019話
この時代の大きな出来事と言えば、この方でしょう。
彼。ビーケ・サー・ホルテにとって、最も予想外だったのは、本国の人間が自分や、サー・ワスタイトの報告を殆ど無視していた事だった。
日本と日本共和国の違いが分かっていないだけではなく、「妄想」の一言で片づけられてしまった悔しさが、滲む。だが、捨てる者あらば、拾う者あり。その男は一海軍士官だったが、報告書を読みこみ、疑問を彼にぶつけてきた。だからこそ、誠実に1つ1つ答えて行った。
「……ありがとう」
話す事が苦手なようだが、その親身な姿勢には好感が持てた。
「いいえ、こちらこそありがとうございました。ヨーク公」
握手を交わすと、ホルテは街へと消えて行った。政治家や、軍人を説得するために奔走していた。
それから半年程たっただろうか。英国王室は揺れに揺れていた。崩御したジョージ5世に代わり、エドワード8世が国王に即位したが、その事が大きな問題だった。このエドワード8世、国王であるにもかかわらず女性問題を起こして、国王の品位を下げたのだ。しかし、即位してから1年もたたずに退位。弟のアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ……ジョージ6世に王位を押し付けてしまったのであった。
しかし、不本意ではあったがジョージ6世は戴冠を行い。連合王国国王となった。
そして、戴冠式を記念した観艦式が行われる事となり、英国連邦や世界各国が招待された。その中に、日本とは別に、日本共和国も入っていた。それは、ある意味ホルテの粘り勝ちだったかもしれない。少なくとも、後世ではそう言う評価であった。
特に大きなことを決められる訳ではないが、以前に比べ行われる頻度は増えていた。何故か。日本共和国のせいで全て説明が付く。
この会議の主催者である今上天皇は、重々しくでは無く、軽いミーティング程度の気分で執り行いたいと、毎度注意するが、そううまくいく事ではない。
御前会議。天皇みずからが指導を行うため、誰もが緊張感を持った服装と態度を取る。天皇本人がラフな格好で現れようとも…。
「では、軽く報告を」
この、軽くという基準が難しく、長々と書類を眺めつつ話を聞く訳だが、今日に限って言えば、軽くの意味をはき違えそうな人物がトップバッターだった。
「では、報告します。共和国本土で練成中の第2艦隊の教育が終了しました。そのため、第2艦隊の人員を使いこちらに残っている人員と交代を行います。教育修了者に対しての引き継ぎのため、半年程度の時間をかけます。計画では、1938年夏ごろまでには今いる人員の教育を完了する予定です」
「ふむ。小野田幕僚にしては、中々良い報告だな」
小野田幕僚は苦笑いをして着席した。
「海軍の教育は、それほどまでかかるか…」
「はい。知識は植え付ける事ができても、体が慣れるまでが時間がかかるのです」
「なら、戦闘機人を海軍に導入してみては?」
「それはちょっと…」
「ああ、まぁ、資金的に難しいのは了承しているさ。どこのどいつだか知らんが、空母が欲しいとダダをこねたやつのせいでな」
どこのどいつも無く、小野田幕僚の隣に座る山本五十六は、青ざめた表情をしていた。空母の予算をとるのに苦労したと報告を受けていたが、後で停止した内閣の代わりに天皇みずからが、内閣の代わりをやらされていたと聞いた時、心臓が止まった。
部下に「財政担当者を脅せ」と言った記憶がある山本は、本当に肩身が狭かった。脅された大蔵官僚は、文字通り死に物狂いで天皇を説得した訳である。ただ、天皇本人が全く納得していないのは、今の発言からしてもよくわかる。
「航空機を機動的に運用するためには、やはり空母は必要であります」
「航続距離の問題からか?それとも速度?だとしても、艦載機である必要性の説明にはなっていないがな」
「なら、陛下はどの様な説明なら、ご納得いただけますか?」
質問に質問を返した小野田幕僚に対して、他の参加者の視線が突き刺さったが、小野田幕僚は全く気にした様子は無かった。
「僕が聞きたいのは、空母にしかできない事とは何なのかだよ。遠方を攻撃できると言う理由ならば、絶対に納得しないからな」
「では、山本海軍幕僚部部長にお答えいただきましょう」
小野田幕僚は、山本に丸投げする選択……と、言うよりも、これは山本が通した案件なので、本人が説明するべきなのだと、名指しした。天皇に、睨みつけられた山本は覚悟を決める事にした。
「空母にしかできない事、それは少ない戦力で最大の戦果を上げる事ができる事です」
「確かに、追撃戦や反復攻撃を行う際は、陸上基地よりも自由度は増すな。しかし、少ない戦力で、とは?」
「空母が1隻あれば、1隻で1つの艦隊を形成することも可能です。防空・偵察・攻撃。最悪、1隻いれば、何かしらの戦果を上げる事は可能なのです」
「…………。ふーん、そうか」
取りあえず、納得はしてやるといった表情をされてしまったが、天皇がそれ以上の追求をしてくる事は無かった。
「はぁ、じゃ、陸軍の方を」
今度は陸軍の番だった。しかし、海軍ほど悪い印象を持っていない様なので、早く終わりそうだと誰もが安堵しているが、報告を行うのは天野将軍なのだ。天野将軍が居ると言う事を、全く想定に入れていない考えに、天皇はもう1回ため息をつくしかなかった。
「報告いたします。現在陸軍では、ソ連の北部満州侵攻の際に増援された、99式軽戦車渡禽、通称ハニを主力として運用する編成に改変中です。また、歩兵や砲兵の機械化を増進するために、民間のトラックや余った旧式戦車を装甲車や自走砲などに改造しております」
「ほう、なるほどな」
天野将軍は着席すると、次の報告へといくものだと思っていた。しかし、そんなに簡単に逃がしてくれる訳が無かった。
「で、今は北満から撤退しているが、再度侵攻の考えはあるのかな?」
「それは、ソ連が。と言う事でしょうか」
「何故そうなる」
ソ連の再侵攻が不可能なことぐらい、誰だって分かっている。だからこそ、再侵攻するか?という問いに、誰もが頭の上にハテナを浮かべたが、小野田幕僚は険しい表情になり、眉間にしわを寄せ、人差し指でこめかみを押さえた。
「陛下、お戯れがすぎますよ」
「む。違うのか」
「はい。我が軍が再び満州の地を踏むのは、中華民国の許可があった時です。それか、宣戦布告を受けた時です」
小野田幕僚のこの言葉により、天野将軍を含む全員が、先程の言葉の意味を理解した。
「そーなのかー」
「そーなのだー。と、言うよりも、何をお考えですか?」
「んや、行かないならいいんだ。今は、入用というほどのものではないしな」
何かを含ませた答えが返ってきたが、その答えの意味を理解したのは小野田幕僚しかいなかった。
「あれが、入用になる事は無いでしょう。と、言うよりもやめてください」
「なに、カマをかけて確認しただけさ。しかし、まだあったとは……」
北部満州の地に、何かあるようだが、あの2人にしか分からないため、この話はここまでだった。
では、気を取り直してと海軍でも話したからと、最初に断って陸軍航空隊に関しても質問が出た。
「今回の航空機の統合のせいで、単発機の殆どが艦上機仕様になってしまった訳だが。実のところ、どうなのかね」
東條の隣にいた参謀長が、現場からの声をまとめた報告書の一部を抜粋して答えた。それによると、海軍では1回の攻撃にほぼ全力を投入するため、波状攻撃が主流の陸軍とは、航空機に対する考え方が違ったのだが、現在現場に投入されている航空機は、陸軍の考え方。つまりは、連続使用での稼働率低下を起こし難い設計になっているために、弊害と呼べるものは殆ど無いと言う。
しかし、元が日本共和国基準の装備と言う事もあり、従来の爆弾の多くがそのまま使用できないのだと言う。そのため、まだ使用できる爆弾が、大量の在庫となっているとの事だった。ただし、それは他の重火器に関しても同じであり、そう言った在庫の管理や後送するかしないかはまだ決まっていないと言う。
「装備品の処理に関しては、天野将軍と協議してから、再度ご報告いたします」
「うむ。わかった」
陸軍の方の回答は、納得したのか。特にため息などはでず、次を促した。
「お、次は内務関係か……」
国会が停止して10年近く経ち、ようやく再始動となった。その間、天皇が主軸となり、元からいた官僚や日本共和国の官僚を使って、ギリギリの状態で国家運営をしてきた。そして、ようやく政治家達の再教育も一段落つき、臨時内閣ではあるが、始動する事となったのだ。
「陛下、また、これからもよろしくお願い申し上げます」
「ああ、全部持ってってくれっても構わんぞ」
満面の笑顔で言う天皇であったが、すぐ後ろで「コホン」と言って、侍従長が睨みつけてきた。
「ア、ハイ。選挙までですものね……」
「我が主よ。分かっているなら、余計な事を申すな」
「僕にだって、休暇が欲しいんです」
「これからは、仕事が少しずつだが減る。それまで我慢されよ」
「ア、ハイ」
先程のは冗談だといい、改めて口頭で任命を行った。数日後には、正式に行われるだろうが、今この話に参加するのであれば、必要な事でもあった。
「ま、今回はこんなところだな。では、解散」
と言って、小野田幕僚と天野将軍は席をたったが、他の参加者はまだ席に着いたままだった。
「む。君達、どうしたのかね」
山本や東條は顔を見合わせ、決意したかのように山本が声を発した。
「陛下、おり言ってお話ししたい事がございます。お時間を宜しいでしょうか」
「ん。侍従長、構わないな」
侍従長が頷いたため、天皇も再度席に座りなおした。
「ああ、日本共和国の面々は退席して貰えるかな。君達にとっては、時間の無駄だろうからね」
「お心遣い感謝いたします。それでは、失礼致します」
小野田幕僚は、天野将軍の腕を引張って退室した。侍従によって扉が閉められ、そこには日本の中枢と天皇が鎮座するのみとなった。




