53 転移
セレイナの元に孤児院から緊急の伝令が来たのは、リカルドが宿直の日でセレイナが前日の夕刻から来ている日の翌朝だった。
「孤児院で食当たりの職員が数人出ているらしい。緊急事態だ。幸い大人だけで子どもたちには出ていないそうだ。原因と現状把握で私はアシャンテに戻るが、リーはまだ戻らないし…ユリアをここに置いていくのがいいのか連れて行った方がいいのか迷うところだな。」
セレイナは顎に指をかけ各選択肢のメリットデメリットを考え悩んでいた。
「私も連れて行ってください。何かお手伝いがしたいです。」
ユリアーヌがそう言ったからと言うわけではなく、自分の目の届く範囲に居て守る方が確実だろう…とのセレイナの判断で、ユリアーヌを同行させることにした。
「マルクス!サマンサとアリスに現地で手伝えるような支度を!彼女らを馬車に乗せたらサルバドールに寄り医師を連れてアシャンテに来るように。」
その指示で侍女二人は支度を始め、マルクスは光の伝令でサルバドール家にお抱え医師の手配をお願いする。
「ユリアーヌ様はセレイナ様と共に転移されるのですか?」
誰かを伴っての転移の難しさを知るマルクスの質問は、至極真っ当だった。
セレイナは「大丈夫だ、問題はない。」と言って微笑んだ。
セレイナは2週間ほど前から弱くではあるがユリアーヌにルーニーを感じるようになった。
不思議に思ってユリアーヌの纏うルーニーの正体を探れば、リカルドのものだった。
「婚約したからって、まさか預かっているお嬢さんに手を出してはいないだろうねぇ!」
ユリアーヌの中からリカルドのルーニーとはゆゆしき事態だと、彼女からルーニーを初めて感じた日、帰宅した直後の息子の胸倉を掴んでそう詰め寄った。
母親の剣幕にひるんだリカルドは…口づけから彼女にルーニーが偶然流れ込んだのがきっかけだったこと。
彼女はその流れ込んだルーニーをコントロールすることができたこと。
それをすごく喜んで使いきった後はとてもがっかりしていたこと。
だから1日1回ルーニーを少し分け与えている…そう白状した。
「1日1回?」と突っ込みを入れたいところだったが、とりあえず自分がこれだけ脅して聞いたのだからそれ以上のことはしないだろうと、セレイナは「節度を持て。」とくぎを刺して以後は咎めなかった。
セレイナにとってリカルドのルーニーを帯びているユリアーヌを伴って孤児院へ移動するのは都合がよかった。
誰かを伴っての転移は相手のルーニーとの同調が必要だがユリアーヌ自身のルーニーは無く、僅かに感じるリカルドのルーニーは親子であるセレイナとよく似ているため同調させやすい。
リカルドが幼いころは彼を伴っての転移をよくしていたなぁ…と暫し昔を懐かしんだ。
セレイナはユリアーヌを向い合せに立たせ、自分に抱きついて腰に腕を回すように言った。
セレイナは女性としては長身で、成人した息子がいるとは思えないスタイルをしている。
若いころは年下女性に『お姉さま』などと呼ばれて慕われていたとマーサから聞いていた。
女性同士とはいえそんなセレイナに抱きつく格好に、ユリアーヌも少し照れてしまった。
「しっかり捕まっていなさい。さあ、行くよ。」
その言葉の後に転移魔法を発動させ、アーバンヒル邸からセレイナとユリアーヌは姿を消した。
そして素早く支度を整えたサマンサとアリスも半刻後には馬車でアーバンヒル邸を出発した。
この日ユリアーヌは、2カ月ぶりにアーバンヒル邸から外に出たことになる。
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