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6 突然の転機

過去の経緯から「今」になりました。

そして穏やかに時は過ぎて、ユリアーヌは16歳になったが、相変わらず身長はこの国の女性の平均よりも小柄で細く華奢だった。

事情を知り経過も見てきた主治医は「心身ともに健康なので体質や民族的なものでしょう」と言っている。

この世界では珍しい、うねりのない艶やかな黒髪は腰まで伸び、ぱっちりとした黒い瞳は長いまつ毛に縁どられている。


今では週に1度だけとなったが、変らずフィルダナ家へ行っている。

その他の日は読書や刺繍などをしたり、母とお菓子作りをする日もある。

月に1度は母と共に、近くの孤児院に慰問に行く。


近頃は体の弱い母に少しでも健康でいて欲しいと、ハーブやスパイスを調合して飲み物や食べ物に使い、体を整える「食と健康」に興味を持った。

本から知識を得て独学ではあるが、飲み物や食べ物にブレンドしている。

ユリアーヌのハーブやスパイスを使った料理は、周りの(家族ではあるが)評判もなかなかに良かった。

1年前からは温室でハーブやスパイスを育てることも始めた。


しかし昔から変わらないのは積極的には外に出たがらないことだ。

目立つことを嫌うのは「秘密」を抱えているからか。

家族は皆、このまま穏やかな日が続けばいいと思いながらも、ユリアーヌの年齢を思えばずっとこのままでよいとも思ってはいなかった。



いつもの帰宅時間より2時間ほど遅くなってアーノルドが帰宅した。


「おかえりなさい。」


先に食事を済ませた妻と娘が揃って出迎えたが、マリアンヌはアーノルドのいつもと違う疲れ切った様子に気付き声をかけた。


「どうかなさったの?」


「参ったよ。少し困ったことになった。」


と、執事に着ていたコートを渡しながら疲れた表情で言ったあと


「取り敢えず、食事を済ませてくる。2人ともリビングで待っていてくれ。」


と足早に食堂へ向かってしまった。




― 2時間前 ―


アーノルドは書類の確認と承認印をもらうために王宮に来ていた。

取り次いでもらうために手続きを取り暫く待つと、マクシミリアン王の執務室に入る許可が出た。

護衛騎士が扉を開けてくれたので中に入ると、執務室には王と王の従弟のルーベンス卿もいた。

アーノルドが持ってきたのは機密書類ではなく、ただの事務書類なのでルーベンス卿がいても問題はない。


「卿が居らっしゃるときに申し訳ございません。」


とアーノルドは頭を深く下げ、臣下の礼をとる。


「こちらをご確認後、間違い無ければ承認の印をお願いします。」


書類を預けて暫く待っていると、王は目を通した後2か所に印を押した。

「ありがとうございます。」と書類を受け取り退出するため体の方向を変えようとした時に、ルーベンス卿が話しかけてきた。


「そうだ!アーノルド。君に娘がいたよね。いくつになった?」


アーノルドは職場で子どもの話を(シルベス以外に)あまりしたことがなかったので、突然の質問に戸惑った。


「え…ええ、おります。…先頃、16歳になりました。」


「フィルダナ夫人のお茶会でのことが、私の耳にも入ってね。でも夜会では…見かけないよね?」


「まだ社交界にも出していませんから。それにオルスター家の社交は実家の兄に任せているので、私の方は控えています。」


もっともらしい言い訳をすると「へぇ~」と言いながら、ルーベンス卿がにやっとした。


「そうなると婚約者が既にいるってことも?まさか…ないよね?」


「…はい。」


「あまり外にも出さずに、大切に育てて…王太子妃にでもするのかと、もっぱらの噂だよ。」


アーノルドは困惑した。

護るためになるべく人目にさらさないように育てていたことが、一部の人間に面白く脚色されてこんな風に噂にされているとは思いもしなかった。


確かに貴族の子女であったなら15歳前後には婚約者が決まっていることは珍しいことではない。

また夜会や昼間のガーデンパーティー、乗馬会、芸術観賞会などといった催しに積極的に出かけ、出会いや縁を求めたりするのが常だ。

そうでなければ学校に通ったり王宮や公的な場所に勤務したり、貴族の子ども相手の教師や講師・ベビーシッターなどをしている。


ユリアーヌのように決まった婚約者がいるでもなく、社交に積極的でもなく、仕事を持っているわけでもない若い娘が家に籠っている方が不自然なのだ。

加えてユリアーヌを心配するあまり女学校へ通わせず、家庭教師や講師を付けて育てたことは、他人から「特別」に育てたようにも見えるだろう。


フィルダナ家と親戚なので高位貴族と一括りにされているようだが、ユリアーヌを王太子妃やもちろん政略結婚の駒にすることなど毛頭ない。


質問に答えないで、何と言っていいかと困っていると


「ちょうど今ね、王立図書館の受付係に急に欠員が出てしまって困っているところだったんだよ。君の娘だったら安心だ!いいだろう?いいよね!」


楽しそうに言うルーベンス卿に「世間に疎すぎてまだ無理だ」と言って断ろうとその言葉を口に出す前に


「おお!それはちょうど良かった。アーノルドの娘であれば身辺調査などの類も省けるし、年齢もぴったりだ。君も自分と同じ敷地内で働いているのだったら安心だろう?決まりだ!ワッハッハッ。」


陛下の鶴の一声が出てしまい、アーノルドは断る術を失った。


「では後ほど書類を君のところに届けさせるね!」


とどめにルーベンス卿がウインクして言った。


家族と相談することも許されず、断れない状況に頭を抱えながら職場に戻る。

そして終業の時間になる前には、ルーベンス卿によって揃えられた書類がアーノルドの元に届けられたのだった。



こんな突然に対策や覚悟をしないまま、愛娘を外に出すことになったアーノルドは素早く夕食をとった後に、リビングでマリアンヌと談笑するユリアーヌの2人に、今日あったルーベンス卿とのやり取りを話した。


マリアンヌは自身の体が弱く社交も学校も…もちろん働きに出ることも叶わなかったため、外の世界にあこがれを持っている。

この度の急で強引な決まり方ではあったが、娘の生活の変化を自分のことのように喜び好意的に受け取っていた。


「フィルダナ家のロゼリアも12歳になってマナーやダンスを本格的に習い始めるから、話し相手や遊び相手はそろそろ卒業かなと思っていたの。フィルダナ家へ通うのを止めて小さな子にピアノや勉強を教えに行ったらどうかと相談しようと思っていたところだったの。」


と、マリアンヌは王立図書館への勤務は賛成なようで、ちょうどよい話だと喜んでいた。


「分かった。このことは前向きにとらえることとしよう。ただ、ユリアは今まで限られた世界で暮らしていたから、注意する点をしっかり頭に入れておかないとな。」


アーノルドが気を付けるべき点をいくつか上げた。


・非礼にならないのであれは、ファミリーネームを名乗らない。

・ペンダントは必ず身に付け、他人に絶対見られてはならない。

・強いルーニーを持つ者、巫女・神官・魔導師などには極力関わらないように。

・男性に話しかけられても気安く答えたり話しかけてはならない。


ファミリーネームに関して、この国の独身女性は軽々しく口にしない方が身のためだと言われている。

家名が抑止力となる場合もあるが、政略・財産などに目を付け良からぬことを考える輩もいるからだ。


ペンダントはユリアーヌにとって大事なもので、「秘密」を隠してくれるもの。

教育を受け始めペンダントを渡された頃から叩き込まれたことだったので理解できる。

だが、今日加えられた2つに首をかしげ質問する。


「お父さま、強いルーニーの方たちと関わらない方がいいのはなぜ?」


「ルーニーがない者ということを悟られないため、念のためだよ。そのペンダントがあるから大丈夫だろうけれど、彼らは強大なルーニーを有している特別な存在だ。だから我々では感じない『違和感』を感じられるかもしれない。近寄らないに越したことはない。」


そういうものかとユリアーヌは心に留めた。


クスクス笑いながらマリアンヌが「4つ目は必要なことなのかしら?」と言えば、「とても重要なことだ!」とアーノルドは言って譲らないが、結局この理由を口に出して言わなかった。


「僕の娘だから書類は形式的なものだそうだ。身元調査などが省かれる分、渡された書類を提出した後すぐに正式採用になるようだ。」


アーノルドの言葉通り、書類を提出後すぐに王印が押された採用証明書と仕事の説明や職員教育の日程の通知が届けられた。

通知された日程通りに職場の案内や仕事の説明、制服の採寸などで何度か庁舎や王立図書館に足を運んだ。


アーノルドがルーベンス卿に声を掛けられた日から約ひと月後、ユリアーヌは王立図書館で働いていた。

次話、やっとヒーローの登場です。

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