49 誓い
アリス共々オルスター家から運ばれてきた物品がユリアーヌが使用している居室に運び込まれ、その隣の控えの間がアリスの部屋として宛がわれた。
アリスはサマンサに連れられマーサを始めアーバンヒル邸で働く面々に紹介された。
そして仕事に必要なことや場所・使い方の説明も受けてそれを覚えていった。
「リカルド様がアリスをこちらに来るように手配してくださったのですか?」
リカルドはオルスター家に赴きアーノルドにアリスを含め、ユリアーヌの身の回りの品を運びこむことの許しを得てきたことを話した。
「あの…父は。父はリカルド様に失礼な態度などしませんでしたか?」
恐ろしい剣幕でリカルドに文句を言ったのではないか?
もしくは冷たい表情のまま何もしゃべらないとか…そのような姿が容易に想像できる父を想い浮かべながら、ユリアーヌは恐る恐る尋ねた。
「アーノルド殿は穏やかに快く対応してくれたよ。それにこれも承諾してくれた。」
リカルドは到着したばかりのアリスから受け取っていた封筒から1枚の用紙を取り出し、ユリアーヌに手渡した。
その書類を見たユリアーヌは大変驚いていて直ぐには言葉が出ないようだった。
その紙は『婚約申請書』で主に貴族籍を持つ者が結婚前に婚約期間を設け、社交界に当人の関係と両家の繋がりを明らかにさせ王に申請するためのものだ。
その書類は婚姻が政治上の策略や駆け引きだけのために利用されることを防いでいた昔の名残だが、今では双方の家の主の署名がされそれを王宮にて王が承認することで結婚の正当性を示す方法として用いられる。
婚約誓約書を出しておくことでその後の婚姻許可が早く下りるというメリットもある。
リカルド側は母セレイナのサインと彼女が未婚のため、その後見人ということでサルバドールの前当主と現当主の名が連なっていた。
ユリアーヌ側には見慣れた筆跡の父アーノルドと母マリアンヌのサイン。
そして叔父で大臣のシルベス・フィルダナ公爵のサインも書かれていた。
この婚約の許可を願って署名された錚々たるメンバーを見て陛下も驚かれるだろう。
最後の欄に婚約をする2人の名を書き陛下へ提出するのだが、既にリカルドの欄は埋まっていた。
「本来なら家族よりもユリアが先に書くのだろうが、手配を急いだために順番が前後してしまった。その…早く確約がほしくて。」
ユリアーヌの隣に腰かけたリカルドは照れて耳を赤くし、頭を搔いたりしながら言ったのだった。
少し前に互いの気持ちを確かめあったばかりだが、ユリアーヌの気持ちにも迷いはなかった。
むしろアーノルドが交際を大反対するのではないかと懸念していたので、両親の承諾のサインが何よりも嬉しかった。
「ありがとうございます。嬉しいです。」
同じく頬を染めたユリアーヌは嬉しく思い、そして暫く会っていない父母のことを考えるとちょっぴり寂しくも思って、隣に座るリカルドの手に自分の手を重ねた。
リカルドから万年筆が渡されそれを受け取ると、ユリアーヌは自分の名前を一字一字丁寧に書きあげると最後にサインを記した。
「ユリア、君を愛している。必ず幸せにする。」
リカルドはユリアーヌの顔を大きな手で包むと自分の顔を近づけて行く。
ユリアーヌが瞳を閉じると互いの唇がそっと重なった。
まるでそれはおとぎ話に出てくる結婚の誓いの口づけのようだった。
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