7 出会い
ヒーロー登場!デス。
ここはこの国の騎士団、第2騎士隊の詰め所の奥にある執務室。
ふと机上の本に付けられた「貸出帯」の魔石が赤く点滅しており、貸出が今日までということを知らせている。
普段は本の貸し借りは部下のアブルーノがやってくれている。
そういえば昨日「私は明日休みなので、ご自分でお返しになってください。」と言われたことを思い出す。
丁度一つの書類が仕上がったところだったので、休憩と気分転換を兼ねて図書館まで行くことにした。
リカルド・アーバンヒルは強大なルーニーを持って生まれ、加えて身体能力の高さとセンスの良さで、容易に大きなルーナを駆使することができた。
そしてその素質と能力を買われ、魔道騎士として国に従事し貢献している。
だが強力なルーニーの代償として、ルーニーが体内に溜まりすぎないよう常に自己管理していなければならない。
ルーニーが溜まって一定量を越え体内に籠ってしまうと、具合が悪くなり動けなくなってしまう。
そして動けなくなりどうすることもできなくなると、体が自己防衛のために溜まったルーニーを球状のルーナに変えて、体外に強制放出を行う。
体外に強制放出された球状のルーナは、体から離れると爆発する。
放出量は個人差があるが元々ルーニーの強いものが陥る症状なので、爆発規模は小さいものではない。
周りを巻き込んで大きな事故になってしまう場合もある。
それを避けるために、ある程度溜まってきたなと感じたら、ルーニーを放出しなければならない。
リカルドも子どもの頃は調整がうまくできず、度々爆発を起こした。
その頃はまだ子どもということで爆発も馬車1台吹き飛ばす程度の、小規模なものだった。
周囲に影響を及ぼし始めた11歳の時には、当時通っていた王立学校からルーニーが強いものが通う魔導学校に強制的に転校させられた。
そこでルーニーのコントロールと調整を学び、ルーナに変化させる訓練をして腕を磨いた。
リカルドは魔道学校卒業時に騎士団にスカウトされ、魔道騎士団に所属することとなって今に至っている。
仕事が一段落したので自分の仕事部屋から、図書館の本を持って出て歩き始めた。
「う…ん、肩が重くなってきているな。」
ぼそりと独り言をつぶやくと、本を持っていない方の腕をグルグル回しながらため息をついた。
魔道騎士としてルーニーやルーナを度々使うので、成人してからは自主的にする大きな放出は1年に1回程度になっている。
一番理想的な放出方法は魔獣討伐だ。
魔獣に向けて思いっきり力を放出すればいいのだ。
魔獣を駆除しつつ自分の溜まったルーニーも放出でき、一石二鳥で一番理想的だ。
しかし、困ったこと?に …いや嬉しいことに、最近では凶悪な魔獣の出没はほとんどない。
2番目は神事や祭事の時に夜空に向かって打ちあげる「光の玉」のパフォーマンスだ。
これも1回の放出量が多めで良いのだが、打ちあげる大きさやタイミングを仲間とそろえたりしなければならない。
魔獣討伐の時にする全開の放出と比べると、少々物足りなさが残ってしまう。
他にはルーナが作り出せない人が、生活に必要なルーナを補うために使う「魔石」にルーニーを注入することなどもある。
金持ちはルーニーが比較的強いものを使用人として雇っていたりもするが、一般民は必要に応じた魔石を購入する。
魔石は明かり取りの「光石」、煮炊きする「火石」、ふろなどの多量の湯を沸かす「沸石」、暖房の「温石」…など多くの種類があり、庶民の生活を支えている。
魔石への魔力の注入は魔獣討伐や光の玉に比べれば放出量が少ないので、1日50個ほど作っても3日で体は元の魔力過多に戻ってしまう。
他人の役に立てるというやりがいのあることではあるのだが、残念ながら自分には気休め程度の放出にしかならない。
「次の祭事は3ヶ月後の「豊穣祭」か…。とりあえず魔石に注入しながら日数調整をしよう」
リカルドは大股で歩き、目的の図書館に着いた。
カウンターにはこの国では珍しい黒髪を1つに纏めた、黒い瞳の娘が座っていた。
「こんにちは。」
娘が優しい笑顔で挨拶をする。
「この本を返却したいのだが」と本を手渡す。
その時に本を持つリカルドの手と、受け取ろうとした娘の指が触れあった。
リカルドは反射的に本を強く握りしめ、身構える。
リカルドはルーニーが強いので他人と直接触れ合うと、バチッと静電気の放電のような現象「スパーク」が起こる。
彼はこれが苦手だった。
普段は直接触れないように防止の革手袋をはめている。
朝から誰もいない執務室で書類を書いていたため、外した手袋を机上に置いたまま出てきてしまった。
ルーニーが大きい者の方がスパークを強く感じる性質がある。
どうしても自分の方が強い場合が多いので、リカルドの方が痛みを大きく感じるのだ。
しかも対する相手のルーニーの強さが自分と同じになるほど、自分に返ってくる衝撃も大きいのだ。
しかしリカルドよりルーニーが大きい者などそれほどいない。
リカルドは殆どの場合でスパークを受ける側になるので、常に手袋をしていた。
娘の方では、本を受け取ろうとして男性の手に触れてしまった!と思っていた。
触れた瞬間ぱっと離すのも失礼だと思って、そのまま平常心を装って本を受け取ろうと思ったが、男性がなかなか本を離してくれない。
男性の手に触れた…そんな初めての事態に娘は動揺し顔を赤くしたが、仕事中よ!と我に返り、本を握りしめて固まっている恐らく騎士団の背の高い青年を見上げる。
「あ…あの、本をお預かりしますね。」
その一言でハッと気づいたリカルドは、身構えていた体の力を抜き「あ…ああ」と握りしめていた本を渡す。
娘は本に付いている「貸出帯」を外して読み取りの魔石にかざす。
「アーバンヒル様ですね。返却を承りました。本日の貸出はございますか?」
先ほどの「いつも起こるべきことが起こらなかったこと」が不思議に感じられて、リカルドは娘を見ながら気を集中し、彼女のルーニー量を読み取る。
リカルドクラスになると相手に触れなくても側であれば、ルーニー量を測ることくらいはできる
「いや、今日はいい。」とリカルドは答える。
「ではまたのご利用をお待ちしています。」
笑顔でそう言う彼女からは、この国の多くの人が持つ一般的な弱い普通のルーニーが感じられるだけだった。
リカルドは図書館を後にしながら詰所へと戻るが、先ほど感じた違和感が拭えないでいた。