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48 アリス

日が高くなった頃、女主人のお出かけを装ったアリスが乗る馬車と荷馬車の2台がオルスター家を出てフィルダナ公爵家に入り、アリスと荷馬車を置いてアリスが乗ってきた馬車は夕刻になるとオルスター家へと戻って行った。

翌日にはフィルダナ家の女主人用の馬車がアリスを乗せて、サルバドール侯爵邸へと入った。

アリスはフィルダナ邸と優劣の付けがたいサルバドールの邸宅の素晴らしさと品位に緊張していた。

オルスター伯爵家の一介の侍女でしかないアリスに宛がわれた部屋は広く、食事やもてなしも貴族の令嬢が受けるレベルのものでありアリスは恐縮してしまう。

宰相や大臣を多く排出しているサルバドール家の侍女たちの仕事の質は高く、所作や態度も洗練されていてアリスは尊敬と憧れを抱いた。


翌日、オルスター家から運んできた荷馬車の荷はサルバドールの荷馬車に移されていて、アリスもサルバドール家が用意した馬車へと乗るように言われた。

馬車に乗ろうとしたところ家令が「当家の主人が来ます。」と言ったのでアリスは緊張する。

代替わりして家督を継いだセレイナの兄は『当主』と言われているので、幼い男の子と手を繋ぎながらゆったりとこちらに向かって来るのはセレイナの父で元宰相のイグアス様だろう。

アリスも出発を手伝ってくれた侍女や御者や馬丁と共に並び頭を垂れた。


「顔をおあげなさい。あなたは客人だ。そのように畏まらなくても良いのだよ。それに私は今や孫やひ孫を可愛がるただの爺なのだから。」


厳格な性格から現役時代は『氷の宰相』と言われていたと、マリアンヌから聞いていたアリスは緊張していた。

しかし顔を上げたアリスの前には白髪でスタイルの良い、優しい笑顔の老紳士が立っていた。


「アーバンヒル邸で若いお嬢さんの世話ができる者が足らないと言っておったから、このサマンサを連れて行きなさい。あちらの屋敷で女中をしているマーサの孫だ。彼女の負担も減るだろう。さあ、出発しなさい。」


イグアス様の後ろから一歩前に出てきた娘がぺこりと頭を下げた。

アリスは「お世話になりました。」と挨拶をしアリスと共にサマンサが馬車に乗り込む。

にこやかにほほ笑むイグアス様の見送りで馬車はサルバドール邸を出発した。

馬車は軽快な車輪の音とともに進んで行く。


「私はサマンサです。名前はアリスさんで良かった?」


「はい、オルスター家で主にユリアーヌ様のお世話をしていますアリスです。」


アーバンヒル邸までの馬車の中で互いに自己紹介などをした。

サマンサの母はリカルドの屋敷で女中頭をしているマーサの長女でセレイナと乳姉妹になるそうだ。

自分はその長女の娘でマーサの孫であることと、つい先日19歳になったと言った。

家族の殆どがサルバドールゆかりの家に仕えており、自分も物心ついたときからあのお屋敷の一員だったと話した。


アリスもユリアーヌの母親の侍女の姪であり、自分が7歳のときに母が亡くなり日中1人でふさぎこんでいた自分を叔母がユリアーヌ様の話し相手にと呼び寄せてくれ、オルスター家に行くようになったのが8歳のときで、あと2週間で19歳になると言った。

2人には共通することがたくさんありアーバンヒル邸に着くころには会話もはずんでいた。




ユリアーヌを屋敷で保護してからのリカルドは、週の半分は早目に帰宅し書類を持ち帰って家で仕事ができるように融通してもらっていた。

アリスと荷物がやってくる日も同様で、邸内に迎え入れる準備をしていた。


門扉が開き馬車と続いて荷馬車が入って来たのをユリアーヌはリビングの窓辺に置かれたソファーから見ていた。

ユリアーヌが知るこの6日間の屋敷は静かで、訪問者が来ることがなかった。

近くで書類に目を通していたリカルドは馬車が入ってきたことが分かると立ち上がり、ユリアーヌに微笑みかけると1人玄関へと出て行ってしまった。


玄関から外へ出たリカルドは馬車からアリスが降りるのを見て近づいて行った。


「アリス、面倒をかけたね。実はユリアを驚かせようと思って、君が来ることは言っていない。」


そうリカルドが上機嫌にアリスに向かって言うと、馬車の中から聞き覚えのあるがしてその女性が降りてきた。


「リカルド様、それはユリアーヌ様へのサプライズ・プレゼントのおつもりですの?」


「なっ!」


リカルドは言い当てられた恥ずかしさで顔を赤くし、サマンサの顔を見るとあからさまに嫌な表情をした。

サマンサはリカルドに自分はイグアスの命令で遣わされたことを説明して「アリス、行きましょう。」とアリスの手を引きながら、サマンサの態度に驚くアリスを余所に屋敷の主人であるリカルドよりも先に中に入って行った。

サマンサはアリスに扉の外で待つように耳打ちして、リビングの扉をノックし開けたまま「失礼します。」と1人中へ入るとユリアーヌに向かって挨拶をした。


「本日よりユリアーヌ様のお世話をさせていただきますサマンサと申します。この屋敷のマーサの孫で普段はサルバドール侯爵邸に勤めております。」


サルバドールの名を聞いたユリアーヌは驚き、そして大変恐縮しているようだった。


「足を痛めているので座ったままでごめんなさい。マーサさんのお孫さんなのね。よろしくお願いします。」


「ユリアーヌ様の侍女に最適な者も連れてまいりました。こちらの者…アリスです。」


サマンサが手招きすると扉の陰から姿を現したアリスにユリアーヌは驚いて声が出ないようだった。


「ユリア様!」


アリスはユリアーヌの元に駆け寄るとソファーの足元に跪いて彼女の手を両手で包んだ。

その後は互いに涙を零しながら何か言葉を交わす訳ではなく、笑顔で見つめ合っていた。

その様子をリカルドはサマンサの隣で見ていたのだが、隣に立つサマンサが「美しい情景ですね。」と言っていた。


「俺とお前も兄妹みたいなものだが…。」

「はぁ、そうですね。でもああいう風にはなりませんわね。」


そう言ったあとは互いに無言になった。

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