んだぞ」
親指を上に向けて立て、源田嬢は乗り付けた大型バイクに跨ると、颯爽と走り去ってしまった。その様子を見て、意外な事に両親が、寂しそうな顔をしていた。何でも、急に押しかけて来たそうだが、身の回りの世話を焼いてくれたのだとか。余りの親身さに、短い期間だったが情が沸いたと言う。それに、他人とも思えなかったそうだ。
話を聞いた黒島は、話すべきかと迷ったが、羽生には話したので、源田に言っても問題は無いだろうと、本当の話をする事にした。
「実も世話焼きですね」
「あのような物言いをするので、勘違いされやすいが、純真な娘だな」
「ああ、実が貴官の両親に優しかったのは、ちゃんとした理由があります。ただし、他言無用で」
「む?いいだろう。で、理由とは?」
「理由。それは、実と貴官は同一人物だからです」
「…………?…………は?な、なに?」
「女性の姿をしていますが、実も私も、山本も。元大日本帝国海軍の軍人でした。だから、私と同姓同名の軍人が、実在しています。まだ、あった事が無いだけで…」
「……山本長官お抱えの、黒島君かね?」
「ええ、そうです。ちなみに、ウチの山本が山本長官と言う事になります」
あまりの衝撃に、無表情になってしまった源田。何故その姿なのか。と、言う疑問にこれは懲罰なのだと言う答えが返ってきた。
彼女らの歴史では、第二次世界大戦時に起こした真珠湾攻撃は失敗に終わり、空母6隻を失うと言う大失敗に終わった。それを今、彼女達が所属する国が建て直して、降伏せずに済んだのだと言う。余りに多くを失ったために、3人以外にも今の機人の姿に変えられた者も多く居たそうだが、今残っているのはこの3人のみだと言う。
「今でも、軍籍上は男となっております……。ですが、男でいた時間よりも、女でいた時間の方が長くなっておりましてね……。私は最後まで、抵抗していたのですが、もうダメですね……」
「駄目とは…」
「身も心も、女になってしまったと言う事ですよ。実は、ああ言った物言いですが、それに気付いて一番ショックを受けていました。それを山本が慰めていましたね」
もう既に懲罰は終わったが、国に戻る事の出来ない。いや、戻っても時が経ち過ぎたが故に、居場所の無い3人は軍に残るしか選択肢が無いのだと言った。
その事により、源田嬢は完全に諦め、女の人生を歩むことにしたのだとか。山本嬢は、こうなる事を事前に知っていたらしく、もっと早くに諦めていたそうだが、それでも黒島は以前の自分を見失わない様に、注意深く今までを過ごして来たのだとか。
「しかし、羽生のせいでそれが狂ったと?」
「……。ええ、そうです。その、女性として扱われた事が少なかったので、あまり問題にはならなかったのですが、全員「黒島亀人」を知らなかったために、除けられたり避けられたりしなかった事が、多分な理由になってしまいますね……」
「そうか……。そうだったのか…」
源田は感慨深くなってしまった。赤の他人と思えない女性が、実は別世界の自分だったのだ。しかし、少しばかりの狂いによって、それが大きくねじ曲がり、今ここにこの様な姿でいる。もしかしたら、源田嬢とはいい酒が飲めるかもしれない。源田がそう思っていると、小野田幕僚秘書官がやってきた。小野田幕僚本人は珍しく居ない。
「おや、珍しい組み合わせですね」
2人は敬礼をすると、小野田幕僚秘書官も敬礼で返して来た。秘書官をしているが、彼女の方が階級は上である。
「何の話でしょうか」
「いいえ、特に問題は無いです」
「あら、秘密ですか?羽生さんを入院させた張本人さんが、良い御身分ですね」
ニコニコと笑っているが、言動にトゲがある。それに、黒島は「何故、知っている!?」と、白目をむいて驚いている。羽生を入院させた張本人?これは、聞く必要がありそうだなと、源田は小野田幕僚秘書官と共に問い詰める様に黒島に詰め寄った。
非常に話しつらい内容だったが、要するに「羽生の妹の照子を煽って、羽生を襲わせた。翌日、羽生の部屋に全裸の照子が寝ていたので、父親が大激怒した」と言う事になる。自分の胸の話ばかりするのでムカついたと言う理由らしいが、大事になり過ぎたようで今は反省しているそうだ。
「責任をとって、嫁に行きますね!」
「黒島さん、今はそれどころじゃないので」
「はい?」
小野田幕僚秘書官曰く、巡洋艦鹿島の制御機人が天皇陛下に拉致されてしまい。出航までに戻って来るか不透明になってしまったそうだ。小野田幕僚と天野将軍の話も聞かずにイチャイチャしているらしく、その収拾をどうにかして貰いたいと来たとの事だった。
「ぁあ、しち面倒くさい方が暴走してしまったのですね」
「残念ながら。ですので、どうしたらよいか、妙案が欲しいのです」
「あ、それは簡単です。三笠宮輝先浩紀尊王の腹違いの姉、三笠宮興陽内親王に一筆したためてもらえば良いのです。あの方も、彼女の言う事だけは聞きますので」
礼を言うと小野田幕僚秘書官は、急ぎ足で走り去った。全く、面倒をかけると黒島は怒っていたが、2つの理由の内1つは貴様のせいではないかと、源田にしこたま怒られたのは言わなくても分かる事であった。
16話の後の話を少し。
しかし、黒島はかなりマイルド変人になったため、源田の言う様な事は少なくなるでしょう。多分。




