50 日常生活
だいぶ間が空き失礼しました。
それでもお待ちくださった方に感謝いたします。
ユリアーヌがリカルドの屋敷に来て15日もすると挫いた足の腫れや痛みがなくなり、ゆっくりではあるが自分で歩くことが出来るようになった。
それから更に5日後には過度な負担を加えなければ通常の生活をしてもいいと、医師から太鼓判を押されたので庭を散策したり厨房が使われていない時間に菓子を焼いたりしている。
もちろん身の安全が保障されないので図書の仕事に行くことは叶わなかった。
屋敷の者が忙しく働いているので自分にできること…掃除や洗濯を手伝おうとしたら「そのようなことは我々にお任せください!」と恐縮されてしまった。
青い石のペンダントを無くしてしまってからはルーニーが極弱の者がすることすらままならず、日常生活がとても不便だった。
例えば部屋の灯りを付けるであるとか、水を蛇口から出すなどの当たり前のことができない。
全てのことを周りの者に頼む生活は心苦しかった。
日常のことも出来ないなんて…と起き上がれるようになって3日ほど落ち込んでいた。
しかしそれが本来の自分であるのだと、心に折り合いがついたユリアーヌの立ち直りは早かった。
リカルドに相談すると彼はすぐに魔石連動式の押しボタンを設置してくれた。
魔石を組み込んだ装置のボタンを押せばその刺激で魔石からルーニーが流れ、水が出たり止まったり明りが点いたり消えたり、火を付けたり消したり…と。
まだまだルーニーを操ろうとする癖は抜けないが、ボタンを押す生活にも慣れてきた。
もともとオルスター家でも深層の令嬢として生活していたわけではなかった。
オルスター家の家人も最低限の人数だったのとアーノルドの方針で、各自…但しマリアンヌは除く…身の回りのできることは自分で行うのが普通だった。
家を離れている今はユリアーヌが趣味と実益を兼ねた、ハーブを育て収穫したものをブレンドしハーブティーや軟膏を作ることも叶わない。
更に社会に出て働くというメリハリのある生活を経験してしまったので、毎日が休日のこの状態を持て余してしまう。
ようやくマーサを説得して任せて貰ったのが、リカルドの身の回りを整えることだった。
リカルドが身につける物でボタンやホックが取れかけているものや緩んでいるものを見つけて付け直すことや衣服の埃を払ったり、冬の厚手の衣類を出して入れ替えること。
そしてリカルドの部屋の片付けがユリアーヌの当面の仕事だ。
マーサがリカルドに部屋にユリアーヌが立ち入ることを伝えると、彼は少し照れていたようだった。
ユリアーヌが使っている部屋の隣がリカルドの部屋なのだが、今日初めて彼の部屋に足を踏み入れた。
今までも特に入室を禁止されることもなく、使用人がベッドメイクや衣類の回収、部屋の掃除と出入りがあるがユリアーヌには今日まで機会がなかった。
今日リカルドは隊の訓練で朝早くに出仕している。
リカルドに代わってセレイナが屋敷に滞在しているのだが、リビングの机で孤児院の管理書類と格闘していた。
リカルドは留守だが何となくノックし声をかけてから彼の部屋に入った。
彼の部屋は執務室を兼ねているようで重厚感のある書類仕事用の大きな机、3人掛けソファーとテーブルが置かれていて大きな書架には難しそうな厚い本ばかりが並んでいた。
部屋の奥には扉がありその先が寝室になっていて大きなベッドとサイドテーブル、部屋の端にはシンプルな机と椅子のセットが置かれていた。
今朝は明けきらない早朝に出かけたらしく、カーテンが閉められたままだった。
ユリアーヌは窓辺に近づいて部屋に光を入れるために厚いカーテンを引いた。
するとキラキラと部屋の中に光のかけらが瞬いた。
リカルドの部屋の窓辺にはクラッチュモーンで彼がユリアーヌにプレゼントしてくれたものと同じサンキャッチャーが吊るされており、それが朝日を受けて部屋の中へと光を散らしていた。
ユリアーヌはリカルドが同じものを自室に吊るしていたということに頬が熱くなった。
執務をする部屋の隣にある彼の寝室内には更に3つのドアがあった。
1つはトイレ・シャワー室へと続くもの、もう1つはクローゼットルーム、残りの1つには鍵がかかっていて開けることが出来なかった。
きっと家人にも触られたくない貴重なものや大切なものがしまわれている場所なのだろうとユリアーヌは思った。
間取りを把握した後にベッドのシーツを剥がし簡単に折りたたむ。
寝室の端にある椅子の背もたれには昨日着ていた衣類と今朝脱いだのだろう寝衣が掛けられており、ユリアーヌはそれも手に取ってシーツと一緒に洗濯物を回収に来た女中に手渡した。
次にクローゼットルームでジャケットやコートを出して丁寧にブラシをかけた。
騎士服も数種類、数着掛っていてその中には豊穣祭のセレモニーでリカルドが着ていた正装の騎士服もあった。
あのときは遠目でしか見られなかった正装を間近で見て、彼の雄姿を思い出しドキドキしてしまった。
騎士服の隣に下がっているシャツのボタンをチェックする。
袖口のボタンが緩んでいたのがいくつかあったのでそれらを取り出して他とは離しておいた。
そもそも物が少ないので机上のペンや本を所定の位置に戻したりするくらいしかすることはない。
掃除は女中たちの仕事なので、彼女たちが仕事をしやすい程度に物を片付けるのがユリアーヌの役割だ。
それでも何もせずに安静にしていたときにはなかなか進まなかった時間が、何かすることがあると不思議とあっという間に時間は過ぎて行く。
今日も昼食後に日が注ぐリビングで緩んでいたボタンの付け替えや刺繍などを、セレイナとお茶をはさみながらしているうちに1日は過ぎてしまった。




