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タバコを吸い始めたのは、好きになった人の旦那が吸っていたからだった。
ワイドショーで見る不倫は、バカだなぁとばかり思っていた。なんで不倫なんてするんだろ、奥さん、旦那さんがいるのに、どうして好きな人なんて作っちゃうんだろう、どうして結婚している人のことなんか好きになるんだろう、そんな風に思ってた。
ばかだな、その言葉が自分に返ってくるなんてあの頃は思ってもなかった。
「優も喫煙所くるの珍しいな」
「うん」
「なんかあった?」
「んー」
「え?」
そりゃ驚くよなと思った。もう10年以上の付き合いの友達が突然タバコを吸い始めるんだから、口にくわえたまま火をつけるのを忘れてしまうのも頷ける。
「なんで?」
「なんとなく」
「嘘だ」
「うん」
ここで初めて、好きな人が結婚しているということ、それを知ってもなお、好きだということ、その人とお付き合いを始めたということ、その人の旦那がタバコを吸っているということを話した。
「なんか、何から聞いたらいいか分かんない」
「だろうね」
「なんで旦那がタバコ吸ってるからって優も吸うんだよ」
「やっぱ負けてるんだよ」
「え?」
「旦那さんには勝てないじゃん、でも追いつきたいんだよ、せめて」
藤はタバコの煙で輪っかをつくるのが上手い。
俺も挑戦するけど、変にむせるだけで全然上手くいかない。
タバコってまずいんだな、と知った。
「そういんもん?」
「そういうもんだよ」
「そっか」
「タバコって美味しいの?」
「そのうち、うまいって感じるようになるよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだね」
藤はタバコの火を消すと、一呼吸つけてからいつになく真剣な顔をして俺の目を見る。
「なに?」
「好きなら好きでそれでいいと思う、不倫だろうがなんだろうが好きな人には変わらないんだし、旦那がいたから好きになったんじゃなくて、好きになった人にたまたま旦那がいただけだろ?」
「うん」
「なら、それでいいと思う」
「うん」
「でも俺は、応援はしない。あいつの優に対する気持ちも知ってるし、優の友達としても応援はしない」
俺は大きく頷いて、タバコの煙をふーっと吐いた。